表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

第二章 交錯する意思(4)

 同時刻。

 航宙艦、ブルー・オービット。

 その船は、太陽系文明の設計が色濃く残る、シャープで機械的な、白っぽいタイルに青いラインが入った外観をしており、大きさは標準的な小型艦よりもさらに一回りか二回りほど小さかった。

 特徴的なのは、通常どの艦船にも外観でそれと分かるブリッジが存在しているものだが、(これは宇宙港などのドック入りなど、繊細な制御が必要になる場所での、有視界手動制御が、どの文明でも不要になっていない為である)その平面の多い船体には、それらしい出っ張りが存在していないということだった。

 というより、その船にはブリッジ、と呼ばれるスペースが、もともと存在していなかった。ブルー・オービットは、艦船サイズを持ちながらも、まるで小型艇のように、サファイア一人で制御が完結しているのである。故に、サファイア以外に、この航宙艦を動かすことができる者は、ごく少ない例外を除いて、いない。

「気付きましたか」

 サファイアは、それこそまるで小型兵器のコックピットのように狭いスペースで、合成レザーのような材質のシートに座っていた。周囲には計器も、レバー、スイッチ群もなく、ただ、サファイアのシートの首の後ろ部分に存在している端子で、彼女と繋がっていた。

 その様子から、彼女が機械であることが分かる。彼女自身が発する信号により、ブルー・オービットは動いているのである。

 計器類やレーダー図面を視覚的に見る必要もない。シグナルとしてフィードバックされれば、彼女に内蔵されたコンピュータが、勝手に三次元データとして認識してくれる。ブルー・オービットの制御システムは、すべてがサファイアの為だけに最適化されている訳であった。

 レーダー探知により、サファイアは、クリスタル達ユーグが海賊船と呼んだ、航宙艦ヴォイド・ビジョンの動向を確実に探知していた。どうやら、定期船と銀河間同盟軍の艦船を放置し、移動を始めたようであった。

 目的は明らかだ。クリスタルが乗る小型艇を、ブルー・オービットが回収することの妨害と、小型艇の確保以外に、この状況で動く理由がない。ヴォイド・ビジョンの持ち主を考えれば、ブルー・オービットにすぐに気付いたことも、不思議とは思わなかった。

 サファイアは、その船の持ち主を誰よりもよく知っている。現在その船を操っているカラドニス、ロルゥンという男の存在は全く知らないが、むしろ、その依頼者の方を良く知っていた。それは因縁であり、ロルゥンの依頼者がクリスタルを狙っている故のことであり、未来のクリスタルでなく、現在のクリスタルを狙っていることの原因でもあった。だが、その後始末を、自分がどうとったのか、過去の事象としては、自分の記憶の大半を、自分で消去してしまった。断片的に、この後何が起こるのかは分かっている。抜け落ちているのは、自分がそれにどう対処したのかという記憶であった。

 断片的な記憶通りに事柄は進んでいる。ブルー・オービットは間に合わない。標準速力と、亜空間ドライブの小回りでは、ヴォイド・ビジョンに軍配が上がる。直接対決では負けないが、射程圏に捕らえるのに間に合わなければそれも意味がない。

 それでもサファイアがクリスタルが乗る小型艇を引き寄せたのは、記憶にある、実際に起きた筈のことを捻じ曲げず、かつ、定期船に被害を出させる暇を与えない方法だったからである。ここでブルー・オービットが小型艇の収容に成功してはならない。歯痒いが、それが実際にあったことなのだ。その事実を改変することは、未知の問題を引き起こす原因になりかねなかった。だからこそ、あからさまにヴォイド・ビジョンに気付かれるような回収の素振りを見せたのだ。クリスタルの保護だけの確実性を期するなら、もっと接近するまで息を潜めていた方が良い。

「その結果には」

 責任を持つ――そう言いかけて、サファイアはやめた。これから喪われようとしている自分が、どこまで責任を持てるというのだろう。どこまで責任を取ったかさえ、忘れてしまったというのに。

 とにかく、サファイアには静観することしかできなかった。ヴォイド・ビジョンが自力で亜空間ドライブ用のゲートを開き、クリスタルが乗る小型艇のすぐそばに出現するのを、追いかける素振りだけ見せ、ヴォイド・ビジョンに余裕を与えないようにプレッシャーをかけるだけにして。そして、クライエル星系をヴォイド・ビジョンが離れたところから、本格的な対処をはじめなければならない。

