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伏線 2

学校から帰るとき、圭祐は生きた心地がしなかった。

 怪異がいた校庭には、怪異がいた痕跡はなかった。

 それなのに、誰かの視線をずっと感じていた。

 

 周囲に人が多く居るときは安心だったが、人通りが少なくなると急に不安が襲って来た。

後ろを気にしながら、速足で帰路を急いだ。

 

「あ、おかえり」

 家に入ると、リビングでスマホをいじっている母親が声をかけてきた。

「ああ…」

 圭祐は曖昧に応える。

 ちらりと母親のスマホを見る。ゲームの画面だった。

 母親はスマホ依存症なのだ。常にスマホを触っている。

 同じ部屋にいるのに、会話はほとんどない。


 料理に洗濯、掃除などはちゃんとやってくれているが、家族としてのコミュニケーションは皆無だ。

 早くに離婚し、女手一つで育ててくれている苦労は、それなりに理解しているつもりだったが、母親にも自分は見えていないんじゃないかと、寂しさを覚えてしまう。


「あ」


 ふいに高い声が聞こえた。

 タンクトップにミニスカートを穿いた妹の姿があった。

 妹は圭祐の姿に確実に気づいていたが、そのまま冷蔵庫を開けて中を物色しはじめた。


(あ、ってなんだよ)

 圭祐は内心で愚痴を言った。

 妹は母親以上に圭祐を空気扱いしていた。

 挨拶どころか目を合わせようともしない。

 昔は一緒に遊んだりしていたはずなのに、今は同じ家に住む他人だった。


 しかも最近は、ますますギャル化が進んでいる。

 陰キャの自分と本当に血がつながっているのかと疑うくらい、性格が真逆だった。

 だからといって、よく喧嘩するわけでもない。

 互いに異邦人過ぎて、衝突すら起こらないのだ。

 そのくせ互いに互いを見下していることは、言わなくとも理解していた。


 圭祐はため息をついて、リビングの脇にある自分の部屋へ向かった。

 ドアノブに手をかける。

 違和感があった。


 ぬるりとした感触。

 水で濡れたよりも粘度の強い、気持ちの悪い感触。

 まるでゴキブリを素足で踏んだときの、あのヌメリにそっくりだった。


 血がべっとりと付いていた。


「うわあああああああああ!!」


「どうしたの!?」

 母親が驚いたように訊いてきた。

 妹すら何事かと様子をうかがっている。


 圭祐は改めて自分の手を見た。

 血は消えていた。


「いや、なんでもないよ…」



 夜のゴミ出しは圭祐の仕事だった。

一般的にはゴミ出しは朝に実施する地域が多いが、圭祐の住んでいる地域は、夜にゴミを収集する。

 アパートを出て、50メートルほど先の収集場所へゴミ袋を出しにいくのだ。

 


 部屋中のゴミを集めて、ペットボトルはカバーを外し中を洗って分別する。

 ついでにトイレも掃除して、うっすらと埃が溜まったテレビやテーブルなどをウェットティッシュで拭いて、ゴミ袋に放り込んだ。

 

 階段を降りて、外に出るまでは普通だった。

 昼間の怪異の件も忘れてかけていた。

 いや、正確には、忘れようとした努力の結果だ。


 だが─


 嫌な気配がした。

 見知った風景なのに、どこか異世界に迷い込んだかのような違和感がある。

 急に怖気づいてしまった。

 そんな表現がぴったりかもしれない。

 だが、唐突にそうなってしまった原因は圭祐にも分からなかった。


 あたりは暗闇。月の姿はなく、星の瞬きも、いつもより少ない気がする。

 人の気配も車の気配もなかった。

 粘りつくような暗闇だけがあった。


 戻ろうか?

 一瞬そう思ったが、収集場所までわずかな距離だ。

 それにゴミ袋を家に持ち帰って、なんと言う?

 恐怖心よりも羞恥心のほうが勝った。


 速足で暗闇の中を歩く。

 速く歩けば歩くほど、背後の闇が押し迫ってくるようで、生きた心地がしなかった。

 

 収集所のドアを開け、ゴミ袋を放り込む。

 あとは戻るだけだ。

 そう思った瞬間だった。

 

 人通りのない民家の路地。

 街灯が淡く照らす道の向こうに、そいつがいた。


 ノースリーブに短パンの怪異。

 今は麦わら帽子を被っておらず、おかっぱ頭をさらけ出している。

 真っ赤な血で描いたような笑顔が、じっとこちらを見ていた。

 しかもデカい。

 隣に家の石垣があり、その高さとの比較から、おそらく2メートル以上はあるだろう。


 そいつが、くねくねしながら歩いてきた。

 ヒタヒタ、という奇妙な音が響いてくる。


「うわぁ!」

 圭祐は小さく悲鳴を漏らした。

 いきなり冷たいプールに飛び込んだかのように、心臓が引き絞られる。

 圭祐はダッシュで家に向かった。


 ヒタヒタヒタヒタヒタ!!


 途端に、足音が速くなった。

 走ってきている!?


 逃げている圭祐に怪異の姿を見る余裕はなかったが、その足音から、奴が走ってきている不気味な姿が容易に想像できた。

「走ってくんなよ!」

 圭祐は思わず叫んでいた。

 奴に掴まったらどうなるのか?

 想像すらしたくない。


 左に曲がり、アパートの階段に足をかける。

 階段に飛びこむ際、一瞬だけ怪異のほうを見ることができた。

 怪異は両手を地面につけ、四本足のケモノのような姿で、追いかけて来ていた。

 もの凄いスピードだった。

 一瞬でも止まれば、すぐに追いつかれてしまうだろう。


 恐怖で心臓が悲鳴をあげた。

 圭祐は叫ぶ暇も惜しんで必死に階段を駆け上り、自分の家へと戻った。

 激しくドアを閉め、急いで鍵をかけ、いつもはしないチェーンまでかけた。


「どうしたの?」

 訝しげな母親の声。

「塩はある!?」

「何に使うの?」

「盛り塩だよ!」

 確か塩には怪異を遠ざける力があったはず。

皿の上に塩を山のように持って、ドアの近くに置いておくのだ。


「やめたほうがいいわよ」

 母親が言った。

「やめろよ、それ」

 妹も言った。


 ふと圭祐は我に返った。

「……そうだな」


カクヨムの角川ホラーデスゲームコンテストに参加しています。少しでも良いと思えたのなら評価をお願いします。


ちなみに、カクヨムのほうで評価しないと、カウントされません。


何卒、よろしくお願いいたします。

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