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リリス・ラズリス Lilies Lazulis  作者: 青海夜海
第一章 群青の孤独
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それは歪なコミュニティか

青海夜海です。

 

 四月は出会いと別れの季節だという。


 入学式や卒業式があるからなんら間違いはない。巣箱から旅立ち新しい巣箱に住まう。そんなものだ。

 だけど、環境が変われば意識が変り、周りの人が変われば嫌がようでも変化を強いられる。円滑なコミュニティは擦り合わせと妥協と模索によって成り立つのだ。

 新しいクラス。新しいクラスメイト。

 僕は正直、てか、かなりそういったコミュニケーションはできない。無理だ。考えただけでも吐き気がする。他人が怖いし興味もない。何も感じないけど同時に圧迫と恐喝を繰り返すような動悸だけはいつも隣どうし。

 矛盾かも知れないけど矛盾じゃないし、何かがあったわけじゃない。特別視するような事柄はない。なんでもない。そう、なんら普遍的な人生で僕という存在はそうありして生まれ築きあげられた。

 でも、そんな僕でもコミュニケーションを放棄せず付き合える『友達』がいた。

 彼女は僕を見つけるなら大きな声で手を振った。


「おっはよ~!唯月(いつき)また遅刻~!」


 肩下までの髪をポニーテールに括ったクラスメイト――柊木(ひいらぎ)茜音(あかね)が席に着く僕に近寄る。


「そこは去年の席だよ?」

「……そうか」

「残念だね。今年は一番後ろじゃなくて」


 そう茜音は背中の後ろで腕を組んで笑った。

 夜野という苗字なら廊下側最後尾が常。だからなんら迷いなく座ろうとしたけど、今年は夜野が負けたらしい。

 だぁーれだぁ?あぁ?、と内心思いながら(なんら思わず)前の席に着く。去年違わず前の席は夜咲らしく桜の花びらのアクリルストラップの付いた鞄が置かれていた。


「唯月遅刻しすぎだよ。始業式の日に遅れるとかダメだよ~!」

「必要のない集会に出る意味がない」

「はぁー。徹も同じこと言うし。なに?付き合ってるの?」

「同じことって?」

「ちょっと違うけど、めんどくさいってさ」


 根本は同じだ。まー確認するまでもなくわかりきっていたこと。

 僕と徹はサボる理由が違うくても過程に浮かび上がり最後までお供する心象は同じ。物事に然程興味がない僕たちはめんどくさいのだ。


「なに?徹狙い?」

「ち、違うから⁉と、とおるなんてっ!全然わたしの理想じゃないから!」


 頬を赤らめてあわあわする茜音の姿は見ていて面白い。友達も多くリーダーシップもあり男女隔てなく優しい彼女はこの上なく自分の情事に敏感で苦手らしい。

 茜音の背後から欠伸を一つした徹が煽る。


「なんだオマエ?俺のこと好きなのか?(ニヤニヤ)」

「ち、ちちちがうから!?全然ぜんぜん好きとかじゃないから‼」


 茜の必死の抵抗だが徹はおもちゃを得た虎のように「怪しいな」と逃がさない。虎もネコ科だからね。


「まーオマエが俺を好きでも釣り合うとは思わねーけどな」

「はぁー!なにその上から目線!イ・ラ・ツ・ク――!」

「知るか。てか、オマエの怒り方……不器用かよ」

「え?なに?わたしちゃんと怒ってるんだけど……!」

「俺のことが好きなのに俺に相手にされねぇーからか」


 どこか笑みを含んだ存分のからかいに茜音は「ちぃぃがぁぁうぅぅぅぅ⁉」と顔を真っ赤にさせて徹の肩を両手で掴んで前後に揺らす。人間シェイク。

「おい!やめろ!」と訴える徹はすぐにうぇっと顔を歪ませ抵抗できず人間シェイクの実験台となる。


「もう知らない!」


 ふんだっと徹と突き飛ばし、茜音の態度こそ可愛らしいが付き放された徹は「ぐぇぇぇ」と僕の後ろの机にぶつかり机の上に倒れ込んだ。三半規管が弱い徹だった。

 吐かないで?吐かないでよ?ほんと吐かないで!

