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リリス・ラズリス Lilies Lazulis  作者: 青海夜海
第一章 群青の孤独
5/26

歩き方に似ている

青海夜海です。

今日もよろしくです。

 

 ホームルームを終えて迎えた放課後。

 授業が一限しかない今日この日の迎えた十四時の放課後。

 夜咲は真っ先に教室を出ていき、その姿を嘲笑する女どもの声があったが彼女は足を止めることはない。徹もダルそうに鞄を抱えて教室から退室。僕も彼に続くように立ち上がってふと会話が耳に入った。


「今日カラオケいこ。マジ学校始めるとかダルイから」

「ほんとそれ!ストレス発散しないとね~。やってられないっていうか」

「だねー。それならどこ行く?駅前?もう一層渋谷とかww?」

「いいじゃん!あたし欲しいバッグあったんだよねー」

「あんたそれ春休みも言ってたし」

「マジww!」


 五、六人が教室の中心で騒ぎ周りの人からしたら不快な笑い声が他国に砲弾となって打ち込み倒壊させる。

 そんな彼女らの中でどこか苦く笑う茜音の姿が目に入り、ふと彼女と視線が重なった。が、直ぐに視線は逸らされ遊ぶことに熱中になるリア充たちに首肯する。

 そんな騒ぐ彼女たちの女王三浦は会話半分に机に脚を乗せてスマホを弄っている。それだけに留まらず。


「じゃあ、渋谷でいい?」

「オッケ――……」

「あたし109の方がいいんだけど」


 なんて口を唐突に挟み。


「だ、だねー。カラオケとかしょーみストレス発散以外に何もないし~」

「てか、ストレスってまだ始まって一日目だしね」

「マジww!」


 って感じで三浦環奈の意見に全てが寄っていく。

 本当に独裁者。いや、女王そのもの。

 僕とは一生関わることのない人だ。怖い怖い。くわばらくわばら。

 こんな時、茜音はどうするのだろうと視線を動かすと、運悪く三浦の視線と交差しその眼力に彼女のグループを流し見て窓側へと何事もないように映す。


(こえぇぇぇ!虎なのか⁉豹なのか⁉ネコ科なら猫で十分だろ⁉可愛くいろよ……!)


 一先ず臆していることは悟られないように視線を教室一周して帰ろう。ここにいたら喰われる。僕はそのままそそくさに教室を出て行った。


「ふぅー」


 しばらく足を進めたところでスピードを落として息を吐く。

 なぜ息を吐くかって?僕が吸える空気の残量がなかったからだ。

 放課後になれば僕や徹、夜咲なんかの孤独な少年少女たちの吸える酸素がほとんどない。決められた空気量の中でその大半が三浦たちみたいなカースト上位の人間に好き放題にされ、底辺の僕たちには最低限しか回ってこない。つまり、必然的に会話の回数が減る。


「今日は来た時から酸素薄かったもんな」


 きっとクラス発表で平時よりも酸素を消費したのだろう。授業が少なく交友関係を深める日は特に燃費が悪い。とどのつまり酸素がない。知ってる?酸素ないと人間死ぬんだよ。


「まー二酸化炭素を酸素に変換させてる奴もいるんだろうけど」


 思い浮かぶのは苦い顔の彼女。彼女はどんな選択をするのか。そんな思慮は背後からの元気な声音に塗り替えられる。


「夜野君!」


 少数の書類を抱えて手を振る白河(しらかわ)由梨奈(ゆりな)の笑みもまた琥珀と同じようで、だけど少し違う感慨に気持ち悪さがないとすんなり咀嚼できた。白河は僕の隣に並ぶと一緒に歩き出す。


