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第二章 交錯する意思(6)

 海賊船――ヴォイド・ビジョンを砲撃しているのは、他ならぬ、ブルー・オービットであった。サファイアの航宙戦は、他の艦船がヴォイド・ビジョンの、電子システム妨害装備に晒されたところで、無効化が可能であることを見せつけるかのように、確実にヴォイド・ビジョンを追った。

 砲撃は、ヴォイド・ビジョンを破壊することを目的としておらず、掠らせる程度の精度で行っている。万が一致命的なダメージを与えてしまっては、中にいる筈のクリスタルをも巻き添えにしてしまうことが分かり切っているからであった。

 現状の目的は、宇宙空間に捨てられた小型艇の破壊を妨害すること。そして、小型艇の制御をヴォイド・ビジョンから奪い取り、奪取することであった。それは目論見通りに進み、サファイアは、ブルー・オービットの胴体中部の下部にあるハッチを開け、小型艇をブルー・オービットに回収する。さらに、その隙に亜空間ドライブで逃走を図ろうとするヴォイド・ビジョンの機関部近くの外壁を抉り、衝撃を与えてそれを阻止した。

 ブルー・オービットの最前面には、二門の主砲を有しており、更にその両舷側には副砲も装備していた。現在砲撃に使用しているのは、副砲のミニビーム砲である。主砲は威力が高すぎて、当たり所によってはヴォイド・ビジョンの機関部を一撃で消滅させるおそれがあった為である。ある程度の対砲撃バリアを、ヴォイド・ビジョンも有している筈だが、それをもってしても、ブルー・オービットの主砲ビームは減衰すらさせられない。ヴォイド・ビジョンは確かに速力があるが、優位性はそれだけで、ヴォイド・ビジョンの電子妨害に現存の艦船が逆らえないように、ブルー・オービットの電子妨害の圏内に捉えられた時点で、ヴォイド・ビジョンが、その速力を一〇〇パーセント発揮することも既に叶わなかった。もっとも、現存の艦船とヴォイド・ビジョンとの技術的な隔たり程には、ヴォイド・ビジョンとブルー・オービットの技術的な隔たりは大きくない。完全に停船に追い込むまで電子システムへの侵入を遂げるには、まだもうしばらくの時間を必要とした。その間にもクリスタルは危険に晒されている筈であり、無駄にそれを待っている時間はサファイアにはなかった。

 無論のこと、艦内の転送装置を用いて、ヴォイド・ビジョンに直接乗り込むことは現時点ではできない。それができるのであれば今すぐヴォイド・ビジョンに乗り込んでクリスタルを奪回するのだが、高精度転送システムが実用化した時代では、兵員転送による艦船の乗っ取りを警戒するのは当然のことで、対策技術が確立していない筈もなかった。

『こちらはユーグ小型艇乗員、アルバート・ロワーズだ。救助感謝するが、状況を掴みかねている。そちらは味方か』

 小型艇から、通信が入った。サファイアからすれば、古臭い通信システムだが、だいたいその通信方式は理解している。あらかじめ通信回線を確立できるように、ブルー・オービットの通信システムをセットしておくことも難しいことではなかった。

 アルバート・ロワーズの名前は、勿論サファイアも憶えている。小型艇を必ず回収しなければならなかった理由に、それで合点がいった。向こうも、自分の声を聞けば、分かってくれるだろう。そして、今回は――以前のようにはぐらかすのではなく――自分の名を、名乗る時なのだと、サファイアは判断した。

「本艦はブルー・オービット。私はサファイアです。現在本艦は、クリスタルを乗せ逃走中の、海賊船、ヴォイド・ビジョンを停船させる為に交戦中です。ですが、おそらくこのまま砲撃を繰り返していれば、その間にもクリスタルは破壊されてしまうでしょう。それは避けねばなりません。時間短縮の為に、少々荒っぽくいきます。対衝撃防御の用意をお願いします。――ロワーズ殿、必ず、あの子を、助けましょう。私は、あの子をこんなところで失う為に、資金をあなた達に提供したわけじゃありません。あなたも、こんなところで失う為に、茶番に乗った訳ではないでしょう?」

 サファイアが名乗り、アルバートに言葉を掛けると、話している相手の正体をすぐに理解したのか、アルバートからも、酷く驚いた様子ではあったが、

『了解した。出来ることが合ったら言ってくれ』

 との力強い返答があった。

「はい。頼りにしています」

 と、サファイアも、率直な心境を、隠さずに答えた。

「ひとまず、とてつもない衝撃がある筈なので、小型艇のコックピットシートで、しっかりと対衝撃ベルトを締めておいてください。あなたが死んでしまったら、それはそれで、私はあの子に顔向けができません」

