9 魔王の誘いと俺の返答
レスティアの雰囲気が明らかに変わっていた。
外見は人間のままだ。
いや、よく見ると口元から牙が伸びているか……?
耳もナイフみたいに尖っている。
とはいえ、目立った変化はそれくらいだった。
悪魔みたいな姿になっているわけじゃない。
ただし――大差のない外見とは違い、身にまとう魔力は大きく変わっていた。
……次元が違う。
俺だって圧倒的な魔力量を持っているつもりだし、高位魔族でさえ圧倒したことがある。
その俺と比べても、こいつの魔力は桁が違っていた。
「信じてくれた? あたしが魔王だ、って」
「……なんで、魔王がこんな場所にいる?」
俺はレスティアをにらんだ。
どういうことなんだ?
ゲーム内にこんな展開はない。
ゲーム内にレスティアなんてキャラは出てこない。
ゲーム内の魔王は、こんなルックスじゃない。
何もかもが、ゲームと違う――。
「単刀直入に言うね。あたしの――部下にならない?」
レスティアが微笑んだ。
あ、これってRPGの定番展開だ。
魔王が勇者に対して『部下になれ』と誘うやつ。
あ、でも、俺は勇者じゃなくて悪役貴族だけど――。
「……悪いけど、魔王の部下になったとしても、勇者に討伐されるだけだ」
「勇者? 誰のこと?」
レスティアが首をかしげる。
あ、そうか。
この世界、この時代ではまだ勇者なんて誕生していない。
勇者が現れることすら、誰も知らない。
ゲームのことを知っている俺を除いて。
とはいえ、古代の神話などから勇者の出現を予見している者はいるかもしれない。
少なくとも魔王は気づいているんだろう。
遠からず勇者が出現することを――。
「勇者になりそうな一番手は君じゃない? どう考えても人類最強の魔術師でしょ? それもダントツで」
「俺が勇者――?」
意外な言葉に戸惑う俺。
けれど、言われてみれば、それは理にかなった考え方かもしれない。
ゲームのシナリオを――『未来の運命』を知らない者から見れば、現時点で人類最強の魔術師(と思われる)俺こそが勇者にふさわしい、というのは自然な考えだ。
けれど、違う。
俺は勇者じゃない。
世界を救う存在じゃない。
逆なんだ。
俺は――世界を危機に陥れる悪役になる運命。
そして、それに抗おうとしているんだ。
「君がいずれ勇者になるとして……そんな勇者と魔王が手を組んだら無敵じゃない?」
「無敵じゃないさ。そうなったとき、俺を討つ者がいる」
俺はレスティアを見つめた。
「だから俺は魔王の部下にはならない。生き延びるために」
ごうっ!
魔力を高める。
いつ戦闘になっても対応できるように。
「魔王と戦う側に回る」