 サファイアはその為の、亜空間ドライブの準備を行い、ヴォイド・ビジョンの追跡に入る。その最中に、ヴォイド・ビジョンから射出されるユーグの小型艇も回収しなければならない。理由は分からないが、兎に角、一旦ヴォイド・ビジョンに回収された小型艇は捨てられるのだ。そして自分がそうしなければならない理由も覚えていないが、その小型艇は必ず回収しなければならないのだ。その為の根回しはした。送らなければならない筈のメッセージも送った。しかし、実のところ、彼女自身、そのメッセージの文面と、送りつけなければならない相手を覚えていただけで、その意味は分かっていなかった。

 そうしなければならない。ただ、それだけ覚えていたからそうした。サファイアには、それで十分であった。ロボットはコマンドと実行タイミングの指定さえあれば動くのだ。理由を、知っている必要は、ない。

 問題はこれからだ。必ず自分はクリスタルと対面する。自分そっくりの、未知の存在との遭遇に、間違いなくクリスタルは混乱し、何者かと聞くだろう。その時にどう答えるのが正解なのか、サファイアにはまだ決めあぐねていた。消した記憶の中に、自分がどう答えたのかの正解はあるのだろうが、それを復元してカンニングすることは許されない。それはクリスタルの記憶で、サファイアの言葉ではない。彼女は、サファイアとして、クリスタルに言葉を掛けなければいけないのだ。

 同時に、サファイアは、ブルー・オービットの中の、ある機能を活性化させるシグナルを送っていた。

 それは自分自身のロボパーツ、つまりボディーのメンテナンスを行う為の機能で、破損したボディーを破棄し、新しいボディーにその時の記憶域内のデータを保存し、新たなボディーに復元する為の機能でもある。そこにはサファイアの物理的、プログラム的な設計データ一切があり、彼女はそのすべての削除指示を、メンテナンス機構に送信した。

 自分が喪失され、もう必要なくなるデータだからではない。そのデータは、これから起こること、そしてその機能が必要になった時、邪魔になると判断したからだった。サファイア自身の為ではなく、しかし、その機能が必ず必要になると、彼女は知っていた。その時に、サファイアの設計データは、在ってはならないものなのだと、サファイアは、考えた。

 彼女自身が、彼女自身の為に、今の彼女のプログラムがもつポテンシャル内で再設計したものでならなければならない。その必要が発生することは、ロボットであるサファイアであっても痛みを覚える程辛いことであったが、それは起こったこととして記憶しており、それは未来に続く必要な事件であることも理解していた。それを防ぐことは、また、許されない。

『こちらコメット・ランス、クライエル星系を離脱します。あとはよろしくお願いします』

 先程までサファイアも訪れていた航宙艦からの通信が入る。彼女はこれ以上近隣の宙域にいない方が良い。レーダーからその艦の反応が消えるのを、サファイアは返答せずに見送った。そもそも、接舷していた訳でもなく、艦の間の移動は転送システムを利用していたから、目視できるほどの距離にいたという訳でもない。その艦が亜空間ドライブで去ったのか、それとも、全く別の移動システムで去ったのかは、サファイアにも解析はできなかった。ブルー・オービットと、コメット・ランスには、それ程の技術的な隔たりがある。本来であれば、コメット・ランスが対処に乗り出せば、すべてが始まる前に解決したのだろう。しかし、それではいけないこともまた、サファイアは理解し、納得していた。それをしてしまえば、おそらく、コメット・ランスは、歴史の矛盾の中に、消滅してしまうのだろう。

「任せてください」

 完全に通信が届かなくなってから、サファイアは呟いた。

「あの子はちゃんと自分で未来への軌道に乗ったんですから。私も未来に向けて届けます」

 ロボットでありながらロボットらしからぬ表情で、目を閉じて。サファイアはさらに一言、呟いた。

「それが、私に許された、最後の、償いです」

 彼女の過去に何があったのか。それはまだ歴史的な意味では、宇宙の何処にも起きていないことである。しかしそれは間違いなくサファイアの身に刻まれた過去でもあった。

 レーダー図面は、クリスタルが乗った小型艇も、ヴォイド・ビジョンも、正確にとらえ続けている。今まさに、小型艇が、ヴォイド・ビジョンに捕らわれようとしているところであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