 それだけは切に願いながら徹を無視する。背後から異臭が漂ってくるとか勘弁被り願いたい。


「茜は桜とか好き?」

「急になに?桜?花見?」

「オマエの場合、花よりぐぇぇぇ……!」


 茜をおちょくろうとしたが胃の混乱と脳の不純にうつ伏せになる徹を僕と茜音は憐みの眼差しで天国に見送る。


「別に……来るときに桜が咲いてたから」

「なるほど?よくわかんないけど、わたしは好きだよ。春って感じがするし綺麗だし」


 そう桜は綺麗なのだ。その儚さと清さと美しさは様々な物語や人生に多用されるほどに季節や心情の要と言っていい。まさしく人の柱。

 まー日本人の感性による一方通行だと思うけど。僕はなんとなく今朝みた桜を思い返していた。


「桜ってさ。綺麗とか美しいとか儚いとかよく名句みたいに言われるけど、不思議と思わないか」

「不思議?」

「桜に対する感想ってほとんどの花にも当てはまるのに、儚いとか美しい花はって訊かれたら桜を想像しないか」


 茜はうーんと想像を膨らませて「ほんとだ?」と納得する。


「それがなんだか不思議に思った」


 綺麗と思う花なんて沢山ある。アジサイにアネモネ、ユリにひまわり、マリーゴールドなどなど。儚いだったら花言葉でアネモネとかマリーゴールドとか……あれ?被った?僕のイメージと花言葉がリンクした。つまり――


「桜が特殊なだけか」


 納得と僕は一人頷く。


「いや何が?」

「こいつが何考えてんのかなんてわかるわけねーだろ」

「それもそっか」


 ちょっと二人とも。すごい言われようなんだけど。とどこか思っていても言葉には出さない。僕は僕自身誰かにどう思われていようと興味はないから。まーそれでも不服なんだけどな……。

 立ち直った徹が大きく息を吐いてクラス中を見渡す。


「ナニソレ!イミフ~!」

「だね!」

「それ!」


 愉快……ごほん、楽しそうに大きな声で談笑するギャルチーム。


「オッス。今年から俺ら先輩だぜ!なんかわくわくするな!」

「あはは。亮汰(りょうた)は相変わらずだね」

「マジでそれ!赤羽(あかばね)聞いてさ!こいつら『後輩どもビシバシ鍛えてやるぜ!ギャハハハハ!』って調子乗って先輩ムーブとかマジ草」

「ちちち。わかってないな草本(くさもと)。先輩は先輩で在るべきなのさ。後輩がいるなら先輩がいる。それは必然にして偶然にして運命!つまり、俺が言いたいのは新たな恋が始めるってわけさ!」

「いやサムアップされても意味わかんねーから」

「だね。つまり亮汰はモテたいわけだね」

「ライツゥ!」


 多分恐らく見た目的にサッカー部の連中と優等生なイケメン君がよくわからない変人を相手に盛り上がっている。

 その他にも他愛無い話しをしたり、新しく友達になったのか自己紹介から始まる関係やもくもくと読書や勉強をする人と、なかなかに愉快だと思った。僕と同じことを思ったのか「愉快で馬鹿っぽいな」と、徹が漏らす。

 ちなみに僕は馬鹿とは五割くらいしか思ってないよ。ほんとだよ、嘘じゃないよ、八割は。


「顔に出てるぜ」

「?」

「違うな。オマエの顔はヘチマみたいだからわかるわけねーな」

「ヘチマ?ついに頭が逝ったか?」

「オマエにだけ言われたくないがな。とどのつまり、呆れてる」

「…………君の性格の悪さは更生させたほうがいいな」

「……俺が気に入ってんだよ」


 徹の瞳がどこかを向き、その横顔に憂いがあれ、僕には関係ないこと。

 とくに追求せず会話は終わる。そんな僕と徹を見ていた茜音が「うわー……」となぜか引いているのは意味が分からない。「これが生妻と夫の夫婦漫才……なるほどね」なんて不快はワードなんて聞こえていない。きっと「相変わらず仲悪いなー」とか「よくそれで会話できるなー」とかそんなものに違いない。うん。

