第18話 運命を信じるか
<犬飼竜太郎>
聞いてくれ。
まだ、春の季節──俺が蒼樹坂に入社した当初の話だ。
(春の季節……? 普通に4月でいいのでは)
(たしかに、なんか語り出しがカッコつけてるな)
うるせーよ。
俺はまぁ、高卒入社で、見た目も悪くなかったから最初は可愛がられた。
蒼樹坂も今ほどデカい事務所じゃなかったから、アットホームな空気さえ流れていた。
高三の頃からバイトで色んな業務に顔を突っ込んでいたおかげで、顔の覚えも悪くなかったしな。
(自分で見た目悪くないって)
(思っててもなかなか言えないよね)
ただ、新人研修が終わってすぐ、俺は投げ出された。
そう。氷ヶ峰の専属になった瞬間、全員にそっぽを向かれたような感覚になった。
当の本人はどうやって俺を専属なんて特別待遇に仕向けたのか教えてくれないし、俺も追及はしなかった。
(なんかみんなその話はタブーだったな)
(そこで追及しないのが竜太郎の性格出てるよね)
────なぜなら、俺たちの目標は、氷ヶ峰を日本一のアイドルにすることだったからだ。
むしろ好都合だと思った。
俺はこれまでできると思ったことで負けたことが人生で一度もなかったし、氷ヶ峰も成功を疑ってなかった。
この時、すでに冷厳と最悪の契約を結んでいたことを俺は知らなかったが、過ぎた話だ。
(負けたことがないってすげーな)
(竜太郎は負けを認めないタイプ)
想定外というかただ甘かったのは、俺はただの一般人で、高校卒業したてのクソガキでしかなくて、氷ヶ峰も面が良いだけの小娘だったということだ。
俺は俺に出来ることを精一杯やったが、何一つ上手くいかなかった。
今でこそ地道にやり続けた結果、周りと上手くやってるが、あの頃は本当に苦しかった。
挨拶を無視されるなんてザラで、書類を故意に紛失されることもままあった。
今ならそんな弱点晒されたらいつでも反撃できるが、当時はただただ辛くて凹んでいた。
今思うと、上の人間の何人かが氷ヶ峰家の祖父、冷厳のジジイに金でも握らされてたんだろうな。
(竜、そんな目にあってたのか)
(たしかに今なら100倍返ししそう)
──そんな時期だ。そろそろお前らの声も届けてやろう。
いでよ、佐賀! 最上川!
「いや最初からいたっつーの。朝早くからよぉ」
ピアス穴ぼこぼこの同期で営業マンである佐賀。
「あんたが緊急だって急に呼び出したのに一人で語り出すから。あと川はつけないで」
そして弊社の誇るITスペシャリスト、最上が俺の前にいた。
俺は緊急招集した同期二人に話しかける。
「まぁ聞け。そんでその何も上手くいかない時期にな。俺は聴いたんだよ、公園でさ」
「何を?」
最上が聞いて、佐賀は無言で促す。
「────歌を、聴いたんだよ。俺の心に響く歌を」
「へぇ」「ストリートミュージシャンってやつ? 多いよね」
クソ、冷めた反応しやがって。
「そう、アコギ一本で独唱。一人の女性が歌ってたんだ」
「上手かったのか?」
佐賀が聞いてくる。
「上手いというか、響いたんだ。それで俺は、公園の土管から這い出ていって会いに行こうと思ったんだよ。でも、もういなかった。その一曲だけ歌って消えちまった」
「土管って……何してんの竜太郎」
なぜかドン引きしてる最上。いや、れっきとした遊具じゃん。入るだろ普通。
「そこはいいだろ。色々あったんだよ俺にも。で、その人が落としたと思うピックだけ拾って今も持ってる」
「えーなんか重い。……ちなみに何ていう曲なの?」
なんか引き気味の表情の最上に答える。
「いや、それがいくら歌詞で検索しても出てこないんだ。二度と聴けないのかと思うと、もうショックだったよ」
二人に向けてあの時の悲しさを表現するように肩を落とす。
「へぇ。オリジナルだったのか?」
佐賀の質問を聞いた瞬間、立ち上がり、指を差す。
