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第一章 忍び寄る敵意(2)

 広報部の仕事というのは、とかく誤解されがちである。組織外部への告知やPR等が仕事だと思われていることが多いが、それ以上に重要なのが、ユーグ組織内を対象にした仕事であった。特にユーグのような、実働部隊が、物理的に銀河間の距離で分散して存在している組織では、広報部による組織内への働きかけは重要なのである。

 部隊が物理的に分散し、離れて存在しているということは、つまり、各隊員の、他の部隊に対する興味を薄れさせるのには十分な理由となり得る。艦隊間の連携を喪失させ、隊員の意識を艦隊内のみの帰属感で完結させることは、士気の低下、意欲の低下といったものを誘発させかねない危険な兆候である。それを防ぎつつ、組織の一体感、士気の向上、意欲の向上につなげやすい空気を形成する為の活動は、ある意味外部への周知の為の仕事よりも精力を注ぐ必要がある仕事であった。

 つまるところ何が言いたいかというと、ステージ上で進行役を務めることも大切な仕事ではあったが、クリスタルは並行して他にも仕事を抱えていたということである。

 ステージ上のパフォーマンスを連続して行い続けてしまえば観客もスタッフも疲れてしまう。当然ステージイベントには休憩時間が設けられていた。しかし、その時間は、クリスタル自身はまったく休憩時間ではなかった。

 広報部として、本部以外の実働救助部隊との接触の機会は極めて貴重である。休んでいる暇などない。他の部隊や本部内に公表できる、有志や各部隊内での体験談や活動状況、本部や開発部への要望などのネタを少しでも拾い集めなければならない。彼女はできるだけ生の情報を集める為に、第三艦隊の隊員達の仕事ぶりを自分の目で見て、自分自身で話を聞くために、休憩中の隊員達の雑談を聞いて歩き回るという、疲れを知らない機械ならではでもあり、人工頭脳というデジタルな存在であることとは裏腹の、極めてアナログな方法で情報を集めた。

 メイダの球樹の中では小艇の飛行展示などの派手なパフォーマンスは行えないが、例えば破損した宇宙ステーション内で円滑に活動する為の装備などを一般公開するような、地上展示は行える。イベント会場には、観客へのアピールや防犯上等の理由で、艦隊の隊員達も多く配置されていた。その為、会場内を歩くだけで、普段交流のない第三艦隊の隊員達から貴重な話を聞くことができた。といってもまだ新人であるクリスタルには、込み入った話を理解するのは難しく、どちらかというと顔を売っておくという意味合いが強かった。

 救助部隊の任務は過酷である。また、任務外の休暇中などでも、事故や火災などの現場に居合わせると体が自然に他者の救援や避難の補助に動いてしまう隊員も少なくない。任務の内外で大怪我を負い、サイボーグ手術で体の何割かを機械化せざるを得なくなった者達も、少なからず存在している。その為、有機的外見の機械に慣れている隊員が多いことが幸いしているのか、第三艦隊の隊員達から、クリスタルが奇異の目で見られることもなかった。

 とはいえ、一般観客の目もある。隊員達も弁えており、クリスタルが機械生命体であることをいたずらに話題にしたりもしなかった。ただ、救助部隊の隊員達は肉体が資本であり、ありていに言えば体力自慢達であった。観客から見えない場所で体力勝負を挑んでくる者達があとを絶たないことには、流石のクリスタルも閉口した。

「休憩時間は休憩してください」

 クリスタルはそう反論するが、

「ほら、突っ立ってるだけだから、体が凝ってくるのさ。ちょっと解すだけ」

 彼等はそう言って笑うのだった。この流れにはクリスタルには既に既視感がある。ユーグ本部で、第一艦隊に聞き取り調査と銘打った顔見せに行ったときに、似たようなやり取りをした。第一艦隊の時は、突っ立っているだけだから体が凝る、ではなく、訓練だけだと達成感がない、ではあったが。第一艦隊の猛者達五〇人に五〇種目の体力勝負を挑まれ、クリスタルが全勝したという逸話は、第三艦隊の面々にも既に知れ渡っているようであった。

「奴等、打倒クリスタルを掲げて、指揮官殿に『訓練の方向性を見失うな』と怒られたってな」

 第三艦隊の猛者達はこぞって笑った。

「目の敵にされるのも嫌なので、勝負を挑まれても受けないことにしました」

 冗談めかしてクリスタルは笑う。隊員達は冗談だと分かっているように、

「それはいかんなあ。広報が第一艦隊を贔屓して奴等とだけ勝負するのはいかんだろ」

 といった冗談で言い返してきた。クリスタルにとって至極残念なことに、実働部隊であっても、彼等は体力馬鹿ではなく、皆、ユーグの教養試験に合格するだけの頭脳の持ち主達である。ウィットにウィットで返すのは、お手の物であった。