 そんな僕らに近寄ってくる変わり者がいた。


「みんなおはよう」

「あ!おはよ美波(みなみ)!」


 茜音の親友の琥珀(こはく)美波(みなみ)は背中までの髪を揺らし綺麗な笑みを浮かべた。桜の香がする。


「朝から元気ね茜音は」

「まーね。だって今年は美波と同じクラスになれたんだもん!嬉しくないわけがない!」

「そう、私も嬉しいよ」


 琥珀の微笑みは誰とも違った美しさが漂っていた。そんな琥珀に茜音は抱き着き頬擦りをする。


「ちょっと!やめてよね……!」

「いいじゃん。わたしと美波の仲じゃん!」

「恥ずかしいから離れてっ」


 あぁ~と引き離される茜音を見て徹は心底馬鹿馬鹿しいものを見る眼で見下していた。でもね。百合はいいものだよ。うん。


「価値と無価値の差は許容と供給にあると思わないか?」

「は?急になんの話しだ?」

「徹の瞳に映ったものの話し」


 そう僕が言うと徹は唾棄する。


「哲学なんて知るか。真理もどうでもいい。わかるわけねーだろうが」


 徹の反発が彼をどう表しているのか、少し考えてみたけど僕にはわからない。僕は神崎徹のことを何も知らない。


「ふぅー。神崎君おはよう。唯月もおはよう」

「ああ」

「……琥珀は嬉しいのか?」


 何となくそう訊ねると彼女はキョトンと首を傾げてから口元を緩めた。


「嬉しいよ。茜音とはずっと前から友達だし、もちろん二人とこうして話す機会が増えたこともそうだね」

「そう……」


 彼女らしい回答にわざわざ訊ねる必要はなかったと改める。

 一般的よりも整った綺麗な顔貌は自然と人の目を引き付け、すらりとした体つきは同性でも憧れるほどに均等のとれた美とのこと(茜音談)。

 僕も初めて目にした時は視線を追ってしまったほど。彼女と初めて同じクラスになった人たちの視線がこちらに向いては何かを話しているのがわかる。

 無理もない。

 徹は学校公認の不良だし、その不良と遊んでいる僕は同じカテゴリーに入れられているんだろうし、茜音は茜音で勉学運動ともに優等生でリア充のグループに所属してる。そんな集まりに琥珀美波という天使のような美少女がいることが不思議でたまらないことだろう。一緒にいる僕もそう考えてしまう。しがない男の恨みは聞こえなーい。

 そんなことを思っていると琥珀が少し前かがみに僕に詰め寄った。僕の表情を覗くように。


「唯月はどうなの?」

「どうって……?」

「私と一緒になれて嬉しい?」


 なんだか含みのある言い方に聞こえるのは僕が不純だからなのか。それとも僕が糞だからなのか。

 いや、別に僕は不純でも糞でもない。男は紳士

 少し、いや、かなり気恥ずかしく琥珀の視線から逃れるように視線を逸らす。


「それは、君と一緒」

「つまり嬉しいのね」


 はにかんだ琥珀の笑顔に鼓動がうるさくなるのを感じる。それが不思議な感覚でだけど大切なもののようにも思えて、けれど同時に気色の悪い気持ち悪さが這い上がって来て息を吐くことでその不快感に似た好奇を頑張って捨て去る。頑張って押し込んで仕舞う。宝物のように。


「それよりも……」


 話題を変えようとした時、「茜音ー!」と呼ぶ声がした。

 声のほうを見るとカースト上位の強ギャル美女こと三浦(みうら)環奈(かんな)を中心とした女王グループが茜音を徴集するように手で招いている。同調圧力の強そうな三浦の独裁法権に茜音は手を振り返した。


「環奈に呼ばれたからわたし行くね」


 ささっと茜音は三浦が仕切る外国に入国する。僕や徹は絶対に入ることのできない治外法権の壁の向こう。

 こんな狭く小さなコミュニティの中でもいくつもの島があり、隔てる壁があり、その眼と笑みは圧力と嘲笑として門兵となり槍を突き出す。

 クラスとして始まりを迎えた今日。だけどそこは派閥によって生まれた戦野に過ぎなかった。


「あいつは馬鹿だよな」


 そんなことを呟いた徹に視線を向ける。彼はどうでもよさそうに息を吐いた。特に何か言うことなく自分の席に戻っていく。彼にとってもここは居場所ではない。


「それより始業式に遅刻するのはどうかと思うわ」

「詩先生に耳うるさく言われた」

「見た目は不真面目にはギリギリ見えないのにね」

「真面目な優等生に見えていてほしいものだ」


 そもそも不真面目な見た目ってなにと思ったけど、あえて言うことでもないだろう。


「見えないから疑われるのよ」


 反論の余地はない。ここいらで琥珀にだけでも真面目な姿を見せておこうかと考えていると、彼女も仲の良いグループに呼ばれてそちらに脚を進める。

 去り際の「またね」というその笑顔は網膜の奥にこびりついて今日も取れないのだろう。

 不快と好奇の狭間にその感情を噛み砕いては温めて零すのだ。


「結局、僕も君も入国を認められない咎人か貧民ってことだ」

「貴方の独り言は聞かなかったことにしてあげるわ」


 僕の前の席の住人、夜咲は静かに席について肘に凭れ瞳を閉じた。


明日は夜に更新します。

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