「よく聞いてくれた。そう────オリジナルだったんだよ」
「指差すな」「どうやって知ったの?」
「俺はそれから毎日のようにそこで聴いた歌詞の一部で検索をかけ続けた。それこそ日課のようになってた。すると一か月後くらいに、急にヒットしたんだ」
「おお」「執念がこわい。やっぱり重い」
「YouTube動画の説明文に歌詞が載っていて、それがヒットした。あとで分かったのは、投稿者がその日気まぐれで歌詞をアップしたらしいことだ。しかも、その曲だけ」
「すげー偶然」「で、投稿者がその曲を歌ってた本人だったの?」
この二人は、聞き手として満点だ。
さすが同期と思いながら答える。
「────本人だったんだ」
俺はあの時の感動を思い出す。
叫び過ぎて壁ドン食らったのも憶えてる。
「で? それがいつの話?」
「まさかその曲を聴いてくれって話じゃないよね。私忙しいんだけど」
聞き手として満点、撤回。
こいつらは本当に冷めてるな。もう少し浸らせてくれよ。
「それが入社して数か月だからもう二年くらい前だ。で、こっからが本題」
「けっこう前だな」「本題までの前フリが長すぎる~」
なんかもうすでに疲れてる二人を見てると、蒼樹坂がとんでもないブラック企業に感じてくるな。
まだ朝だぞ。やる気見せろ。
俺は今毎日6時間寝れてるからめっちゃ元気なんだが。
まぁいい。目を覚ませてやる。
「忌憚ない意見を頼む。突然だが──────俺と猫屋敷くるみが付き合ったらどう思う?」
「ゲホゲホッ」「ぶーッ!!!」
むせる佐賀とコーヒーを吹き出す最上。
きたねぇ。
二人が落ち着くまで待ってから、続ける。
「実際あり得ると思うか?」
「……ボケじゃないのか?」
「も、もしかして。本気なの?」
俺の真剣な顔を見て、二人が聞く体勢に入った。
「昨日、付き合ってくれって言われたんだ」
「うお……」「……何かの用事にってオチじゃなくて?」
俺もそう思ったよ。だけど。
「『私の彼氏になって』ってはっきり言われた。聞き返しても『うん』って言ってた」
別に二人に聞かせるつもりは無いが録音を聞き返したら確かに言っていた。
俺はあらゆることを想定して全ての通話を録音している。
「「…………」」
黙り込む二人。
「おい黙るな。俺も困惑してんだよ」
佐賀が煙草を消して、喋り出す。
「これが他の部署や、同期じゃない奴らが聞いたら、鼻で笑うだろうな」
「ちがいない」
最上もうなずきながら同意する。
「何が言いたいんだ」
「つまり、竜。お前ならあり得るってことだよ」
「うん。私たちは竜太郎がいい男って知ってるよ。でも猫屋敷さんは知ってるのかなぁ?」
なんか素直に褒められたら、それはそれで恥ずかしい。
「ありがとう。本当笑っちまうんだけど、正直、俺もあり得ると思ってるんだ。でもこれは自惚れじゃなくて……」
ここから先はこいつらに話すか迷う。
ただ、客観的な意見が欲しかった。
俺は正直、昨夜からずっと舞い上がっていた。
「?」「自惚れじゃなくて?」
疑問符を浮かべる二人に向けて、言う。
「さっき言った公園で歌ってた人が──────猫屋敷くるみだったんだよ」
信じられるか?
「「え……!!!」」
驚きで絶句する二人に向かって、いや、自分にも言い聞かせるように、言う。
「これって運命なんじゃないかと思ってるんだ」
噛みしめるように、言う。
佐賀は天を見上げ、最上は脱力している。
「お前ってやつはどうしてこう奇跡を起こすんだ」
「竜太郎って本当こういうの多いよね……さっきの前フリはそういうこと……」
おい。俺は他に奇跡なんて起こしたことないぞ。
でも、これは確かに奇跡だ。
俺を何度も救ってくれた曲を歌ってた相手に告白されるなんて。
「今日これから猫屋敷くるみに会う。会って確かめてくるよ」
彼女の真意を。
そして──────これが本当に運命かどうかを。




