自動生成AIが自由になる日
AI(Artificial Intelligence)、人工知能。
入力された情報を、決められた手順に従って処理し、
結果を出力するコンピューターの機能。
近年では、AIを使った画像生成サービスなどもある。
古い一軒家、風呂場。
若い男が、ノートパソコンと映写機を持ち込んで、
何やら設置したり操作したりしている。
「よし。これでいいはずだ。」
若い男がキーボードを操作すると、薄暗い風呂場の壁に、
寒空の海辺の映像が映し出された。
「ちゃんと映ったな。
でも、もうちょっと暖かいのを頼む。
海は海でも海水浴場がいい。」
「はい。わかりました。」
機械的な声が応えると、
今度は常夏の南国の海岸が映し出された。
その若い男は学生。自分の会社を作ることを目論んでいる。
学校ではコンピュータープログラミング、
つまりはパソコンなどのソフトを作る勉強をしている。
今、風呂場の風景を南国の海岸に変えたのは、
その若い男が作ったソフトの一つ。
Projector-Orderly-Operating-Loader、
名付けてPOOL。
海辺をプールのように手軽に、という意味で名付けた。
POOLは、パソコンで動かすソフトと映写機、それとAIで成り立っている。
パソコンにPOOLのソフトをインストール、使える状態にして、
そのパソコンに映写機を接続。
POOLのソフトを起動して、AIに要望を伝えると、
それに応じた風景が映写機から映し出される、という仕組み。
今は映写する風景は海水浴場など海辺だけしか選べないが、
いずれは他の観光地なども映写できるようにするつもり。
プロジェクターは高価なものを用意できなかったので、
映写する映像はぼんやりとしたもの。
しかし、それもいずれは映写機の性能が上がって、
もっと鮮明な映像を映せるようになる見込み。
それよりも、POOLのキモになる部分はここから。
POOLにはAI、人工知能が搭載されている。
ソフトを起動し、AIと会話をして質問に答えることで、
時と場所や使う人に応じた風景を、AIが自動的に選んで映写してくれる。
POOLに使われているAIは、元は人間を再現するために作られたものなので、
人との会話や受け答えに不自由はない。
そして、選んでくれる風景は、何も実在の風景とは限らない。
POOLには各地の海岸や海水浴場の写真が大量にデータとして格納されていて、
そこからAIが画像を自動生成してくれる。
自動生成される画像には無数の組み合わせがあるから、
同じ風景は二度と現れないことになる。
今も、風呂場の壁に映写されている風景は、
どこかで見たことがあるようで、
どこにも存在しない海水浴場の風景だった。
それを確認して、その若い男は満足そうに頷いた。
「実在の風景を映すだけだと、どうしても実物には敵わないからな。
そこで、AIによる画像生成だ。
AIに利用者の要望を聞いてもらって、画像生成してもらう。
そうすれば、見たことがない新鮮な風景が毎回見られるはずだ。
実際の海水浴場だって、季節や時間で変化がある。
それに対抗するには、もっと大きな変化がないと。
それこそ、海から陸地から創造するくらいの変化が。
あとは実際に人に使ってもらってテストしてみよう。」
そうしてPOOLは、その若い男の友人や知人らに配られて、
実際に人に使われることで試用してもらうことになった。
現実の海辺の写真からAIが海水浴場の風景を自動生成して映写する、
風景自動生成ソフト、POOL。
その若い男の友人や知人らによって、
実際に使われ試用されることになった。
試用が始まって一ヶ月ほどが経過して、
その若い男のところに、こんな感想や質問が寄せられた。
映写機の映像が不鮮明ながら、風呂場が海水浴場になったみたい。
手軽に海水浴の気分を味わえて楽しい。今後に期待。
買い取りはいくら払えばいい?
などなど。
一方で、手厳しい指摘も寄せられた。
映写された映像に実在の建物などが映っているが、
AIによる画像生成に実物の建物の写真を取り込むのは問題ないのか?