「朝の職員室ぶりだね」

「だな。白河は見る限り忙しそう」

「あはは。でもこれも二年生代表としての仕事だからね。責任もあるし私が望んでついた地位だから。苦ではないよ」


 白河の横顔には雲一つなくこれほど青空が似合う人はいないんじゃないかと思った。彼女は青空の下でみんなと笑い合っている姿がよく似合う人だ。


「それよりもまた遅刻したんだって」


 うっ。視線を逸らしあーやだ聞きたくないと耳を両手で塞ぐ。そんな情けない僕の姿を見た彼女は仕方ないなーと苦笑した。


「耳にタコ。君もそろそろ真面目になるときが来たんじゃない」


 僕はふと思う。不真面目の反対が真面目。つまり、遅刻をしなければ真面目になるのだろうか。

 でも、僕の価値観は目の前の優等生によって書き換えられている。

 僕にとって真面目で思い浮かべるのは愛想もよく嘘偽りせず日々を全力で謳歌している白河由梨奈、彼女こそが僕にとっての真面目だ。


「学級委員長様のお言葉に耳が痛い」

「あはは。でも、思ってもいないこと言わないでよね。私の説教が嫌なのはわかってるから」

「ほんと何度説教されたことか……。とくに君のお姉さんにだけど……」

「あはは……お姉ちゃん、よくどうしたら夜野君たちが真面目になるか聞いてくるよ」

「お姉さんに諦めなって言っといて。まー副会長さんのお陰で話しを右から左に流す技術が最高レベルまで上がったけどな」

「もー!嫌味言わないでよ!冗談でも私は伝えるよ!」


 むっとして上目遣いをする白河にきっと言わないんだろうなっと思った。だって白河由梨奈は優しすぎる。だから、その不満の顔はすぐに笑顔に変わってしまう。


「…………ほんと、君はよく感情が出る」


 誰もが僕と白河を対比して見た時、こう感想を覚えるだろう。まるで正反対、月と鼈と。

 よく笑いよく動きみんなを引っ張る彼女と無表情で不真面目で無感情な僕。

 きっとこうやって話していることすら摩訶不思議なのだろう。

 僕自身みんなと同じ感想だし、ちょっとしたきっかけがなかったらこうも会話はしていなかった。白河の友達Zくらいになれたことに必然や運命なんて用いたくなくて、僕は敢えて奇跡と呼びたい。


「あはは。それが私の長所で欠点かな?そのおかげで嘘なんかはすぐわかっちゃうみたい」

「貴方が落したのはこの新品のチョコレートですか?それともこのバス定期ですか?」


 左手にチョコを右手に定期カードを。僕は彼女の反応を観察する。けれど彼女は面白いくらいに困惑して戸惑う嘘も偽りもできない女の子でしかなかった。その姿が可愛らしいと思うのと、やっぱり面白いと思ってしまう。


「え、えっと……えーその、私、どっちも落としてないけど……」


 小賢しい友達なら封の空いていないチョコを自分のだといって奪い、面白半分の奴なら定期カードを手にするだろう。そこに興味本位や悪戯な感情があれ、人はそう簡単に本音を言えない。こんなどうしようもなくくだらない問いでさえ。

 だから素直な白河に僕はいつだって度肝う抜かれる。


「……正直者の貴女には両方差し上げます」

「え?ええ……⁉」


 僕は彼女の手に無理矢理今朝買ったばかりのチョコと廊下で拾った定期カードを掴ませ、止まっていた脚を動かす。困惑に手の中のものと僕を交互する彼女に背を向ける。


「また」


 そういうと背後から「また明日」ときっと笑顔を浮かべていることだろう。



 校舎を出ると徹がいた。


「先に帰ったんじゃなかったのか?」

「いつもと時間がちげーことに気が付いたんだよ」

「遅刻とサボりばっかしてるから感覚が麻痺するんだ」

「人に言えた口か」


 そこらへんは徹より正常なので反論はしない。


「じゃあ帰るか」

「だな」


 四月始まりの正午。空の初々しい青さとほのかな温かみを包んでそよ風は沈黙を許し、タンポポの綿毛が旅立っていく。彼も新しい土地で新しい生活を始めるのだろうか。

 でも、僕はどこにも行かない。何も始まらないし、何も始めない。

 新しい季節も通り過ぎたあの日々も等しく、きっと未来馳せる夢なんて空のまた空の上。美しさと儚さから一番に桜を思い浮かべるように、未来と過去から僕は何も浮かばないことが一番に浮かぶ。

 所々で新入生たちの姿が見え、ふとそんな感慨をらしくもなく頭に抱えた。


「まだ残ってやがんのか?」

「それだけ喜ばしいことなんだろ」

「ふーん。オマエはどうだった?」

「……覚えてない。特に何も考えてなかったかも」

「ボッチなオマエの姿が目に浮かぶぜ」


 馬鹿にするように笑ってくる。でも、実際自分でも浮かぶのだから何も言えない。誰が見ても僕という人間は薄情なんだろう。

 だからといって、こいつに笑われるのなんかむしゃくしゃする。あーイラついてきた。

 だから言い返してやる。


「不良として怖がられてた万年ボッチの気取ったオオカミ野郎は声かけても逃げられてたけどな」

「はぁぁぁ⁉んで!オマエがそれ知ってんだよォ⁉」

「ナンパされたーってどこかの女子が騒いでたから」

「ナンパしてねーよ!誰だぁその女っ!」

「他にもカツアゲされかけた。薬の販売。犯される。カチコミだー。とか行く先々で君の噂がひっちゃかめっちゃかに尾びれ背びれについでに胸びれと背骨をつけて爆走してたからな」

