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リリス・ラズリス Lilies Lazulis  作者: 青海夜海
第一章 群青の孤独
9/26

精神世界

青海夜海です。

世界の真実を彼らは知る

 なんとなく家に一端帰る気にはなれず、唯依に遅くなると連絡を入れてゆっくりとせせらぎ公園までの道を歩く。バスを使えば時間を短縮できるけど、待ち合わせの時間まで一時間半以上。早くついても手持ち無沙汰になるだけだし無駄な出費は避けたい。バイトをしていない僕は常に金欠だ。

 桜並木を見上げながら横を抜けて行くと、ふと視界のどこかに違和感を覚えた。


「なにか映ったような……」


 時刻は夕暮れ。後半時間で十八時たる逢魔が時が魔物を連れてやって来る。それは百鬼夜行と呼ぶのかどうかは知らないけど、僕の想像は似たり寄ったり。そんな迷信、いや言い伝えに違和感に霊的な要素が浮かび上がり身体が震えた。

 違う。これは武者震い。我に切れぬものなどない。

 石川五右衛門の気分で冷静さを取り戻しさっきよりも周囲をよく見ながら歩き始める。

 こういうのって一度意識すると忘れるまで意識し続けちゃうから僕は嫌いだ。

 だから、伸びる道の先で彼女の背中が網膜を焼いた。


「…………琥珀」


 僕の声は三十メートルは離れたその人には届くことはなく、曲がり角で左折しその姿はすぐに見えなくなった。


「見間違え……。だって琥珀は頭痛で休みで、直ったから夕ご飯でも買いに出かけた?あれ?琥珀の家ってここら辺だっけ?」


 改めて思うと僕は琥珀美波のことを何も知らない。

 連絡も茜音からで、『大丈夫?』なんて当たり障りのないわかりきった連絡を入れただけ。電子の先の彼女の姿なんて想像していなかった。大変なんだろうなーと思うくらい。でも今気づかされた時、思ってしまう。


 ――どうして僕は何も知らないのだろう、と。


 その背中が琥珀なのかわからない。まったく違う人かも知れない。


「……ん。行こう」


 夜咲との約束まで時間はある。病院の帰りとかで途中で倒れたりしんどくなったりしてたら大変だし、何より今の気持ちを手放したくないから。


「徹に感化されたか」


 僕は急ぎ足で彼女の後を追いかけた。と言ってももともと距離があるうえに左右に進むからこっちが道に迷ってしまう。これはアレか。同じ道を行ったり来たりしている奴か。

 途中何人かにすれ違い会釈をして琥珀の見間違いのない背中を捉えた。焦る気持ちに駆け出しそうになるが傍から見れば変人。前方から歩いてきた男性に不審に思われないように足のスピードを緩め視線を明後日にしてやり切る。

 僕はストーカーじゃないから。ちゃんと、おそらく大義名分程度には理由があるから。

 脳内で言い訳を並べ、いざご対面と角を曲がって彼女の名を呼んだ。

 僕と琥珀の距離は十メートル程度だった。だから彼女の名前を呼べば振り返るのは自然なことだった。

 並べ立てた言い訳とシナリオはどきどきと跳ねまわり、多少の罪悪感はどこかに。

 僕はどうして琥珀のことを何も知らないという衝動のままに選択した。


「――こはく……………………」


 それが僕たちの人生を狂わせる運命の始まりだった。


 この瞬間、止まっていた世界は再び動き始める。世界の真実に出会う。


「……………………え?」


 その光景を見て、僕の時は止まった。

 その悲惨なそれを見てすべての感情が漂白された。だというのに、漂白された脳を埋めるのは真っ赤なそれだった。


 血溜まりの赤い大地の中、血から咲いたアネモネに弔われるように琥珀美波は死んでいた。


 僕は恐る恐る彼女に近づき、そっと見下ろす。彼女の最期はあまりにも儚く美しく悲しかった。


「琥珀……」


 呼びかけても彼女が目を覚ますわけはない。まるで石像のような彼女から生気は何も感じない。見ていてわかる。見ただけでわかる。


 琥珀美波は死んでいる。


 ただ茫然と僕は見下ろすしかできなかった。彼女の最期の姿を眺めているしか、僕は動けなかった。

 理解及ばず混乱という虚無に掻き乱され心の変動がどこまでも遠くに思える。

 直ぐ側の彼女が遥か彼方に思えた。絶望、後悔、罪悪感、悲壮感、寂寥感、憤怒、激情。どれをとってしても今の僕には当てはまらない。いや、どれも真実にならない。

 血の溜まりで眠る彼女の傍に膝をついてただ漠然と覗き込んだ。

 アネモネの花々に弔われる彼女の頬に手を伸ばし、触れた指先から伝う冷たさに僕の全身が急激な寒冷、あるいわ寒心に晒され寒雨に穿たれるかのように芯の臓まで暗闇に堕とされる。