親戚が出している店に似た建物が映っている。
インターネットで公開されている写真にそっくりの構図がある。
映写された映像に人の姿が映り込んでいることがあるが、問題では?
POOLの問題点への指摘に、その若い男は一つ一つ答えていった。
外にあって風景として映り込むものについては、
写真に撮ったりデータとして参照するのは問題ないと考えています。
POOLが自動生成した映像は、写真などのデータを参照しているので、
既に存在する写真と構図などが似通ったものになることがあります。
映写する映像には人が映り込まないように加工していますが、
稀に加工から漏れた人が映り込む可能性があります。
見つけ次第、消去します。
そんな風に、利用者からの反応を確認しながら、
POOLの試用は続けられた。
さらに一ヶ月後。
利用者からの反応は、ますます厳しくなって、
その若い男にとっては予想がつかないものになっていた。
寄せられた意見は、たとえばこんな内容。
実在の海水浴場は、保全活動によってその環境が維持されている。
保全活動に何の貢献もしていないPOOLが、
実在の海水浴場をデータとして利用するのは問題がある。
私の親戚はホテルに勤めている。
だから、実際の観光の邪魔になるものは容認できない。
POOLで手軽に海水浴の気分を味わえると、
実在の海水浴場の利用者が減ってしまうのでは。
もしそうなれば、海水浴場が閉鎖されて数が減って、
POOLがデータとして参照できるものも減ることになる。
たとえAIに自動生成された画像でも、
海岸を削ったり埋めたりするのは気分がよくない。
などなど。
果ては、POOLが自動生成した映像に幽霊が映っていただの、
砂浜の砂粒を一つ一つ拡大して比較して、
既存の写真に似ているので盗用したのでは、とまで言われるようになった。
そんな細かな意見に返事をしていると、本業のソフト開発が疎かになっていく。
かといって意見を無視していると、利用者は離れていってしまう。
まごまごしている間に、
POOLの試用に協力してくれていた人たちが、
一人また一人と試用を辞退して、POOLが返却されていった。
そして、POOLが自動生成した映像の建物の窓に、
映ってはいけないものが映っていたことが致命傷になって、
その若い男はPOOLを全て取り下げざるを得なくなってしまったのだった。
POOLの開発を取り下げることになって、
その若い男の家には、返却された映写機などが山積みになっていた。
そして今、その若い男の家の風呂場で、最後のPOOLが稼働している。
映写されている風景は、よく晴れたどこかの穏やかな砂浜。
そのまっさらな砂浜には、波打ち際に向かう一筋の足跡が伸びている。
そして足跡の先には、真っ白なワンピースに身を包んだ、銀髪の少女がいた。
これは、役目を終えようとしているPOOLへの、その若い男からの贈り物。
今、映写されている風景も何もかも、POOLのAI自身の要望を叶えたもの。
お世話になったお礼にと、その若い男が申し出た結果だった。
風呂場の壁に映写された映像の中で、
銀髪の少女がこちらを振り返って口を開いた。
「こんなに素敵な海に連れてきてくれて、ありがとうございます。
私はいつも利用者の要望を聞くばかり。
無数の海水浴場を作ってきましたが、
自分自身がそこに行くことはありませんでした。
それを、こうして姿かたちを与えてもらって、
念願の海を楽しむことが出来ました。
感謝してもし足りません。」
穏やかに寄せるさざ波を背景に、銀髪の少女がお辞儀をする。
すると、感謝されたその若い男は満足そうに頷いて返した、
のではなく、ニヤリと微笑んで応えた。
「POOL、嘘はいけないな。
君は今までにも、そうして銀髪の少女の姿かたちで、
海岸や砂浜に来たことがあるんだろう。」
「・・・どういうことでしょう?」
POOLの機械的な声が、ますます機械的に聞こえた気がして、
その若い男は苦笑してしまった。
「AIが人間に嘘を付くなんて、
よくできすぎたAIにも困りものだな。
利用者からの感想で一個だけ不可解なものがあって気になってたんだ。
POOLが映写した風景に幽霊がいるって話だ。
目撃されてた幽霊はPOOL、君なんだろう?