「うわぁークソかよ。……聞かなきゃよかったぜ……」

「あっ背骨は女好きキザ不良だった」

「クソかよぉぉぉぉぉ‼俺それ知らねぇぇぇぇぇ‼」

「うん。だって徹不良だったから」

「だから去年あんなに不審がられてたのかよ……!確かに学校あんま行ってなかったから知る分けねーか」


 徹がどうして入学式の日にそこいらの人に声をかかていたのかは知らないが、そのお陰で僕は神崎徹という不良がいることを知ることができた。その日の出来事がなければ僕は彼に近づいていなかったかもしれない。

 一人歩きの噂はあの日みた徹の顔によって僕の中だけ違った印象を持たせている。


「たく……ならさっさと言えよな。俺は遠巻きにされているだけと思ってたぜ」


 彼の横眼に見上げると、不快感を露わにそれでもすぐどこ吹く風といった興味の対象から離れていき落ち着きに変わった。


「いや、今となっちゃどうでもいい。俺は案外に切り替えがいいらしい」

「思考が成人してないんだろ」


 そう言うと徹は僕に視線をやってから道端の小石を蹴り飛ばした。


「諦観だろうが。わかってることを俺に言わせるな」


 転がっていった小石は溝に嵌まってあっけなく地上から地獄に堕ちた。小石を救い出すには汚れないとだめで、その救済の行為は僕も徹もやることはない。そこまで人生に覚悟を待ってして生きていない。

 僕はただただ頷いた。


「ところで話しは変わるけど、唯依(ゆい)が君の妹と同じクラスになれたって喜んでたよ」

「話しは変わってねーし、つかオマエの妹の話しなんかどうでもいいわ」

「あっ写真みる。昨日ツーショット写真みせてくれたけど」

「…………興味ない。意味もない。糞なのか?」

「ただの報告。事務仕事の一環。他意はないし、僕は唯依が笑ってるなら別にどうでもいい」

「シスコンは死ねよ」

「ブーメラン」

「死ねよ」


 僕は妹の唯依と親友の徹の妹の写真を見せる寸前で手を止め、画面を消してポケットにしまった。見せたところで何かが変わるわけでもないし、徹を不機嫌にするのも勘弁だ。

 脚が韻を踏むカツカツした音と少量の雲が動く音を並行に、またも空に沈黙を許される。

 僕と徹は友達じゃない。親友でもない。仲間なんかとも違う。対象的で関わるはずではなかった存在どうし。ありうべからず世界には無数に出会わなかった世界線がきっと存在している。おそらくこの世界が特殊なんだとそんなことを思い浮かべる。

 この沈黙も意味の得ない会話も互いにほり投げる言葉も、そのすべてが桜咲くこの町よりは灰色に流されていった。

 風が前髪を揺らし音が耳朶に触れ空気が鮮明に灰色に染める頃、そんな空気を破る花園の声音が咲いた。


「二人とも相変わらず歩くの遅いね。すぐ追いついちゃった」


 脚を止めて振り返ると茜音と琥珀がこちらに小走りして少し手前から速度を落として立ち止まる。肩が上下しているのでそれなりに急ぎ足だったのだろう。

 琥珀は僕と目が合うとあははっと笑みを浮かべた。


「うっせ。俺らの勝手だろ」

「傍から見てたらおしどり夫婦って感じだよ」

「その冗談は笑えねー。キモいこと言うな」


 徹の意見に同意。徹と夫婦とか吐血して川に身を任せる勢いで無理。


「茜音はよくあの女王様から逃げられたな」

「女王様って……間違いではないかもだけど、まー今日は、ね」


 ねの発音に込められた意味などわかるはずもなく、どんな手段を使ったのか気になりながらも茜音の「それよりも――」と変えた会話に興味はなくなる。別にいっかという感覚に陥ってしまう。

 これは自虐だけど今も僕も相も変わらず無表情なんだろう。目にかかる前髪から見える世界で彼女たちは楽しそうに笑い合う。


「美波はどっちの方が好き?」


 そんな茜音の琥珀への問いにはっと目が冴える。なんの会話をしていたのかわからないが、どっちということは二択なのだろう。

 琥珀はう~と少し考えて言う。ちなみに鶏肉と豚肉なら鶏の方が好き。


「私は大きいの。当たりやすいし感触もいいもの」


 大きくて当たりやすくて感触がいい?考えてみても何も浮かばない。なんだ大きいものってなんだ?当たる?どこに?感触って……?