 どこかで寒鴉の鳴き声が残されていたものを奪っていった気がした。


 だから、その声ははっきりと聞こえた。



「――運命は変えられないわね」



 そしてそんな言葉と共にその人は僕の背後に立った。


 まるで死神のような黒く長い髪が揺れ、怜悧な瞳は僕のどこまでもを射抜き貫き穿った。

 死神、いや魂を連れ去る蝶と表した方が正しい。死蝶を想起させるその女は死体を前にしてなお美しさが際立っていた。


「貴方はどうする?夜野唯月君」

「夜咲、麗花……」


 孤高の蝶、高嶺の女王、冷酷な美女。学校で噂されるどの通り名も相応しく、それだけでは言い表せない雰囲気を纏った夜咲麗花がそこにいた。

 夜咲は一歩二歩と近づき僕たちを見下ろせる位置で脚を止める。


「まったく同じね……」

「え?」

「なんでもないわ。それよりも救急車を呼ばなくていいのかしら?」


 そう言われてはっと気づく。理解できていなかったとは言え致命的なミスだ。僕はすぐさまスマホを取り出して119と番号を入力しようとして。


「まー意味はないけれど」


 そんな冷淡な夜咲の言葉に指が止まった。僕は夜咲を見上げる。


「それってどういう……」

「そうね。貴方には説明しないといけないわね」


 説明?なんの?首を傾げる僕を見ていた夜咲はその口を開こうとして、はっと大きくその眼を開いた。予想していなかったことが起きた時を前にしたような相貌。


「うそ⁉ありえないわ。だってこれまで何も――」


 夜咲が何かを言い終わる前に世界は真実という光が押し寄せた。光のカーテンが偽りを連れ去る。

 大地の揺れと光の爆発した音に夜咲の視線の先を追って光の進撃を目にする。


「――――っっ⁉」

「やるしかないわね」

「やる?なにを?」

「変な想像しているならここで貴方を殺すわ。それと私の手を離さないことね!」

「うっえっちょっま――」


 何が何だかわからない僕の手を取って無理矢理立たせた夜咲はそのまま光のカーテンに向かって走り出した。

 この時の僕の気持ちはスプリンターに向かって飛び込む気持ちとまったく同じだった。



「貴方に真実をみせてあげるわ」



 そして、夜咲と僕は光の先へと踏み入れた。


「あわっとっとっとぉぉ……へぇ?」


 急に手を離されて前進こけそうにあり慌ててバランスを取る。


「なに小躍りしているのよ。子ザルのモネマネは後にして」

「急に夜咲が手を離すからだろ……!絶対手を離すなって言ったのは誰だ?」

「ここがもう必要ないからいいのよ。それに私の手はそうそう安くないわ」


 手に値段なんかあるか、と思ったが確かに琥珀や白河ならお金払ってでも握手したいと考える人はいるだろうし、現実にもアイドルの握手会とかあるし夜咲の言うことには一理ある。まーだからって夜咲の手にお金を払ってまで握られたいと誰も思わないだろうけど。手の皮持っていかれそうだし。


「夜野唯月君。今なら私の手を格安で売ってあげるわ。買ってくれるかしら」

「手を売るとかサイコパスなこと言うな。笑顔作っているつもりかもしれないけど、口しか笑ってないから。目が殺人鬼と一緒だから」


 夜咲は何を思ったのか頬を両手で掴んで上下させる。そんなんで笑えるようになれば苦労しなだろう。手の価格も笑う方法も置いておいて。

 僕は視界に映るその世界を瞳に解釈して圧巻に襲われた。


「ここは……」


「精神世界。ニューエイジと言われるものだけれど、それもはっきりとしていないわ」


 新時代(ニューエイジ)……確か新たしいタイプの神秘主義で、スピリチュアルな真実を信じる西洋占星術とかの思想に基づいた考えだったはず。『自分を知ること』、『自分らしく生きること』、それらを至上の価値としていたからなんとなく以前に調べたことがあった。

