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リリス・ラズリス Lilies Lazulis  作者: 青海夜海
第一章 群青の孤独
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運命の起点

青海夜海です。

ここがすべての始まり。

 

 なんとなく家に一端帰る気にはなれず、唯依に遅くなると連絡を入れてゆっくりとせせらぎ公園までの道を歩く。バスを使えば時間を短縮できるけど、待ち合わせの時間まで一時間半以上。早くついても手持ち無沙汰になるだけだし無駄な出費は避けたい。バイトをしていない僕は常に金欠だ。

 桜並木を見上げながら横を抜けて行くと、ふと視界のどこかに違和感を覚えた。


「なにか映ったような……」


 時刻は夕暮れ。後半時間で十八時たる逢魔が時が魔物を連れてやって来る。それは百鬼夜行と呼ぶのかどうかは知らないけど、僕の想像は似たり寄ったり。そんな迷信、いや言い伝えに違和感に霊的な要素が浮かび上がり身体が震えた。

 違う。これは武者震い。我に切れぬものなどない。

 石川五右衛門の気分で冷静さを取り戻しさっきよりも周囲をよく見ながら歩き始める。

 こういうのって一度意識すると忘れるまで意識し続けちゃうから僕は嫌いだ。

 だから、伸びる道の先で彼女の背中が網膜を焼いた。


「…………琥珀」


 僕の声は三十メートルは離れたその人には届くことはなく、曲がり角で左折しその姿はすぐに見えなくなった。


「見間違え……。だって琥珀は頭痛で休みで、直ったから夕ご飯でも買いに出かけた?あれ?琥珀の家ってここら辺だっけ?」


 改めて思うと僕は琥珀美波のことを何も知らない。

 連絡も茜音からで、『大丈夫?』なんて当たり障りのないわかりきった連絡を入れただけ。電子の先の彼女の姿なんて想像していなかった。大変なんだろうなーと思うくらい。でも今気づかされた時、思ってしまう。


 ――どうして僕は何も知らないのだろう、と。


 その背中が琥珀なのかわからない。まったく違う人かも知れない。


「……ん。行こう」


 夜咲との約束まで時間はある。病院の帰りとかで途中で倒れたりしんどくなったりしてたら大変だし、何より今の気持ちを手放したくないから。


「徹に感化されたか」


 僕は急ぎ足で彼女の後を追いかけた。と言ってももともと距離があるうえに左右に進むからこっちが道に迷ってしまう。これはアレか。同じ道を行ったり来たりしている奴か。

 途中何人かにすれ違い会釈をして琥珀の見間違いのない背中を捉えた。焦る気持ちに駆け出しそうになるが傍から見れば変人。前方から歩いてきた男性に不審に思われないように足のスピードを緩め視線を明後日にしてやり切る。

 僕はストーカーじゃないから。ちゃんと、おそらく大義名分程度には理由があるから。

 脳内で言い訳を並べ、いざご対面と角を曲がって彼女の名を呼んだ。

 僕と琥珀の距離は十メートル程度だった。だから彼女の名前を呼べば振り返るのは自然なことだった。

 並べ立てた言い訳とシナリオはどきどきと跳ねまわり、多少の罪悪感はどこかに。

 僕はどうして琥珀のことを何も知らないという衝動のままに選択した。


「――こはく……………………」


 それが僕たちの人生を狂わせる運命の始まりだった。


 この瞬間、止まっていた世界は再び動き始める。世界の真実に出会う。


「……………………え?」


 その光景を見て、僕の時は止まった。

 その悲惨なそれを見てすべての感情が漂白された。だというのに、漂白された脳を埋めるのは真っ赤なそれだった。


 血溜まりの赤い大地の中、血から咲いたアネモネに弔われるように琥珀美波は死んでいた。


 僕は恐る恐る彼女に近づき、そっと見下ろす。彼女の最期はあまりにも儚く美しく悲しかった。


「琥珀……」


 呼びかけても彼女が目を覚ますわけはない。まるで石像のような彼女から生気は何も感じない。見ていてわかる。見ただけでわかる。


 琥珀美波は死んでいる。


 ただ茫然と僕は見下ろすしかできなかった。彼女の最期の姿を眺めているしか、僕は動けなかった。

 理解及ばず混乱という虚無に掻き乱され心の変動がどこまでも遠くに思える。

 直ぐ側の彼女が遥か彼方に思えた。絶望、後悔、罪悪感、悲壮感、寂寥感、憤怒、激情。どれをとってしても今の僕には当てはまらない。いや、どれも真実にならない。

 血の溜まりで眠る彼女の傍に膝をついてただ漠然と覗き込んだ。

 アネモネの花々に弔われる彼女の頬に手を伸ばし、触れた指先から伝う冷たさに僕の全身が急激な寒冷、あるいわ寒心に晒され寒雨に穿たれるかのように芯の臓まで暗闇に堕とされる。

 どこかで寒鴉の鳴き声が残されていたものを奪っていった気がした。


 だから、その声ははっきりと聞こえた。



「――運命は変えられないわね」



 そしてそんな言葉と共にその人は僕の背後に立った。


 まるで死神のような黒く長い髪が揺れ、怜悧な瞳は僕のどこまでもを射抜き貫き穿った。

 死神、いや魂を連れ去る蝶と表した方が正しい。死蝶を想起させるその女は死体を前にしてなお美しさが際立っていた。


「貴方はどうする?夜野唯月君」

「夜咲、麗花……」


 孤高の蝶、高嶺の女王、冷酷な美女。学校で噂されるどの通り名も相応しく、それだけでは言い表せない雰囲気を纏った夜咲麗花がそこにいた。

 夜咲は一歩二歩と近づき僕たちを見下ろせる位置で脚を止める。


「まったく同じね……」

「え?」

「なんでもないわ。それよりも救急車を呼ばなくていいのかしら?」


 そう言われてはっと気づく。理解できていなかったとは言え致命的なミスだ。僕はすぐさまスマホを取り出して119と番号を入力しようとして。


「まー意味はないけれど」


 そんな冷淡な夜咲の言葉に指が止まった。僕は夜咲を見上げる。


「それってどういう……」

「そうね。貴方には説明しないといけないわね」


 説明?なんの?首を傾げる僕を見ていた夜咲はその口を開こうとして、はっと大きくその眼を開いた。予想していなかったことが起きた時を前にしたような相貌。


「うそ⁉ありえないわ。だってこれまで何も――」


 夜咲が何かを言い終わる前に世界は真実という光が押し寄せた。光のカーテンが偽りを連れ去る。

 大地の揺れと光の爆発した音に夜咲の視線の先を追って光の進撃を目にする。


「――――っっ⁉」

「やるしかないわね」

「やる?なにを?」

「変な想像しているならここで貴方を殺すわ。それと私の手を離さないことね!」

「うっえっちょっま――」


 何が何だかわからない僕の手を取って無理矢理立たせた夜咲はそのまま光のカーテンに向かって走り出した。

 この時の僕の気持ちはスプリンターに向かって飛び込む気持ちとまったく同じだった。



「貴方に真実をみせてあげるわ」



 そして、夜咲と僕は光の先へと踏み入れた。


明日も更新します。

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