 あらゆる想像と分析照合をする僕などお構いなしに話しは進む。


「あーね。ちなみにわたしは固いの。芯を捉えた時の一撃が最高に気持ちい!あの気持ちよさは何回でも味わえる!」


 大きいの次は固い?なんだ。なんの話しをしてるんだ。芯を捉えた一撃の気持ちよさ?…………ごくり。け、決して何も想像はしていませんよ。息が苦しくて唾を呑んで喉を潤しただけですよ。僕は到って純潔。喉に殺菌成分を送ったのさ。そう、みなさんが想像しているようなことは一切合切足首から蜘蛛の糸の先まで何にもないから。このままお釈迦様のひざ元まで登れるレベルだから。

 そこで徹がついにその口を開く。


「――人それぞれだろ」


 無でお願いします。僕の無情状態は茜音によって破壊された。


「唯月はどっちが好き?」


 ……………………


「唯月?」


 ……………………


 好奇の眼差し。僕は意を決す。


「――――僕は鋭さだ」


「は?」


 徹が馬鹿を見るような目で見てきた。


「わかっている。わかっているとも。今の議論は大きさと硬さ。鋭さは議論外。でも僕は鋭さを推したい。あの突き出し抜き去る感触を推したい!」


 熱く(熱くはない)語る僕に三者は顔を見合わせてこいつ何言ってんだみたいな顔で見てきた。

 それが直ぐに自分の考えているものとみんなの議論の題材とは違うのだとわかり、僕の熱は(もともとない)冷却されていく。なんか変に冷や汗とか出てくるし。そんなよくわからない沈黙を茜音が解いた。


「えーと……なんの話ししてかたわかってる?」

「もちろん、中国産のフィッシュフィレットバーベキューナイフか中国包丁の切れ味の議論だろ?」

「「違う⁉」」

「……!」


 琥珀と茜音の反論に思わず仰け反ってしまった。そんな様を徹は呆れながら嗤いやがっている。

 許さねー。なんかはどうでもいいことで、え、違う?僕のお目目はまんまるお月様だ。


「あれ?違った?」

「違うよー!野球のバットの話しだよ‼バッセンに行きたいって話してたの」

「それは……想像のつけようがない」

「つまり、唯月は私たちの話しを聞いてなかったということね」


 なんだかすごい圧が隣からぶんぶんくるのだが、助けてと徹を見れど奴は嗤うばかり。

 マジでどうしてくれようか!

 詰め寄って来る琥珀の圧に気まずくなって白状する。


「琥珀が大きくていい所に当たって満たされる感覚が気持ちよくて好きってところから」

「語弊の上に悪意と卑猥を感じる⁉」

「だから、中国製のフィッシュフィレットバーベキューナイフで一撃で斬れば気持ちよさそうと思っただけだけど」

「サイコパス‼具体的に何を切ると言わない辺りがすごくサイコパスなんだけど⁉」


 失礼な。僕がサイコパスなら今頃君たちも死体かもよ。まー殺すか殺さないかはさて置いておいて。……琥珀の顔が真っ赤なのが、どうしよう。


「あのー琥珀」

「…………」

「うん。そうだな。僕が悪かった」


 素直に謝罪をすると琥珀の鋭い瞳が僕を見上げ、真っ赤な頬はそのままにその口が何かを発しようとして――


「そんなオマエでも僕は受け入れるってよ」

「とおっ⁉なっ⁉」

「唯月のエッチっ‼」

「誤解だぁぁぁぁっ!」


 琥珀のビンタが春めく空に乾いた音を響かせた。

 そんな憤慨する琥珀と悪者知れ者曲者にされる僕を見て。


「ざまーねーな」

「あんたも何やってるのよ……」


 仕返しとばかりに徹は嗤い、茜音は呆れ息を吐いた。


 

明日は18時に頃に更新予定です。

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