16 継承する力
「こ、これは――」
胸の奥が、灼けるように熱かった。
マルスは体の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。
力だ。
魔力とは違う、不思議な力の感覚があった。
魔力の場合、マルスはそれを『炎』のようなイメージで感じ取っている。
自分の中で種火を灯し、精神を高めることでその火を燃え盛る業火に変える――それが彼にとっての魔力のイメージだ。
だが、この力は違う。
たとえるなら――清らかな水流。
涼しげで、爽やかで、心が現れるような清々しさがあった。
『これは聖なる力――』
頭の中に声が響いた。
「セレン……?」
『この力を、あなたに託します――』
声が、震えている。
今にも消え入りそうな弱々しさを感じさせる声だ。
「セレン……!?」
『天使の持つ聖なる力……あなたなら、きっと使いこなせる……はず……だから……』
その声は、だんだんと遠のいていく。
『私の命と、引き換えに……』
「ま、待って――それって、セレンが死ぬ代わりに僕が強くなるってこと……!?」
マルスは思わず叫んでいた。
それに対して、頭の中で響くセレンの声は微笑を含んでいた。
『あなたは……力を望んでいたのでしょう?』
「そうだけど……でも、それは誰かの死を引き換えにしてまで欲しいものじゃない……っ!」
マルスは、叫んだ。
喉が焼けるほどに。
『あなたが欲した――力です」
「ふざけないでください……そんなの、全然嬉しくなんかないっ!」
嫌だった。
嫌でたまらなかった。
確かに――力は欲しかった。
だけど、それは。
「誰かの犠牲の上になんて……!」
握り締めた拳が震えた。
『いいのです……これは、私が望んだこと……私が決めたこと……』
セレンの声がさらに弱々しくなり、小さくなり、
『どうか、胸を張って……力を、受け取って――』
光が、あふれた。
その瞬間、彼女の気配は完全に消えた。
「セレン……」
マルスは、両手を見下ろす。
全身を包む光は、もはや彼自身のものだった。
「これが……セレンの力……」
天使の聖なる術式――その名は『エルシオンギア』。
それは、魔王の術式『デモノギア』とは正反対の存在。
彼女はそう言っていた。
「いや、僕の力になった――ってことなのか?」
自然と涙がこぼれた。
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