第一章 忍び寄る敵意(5)
時に、悪い予想というものは、あたるものである。惑星メイダの事実上の宇宙港である宇宙ステーション、メイディアから、ラズルール基地に救助要請の通報があったのは、まさにその日のうちであった。
内容は、メイディア発の定期便の一つが、クライエル星系を離れる直前で、海賊と思われる所属不明艦に襲われ、占拠されたというものであった。無論、ユーグは海賊やハイジャック犯からの人質の解放は行っていない。それはメイディア宇宙ステーションも十分認識している筈のことであった。本来は、銀河間連盟評議会軍へ、通報が行くべき事態である。にもかかわらず、ユーグのラズルール基地にも通報が入ったのは、宇宙船を占拠した海賊達が、名指しでクリスタルを差し出せと要求してきた為であった。
ヴァイル指揮官以下、ラズルール基地所属の第三艦隊隊員達の間には、その奇妙な要求と、ラズルール基地に、現在クリスタルが逗留していることを何故海賊達が把握しているのかということに、当惑が広がっていたが、アルバートと、当のクリスタル本人には、来るべきものが来てしまったという共通の認識があった。
無論のことだが、クリスタルが海賊に恨みを買う覚えはない。何故自分が名指しされなければならないのかは、クリスタル自身にも分からなかった。
宇宙ステーション、メイディアから入った情報では、海賊達は、クリスタルさえ差し出せば、定期便、及び、乗員乗客には危害を加えずに解放すると言っているらしい。アルバートとクリスタルは、指揮官室に移り、ヴァイルと対応を話し合った。
「私は、自分の身柄を差し出す分には構いませんが、それで約束が守られない場合が怖いですね」
海賊に身を差し出して、そのあとどうなるのかは、クリスタルにも想像がつかない。何を目的としているのか、全く理解もできなかった。
「最悪のケースはあまり想像したくない話ですけど、用済みとして、定期船が撃沈されるかもしれないと考えると、安易に要求に応えて良いのか、判断に迷います。回答期限とかは、言ってきていないんですか?」
「ステーションも混乱しているのかもしれん。正確な情報が、こちらに一報が入ってきたあと、まだ届いていない。乗員乗客が、襲われなければ良いが」
と、懸念を露にしながらも、ヴァイルもクリスタルを差し出すことに関しては慎重であった。
「船一隻を襲い、要求は君ひとりの身柄か。何がそこまでさせるのだろうな」
アルバートが、疑問を口にした。まさしく、目的にしては手段が大袈裟すぎることに、不自然さは拭えなかった。
「そもそも、本来の予定であれば、私は既にここを離れていた筈です。何故まだ留まっていることを知っているんでしょうか。どこから情報が漏れているなんてこと、ユーグに限ってないと思いますし」
分からないことだらけであった。また、クライエル星系で海賊行為を大っぴらにする者は少ない。細々とした密猟船団は現在も飛来するが、長々とマカラカ達が謂れのない犯罪の的にされてきた歴史から、星系内にはユーグだけでなく、評議会も軍基地を、摘発の為に置いている。程なく連盟軍も出撃するであろうと思われた。
「現状は連盟軍に任せるほかないだろう」
アルバートの言葉が、ユーグとして、現在取れる現実的な方針であった。
「了解しました。総司令官」
ヴァイルは、当然、待機中の中型艦に出動準備を命じてはいる。解放された後、速やかに定期船の乗員乗客を救助する必要があることは十分に想定されていた。
しばらく静観を続けるが、海賊達からの追加の要求などの情報は入って来なかった。先に連盟軍の艦艇が出撃したという情報も入り、ユーグとしては、定期船が解放されるまで、出る幕はない状態となった。
ユーグ同様、連盟軍の艦艇は銀河間連盟内でも最高の技術を結集した結晶である。海賊が手にできるアンダーグラウンドで出回っている最高の機器をそろえても、まだ足元にも及ばない程の性能を誇っていた。隊員達も、ハイジャック事件などに対応する為の訓練も十分に積んだ猛者揃いである。人質を無事に解放するという面においても、ユーグが出しゃばったところで足手纏いにしかならなかった。
連盟軍からの連絡も入った。内容は、
「要求には乗らないように願います」
