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第二章 交錯する意思(1)

 ほとんどの電源をカットした船内で、二人の少女が対面して座っている。宇宙空間で外部に存在を知らせることになる、最たるものである排熱、放熱を極力抑える為の措置であった。息を潜めるようにほとんど物音が聞こえない船内は暗く、少女達自身の衣服が発するごく僅かな光源だけが、少女達の顔を、闇の中にぼんやりと浮かび上がらせていた。

「私は十分に幸せでしたよ。出自と、やったことを考えれば、幸せすぎたくらいです」

 そう語った声は、クリスタルのものによく似ていた。闇の中に浮かび上がった顔の特徴も、クリスタルとそっくりであった。うっすらと青い、戦闘艦の乗組員の制服のような衣装を着ていた。だが、奇妙なことに、言葉を発した少女の向かいにいる少女もまた、クリスタルと瓜二つと言っていい程、よく似た容姿をしている。

「幸せだったのなら良かったですが、幸せすぎたという表現は少し引っ掛かります」

 その少女から発された声は、まさにクリスタルそのもので、だが、現在のクリスタルではまだ理解しえない、深い感情が込められていた。そちらの少女は、やや光沢のある白色の、プロテクターのような不思議なスーツを身に纏っていた。

「そうやって卑屈に考えるのはあなたの悪い癖です。私自身の悪い癖でもありますが」

 そう言ってやんわりと笑う。その表情も、現在のクリスタルにはできないものであった。

「そうかもしれません。ですが」

 対するもう一人の少女も、やや儚げに、そして感慨深げに、静かに笑った。そんな表情ができるということは、つまり、そちらの少女もまた、現在のクリスタルではあり得ないということでもある。二人はコックピットでもブリッジでもないどこかの部屋にいるが、部屋が暗い為、二人が樹脂製のテーブルを挟んで向かい合っている以外、部屋の中の様子は全く見えなかった。

「ついにこの時が来たのかと思うと不安になります」

 仕方がないことなのだと言いたげに、青い服の少女が笑う。彼女のことを、プロテクターを付けた少女は、

「サファイア」

 とだけ名前を呼んで、答えとした。

「気にしすぎても仕方がないことですが、最初から分かっているというのもつらいものなんですよ? 私は一体何をしてきたんでしょう。あなたにどれだけの」

 サファイア、と呼ばれた青い服の少女が、弁解するように早口になる。そんなサファイアに、もう一人の少女はもう一度、

「サファイア」

 と、名前を呼んだ。

「あなたは罪滅ぼしのつもりだったんでしょうけど、私はあなたに感謝しています。それで十分じゃないですか」

 プロテクター姿の少女が頭を振る。彼女の傍に、プロテクターと同色の、針のように細い筒状の物体が六本、等間隔に並んで出現する。それは少女の腕あてのようなパーツの甲側にある凹みに嵌ると、ほぼ腕あてと一体化して、個別のパーツだということが分からなくなった。

「時間どおりです。いよいよですか」

 感慨深げな少女の言葉に、

「もう――いえ、私は行きます」

 サファイアは頷いて立ち上がった。

「今のうちに伝えておきます。今までありがとうございました」

「それはこちらの言葉です。そしてよろしく頼みます」

 サファイアの表情は、まるで死地に向かう兵士のようで、見送る少女もまた何らかの確信を得た、今生の別れを予感しているそれであった。いや、彼女達は最初から知っていた。これは未来へのプロローグで、そして過去を終わらせる為のエピローグなのだと。そしてそのエピソードの中で生まれた、サファイアという一台のロボットが、自分の過去を清算し、そして、クリスタルという未熟な機械生命体の未来を繋ぐためのインターセクションなのだと。サファイアは間違いなく、クリスタルの味方であった。

「これをお返しするのを忘れるところでした」

 そう言ってサファイアがテーブルの上に置いたのは、いつかアルバートの手元にあった、あの銀色の通信デバイスであった。

「私の役目はこれで終わります。私があのクリスタルの手を引けるのはここまでですから。それでは、私達の引き起こした不始末に、決着をつけに行きます。あなたも覚えている通り、そして私も覚えている通り、私が戻ることはありません。だから――」

