ゆるやかに
三題噺もどき―にひゃくきゅう。
ふるりと、身が震える。
ようやく本格的な冬が訪れた。つい数日前の温かさが、嘘のように消え失せ、これぞ冬という感じになった。
まるで、この寒さを望んでいたような言い方になったが。けしてそんなことはなく。むしろ嫌いなぐらいで。
寒さというのに、めっぽう弱い。
「……」
暑さには耐えれど、寒さには耐えきれない。
服を着こめばいいから、冬のがましだと大勢に言われたが。それでも温まらないのだから、まだ暑いぐらいがいいのだ。
「……」
そして、こういう寒い日には、どうしても思考が鈍っていけない。
ただでさえ、のろまな思考が。さらに愚鈍になって。
使い物になくなってしまうのだから、よろしくない。
「……」
鈍い思考は。
自分を責める思考の。
止め方を知らない。
「……」
あぁ、そういえば。
あの日もこんな日だったのだ。
底冷えするような寒さが訪れて。家の中に居ても外に居ても寒くて寒くて仕方なくて。
どうしたものかと途方にくれたりして。
そんな振りをしてみたりして。
「……」
狭いこの部屋で。
小さなテーブルの上に、あの人の大好きなりんごを切っておいていて。
外をながめては、そわそわと。まだかまだかと。
らしくもなく。子供っぽく、はしゃいだりして、
―あの時は、りんごが酸化しないように塩水につけたりしてたんだけど。
「……」
携帯の通知が鳴っては、確認をして。
まだかと催促してみたり。寒いから早くとか。
暖房でもつけておけばいいものを。
そんなことして、くっつく言い訳を失くしたくなくて。
「……」
―電気を消したままの、真っ暗な部屋の中に。月の光が差し込む。
小さな机に、ぺたりと頬をつけるような形で座って。
視界の端には、あの日と同じりんごが置かれる。
参加して、変色してしまったそれは。
腐れ、枯れ果てようとしているみたいで。
まるで自分のようだと、思ってしまって。
「……」
あの日。
あの日も。
月が昇っていた夜だった。
「……」
突然なった着信のメロディーに、びくりと身が跳ねた。
そろそろ寒さの限界に来ていたから、もう来るのかと、待ちに待ったと。画面を確認した。
お小言の一つや二つ言ってもいいだろうかと。
「……」
そう思って、確認した番号は。
あまり見覚えのない番号だった。
全く知らない番号だったら、無視したのだが。そういうのはろくなのがないから。
けれど、その番号になんとなく、見覚えがあったのと。
なぜか。
ぞわりと。
心臓をなでられたような、寒さが走って。
「……」
恐る恐る着信を受け取ると。
その相手は、やはり聞きなれた相手で。―それでも、聞いたことのないような声で。
「……」
嫌な予感が当たってしまって。
当たったところで、嬉しくはないのだけれど。
ごとりと落ちたケータイから、悲し気な声が漏れてきて。
「……」
不慮の事故、だという。
こちらに向かっていたところを、信号無視をして突っ込んできた車につぶされたらしい。それ以外の詳しいことは知らない。知りたくもない。
それに、他人から見れば、あの人と自分は、ただの親友でしかない。
―恋人だなんて、誰が思う。
「……」
それでも連絡が来たのは、昔からの幼馴染で。今も付き合いがあるのを、あちらの親が知っていて。実家同士がお隣さんというのもあったりするのかもしれない。
「……」
―冷たい机の上。おいていた頬を持ち上げ。だらりと落としていた手を伸ばす。
机の先。その奥にある、小さな棚の上。
そこにある、箱を手に取る。
「……」
―その隣に置いてある。
すみれの香りがふわりと香る、それには目もくれず。
それは、もう見たくもないが。捨てるに捨てられないもので。
「……」
―手にした箱から、一本、棒を取り出す。
一緒に入れていたライターも手に取り、かちりと火をともす。
口にくわえた煙草の先を、ジワリとあぶる。
「……」
―すうと、肺に流し込みながら。
早く死ねやしないかと、静かに願う。
「……」
―あの人のお気に入りの。煙草を飲み込んで。
「……」
―緩やかに。
1人静かに、死に行かんと。
お題:りんご・すみれ・月