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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

観察

作者: 舌先三寸

「死にたいんだよね」

友達が告げた。

「……………………」

僕は黙った。


場所はマック。時は昼下がり。久方ぶりの邂逅を果たした僕たちは、昼ごはんと洒落込んでいた。今日は土曜日という、次の日には日曜日がお出迎えしてくれる素晴らしい曜日。

そんな日に、我が親友は死にたいと宣う。

「あーー………」

沈黙は金と言うけれど、この場においては何か喋った方が良いと思い、必死に言葉を探す。右上を見たり、左上を見たり。

「………なんで?」

出てきたのは、陳腐なもの。

「うーん、そうだな……」

彼も探す。ポテトを右手に持ってクルクルしながら。

「全てが嫌になった」

彼もまた、陳腐だった。

「あーうん。…………なるほどね……」

決して理解しているわけではないが、とりあえず返事をする。そうした後、熟考。さっきよりも慎重に、丁寧に、ゆっくりと言葉を吟味していく。

背中を押すのが個人にとっての善。

背中を引くのが社会にとっての善。

どちらも正しくなくて正しい。あちらが立てばこちらが立たず。やはり世の中のいかなる問題は、善か悪か正しいか否かという二者択一の一元論では語れないものだと改めて思い知らされる。

「────まぁいいんじゃない………かな………。悩んで悩んで悩み抜いた結果、自殺を選んだんだろ?じゃあ俺にはお前の決断を止める権利はねぇよ」

考えた結果、押すことを選んだ。

「ありがとう。お前ならそう言うと思ってたよ」

どこまでいっても陳腐でおあつらえ向きの、まるでドラマかマンガの中の台詞をなぞるように喋る。

ガタッ。

そして立ち上がった。これ以上の会話は不要と言った感じで。

「それじゃあ──────「………ただし」

背中を向け立ち去ろうとしたところに待ったをかける。彼は振り返った。全てを悟った、達観してる表情だった。

「────お前が自殺するところに、一緒に付いてっていいか?」

目が見開かれる。眉をひそめる。表情が曇る。口が開く。言葉が飛び出る。

「は……………………?」

予想通りだった。



「俺以外にそれ言ったら普通に逮捕もんだからな」

「すまん」

電車に揺られながら、謝罪の言葉を口にした。

電車に乗って目指すはU市。彼曰く山と森林が多く、自殺に適した土地とのこと。そんなことを言えば日本全体が自殺の名所なのではないだろうか。国土の七割が森林だし。

閑話休題。

「なぁ、ユウキ」

僕は親友の名を呼んだ。本名、浅倉ユウキ。

「さっき自殺する理由は『全てが嫌になったから』って言ってたけどさ、何で全てが嫌になったんだ?結構順風満帆な生活してるって、風の噂で聞いてたぜ」

電車の床を見つめながら話した。親友としては余計な詮索をするべきではないのだろうが。

実際気になるのだ。

なぜ大学二年生という希望に満ちているはずの年齢で、自殺という選択肢を選んだのか。

「あー……」

やがてユウキは、喉から絞り出すような声で語り始めた。

「………一つこれって理由があるわけじゃない。ただの、少しのすれ違いと些細な揉め事が重なった結果の成れの果てだよ。別にそんな、ひどすぎるいじめに合ったとかそんなんじゃない。塵も積もれば山となるの下振れみたいな感じだ」

