第一話 Between dream and reality
「テスト返すぞー」
窓から日が差す教室の中。私はつまらない気持ちでテスト返却に臨んでいた。何故なら結果など渡される前から分かっているから。
「辰己菜生」
…とは言っても退職間近のお爺ちゃんに反抗するほど馬鹿じゃない。私は面倒ながら立ち上がると教卓の方へ向かった。頭の中はあの場所のことで目一杯だったけど。
「毎回言ってるけどな、名を呼ばれたら返事を」
「はい、先生。で、早く返して貰えますか」
「…」
先生は無言になりながらもスッと返してきた。怒鳴ったりしないのは退職間近で余計な問題を起こしたくないからに違いない、と思う。くだらないと思うけど、今の私には都合が良い。
席に戻るとすぐテスト用紙をファイルに入れる。結果なんて見なくとも分かる。どうせいつも通り。そんなことよりもっと大事なことがある。
私は家に帰るとすぐさま2階へ駆け上がり自らの部屋に入る。一瞬姿を見せた母親のことなどどうでも良い。私はベットに置いてあるヘルメットのような機械に目を向けた。
VRが一般化した現代では、こんな機械で簡単にバーチャル世界に飛び込むことが出来る。
私はベッドに横になり機械を装着すると、早速起動させてバーチャル世界に飛び込む。家にいる間は食事や寝る時以外はバーチャル世界にいるのが基本。家族とは碌に会話もしていない。精々食事の時に学校について話すだけ。
何故なら私が住む世界はこの世界ではないと思っているから。
そして私は本当に生きる世界に飛び込む。
私がプレイしているのは「ジュエルクエストオンライン」というゲームだ。多彩なダンジョンを攻略して宝石を集めるという名前そのままのゲーム。
VRが一般化した直後に出た作品とあってプレイ人口が多く、新しいダンジョンや新たな探索エリアなどどんどんアップデートされている為飽きることもない。
数あるVRゲームの中でも屈指の人気を誇る作品。私は出た頃からずっとプレイしており、トッププレイヤーの1人に名を連ねている。
「お、カリンちゃんじゃん。いらっしゃい」
宿屋で目を覚ました私は目の前の若い男性に声をかけられた。このゲームではログアウトする時は宿屋まで行き、そこで宿屋の主人に申し出る必要がある。一応自発的にログアウトすることも出来ない訳では無いけれど、アバターが残るので誘拐されたり泥棒されたりする危険性がある。宿屋ならアバターは宿屋が管理してくれるのでその心配は無い。
そして目の前の男性は宿屋の主人であるNPC。宿屋に限らずお店などの経営は全てNPCが担当している。
「こんばんは、シュルツさん」
カリンというのはこのゲームでの私の名前だ。今は亡き愛猫から名前をもらった。自分が呼んでいた名前で呼ばれる違和感はあったけど、もう慣れてしまった。
「今日もやっぱりあそこに行くのかい?」
「そうですね」
「そうか。あそこ、最近また強いモンスターが出て犠牲者が出たって話だから気をつけなよ」
「ご忠告ありがとうございます」
シュルツさんに軽く礼をして、私は宿屋の扉を開く。今日もまた、果てしなき冒険が始まろうとしている。