「女の子を虐めて困らせるのは感心しませんよ?」

 クリスタルがさらに言うと、

「クリスタルの種族に性別の区別はないって聞いたな」

 隊員の一人が答えると、周囲の隊員達もどっと笑った。確かに厳密に言えば、機械生命体に性別はない。クリスタルは苦笑するしかなかった。

「ヴァイル指揮官に聞かれると叱られますよ」

 クリスタル自身はその言葉に気分を害されることはなかったが、それだけはちくりと言っておいた。ヴァイルというのは、第三艦隊の指揮官の名である。特に規律とマナーに厳しい人物として、名物の如く知られていた。隊員達はまた笑った。

「参った。俺達の負けだ。そろそろステージに戻らないとまずいんじゃないか?」

「ありがとうございます。面白い話があれば教えてください。本部のひと達にも参ったと言わせないといけない仕事ですから」

 クリスタルは頷くと、隊員達の休憩所を離れた。その背中に、隊員の声が掛かった。

「じゃあ、クリスタルを各艦隊にひとりずつ配属させろって要望を、開発部に伝えといてくれ」

「生憎私は一人しかいませんよ」

 クリスタルは振り向いて笑い、その場を去った。無論、隊員達も承知の上で冗談を言ったことは分かっていた。

 メイダの球樹、テガンに空はない。暗い天井を見上げて、クリスタルは不思議な光景だと思った。宇宙にはこれよりももっと不思議な光景がまだあるのかもしれない。

 ステージに向かうと、見ていてくれた観客達であろう、一般客にも声を掛けられた。クリスタルは彼等、もしくは、彼女達の、スナップショットを一緒に撮りたい、という希望に、可能な限り快く応えた。最もすべての要望には応えられなかったが。そんなことをしていたら休憩後のステージの進行が滞る。時間が掛かりそうなスナップショット――例えば人が集まるまで待たなければならないといった――は、丁重に断らなければならなかった。

 クリスタルには、まだ認識していない脅威に対する警戒心、というものはない。その為に、彼女に注がれる一部の突き刺さるような視線には、注意を注がない、という選択で対応した。

 もしその中に、彼女を狙う剣呑なまなざしがあったとしても、クリスタルは気付かなかった。それが現在の彼女の限界であり、彼女が自己に対して感じる評価であった。

 確かに自身のボディーはサ・ジャラが優れた技術力で用意してくれた、高いポテンシャルを持ったものである。とはいえ、現在普遍的に存在している技術とかけ離れたものであるわけではない。彼女自身を解析せずとも、十分に再現可能なボディーというのが、クリスタル自身の認識であった。

 それだけに、前科がつく危険を冒してまで、自分を狙う理由は特にないと、クリスタルは自分の価値を判定していた。ボディーについては実際にその通りであったし、少なくともオーバーテクノロジーであるということは、全くなかった。プログラムがどうやっても、コピーも解析もできない点を除けば。

 クリスタルには、自分がクリスタルであるからこそ狙われる、という自覚はまだ芽生えていなかった。彼女にはそこまで未来を自発的に予測する能力は育っていなかった。

 とはいえ、一般の観客も多く、警備の隊員も多い、イベント会場で、問題が起きるということも、また、なかった。彼女はつつがなくイベントの司会をこなしたし、合間を縫って、精力的に第三艦隊の隊員達とも会話をした。問題は起こらず、観客達から彼女に掛けられる声も好意的で、クリスタルが感じた感触も上々であった。

 クリスタルの一日は忙しく終わり、第三艦隊所有のシャトルで基地に戻る頃には、すっかり隊員達とも打ち解けていた。問題と言えば、イベント会場内で手焼きのバーガーの露店があることに気付いたクリスタルが、手焼きのバーガーが如何にフードディスペンサーのバーガーと差があって美味しいかを、ステージ上で熱く語りすぎた程度であった。

 その為、クリスタルは、近くでアルバートが目を光らせていることにも気付かなかった。大盛況の中交流イベントは幕を閉じ、クリスタルも、初めての大役を果たし終えた充実感の中、ただ平穏を感じていた。何も、知らずに。


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