『……? まさか』

 怪訝そうな沈黙のあと、流石に困惑した声が返ってくる。サファイアがやろうとしている荒っぽくいく、について漸く理解が追い付いたのだ。

「はい。艦をぶつけます。ご安心を、あの程度の薄っぺらな航宙艦にぶつけても、こちらは外装甲はちょっとだけ傷つく程度です。各機能、航行システムに問題は出ません」

 サファイアの答えに、アルバートはまたしばらく沈黙を続けた。それから、やや不思議そうに、言った。

『君は兵器を躊躇なく撃てるのだな。人が乗った艦船に』

 そう。それは即ち、クリスタルとサファイアとの最大の差であり、サファイアがクリスタル当人でないことの証明でもあった。サファイアには、暴力や兵器に対する忌避感はない。実際のところ、サファイアが知るクリスタルも、兵器の必要性については認めていることを知っているし、クリスタル自身が兵器武装を持ち合わせていることも知っている。だが、彼女が知る、未来のクリスタルでさえ、兵器を、ぎりぎりまで使用しないで済む方法を探す。兵器を使えば簡単な時でも。兵器を使わなければ自分の身が危ないだけであれば。

 クリスタルは、人間や、人が乗っている物に兵装を向けることは猶更しない。相手が兵器を満載した戦闘艦や戦闘機であってもだ。本当にどうしても、他に方法がなく、何人もの人間に泣いて縋られて、初めて心を殺して撃つ程に、自分がそうすることに、拒否感を持っている。それも、決して相手を破壊することはなく、相手の兵装システムを完全にダウンさせる電子戦的攻撃以外を、人が乗る兵器にクリスタルが向けたところを、サファイアも見たことがなかった。サファイアはそれを知っていたし、それを目の当たりにしたことがあった。

 だからこそ、サファイアは、自分がクリスタルではないのだと理解することができたし、自分がクリスタルになることはないのだと突き付けられたような気がしたものであった。サファイアには、クリスタルのその、躊躇いと拒否反応が、理解できなかったからである。

「私にはできます。安心してください。あの子を助け出し、あなたとあの子を生還させる為であれば――」

 しかし、今はそれができることが誇らしいとさえ、サファイアは思っていた。人を殴らなくて済むことは理想だが、時に、人を躊躇いなく殴れることで、助けられるものがあるのだろうと思えた。

「――人も、殺しましょう」

 ――どの道。

 自分の手は、既に多すぎる程の血に塗れている。サファイアが敢えてそのことをアルバートに語ることはないが、人を傷つけ、殺める事をどれ程自分が忌避したいと思ったところで、今更、であることはサファイア自身が最もよく知っていた。だからこそ、彼女はクリスタルによく似ただけの、サファイアという名を与えられた何かであって、クリスタルではないのだ。

「対衝撃防御、準備いいですか?」

 そんな感傷を振り切るように、サファイアは語気を強めた。無駄話をし、時間を浪費するごとに、クリスタル喪失のリスクは上がるのだ。

『いつでもやってくれ』

 アルバートも、それは認めたようであった。自分もヴォイド・ビジョンに乗り込むつもりなのだろう。銃器をチェックする音が、通信に混じった。

「了解しました。本艦をヴォイド・ビジョン上部に衝突させます。衝突まであと六〇」

 カウントダウンをはじめ、エンジンの出力を上げる。真っ先にヴォイド・ビジョンの後部兵装がオフラインになるよう妨害している為、反撃はない。少しでも相対速度を合わせる為に、撃てる副砲での砲撃は中止しない。サファイアの意志に呼応して、ブルー・オービットはその足を速めた。

 カウントダウンは続く。

「五四……五三……五二……」

 ヴォイド・ビジョンは右に旋回しようと艦首を振ろうとするが、ブルー・オービットの電子妨害が、それを阻み、無理矢理進行方向を修正させる。既にヴォイド・ビジョンはブルー・オービットの網の中で、サファイアは逃れることを許しはしなかった。

「三二……三一、三〇……」

 既に両艦の距離はほとんどない。互いのバリアフィールドが干渉しあっているのか、まだ物理的にぶつかってはいないのに複雑な光が散った。

「……一〇……九……八……」

 ブルー・オービット全体が振動する。既に互いの外装甲が僅かに擦れあっているのだ。続いて、急速に速度が落ちる反動が、艦全体を爆発的な騒音で満たした。それはまるでサファイアの決意のように続き、

「三……二……一……」

 唐突に、すべてが静寂に戻った。凄まじい、爆発的な音を伴った衝撃とともに。

「〇」

 ブルー・オービットは、まるでヴォイド・ビジョンに乗り上げるように、完全に衝突したのである。


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