 別れの言葉を紡ごうとしているのであろう。僅かに声は乱れ、言葉は迷いがちなものであった。彼女達にいったいどれほどの物語があったのは不明だが、サファイアが何らかの問題に関わるものであった過去が言葉に滲んでいる。

「別れの挨拶は不要ですよ。私には、その気になればあなたを再生させることも可能なんですから。でも、そうですね。そうはしないでしょう。私にはやらなければならないことがありますし、結局は、そう、あなたをもっと大変なことに付き合わせることになってしまいますから。あなたには、それだけの時間は持てないのだと思います。私ではないから」

 名乗らない少女は、静かにデバイスを手に取った。そして、一見そう動くようには見えない場所を指でなぞると、デバイスは変形し、先に腕あての甲に嵌めたのと同型の、針のような筒状のパーツになった。少女がそれを自分のプロテクターの肩当てに乗せると、自然にその筒もまたプロテクターの一部として溶け込んだ。

「でもこれだけははっきりしています」

「ええ。ここでクリスタルを破壊されればすべては終わり」

 サファイアは立ったまま、頷いた。クリスタルと同じ容貌の顔で。

「未来どころか、この時代も存在しなくなるのでしょう。それだけは必ず防ぎます」

「お願いします」

 もう一人の少女は頷いた。どちらからといえばそちらの少女の方が超然としており、纏っているプロテクターも相まって、彼女の方が対処した方が良いように見える。だが、彼女は座したまま動かなかった。

「私が直接手を出せないのが歯がゆいですが、それこそ何か起きてしまうのか、私にも予測がつかないですから」

「あなたが直接あの子と接触するのは避けた方が良いことは、私にも理解できます。あなたの言葉はあの子の言葉ですから。あなたが語った言葉はあなたの記憶として、その言葉をあなたが発する時まで残り続けます。当然私の言葉は、私が発したものとして、私の記憶にもかつてはありました。ですが、それがそういうことだったのだと自分で気付いた時に、自分でその記憶データを削除しました」

 サファイアは、また、分かっています、と笑った。

「私が、あの子に掛けているのは、サファイアが、サファイアとして、自分で考え、自分で発した言葉です。私の中にもその言葉の記憶はもうないんです。情報のループを起こさないようにする為の、それが唯一の手段でした」

 つまり、サファイアには、クリスタルとしての記憶もあるということであった。それはつまりどういうことであったのか。二人の少女にとっては、そのことについては、既に語るまでもない当然のことのようで、その理由を口にすることはなかった。

 それ以上に、サファイアがもう一人の少女に対し、彼女にも記憶にクリスタルとして見聞きした記憶があると語り、それを彼女が発することはクリスタル自身の発言になるという言葉から、もう一人の少女の正体を、ほぼ直接的に物語っていた。

 サファイアは少女に背を向け、部屋を出て行こうとする。ロボットであるサファイアに、部屋の暗さは歩行の障害にはならなかった。

「それでも、どうか」

 その背中に、少女が言った。

「私を、よろしくお願いします」

 つまりは、そういうことであった。

 プロテクターを着て座っている少女は、明らかに現在の記憶を有する、所謂ところの未来のクリスタル当人であり、それが故に、クリスタル自身は、実のところ、現在のクリスタルがエメラルドとして造られるお膳立ても、クリスタルが造られてからの手助けも、何一つ手を出したことはなかったのである。それはサファイアと呼ばれるロボットが行ったことで、その為に必要な情報は、無論彼女の中にも最低限残っているが、結果実際にあったように自分が振舞う筈だと信じ、その大半の記憶データを、サファイアは既に自分で喪失させていた。もっとも、要点を見失わない為に、骨子的な、何があったかだけの基礎的な情報だけは、残してあった。実際の所、サファイア自身、自分がこの後逸失されることは記憶している。しかし、それがどういった形で成されたのか、詳細を、彼女自身覚えていない。

 それがタイムパラドックスを防ぐ為の正解であったのかは、サファイア自身にも分かっていない。実証としては、未だ宇宙は崩壊していない。それで充分であった。

「私は、私が成すべきと思ったことを成してきました。最期の時まで、そうするだけです」

 サファイアは答え、部屋を出ていった。

「きっとあなたの記憶通りになるでしょう」

 部屋を去る足取りに迷いはなかった。


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