 だからと言ってニューエイジの思想はずっと昔の主義。この異様な世界と繋がるものはないように思える。


 目に見えるは異世界か不思議の国。


 町の形は渋谷のスクランブル街に変貌し、空には異次元を包みこむように淡い大気圏に似た雲が覆い高層ビルには数多の電子掲示板からJPOPの音楽が鳴り響いている。ネオンの輝きはやけに静謐で空の群青と相まって、静謐と雑踏の薄暮に成り切れない夜のよう。


 だけどそう感じたのはそれ以上に、世界を浸す以外の音がないこと。


 僕の視界には確かに人々が映っている。酒を煽り歌を歌い踊り狂い陽気に遊び回る。この世界に元から存在しているかのように、けれど一切の音が僕の聴覚を狂わせない。

 ここはもう僕の知る町とも違い、知る渋谷ともまったくの別物になっていた。


「ニューエイジ……いやそれよりもここってなに?」


 夜咲も辺りを確認してから手に握るものを弄る。ガシャン。


「言った通り精神世界よ。今は時間もないから手短に話すけれど、ここは誰かの精神が不安やストレスの限界を迎えて発動させた言わば夢の国ってところ。この世界の持ち主の意識を狩るか精神を落ち着かせない限りここから出ることはできないわ」

「せ、精神世界……不安やストレスが原因……ってそれよりも意識を狩る⁉」

「言葉通りよ。ここは現実と思わないことが得策ね!」


 すると夜咲はその手になぜか持っている銃の引き金を引いて弾丸を放った。銃声が導く先は突如現れた女の心臓を貫き墳血が舞う。

 銃声に驚いて身を竦めてしまった僕はただ唖然と見ているしかできなかった。


「お出ましね!」


 夜咲はそのままこちらに向かってくる見目麗しい三人の女たち目掛けて速射。途絶えることない五発の銃弾が女の脚、顔、胸、腰、肩と抉る。空になった銃に装填し湧き出てくる女を迎撃する。しかし、先ほどまでの女とは違い馬鹿げた身体能力で銃弾を回避。まるで3Dアニメーションを見ている気分に感嘆の声を上げてしまう。


「ちっ。ほらさっさと逃げるわよ!」

「え?ちょっまっ――」


 僕の手を引いて走りだす夜咲は僕の驚きなど意にも返さず銃を投げ捨てその手に生み出したゴリラの脳筋を卵サイズにしたような球体を女たち向かってほり投げた。そして夜咲は僕を掘り投げる勢いで建物の脇に連れ込み僕は無様に壁に激突する。


「いったぁっ⁉」

「伏せて!」


 言葉と言動があっていない。


 僕の頭は夜咲の手によって無理矢理地面に押し付けられ「うぎゃっ⁉」と叫ぶ前に大爆発の轟音が煙を猛々しく大地に振動をもたらした。


(うわ⁉なに⁉カーレースの最終局面でエンストした時に使うエンジン爆発からの急発進の裏技⁉)


 揺れが収まり煙が自由に歩行し始めると夜咲は僕から手を離し、壁から戦場を覗き込む。

 僕は打ち付けた場所をさすりながら立ち上がる。


「えー……聞きたいことがたくさんある」

「そうでしょうね。だけど、ここは最低限でお願いするわ。違ったわ。最低限にしなさい」

「そこ、訂正する意味ないだろ……」


 どっちにしたって僕の中じゃ夜咲麗花の評価は変わらない。唯我独尊で傍若無人な高嶺の女王様だ。

 彼女は僕を対等とは見ていないことがわかった。まーそれはどうでもいいとして。この際に聞かなくてはいけないこと。

 それはつまり――


「好きな異性のタイプは?」

「なに?死にたい?殺してあげるわよ。残酷の限りに」

「いえ。間違えました」


 そう、決して好きな異性のタイプやナイスバディのサイズでもない。ましてや身体の洗う順番でも好みのタイツでもない。

 そう、僕が今この摩訶不思議な現象に連れ込まれて、その現象の正体を知っている夜咲麗花に訊かなくていけないことは――


「その銃とかさっきの爆弾?君の私物?」


 片手に銃を持って見下ろしている姿とかすっごくに様になると思う。


「試しに撃ってあげましょうか。見たいでしょ。私に見下されながら銃を向けられるのを」

「エスパーかよ……!」


 どうして僕の考えがわかる。これでも無表情レベルはカンストしていると言われ続ける僕だ。まず間違いなく心を読まれているなんてありえない。

 つまり、夜咲自身がそれを理解している。もしくは僕じゃない誰かに言われたことがある。


「つまり、抱くものは一緒か……」


 どこかの誰かに共感が湧くが今はそれどころじゃない。夜咲は両手に新しく銃を持っているし、セーフティを解除したことからいつ戦いが起こってもおかしくないってことか。床には救うの手榴弾みたいなのを並べてあり、いつの間にとは思わず僕はその内の一つを手に取って夜咲の銃と交互に見る。