とのことであった。一度要求が通った海賊の噂が流れると、模倣犯が多く現れるというのである。当然、宇宙は広い。海賊行為は犯罪であり、犯罪者の要求には絶対に応じず、犯罪を許すこともない、という大前提の姿勢が崩れては、あっという間に無法地帯にまっしぐらの星系も多々あるのだという。その為に、現状で要求を飲む、という選択肢はあり得ないとの判断であった。
もっとも、だから解散し、クリスタルが自由にして良いかと言えばそういう訳にはいかない。状況を見守ることしかできないが、最悪の状況が回避されたと言うにはまだ早かった。
クリスタル自身、まだ不安であった。
海賊達に定期船が襲われれば、連盟軍が即座に駆け付け、攻撃するということも理解しているであろう。何故そんなあからさまに失敗すると分かり切っている襲撃計画を立てたのかが理解できなかった。また、定期船からの救援要請が遅すぎているということも気になっていた。所属不明艦艇が接近した時点で、普通なら連盟軍に通報が行われているのが当然で、占拠されてから連盟軍が出撃するという事態には、違和感を覚えずにはいられなかった。
「何故、占拠される前に手を打てなかったんでしょうね」
彼女には、その疑問を黙っていることができなかった。彼女の呟きに、アルバートも、深く思案の唸り声を上げた。
「私もそこが気になる。もっと早くに通報して然るべき事態だ。まだ予断は許さない。気を抜くのは早いかもしれないな」
「はい、そう思います。杞憂なら良いんですけど。大胆すぎるのが気になるんです」
クリスタルはおそらく杞憂では済まないと、覚悟していた。おそらくこのまま収束とはいかないであろう。
「ひょっとすると、なんですが」
ある疑いと、彼女の中では線が繋がっていた。その予測は彼女の中では絵空事ではなく、実際にあり得ることとして判定されていた。
「彼等が、何らかのオーバーテクノロジーを手にしているおそれはないでしょうか」
「というと?」
クリスタルの言葉に反応したのは、アルバートではなく、ヴァイルであった。彼は、クリスタルの経緯を知らない為、全く理解できなかったことは仕方がないことであった。
「まず、そもそもの話なんですが、私は機械生命体で、私の人格は間違いなくプログラムです。ですが、私のプログラムは、現在あるどんなソフトウェアでも、外部からアクセスすることも、解析することもできません。私自身が、そもそもオーバーテクノロジーを抱えているとも言えるんです。そうなった原因は私にも分かりません。おそらく偶然の産物ではあるのだと思います。そして、そのような存在になっている私は、もともと、意図を持った何者かの支援を受けて開発されたアンドロイドでした。おそらくその存在だろう者と、私も一度は接触したことがあります。その際に、私は、その存在の実体を、解析することができませんでした。全く未知の何かだと、私のセンサーは告げていました」
クリスタルは、臆せずに、自分のこと、そして、道の何者かと接触したことがあることを、ヴァイルに語った。今更ではあったが、黙っていることは、万が一にも、連盟軍や定期船を危険に晒すことではないかと懸念したのであった。
「それを考えると、その何者かが、私をそうまでして何故開発させなければならなかったのかという疑問が残ります。そしてその疑問は逆に、私が存在しないことを望んでいる、別の意図が存在している可能性を、未確定ながら示唆しています。もしその仮定が真であるとすれば、私の存在を消したがっている誰かもまた、全く未知の存在である可能性が高いんです」
「つまりは、我々がまだ触れたことがない、全く未知の技術がある、という懸念か」
理解したように、ヴァイルが頷いた。突拍子もない話ではあるが、彼はクリスタルの話を信じたようであった。
「その仮定は考えなかったな。しかし、そう考えると、犯行の大胆さにも納得がいく」
アルバートも、低い声で同意した。
「ヴァイル指揮官、連盟軍に、未確定ではあるが海賊が未知の技術を所有している恐れがあることを伝えてくれるか。眉唾な話にしかならんが、念の為だ。もし信じてもらえないとして、その場合は、致し方ないと割り切り、最悪の事態に備えよう」
「了解しました」
ヴァイルも、そうなりそうだ、という目をした。