「なぁ、ユウキ。まだ─────」

僕は彼の方を見て、口をつぐんだ。そこから先を話すことはしなかった。

ユウキのその横顔が、憂鬱と憂いと不安と、そこに一抹の安堵を添えた見たことのない表情をしていたから。

『まだ、人生決まったわけじゃない。大丈夫、こっからきっと良くなる』

そんな舌先三寸の確証も確信もへったくれもない言葉なんて、言えるわけがなかった。

だから僕は前へ向き直って、外の景色を見た。

目的のU市に付く頃には、日が傾き始めていた。



「この先に公園があるんだ」

「ほんとかよ。今んところ辺り一面森だけど」

「ほんとじゃなかったらこんなところ歩かねぇだろ」

「そりゃそうか」

夕方。

太陽は地平線に没する前の最後の残光で空を茜色に染め上げる。

東からは夜が迫ってきており、大小様々な赤と黒が入り交じった不思議な色合いの雲は悠々自適に回遊を続ける。

夕暮れには、独特な侘しさがある。

僕たちはユウキが自殺する場所である山奥のとある場所に向かって歩いていた。詳細は教えてくれない。行ってからのお楽しみだそうだ。

木々が夕日を浴びて燦々と輝いていた。

美しいとは思えなかった。

「……………」

「……………」

黙って歩を進める。細道のため、必然的に縦一列に並ぶ形になる。

山道を登りながらこう考えた。

彼はこれから自殺をするのだ。自ら命を絶つのだ。背中からは、悲哀と諦めと、覚悟が透けて見える。

それを僕は、美しいと思った。

人間の人間たる所以がここに詰まっていると感じた。

人は死ぬまでの瞬間が一番、人間らしくなり生の輝きを放つ。光が濃くなれば、影も自ずと濃くなるように。

だからこそ僕は、その一番彼が人間らしく生きている瞬間を見たいから、死ぬ時を見させてくれと懇願したのだ。


────ここまで考えて、我ながら陳腐な考えだと思った。

どうやら僕は、夏目漱石にはなれないらしい。

「……………」

「……………」

ザッザッザッ。っと、一定のリズムで奏でられる足音を聞きながら、山道を歩く。

きっとこうやって普通は考えないことまでも考えてしまうのは、僕自身がまだ彼の死を受け入れる準備が出来ていないからだ。

他のことを必死に考えて、現実逃避をしようとしている。それは僕の、人間としての本能なのだろう。

「着いたぞ」

「………あぁ、そうみたいだな」

そんなことを考えていると時間は早いもので、いつの間にか目的地に到着していた。

烏が、これから起こる出来事を予期するかのように夜鳴きをしながら飛んでいく。

そこは、寂れた公園だった。



最後の力を振り絞るように輝く太陽が、雲の隙間から僕らを照らす。雲の天井が下に落ちてきており、今にでも一雨降りそうな感じだった。

錆びだらけのジャングルジム、シーソー、滑り台。

砂から草が生えてる砂場。

風が吹く度にブランコが軋んだ音を立てながら少し揺れる。

公園の外周には鉄の柵が設置されており、その下は絶壁の崖となっている。

名前も知らない、公園。

ユウキは、柵から身を乗り出して今から飛び降りる崖の品定めをしていた。

ぐんぐん伸びてスタイルが良くなっていく足元の影。やはり夕方は、えもいわれぬ悲壮感に駆られる。

「一つ、聞いていいか」

「ん?」

ユウキが僕の方を向き直って言った。

「なんで、俺が自殺するところを見たいなんて言い出したんだ?はっきり言って異常だぜ」

当たり前の質問だった。今の今まで聞かなかったことが不思議なぐらいだった。

「そりゃあもちろん……」

『お前が死ぬ間際に一番輝く瞬間を見たいから』………そんなこと言えるはずがない。きっと引かれるに決まってる。

だから僕は。

「単なる好奇心と、その場の勢いっつうかノリみたいなやつだよ。まさかここまでの長旅になるとは思ってなかったけどな」

誤魔化した。笑顔と共に。多分、笑えてなかっただろうけど。

「そっか」

ユウキは、それ以上詮索してこなかった。

彼も笑えていなかった。

浅倉ユウキが、柵に足をかける。

よじ登る。

柵の上に立つ。

こっちを向いた。

「遺言はあるか?」

僕は聞いた。

「遺言か?」

彼は言った。

「悪くない人生だった」

見たことないぐらい、活力に満ちた目だった。死ぬ直前の人間がする顔だとは、とてもじゃないが思えなかった。

死ぬ間際にこそ、生は燦然と目映い光を発するのだと、改めて確信した。

浅倉ユウキが、向き直る。

崖の方に。

死への方に。

「それじゃあな。またどこかで」

なるべく明るく努めて、別れの挨拶をした。

「それじゃあ、」

明日も会おう。みたいな、そんなテンションだった。

ユウキは勢いを付けて大きく跳んだ。翼を持った天使が羽ばたく時みたいな、軽やかな音だった。

フワッと体が宙に舞ったのち、真っ逆さまに落ちていく。痛いのは一瞬というが、その落ちるまでの刹那であり永久に続く時間の苦痛は尋常ならざるものだろう。筆舌に尽くし難い。

やがて遠くで、ドサッともグシャッっとも形容しがたい、人が潰れた音ないし命が潰えた音が小さく響き渡った。烏が四羽バサバサと、どこか別のところに飛び立っていく。浅倉ユウキは死んだ。

人が死ぬ過程なんて、文字に表せば一頁に収まるほどに淡白なものだ。無常とは実にありふれている。

小さく手を合わせ祈る。ご冥福お祈り申し上げます。

そうしてやがて僕は、崖から背を向けて歩き始めた。決して後ろを振り返ることはしなかった。

ただ歩いた。早歩きで。

後ろ髪を引かれる思いを抱えていたから、それを振り切ろうというわけじゃない。ただ何となくそうするべきだと思っただけだ。

やがて耐えかねた漆黒の空から、ぽつぽつと雨が降ってきた。瞬く間にそれは強くなり、ジャンパーを濡らす。

世界に幾千もの透明な斜線が入る。木々が怒るように揺れる。

走りはしなかった。その代わり、フードを被った。指で抑えながら歩いた。雨を含んだジャンパーは重かった。

『非人情がちと強過ぎたようだ』

そんなフレーズを思い出した。



家に帰るまでの過程は、正直あまり覚えていない。電車に揺られて、気がつけば玄関で佇んでいた。

ジャンパーから雫が垂れては水溜まりを形成する。靴を脱いで、家に上がる。靴下に染み込んだ水が体温で温かく感じられた。気持ち悪いことを気にも留めずに、そのままソファーに座った。靴下もジャンパーも脱ぐ気が起きなかった。

彼の魂はどこへ向かったのだろう。

天国か、あるいは地獄か。はたまた無か。輪廻転生か。

目を閉じる。疲れていた。

睡魔は、僕を意識の泥濘へと静かに沈めていく。

彼の魂の行く末に希望があらんことを願って、そのまま意識を放棄した。

カァ。

烏がどこかで、希望を謳っていた。


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