 銃は見た感じ半自動式(セミオートマチック)ぽい。銃の種類はわからないけど、装填は六発で球切れ。双銃あるから合計十二発。

 その脅威は僕に向けられる可能性があることにセーフティが外されている事実から読み取れた。僕が理解したことに夜咲もまた理解する。


「でも、いい着眼点よ。この銃も私のもの。この世界だけで適用される私の能力によって生み出したものよ」

「能力で生み出す……つまり、この世界みたいな力が夜咲にもあるってことか?」

「案外に頭が回ることを褒めるわ」

「どうも」


 見下されている事実は変わっていないけど……。

 夜咲は敵の侵攻を確認しながら一つの手榴弾を相手から見えない位置に蹴とばし、銃弾で打ち抜いて爆発。攪乱と警戒を強めるためかと理解して、火薬のにおいを感じながら夜咲は話しを続ける。


「この世界は言った通り未熟な精神が私たちの精神に入り込んだ現象。まー逆の場合かもしれないけれど。つまり、現実と夢の狭間のようなもの。わかりなさい」

「何も言ってないんだけど……」


 侮られていることに不服でたまらないがこれ以上は何も言わず黙って話しを促す。


「この精神の世界ではその人それぞれの個性――ここで言う『能力』があるのよ。従うことにうんざりした人なら従わせたい衝動にあった能力を。身体が不自由な人なら自由な身体を。それらの能力の強さは私たちの意識の深層にある真実によって大きく変わるわ」

「人を殺したと強く願う人ならそれ相応の力がある」

「そうよ。でも、この世界に触れる人はみなそれぞれ精神に異常を来す不安や怒り、悩みなんかを抱えている。ここは行き場のない青い感情の発露場なのよ」


 それはなんだかわかる気がした。

 親や友達に言い出せない想いを抱いていたり、自分の想いとは裏腹な行動を強制させられたり、自分の不出来に嫌気がさしたり。

 みんな何か悩みを抱えている。それは分かり合えないものが多くて、胸の奥でくすぶっては傷になっていくものが大半。

 夜咲が銃を持っている理由も、僕が取り乱すことなく平静でいる理由も。抱えているからこそ耐えきれなくなる。

 この世界を作った人もきっとそう。現実に耐えられなくなって爆発してしまった。理不尽さと不条理に協調の姿勢に同調の圧に嫌悪の膨れに優劣のリアルに。そんなどれかに脅かされてこうなったんだろう。


 それは、僕にもいつかありえる話しに思えた。


「この世界を終わらせるには相手の意識を強制的にダウンさせる。それか、気持ちを落ち着かせる。私は百パーセント前者を選ぶわ」


 それはまるで『貴方ならどうするの?』と訊ねられているようだった。


 僕ならどうする?もしも夜咲のように対抗できる力があって、それは相手の意識を狩るのも可能な力で、でもそれじゃあ根本的な解決にはならない。だけど、誰かの本心に触れて納得させることなんて不可能のようなもの。僕が誰かの言葉に納得できるかと訊かれたら即答でノーと答える自身がある。

 誰かに気づいてほしくても誰かに打ち明けて知ってほしくても、それでも同調も共感も意見も僕は聞き入れられない。簡単なことだ。


「僕の心は僕だけのもの」


 それは解に等しかったと思う。夜咲と同じで前者に寄り掛かった答えだったと思う。

 だけど僕は口を噤んだ。ここで前者を首肯することを僕は怯えた。僕は向き合わないことに酷く恐れた。


「――‼」


 その事実に誰よりも驚いたのはきっと僕自身だ。

 僕は何か言おうとして、でも何もいい言葉は浮かばなくてただ夜咲から視線を外していると。夜咲がトリガーした。

 バンッ!

