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リリス・ラズリス Lilies Lazulis  作者: 青海夜海
第一章 群青の孤独
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似非外国人はハングリー

青海夜海です。似非外国のハングリーな話しです

「今日も君の夢を見た」


 朝日が昇る少し前の夜明けより蒼い時間。僕の意識は君にだけに注がれる。

 もう二ヵ月も前のただ一度のどうようもない春のひと時。何度この瞬間を夢に見ればいいのだろうか。


「わからない。僕はどうして君の夢を見る?」


 そうだ。わからない。君のあの日の夢を見る理由が。だけど僕の無意識は永遠に君の言葉を脳内で傷にしていく。それをどこか心地よいと思ってしまう恐怖にベッドから起き上がる。そしてまずは自分の心臓に触れる。


「今日も僕はここにいる」


 心臓の鼓動と声音の振るえと重なる吐息と、僕とわかる僕の全部で僕の存在を証明する。

 誰にもでない僕に僕を証明する。それが僕の生き方だ。


「問題ない。僕は今日も生きている」


 ふと思い出すのは君の好きなアネモネの花の物語。


 とある事情から生まれたアドニスと言う美少年。彼は二人の女神アフロディーテとペルセポネに恋を抱かれ自由と不自由の日々を暮らす。そんな中、アドニスはアフロディーテにその自由な時間すらも捧げその手を握った。しかし、そのことがペルセポネは気に入らなく嫉妬からアフロディーテの夫の戦神アレスに密告し、アレスによってアドニスは理不尽な死を与えられた。大いに悲しんだアフロディーテの足元で広がるアドニスの血からアネモネの花が咲いた。


 そんな悲哀の物語。それを君はよく語っていた。


 ――アドニスは幸せだったのかな?


 いつもの問いとも言えない呟き。今の鼓膜する答えのない悲しみの花の最期。


「君をアドニスにはしない」


 アドニスの花が咲き誇る頃、きっと世界は終わっている。

 すべては夢の日々から一ヶ月以上経ったある日、とある出来事によって僕たちの人生は歪んでいった。




 五月二十日。

 ゴールデンウイークも彼方にやがて来ると言われる梅雨に気分が重くなる今日の日。まだ先のはずの夏を彷彿させる気温が昼になって曇天に覆われていく。少し肌寒い昼下がりの六時間目。

 僕は校則違反と原則にはされているパーカーの前を閉めあくびを一つ教室を見渡す。 


 窓側から二列目の一番後ろの席で徹はうつ伏せに爆睡。茜音は真剣に耳を傾け板書を取っている。正反対の二人の姿は面白いほどにわかりやすい。

 琥珀は頭痛で休みらしく、真ん中の席がポツンと空いている。その空白はこの曇天さながらどこか寂しそうだった。


 他にも色々な人の姿があるが特に気にすることもない。僕は憂鬱だとため息を吐く。するとスマホが微かに揺れた。

 なんだ?スパムメールか?

 プレビューには目を擦って三度見してしまう意外な人物の名が表示されていた。僕は思わず前の席の女を見る。その背中は悠然に優美なまま我を突き通している。

 あまりの驚きに凝視していると前の席のメッセージの主、夜咲がこちらを少し見た。

 それはまるで私よ、と宣誓しているようで疑いようがない。 

 夜咲からのメール……開いたらウイルス感染とかするんじゃ……

 ぶるぶるっ!再びの振動にうわぁっ⁉と声を上げそうになって、堪えるために机を蹴る。ガタンという音に徹が目を覚ましていたがどうでもいい。

 僕は九割見たくないと思いながらも後の仕返しが怖いので仕方なくチャットを開いた。


 ≫放課後十九時 せせらぎ公園

 ≫非常事態以外絶対厳守。反論異論反発反抗犯罪不可。


「は?」


 思わず呟くと夜咲の踵に僕の爪先が踏まれた。いったぁぁぁぁっと叫びたい気持ちを我慢して二度見からの夜咲の背中を凝視。 

 は?なに?デートのお誘い?にしては二文目が韓国語の凶悪犯罪者指名手配文みたいで甘酸っぱさの欠片もないんだけど……それにこんな夜の時間って――

 夜咲の背中を凝視しているとまたもメッセージが入る。


 ≫警察に通報するわよ

 ≫やめてくださいっ‼


 女性は異性、男性からのエロい視線に気づくとよく言われているが、不快な視線によく気づくらしい。確かに男の視線ほどキモイものはない。だとしてもこれだけは言っておかなくてはダメだ。

