第五話 A Tailwind Just in the Nick of Time
目の前を何かが横切ったことに気づき、閉じかけた目を開ける。そこにいたのは私の前で盾を構えるガルクだった。
「鉄壁!」
ガルクが呪文を唱える。すると彼の持つ盾が大きくなり、彼の体よりも何倍も大きくなった。そこへ炎のブレスが放射される。
一瞬勢いに押されたのかガルクは僅かに後退したが、そこから歯を食いしばって堪え始めた。私は状況を理解するのに時間がかかった。
でも、炎のブレスは相当な火力らしく、ガルクは少しずつ後ろに押し込まれている。もしガルクが何かの拍子で防御が無くなれば、2人仲良く燃やされてしまう。
私は悲鳴を訴える全身に鞭打って立ち上がると、剣を鞘におさめ、ガルクの元へ走った。そしてガルクの横に立つと盾を握るガルクの両手に上から私の両手を重ねる。ガルクが少し驚いた目でこちらを見た。私は精一杯ウィンクした。
「一瞬でも隙が出来たらすぐ攻撃に移るから」
「…それまでなんとか持たせないとな」
私は全身に力を込める。ドラゴンが隙を見せるまでなんとしても耐えなければいけない。一切隙が無いなんてことは流石に有り得ない…と、信じたい。
炎ブレスの猛攻は続く。すると突然ガルクが話し始めた。
「ねぇ、カリン」
「何」
「君が好きだ。結婚して欲しい」
「へっ」
びっくりして防御が一瞬崩れる。すぐに立て直したから幸い大勢に影響は無かった。
「な、何言ってるの」
「もし死ぬならその前に言っておきたくて」
「馬鹿、縁起でも無いこと言わないで」
確かに一向に止まない炎ブレスに絶望感を感じない訳でもないけど、わざわざ口に出すことじゃない。
「で、返事は?」
私は迷うことなく言い放つ。
「返事が欲しいなら精一杯生きて帰る努力をしなさい!」
普段ならあり得ない私の大声に、ガルクは文字通り仰天していた。その反応がおかしくて笑えてきてしまう。ガルクも釣られて笑い始めた。2人揃って笑いながら猛攻に耐える奇妙な時間になる。
が、次の瞬間とうとう炎ブレスが止まった。横へ移動し盾の外から様子を見ると、ドラゴンが息切れしている。やはり限界はあったらしい。
「ガルク!盾を少し傾けて!」
私は即座にガルクに言う。ガルクは言われるまま盾の頂上部分を下げて斜めに構えた。私は盾とドラゴンの間に移動し盾を登り始めた。ドラゴンがまた炎ブレスを打ったら絶対絶命だけど、幸いドラゴンがこの間襲ってくる様子はない。チャンスだ、と確信する。
「盾を元の状態になるように思いっきり戻して!」
「…バランス崩さないようにね!」
ガルクが力を込めて盾を全力で振り戻し、私もついでに投げられる。私は勢いがついたタイミングで盾を蹴り、そのまま跳躍した。即席で盾をカタパルトのように使ってみたが、上手くいった。
幸い私は体勢を崩さずドラゴンの頭付近まで迫った。ドラゴンが苦し紛れに炎ブレスを吐こうとする。しかし、私はその前にドラゴンの頭上に降りると、剣を抜き紋章の部分に向ける。
「閃光!」
剣にかけられるだけの魔法をかけ、思いっきり突き刺した。
ドラゴンが大きく叫び、左へ倒れ始める。私もバランスを崩してドラゴンとは逆の右方向へ落ちた。これ全身持つかなと心配したが、落ちる直前に下から何かに支えられた。
上を向いたまま倒れたから、下側が見えない。くるんと全身を回らせて下を向けば、私の下にガルクがいた。どうやらクッションのようになってくれたらしい。
「…無理しなくても良かったのに」
「カリンばっかりに負担はかけられないよ」
「…馬鹿」
私はそれだけ言うと思わずガルクに抱きついていた。ガルクがいなければ私は今ここにいない。そう思うと泣き始めてしまった。
「あの…当たってるけど」
「うるさい。余計なこと考えないで」
「あとドラゴンの方は」
ガルクの指摘でハッとして顔をあげドラゴンの方をみた。ドラゴンは既に目を閉じており、微塵も動かなくなっていた。どうやら撃破出来たらしい。
「…倒せたみたい」
「…なら良かった」
私は起き上がり、ガルクも引っ張り起こした。
さて、先程の返事をしなければならない。