 続いて二発目三発と撃ち牽制する。


「ちっ。時間を与え過ぎたようね!」

「は?」


 瞬間、夜咲に押し飛ばされる形で僕と彼女は突如頭上から降ってきた女の蹴りを回避した。その威力は目に見えて地面を砕くだけの破壊力があり、直撃でもしてみたら僕の柔い骨は砕け散るだろう。


「立って!走りなさい!」


 夜咲は身体を女に向けて残りの銃弾をすべて発射。追いついてきた他の女を牽制し、その間に僕はとにかく立ち上がって走りだす。恐怖よりも困惑よりもとにかく今は逃げることだけに僕の手足は動き出す。


(どこの世界線だよ……これ!)


 夜咲は右手の銃を捨て生み出した手榴弾の安全ピンを口で抜いてほり投げる。結果など見ず夜咲は全速力で駆けだし、僕たちの背後から襲う爆風が身体を押し飛ばした。

 たたらを踏んで前傾に転びかける僕の手を夜咲が掴み無理矢理に立たせ逆流に倣うように爆煙と衝撃の中を突き進む。


「銃に爆弾って、シリアのVRのサバイバルゲームかよ」

「仮想空間的なことには否定しないけれど、貴方の想像って予想斜め下ね。呆れるわ」

「そんなはっきり言われるとは思わなかった」

「大丈夫よ。よっぽどな怪我じゃない限り現実世界に実害はないわ」

「それ実質、ゲームみたいでゲームじゃないな。……はぁー僕の平穏が壊れる音がした」

「それだけ馬鹿言えるなら問題ないわね。その歪んだ頭を使ってどうすればいいか考えなさい」


 そう言うと側面から狙ってきた二人の女に向けて両手で引き金を連続で引く。左の女の胸と腰を射抜き撃破に成功。右側から迫ってきた女の跳び蹴りを後ろに跳んで回避し、中段蹴りを右腕で防ぎ左手に欠かさず生み出した銃を発砲。しかし、女は銃が出現したと同時に蹴りだした左足を引き戻し、左に体重を乗せて銃口から僅かに逸れる。銃弾が長い髪の渦を貫いていく。


「ちっ」


 すぐさま照準を女に合わせようとしたが、夜咲が女を撃つ前に女の回し蹴りが容赦なく左肩から夜咲を蹴り飛ばす。


「近接格闘は嫌いなのよ!」


 なんとか立ち直すが、すぐさまの顎を蹴り上げてくるのを上半身を倒して躱し、無理矢理な態勢で右手の銃で胴体を撃ち抜く。四発の弾丸が女の身体を貫き女は沈黙する。


「…………厄介な相手ね」


 僕はそんな異次元な戦いに唖然びっくりと眺めていることしかできず、おーナイスファイティングガールとアルトみたいに喝采したくなったが、夜咲目掛けて投擲してきた瓦礫の破片が夜咲が回避したことによって、背後の僕に一直線。「ばかっ⁉」と、声を上げながら前に転がるように間一髪で回避。背後ですごい音がなったことは忘れよう。

 夜咲は投擲してくる瓦礫を躱しながら銃弾を連射。弾丸がなくなり左手の銃を捨てて右手の銃に装填。瓦礫をまるでテレビで見るヒーローのような身の動きで軽やかに回避し、両手で照準を合わせて全射。一発目は躱されたが二発目が横腹を射抜き、三発目は脇の下を通り過ぎ後ろの女の肩を抉る。四発目はしっかりと胸に直撃し、五、六発目で盛大に血をばらまく。


「どこか秘密組織に所属してたの?ロシア兵だってここまですごくないよ?君の前世はガンマンか?」


 そんな僕を一瞥した夜咲はすぐさまやって来た五体の女に戦闘態勢に入る。言っておくがこの一瞥とは「黙りなさい。殺すわよ」という意味ではない。うん。多分。恐らく。ミツバチと思ったら足長バチだったくらいには多分。