 僕はメッセージを打ち込んだ。


 ≫決して君の想像している視線は向けていない。僕は背後を刺されるんじゃないかと恐れてただけだ

 ≫理想通りに葬ってあげるわよ。夜野唯月


 もーこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいぃぃぃぃぃぃ‼マジでヤラレル!

 直観的にわかる。これは単なる言葉遊びなんかじゃない。僕に選択の術は皆無。ってか脅しとしてここまで作用している人っていないな。

 そんな関心と恐怖を抱いているとまたも足を踏まれた。

 いたい……!



 授業が終わりホームルームも終わると夜咲はそそくさに出ていく。待てと引き留める暇もなく、伸ばしかけた手を見てガッツポーズを作る。


「オマエの負けだろ」 


 適格なツッコミに血反吐を吐きたい。徹はダルそうに鞄を肩に担いで僕に視線を寄越す。その目がどうすると訊ねている。


「時間はあるけど……僕も帰る」

「んじゃ帰るか」


 今は十六時半前。約束の時間まで二時間はあるから一度家に戻って鞄を置くか。あれ?今日って父さんいなかったっけ?なら、晩御飯は弁当でいいだろ。一応唯依にも連絡しとくか。いや、一端家に帰るから必要ないか。

 と、そんなことを考えていると徹がダルそうに脚を止め、僕もなんだと足を止め前を向く。そこには腕を組んで仁王立ちする若き男が鼻を鳴らして憚っていた。

 金髪に金持ちで黄金比な体格と整顔。彫刻品のようなイケメンは白い歯を覗かせ意味深い笑みを浮かべた。金がこれほど似合う男は他にいない。補足しておくが、お金じゃなく金色の金である。

 僕と徹の表情は違えることなくうんざりな様だろう。

 奴はくわっと碧眼を大きく開いた。


「ハローフォエバー!我愛しのベストフレンドよ。そんなに急いでどこに行くというんだい」


 頭の可笑しな変人が現れた。テレッテレー!

 コマンド……攻撃をする。無視する。無視する。無視する。

 ……無視の一択だ。


 僕と徹は無意識に無視のコマンドを選択し自分のターンがやってくるとすぐに変人の横を通り過ぎる。そのままサヨウナラ~~……


「ノー⁉ストップ!」


 大声で止められた。けど、僕も徹も止まらない。


「ヘイボーイズ!なぜ止まらないのだ!」

「ノーストップって意味調べろよ」


 うんざりと徹が馬鹿にする。黄金の変人はハハハっと笑った。


「ノープロブレム!キミたちなら止まってくれると信じているからね!」


 周りの奴等は皆思う。


「こいつ馬鹿だ」

「馬鹿がいるぞ」

「今年も馬鹿だ」

「あほだ」

「あほって言うなぁぁぁぁぁぁ‼」


 何故にあほに怒る?変人の価値観はわからないがめんどくさいのでさっさと話しを聞くことにする。


「で、なんのよう?アルト」


 アルト・北沢・ルースティアはよくぞ聞いてくれたとばかりにふふんと胸を張る。イラつくので素通りすることにする。


「あー待って待って待って‼お願い無視しないで!ボクの話しを聞いてくれ。プリーズミー⁉」

「似非外国人は本場に跳んで一からやり直せ」


 辛辣な徹の言葉に「ハングリーっ⁉」と喚く。アイムソーリーと間違えたんだろう。

 面倒事に心底嫌だとため息を吐いて身体を向ける徹の律義さに見た目によらないと改めて思う。

 みんなから恐れられている不良はいささか情に厚い。


「で?くだらねーことなら蹴るからな」

「オーケー。なに、くだらないことなんてそれこそ人生において大半がそうさ。遊びも勉学も人間関係もくだらないもの。しかし、ボクらはそのくだらないものを求めて生きている。いや、くだらないものこそが人生の価値と豪語している。なら、ボクとキミたちとのくだらない時間はボクとキミたちにとって価値ある人生の然るべき運命なのさばぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 言い終わると同時に徹が渾身の蹴りをアルトの腹にぶちかました。踏んでいくアルトは廊下の壁に練り込む。


