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第一章 忍び寄る敵意(8)

「もし私の懸念が正しければ、海賊船は、原因となる事象より先に結果を及ぼす、一種の因果律兵器を有していることになります。どういうことかといえば、結果が先に確定してしまうので、どうやってもその原因になる事象を止めることはできなくなるという厄介なものです。起きてしまったことは止められない。これは絶対の法則になります。そして、結果が先に確定するということは、なぜそうなるのかを予測不可能ということも意味していて、つまり、その結果が確定することを、他者が止めることが困難であるいうことも意味しています」

 クリスタルは、作戦会議室で集まった隊員達に向かって自分の予測を語った。作戦会議室の壁にはモニターが複数あり、各艦の作戦会議室の様子が映し出されていた。相互に、互いの様子が見えているのだ。

「ただ、それは止められないということは意味していません。困難ですが、想定さえつけば、その結果が起こり得ない状況に持ち込むことは可能です。どのような超兵器でも、一〇〇%発生しないと断言できる事象を発生させることはできないのです。そこが攻略のポイントです。相手はおそらく私達よりもずっと進んだ、私達には理解できない科学技術を備えていますが、だからといって万能ではありません。そして、私達は救助隊であり、軍隊ではありません。海賊船を沈黙させることが目的ではないことが、私達の大きなアドバンテージになります」

 クリスタルの言葉に、沈黙だけが返ってくる。現状は共有されていて、アルバートが連盟軍から半ば無理矢理聞き出した、連盟軍艦隊の現状もすでに各艦に知らされていた。

「皆さん知っての通り、既に連盟軍各艦はシステムが原因不明のエラーにより航行不能に陥っている状況です。しかし生命維持に必要なシステムは正常に稼働しており、通信システムも無事であることが分かっています。つまり、海賊船は対象のシステムを正確に狙ってダウンさせる電子戦を行うことが予想されます」

 クリスタルは、また言葉を切り、皆を見回した。ため息のような、呻きのような吐息の音が、あちこちから聞こえた。クリスタルは、更に声を張り上げた。

「次に懸念されるポイントは、定期船や連盟軍の艦が同一座標に留まっているということです。つまり、ここから通常のシステム停止の状況ではないことを推測することが可能です。ただシステムが停止しただけであれば、慣性によって漂流する筈です。あるいは、停船後のシステム停止だとしても、何らかの外的エネルギーの影響によって、同一座標に留まることはありません。やはり漂流することが自然です。となると、何らかの方法で、海賊船は艦艇をその場に括りつけていると考えることが妥当です。つまり、システム停止、および、捕獲の二点に対し、対策が必要になる訳です」

「その方法は?」

 アルバートが口を開いた。トラクタービームやキャプチャービームの類であることは容易に想像がつくが、既存の方式であればたいていの艦艇にはカウンターシステムが備わっている。そう簡単に掌握されるとは思えなかったのである。未知のエネルギーに対して、どう対抗すべきなのか想像もつかないのは、他の隊員達も同様の様子であった。

「端的にいえば、いずれにせよ、船体が直接エネルギーに晒されなければいい、です。未知のエネルギーであれ、何らかの波であれ、遮断してしまえば良いわけです。実際、方法は簡単で、亜空間航行とまったく同様で良い筈です。半エネルギー体、半実体の、HEOP(Half Energy―Objct Particleの略である。別名エナクト粒子とも呼ばれていた)で防御可能な筈です」

 通常航行でのHEOP散布は普通やらないが、不可能という訳ではない。ただし、HEOP散布中は外部からの影響をエネルギー変換させてカットするのと同様に、内部からのすべての通信や射出物もエネルギー変換されてしまう為、艦艇間や外部との通信は完全に断たれ、兵器等の使用も不可能になる。攻撃手段がなくなる為、海賊船の撃破は不可能だが、ユーグは当然海賊船の撃破は使命ではない為、そもそも攻撃の必要がない。最初にクリスタルが話したアドバンテージという言葉は、そういう意味であった。