「現実世界で人を撃ったことは?」

「…………どうだと思う?」


 あ、これダメな奴だ。足長バチだった奴だ。

 と、考えても仕方がない。それ以上馬鹿なことは言わないように視線を前に向かて。


「同じ人ばっかり……噂に聞くドッペルゲンガーシンドローム⁉」

「そんな噂は聞いたことないわよ。ほんとうに殺されたいの?」

「殺されたかったらここまで生きてない」

「はぁー……まあいいわ。それよりもこの状況でよくそんなどうでもいいこと言えるわね……。私に訊いておきたいことはないの?その頭は飾りなの?」


 呆れの中に若干の怒りが込められていて揶揄もされて、でも仕方のないことだ。

 僕だって正直ずっと混乱しているし、アニメの中みたいな正真正銘の命の殺り捕りを見て平静でいる方がおかしい。

 僕はずっとひた隠しに怯えている。

 馬鹿なことを口走るのは自分の中を整理するため。混乱を抑え込んで、恐怖を呑み込んで、せめて足が震えないで走れるようにするため。

 きっと夜咲が呆れよりも大きく怒りを滲ませたのは慌てることも恐れることも活力に漲ることもない無表情のせいだろう。僕自身が理解している程度だ。僕の表情はほとんど崩れていないはずだ。でもここに来て最終通告をされて眉が歪んだのがわかった。

 僕にできること。今訊かないといけないこと。目的を見据えるのは簡単なことだった。


「……この世界の原因はどこにいる?」


 こんなテロリズムみたくな世界を鎮める。そして琥珀のもとに帰る。

 現実がどうなっているのかは知らない。夜咲の説明を聞いても今だに釈然としない。住宅街が渋谷の高層ビル地帯に変わり果て、あまつさえには超人的な女に狙われ、正真正銘の殺し合いが始まった。


「納得?理解?できるはずがない。僕は何の力もないただの子供だ。女の人と戦っている君には畏怖を覚える」

「……」

「自分の役目なんてそれこそ知らないし、僕にできることなんて多分何にもない。それでもここで死ぬのはまっぴら御免だ」


 琥珀が死んでいるのを目の前にして、意味不明な現象に巻き込まれて何もできず死ぬなんて、僕が認めない。僕だけは僕を認めることなんてできやしない。


「だから、さっさとこの世界を終わらせる」


 この精神世界を生み出してしまった誰かのためにじゃない。ましてや現実に被害をもたらすからといった殊勝な考えでもない。


 僕の自己満足。利己的な決意。僕は僕のためにこの世界に抗う。


 僕は夜咲麗花を見つめ、その深く青い瞳の奥に僕の決意を押し込めてやった。


「だから教えろ。この世界を終わらせるために僕にできることを」


 今こうしている間にも着実に敵は迫ってきている。僕たちの視界の先には十に近い何もかも同じ兵器のような女が行進してくる。

 高層ビルの狭間、人々は逃げ出しここに残っているのは僕と夜咲だけ。

 抗う術は夜咲の武器のみ。原因の人物の行方もわからなければ、解決に到らす二通りの方法の選択も僕はできていない。

 戦えない僕は戦力じゃないから実質一対十。絶望的な局面に素人の僕には思える。

 だけど――


「夜咲、君ならなんとかできるんだろ」


 信頼じゃない。信用もしていない。愛情も友情も全部違う。だけど、僕は思った。


 夜咲麗花なら絶望をひっくり返せるんじゃないかと。


 多分僕のご都合思想で夜咲に押し付けるクソみたいな判断だ。でも散々見下されてきたんだ。これくらい別にいいじゃないか。

 今、僕は不敵に笑っているだろうか。それとも馬鹿みたいに真面目な顔だろうか。それとも相も変わらず無表情なのか。

 自分じゃわからないけど、願うなら挑発的にニヒルに口角を上げて上から目線であるとことを。

 僕じゃわからない僕を見定めて、夜咲はため息を吐いて視線を前に戻した。そして、一丁の銃が僕に投げられた。


「お、っとと。重いな」


 想像していたよりも重い銃を右手に持ちセーフティを外す。


「この世界を作り上げた原因者――通称孤独蝶(リリー)は本質となる場所にいることが多いわ」

「本質――この異常な世界、つまり精神の居場所とか問題の起点となった場所とかってこと?」

「そんなところよ。精神世界を鎮めるには話した通りの二通り――気絶させるか救い上げるかのどちらか」

「…………」

「私は敵を引き付けて貴方の援護に回るわ」

「危険じゃないかって言ったら怒るか?」

「心配は素直に受け取るけれど、私にすべて押し付けた貴方の言葉だと引き金が誤りそうね」

「そうか、なら精々頑張れ」

「清々しいほどに屑ね」


 そう、夜咲は初めて笑った。


 走りだし飛び掛かって来る女を目の端に僕は走りだす。僕たちを巻き込んだどうしようもない慟哭者(リリー)を救うために。


「――貴方にも特別な力は存在しているわよ」


 そんな声を背中に戦闘が始まった。

明日は夜に更新します。

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