「あいつの口は蛇のようになげぇー」


 どうやら徹さんはかなりにご立腹のようだ。そしてアルトは紙くずのように壁から剥がれ床に倒れ込んだが、直ぐに起き上がり意識を取り戻した冒険者然に頭を振って美しい金髪を払った。優雅な金の流れは赤と汗の粒子をエフェクトに額から血まみれになりながら美しさを顕在させる。

 テッテレー!アルト・北沢・ルースベルトはイケメンの意地によって耐えきった。


「徹。キミの短気には困ったものだね」

「オマエが悠長な長話をすっからだろ」

「これもボクとしてのコミュニケーション!ボクを知ってもらうためには包み隠すことはしないさ」

「オマエのことは嫌いじゃねーが、嫌いだぜ」

「ノープロブレム!知っているとも。けれどボクはキミをベストフレンドと思っている。だから何度蹴られても殺されてもボクはボクで在り続けるよ!」


 そんな二人の報復はまるで小説の一章のようで、これから二人の距離はどう変わっていくのだろうかと楽しみになったが、それよりも――


「アルト……頭から血が流れてる」


 頭から血を流されながら語られてもホラーにしか思えない。もう殺されても蘇るなんてそれこそ真実になりそうで怖い。

 アルトはポケットからハンカチを取り出してさっと撫でると、あらま不思議血糊一つなく白くきめ細かい美肌が現れた。そしてイケメンスマイルに黄色い声援が巻き起こった。


「さあ!徹!唯月!ボクと親交を深めるためにこれから――ぐふぅっ」


 その先の言葉は突如現れたメイドによって紡がれることはなかった。

 メイドの肘打ちにアルトは身体を折りたたみメイドの身体にヘタレこむ。小柄な銀髪メイドはアルトを支える方と逆の手でスカートを少し持ち上げ会釈する。


「アルト様はこれからピアノのレッスンがありますのでここで失礼させていただきます」

「どうぞどうぞ」


 もはや去年の一年間で見慣れた景色はアルトが意識を駆られてメイドのアリサさんに連行されるまでのワンパタン。僕たちの間に微妙な空気が流れる。


「あいつは何がしたかったんだ?」

「さぁー」


 アルトの思考パターンなんて読み切れるはずもなく、各々がエンターテインメントでも見るように見てはチャンネルを変えるように立ち去ろうとしたその時。

 一際大きな音が僕たちの教室から響いた。

 誰かの叫び声が微かに大きな音は何かを叩いたような音。なんだ何事だ、と烏合の衆は合図に従うかのように野次馬となり前後ろの扉から覗き込む。

 誰かが三浦のグループだと言った。


「……俺らには関係ねー」


 特に興味なく帰ろうとする徹はふと足を止めた。それはある男のひと言。


「囲まれてるのって、柊木じゃね」


 柊木茜音。みんなに頼りにされる優しく頑張り屋な元気な女の子。誰もが彼女に抱く印象を持ち、恐れられる三浦のグループに所属しながら分け隔てない友達想いの少女。

 そんな茜音の窮地を見てか心配気な声が上がる。


 だけど、誰も助けにいこうとはしない。誰も動かない。それは僕も同じ。

 けれど、隣の男は違った。徹は鞄を背負い直して教室へ戻る。


「悪い。さき帰ってくれ」


 教室で何が起こっているのは僕には何もわからない。廊下まで響く女子たちの声だけでは判断できない。けれど、標的にされているのは茜音ということだけはわかっていた。


 彼は何を思ってその脚を戻したのだろうか。なんの意味があってそんな眼をしているのだろうか。

 僕は徹の背中を見送る。彼は帰ってと言った。なら僕は関わるべきじゃない。

 だって、僕と徹は友達じゃないのだから。

 僕は世界から遠ざかっていくように学校を後にした。


明日も更新します。明日から本番です。


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