第一章 忍び寄る敵意(1)
銀河間連盟内の施設救助組織、ユーグは、非常に巨大である。
組織を動かす為に必要な本部組織、物理的には本部組織と同じ場所で編制されている開発、製造組織、実働部隊でもある救助隊組織が大まかな組織編成となっている。
最も人員が多いのは、当然ながら救助隊組織である。大型航宙艦三隻、中型航宙艦九隻、小型艦二七隻を一艦隊編成として、第一艦隊から第一二艦隊までが存在している。また、救助部隊組織には、各艦隊に対し、六隻からなる輸送艦部隊が編成されており、中型艦以上の航宙艦には、必ず一隻の医療艦が配備されていた。なお、救助部隊の編成の中には、当然、メカニック班が含まれる。
事実、銀河間連盟は広大である。本部から救援に向かったのでは遠すぎる場所も多い。故に、ユーグ本部に基地をもつのは第一艦隊のみであり、他の艦隊は、外宇宙、もしくは独自の宇宙軍が脆弱である文明の要望により特定の星系内に存在している基地を拠点としている。
そして、そんな艦隊の一つ、第三艦隊の基地がある星系が、クライエル星系と呼ばれる、マカラカ達が暮らす恒星系である。その第四惑星メイダ付近の宙域に、ユーグの基地はあった。メイダには大地と呼べるものはない。しかし、一般的な巨大ガス惑星と呼ばれるものとも異なっていた。ガス惑星は基本的に高い重力と荒れ狂う暴風、高すぎる気圧と高熱、そして激しい高圧の雷の地獄であるものだが、メイダには、どれ一つなかった。そして、最大の特徴は宇宙でも珍しい浮遊植物、メイダの球樹と呼ばれる植物群が存在していることである。その巨大な球体の内部の空洞にコロニーを作り、マカラカ達は暮らしていた。
メイダの球樹はすべからず球状に育つが、当然樹齢や個体差により球の大きさも異なる。中には小型シャトルぐらいであれば複数機発着するスペースまで備えた、所謂都市機能を備えたコロニーが内部に形成できるものも存在している。そういった都市機能を備えた球樹にはそれぞれ固有の地名が付けられており、外部の星系の旅行者等も訪れる場所でもあった。そして中にはユーグの隊員達が短い休暇を楽しむ為の保養地のように使われている球樹もあった。その球樹は、テガン、と呼ばれていた。普段は、そこで働く者達、それと勿論ユーグの隊員達だけが入れる場所ではあるが、年に数回だけ、一般開放される日がある。ユーグの広報部が企画する、ユーグと一般の人々が交流するイベントの日である。
毎回本部からも広報部の者が応援に駆け付ける程盛大に行われるイベントであり、モニターでのユーグに関する様々な展示や、実際に隊員が普段口にしている糧食などの展示販売なども行われており、銀河間連盟内で活動しているアーティスト達も招いた、ステージイベントも、惑星外にもストリーミング配信される程に人気の催しであった。
その日、丁度テガンで開催されている交流祭の、ステージイベントの、液晶モニター越しにストリーミング配信を眺めている初老の男がいた。他でもない、ユーグ総司令官のアルバート・ロワーズである。
彼好みのアーティストが招かれているとか、目当てのプログラムがあるといった理由では全くなく、むしろ、プログラムとプログラムの間の、出演者が準備している間に時間を繋ぎ、その次のプログラムの説明や出演者の紹介などをしている、進行役の人物の様子に、もっぱら彼の視線と聴覚は向けられていた。
進行役は、小柄な少女である。ユーグの制服である、暗赤色と紺のラインが入った白いブレザーと、ステージ用に用意された、ブレザーと同様のカラーリングで仕立てられた丈の長いスカートという服装をしている。細く長い銀の髪は、頭上からステージを照らしているライトの光で、煌めくばかりに見えている。広報部に入ったばかりの新人でありながら、この日のステージの進行役に抜擢された広報部の隊員、そして、銀河間連盟内で確認された、唯一の機械生命体である少女、クリスタルである。
機械らしい聞き取りやすい銀河間共通語で観客に語る様子は、緊張というものを自力でシャットアウトできる人工頭脳ならではの冷静さであった。誰が見ても、とても初めてのステージ進行役に抜擢された新人には見えないであろう。