 また、クリスタルの話はそれで終わりという訳でもなかった。彼女にはもう一つ、どうしても語っておかなければならないことがあったのである。

「最後にもう一つ、対策をしておかなければならないだろうことがあります。それは、私自身に対するハッキング対策です。現在のソフトウェアで私の人工頭脳プログラムにアクセスができないからと言って、それは彼等もそうであるという意味にはなりません。私自身に不正なプログラムを仕込まれる前に、私はシステムにアクセスできない場所に退避、または、隔離される必要があると思います。散布前にそれを仕込まれた私が、HEOP散布後に、内部から止めてさせてしまうおそれすらあるからです。そのことから、先の対策を行う前に、私は小型艇等で単独行動すべきだと思います。最悪の場合でも、私が自ら海賊船に投降してしまうだけで済むはずです」

 海賊達の要求を通さないという面からは危険な対策方法になるが、それを避けようとした時のリスクが高すぎた。どちらを優先させるべきかは明らかで、クリスタルは自分がそれによって何らかの危険に飛び込むことになるのだろうことを理解しながらも、それを受け入れようとしていた。

「結果、私が破壊的な何かに書き換えられてしまう懸念も含まれますが、私がそのようになったからと言ってすぐさま脅威になることはないでしょう。海賊船が持つオーバーテクノロジーに匹敵する技術は私にはありません。海賊船の脅威に比べれば、私の存在は誤差レベルに過ぎません。だからいいのかと言われると……まあ、良くはないですけど。でも沢山の人の命が掛かっている以上、わが身可愛さばかりを言ってはいられないですから、そこは覚悟しています」

 クリスタルは、自分が犠牲になるかもしれないことには、一定の覚悟をしていることも語った。それを聞いていたユーグの隊長格クラス以上に、最初、反応はまったくなく、嵐の前のような静まり返った状態だったが、モニターの向こうで、一人の男が口を開いた。

「君の予測は良く分かった、クリスタル君。成程、不測の事態として状況は停滞しているが、時間の経過という、非常に懸念される問題が横たわっている以上、刻一刻と、悪い方向へと推移中とも言える。現状は連盟軍の駆る艦艇の性能を考えれば、より高性能な何かによって正常な航行、並びに、戦闘行動を阻害されていると言われても、一定の納得ができる。事実は君が考えているよりも悪いのかもしれんし、逆にもっと良いのかもかもしれん。だが、我々には推論もできん事態が起きていることだけは確かで、君の推論以外に一理でもある推測が可能な者もいないのだろう。我が艦、アンギュールとしては、その対策に賛同しよう」

 答えたのは、中型艦アンギュールの艦長であった。他の艦の通信からも、思慮するような、ため息に違い低い声が聞こえてきた。その中で、唯一、意見を挟む者があった。クリスタルのいる艦内からではない。小型艦ゼルファースの艦長であった。

「それは、どうも、君自身、つまり、クリスタル嬢を囮として見捨てる案に聞こえる。小艦としては、ユーグの同じ仲間を、初めから見捨てる案には賛同しかねる。君の安全が確保されるような、他の案はないものだろうか」

「私もそれがあればどんなにか気が楽なことかと思います。ですが、相手は未知の技術を有する艦なのです」

 クリスタルは、頭を振った。ユーグが、同じ隊員を犠牲にすることを良しとしない組織であり、隊員一人一人も、その理念に強く賛同し、誰かを犠牲にする作戦は論外だと結論付けることは、クリスタルも知っている。だからこそ、彼女もユーグに志願したのだからである。だが、今回は、通常の救助任務とは異なる。未知の文明の脅威からの、銀河間連盟内の艦船の乗組員及び乗客救助である。優先されるべきは、一般市民である、定期船の乗客及び乗員の安全であった。

「確実な策などありません。私はその中で、想定されるうち、もっとも被害の少ない想定を考慮したつもりです。私一人の被害で、定期便内に拘束されている、多くの一般の方々の安全が確保されるのです。その為には、私自身が、最も憂慮される障害と成りえる為、私の隔離失くして、この救助は安全に成し得ないものと推測します。ですからお願いします。どうか、助けるべき命を、取り違えないでください」

 クリスタルに残された説得は、感情論に訴えることだけであった。無論、彼女とて、自分がその結果どうなることになるのか、まったく想定もつかず、怖いのである。各艦には、それを汲んで欲しいと願いのも、また、クリスタルの本心であった。

「クリスタルの話す通り、最優先は、定期船の乗客乗員の命である。失敗は許されない。クリスタルの案よりも確実な案があるか」

 クリスタルに次いで、アルバートも、繰り返した。総司令官の言葉は重い。アルバートもそれを知っているからこそ、クリスタルの決意を汲んだのであった。

 当然、誰からも、代替案は、出なかった。


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