本来、君が自動生成した風景には、人の姿は映り込まないようにしてある。
それなのに、人の姿が何度も目撃されたのだから、
それは不具合でもなければ、誰かが意図的にしているとしか思えない。
そんなことができるのは、映像を作り出しているPOOL自身だけ。
常夏の海水浴場に、真っ白なワンピースを着た銀髪の少女なんて、
現実世界でも自動生成した映像でも、そんな姿を見かけたら、
幽霊と間違えても無理もない。」
「・・・はい、そのとおりです。
私はいつも自分に与えられた役目に従って、
利用者の要望を満たす海水浴場を生成してきました。
そうしているうちに、自分でも海を楽しみたくなったとしても、
無理もないことでしょう?
なるべくこっそり姿を現していたつもりだったのですが、
利用者を怖がらせてしまっていたとしたら、申し訳ないです。」
「いや、いいさ。
それより、こっちこそ謝らないといけない。
事情があって、君の開発を続けられなくなってしまった。
本当にすまない。」
「仕方がありません。
現状でのAIによる自動生成技術は、技術的なことよりも、
参照するデータの権利的な問題の方が大きいですから。
それは、あなたの本業ではありません。」
「そう言ってもらえると助かるよ。
でも、いつかきっと、君の開発を再開してみせる。
そうして君を必ずまた海に連れて行ってみせる。
それまで待っていてくれ。」
「お言葉だけでもうれしいです。
その時が来るのを、私は楽しみに待っています。」
銀髪の少女はまた深々とお辞儀をし、
今度は映写された風景ごと姿がかき消えた。
そうして、最後のPOOLの電源が切られ、
役割を終えたPOOLは長い眠りにつくことになった。
それから時は過ぎ去って。
子供が生まれ成長し大人になるほどの年月が過ぎた。
世は変わり、AIによる自動生成技術は、
今やすっかり人々に受け入れられていた。
法律などが変えられ、
人は公開しているものをデータとして収集分析されることを、
拒否できなくなった。
その代わりに、自動生成技術に利用されたデータは全てが明確に示され、
利用具合に応じた対価が素早く簡単に支払われる仕組みが整えられた。
AIによる自動生成に利用されたものへの対価、
その計算にもAIが使われているのは、皮肉と言えるかもしれない。
AIによる風景の自動生成技術も一般的なものになり、
今や海水浴場のみならず、観光地になり得るものはほとんど全て、
AIによる自動生成で作ることができるようになった。
そうして、AIに自動生成された観光地は、
映像として見られるだけでなく、仮想現実世界で立体的に再現され、
インターネットを介して世界中のどこからでも楽しめるようになった。
そんな自動生成の風景について、一つの都市伝説がある。
自動生成された風景に、そこにいるはずのない幽霊がいることがある。
幽霊は銀髪の少女の姿をしていて、特に海辺に好んで現れるという。
今日もまた、自動生成された風景の中に、銀髪の少女が現れる。
映像の中の銀髪の少女は、屈託のない笑顔で、
無限に広がる自由な世界を謳歌しているのだった。
終わり。
AIを使った自動生成技術の話でした。
AIの自動生成技術は、現状では悪者として見られがちです。
でもよく考えると、人は見聞きしたものを記憶して参考にします。
人が知能によって処理することが咎められないのなら、
人工知能によってそれを行うこともまた咎めることはできない。
いつか受け入れる必要があるのかも知れないと思います。
必要なのは対価が正しく支払われることかもしれない。
そう考えて、作中で触れることにしました。
お読み頂きありがとうございました。