その落ち着きぶりは、アルバートの贔屓目を差し引いても、頼もしく見えた。アルバートがモニターに目を向けると、丁度、次に予定されているプログラムは、若者向けのボーカルユニットがステージ上で歌を披露するらしく、クリスタルはそのユニットの簡単な紹介をしているところであった。
『若い世代の方向けの楽曲をメインにリリースしている彼等ですが、積極的に古い世代の曲のカバーもしているということでも知られているそうです。今日は新旧織り交ぜて歌を披露してくれるそうですから、私も楽しみで』
そんな澄んだ声がモニター内蔵のスピーカーから聞こえていたが、それに被るように、何かの曲が会場のスピーカーから流れだした。クリスタルは少し目を見開いてから、ステージの袖のほうに視線を向けた。
『え? 私が歌うんですか? いいんですかそれで?』
そんな風に笑っている。無論、会場で見ている訳でもないアルバートにも、裏方のミスだとすぐに分かった。間違いなくその通りであったようで、クリスタルは観客にすぐに向き直り、
『残念ながら違うみたいです。練習もしていないですし、それはまた機会があればということで。適当なことを言うとやらされる羽目になるので、おふざけはこのくらいにしておきます。さあ、準備ができたようです――』
トラブルもうまく捌いて観客の笑いを誘っていた。一見、何事も問題のない光景。
しかし、その画面をアルバートが気にしているのは、クリスタルの仕事ぶりを見て満足する為ではなかった。
そもそも、彼がその様子を見ているのも、ユーグ本部の総司令官室でも、自宅でもなかった。彼もまた、そのステージのすぐ傍、会場の裏手にいたのである。
およそ穏やかではない理由で、アルバートはそこにいた。クリスタル自身には伝えていない。彼女はまだ何も知らない。
彼がテガンにこっそり入ったのは、差出人不明のメッセージを、アルバートが受け取ったことが理由であった。そのメッセージの内容は、
『惑星メイダと付近の宙域に気を付けろ。その付近にクリスタルがもし訪れることがあれば、彼女から目を離すな』
というものであった。明らかに、何らかの警告であった。メッセージの送信経路を探ってみたが、その試みは徒労に終わった。
そもそも、クリスタルは、必ず生み出されなければならないとばかりにお膳立てされたという経緯すらある存在で、アルバートもそれは良く知っている。
クリスタルは、エメラルドという名で開発されたアンドロイドをその前身としている。そのエメラルドの開発には莫大な費用が掛かっており、その資金の本来の提供者に頼まれ、アルバートは、エメラルドの開発者である博士に対する援助者の振りをしていたからであった。
そして、そこまでする必要があったということは、そこまでしなければならなかった理由があったとも推測できることでもあった。とすれば、生み出されたクリスタルが、このまま順風満帆に日々を謳歌できる訳ではないと言われても、アルバートには当然のことのように思えたのであった。
メッセージは、それだけ見ればただの怪文書である。しかし、クリスタルの背景を考えると、アルバートには、とても無視できる内容ではなかった。
その文書の送り主が、エメラルド開発の際の、本来の出資者とは別人からの者である可能性はあった。というのも、彼が知る限り、エメラルド開発の本来の資金提供者は、ユーグの優秀なメカニックでも解析不能な技術を用いてコンタクトを行ってきた、オーバーテクノロジーを備えた存在だったからである。メッセージの送り主がもし同一の存在であるならば、もっとスマートな警告文を送ってくるであろうと思っていた。あるいは、同一人物ではあるが、以前と違い余裕がないか。
画面の中では男性ボーカルグループによる歌の披露が続いている。クリスタルはステージから完全に姿を消しておらず、邪魔にならないステージ脇で、笑顔で上半身を揺らしている。スピーカーからは、ゆったりとした、スローテンポの音楽と歌が聞こえていた。
クリスタルは自分が何かに巻き込まれるとは、少しも思っていないのであろう。ただ楽しそうに、ステージ進行の仕事をこなしていた。
警告文からすると、危険なことでなければ良いなどと、楽観的な観測はアルバートにはできなかった。
しかし、現状の所、まだ、何も起こってはいない。それがむしろ嵐の前の静けさのように、アルバートの不安を煽った。