愚か者でも可愛い弟だった・短編【連載版の投稿開始しました】
本作は【短編】「夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた」
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のスピンオフ作品です。
最低男リック・ザロモンの兄、フォンジー・ザロモン(侯爵家長男・常識人)視点の話です。
前作を読んでなくても本作だけでも楽しめるはずです。
――リック・ザロモンの兄、フォンジー・ザロモン(侯爵家長男)視点です――
私の名はフォンジー・ザロモン、侯爵家の長男として生を受けた、平凡な男だ。
三つ下に弟のリックがいる。
弟は生まれたときから器量が良かった。
弟は母親似の美しい顔とプラチナブロンドの髪にエメラルドの瞳と透き通るような白い肌を持ち、父親に似て魔力量が多く、祖父に似て頭も良かった。
私は父親に似てくすんだ金色の髪、灰色の目の平凡な容姿。
母親に似て魔力量は低く、祖母に似て頭もそんなに良くなかった。
見目が良く、魔力量も高く、物覚えも良い弟を、家族と親戚は可愛がった。
ザロモン侯爵家を継ぐのは長男の私だが、父の跡を継ぎ魔術師団長になるのは弟だと言われていた。
そんな弟が進級パーティでやらかしたと知ったとき、「まさか!」という思いと、「やっぱり……」と言う思いが入り混じった。
弟は人より頭が良いせいか、他人の心が汲み取れず、他人に寄り添うことが出来ない性格だった。
周囲が弟を甘やかしたせいか、弟は年を重ねるごとにプライドが高く、自己愛の強い人間に育っていった。
そんな弟にも十歳のとき婚約者が出来た。
お相手はグロス子爵家のエミリー嬢。
茶色い髪に琥珀色の瞳の愛らしい容姿の小柄な少女だった。
エミリー嬢の趣味は刺繍にパッチワークにお菓子作り。
優しく思いやりのある性格のエミリー嬢との婚約が、リックに良い影響を与えてくれればと、当時の私は考えていた。
リックがエミリー嬢との婚約を、金のために子爵家に売られたと思っていたと知ったのはずっとあとになってから、リックがエミリー嬢から婚約を破棄されたときだった。
当時の私は弟と婚約者のエミリー嬢との間を取り持とうと必死だった。
弟は頭でっかちのプライドの高いナルシストだ。
いくら顔が良くても、優しいエミリー嬢との婚約を逃したら、誰も結婚してくれないだろう。
エミリー嬢は婚約者の兄である私にも、刺繍入りのハンカチや、お菓子をくれる優しい子だ。
よく気の利くエミリー嬢に、すこし世間とズレた価値観を持つ弟を支えてもらいたい、当時の私はそう考えていた。
私は弟がエミリー嬢とのお茶会を「めんどくさい」と言ってすっぽかし、一人で遠乗りに行こうとするのを何度も止め、弟を小突き花束を持たせ子爵家行きの馬車に乗せた。
父から与えられたエミリー嬢への誕生日プレゼント代を着服し、魔術書の新刊を買おうとする弟を叱責し、女性向けの雑貨が売っている店に連れて行き、エミリー嬢の好みそうなリボンやアクセサリーを買わせた。
私の働きが功を奏してか、エミリー嬢から弟との婚約解消や破棄の話が出ることはなかった。
私が学園を卒業した次の年に、弟のリックは学園に入学した。
同じ年に弟の婚約者のエミリー嬢も学園に入学した。
前年にザロモン侯爵家の領地で水害が起きた。
私は領地を復興させるため、領地で過ごすことになった。
弟ももう十五歳、学園に入学する年になったのだ。
私がついて回り弟の頭を小突かなくても、エミリー嬢のエスコートぐらいできるだろう。
賢い弟なら、グロス子爵家との縁組がどれだけ大切か分かっているだろう。
グロス子爵家からの援助がなくなれば、ザロモン侯爵家は窮地に立たされるのだから。
弟ならそれくらいのこと分かるだろう、弟ももう十五歳になったのだから一人で判断できるだろう、そう思っていた。
私は弟にエミリー嬢についての扱いを厳しく注意することもなく、慌ただしく領地へと向かった。
領地に着くと水害による爪痕は予想以上に酷く、領地の立て直しが忙しく、私はリックのことを考えている時間的な余裕はなかった
☆
一年後。
領地の復興工事の目処がついたある日、父からリックが進級パーティでやらかしたという手紙が届いた。
第二王子と騎士団長の息子と一緒に、進級パーティで壇上から、婚約者に婚約破棄を言い渡したという。
リックは第二王子と騎士団長の息子と一緒に男爵令嬢を愛し、四人で暮らすつもりだったらしい。
とても正気とは思えない。
人前で婚約破棄をすることも、一人の女性を三人で共有するという考えも、まともではなかった。
私は急いで王都に帰る準備をした。
弟を連れてグロス子爵家に行き、弟の頭を殴ってでも土下座させ、エミリー嬢とグロス子爵に謝罪しなくては!
翌日、荷物を持って馬車に乗ろうとしているところに、父からまた手紙が届いた。
父の手紙には、第二王子と騎士団長の息子とリックは、男爵令嬢の魅了魔法に惑わされていたことが記されていた。
進級パーティでのやらかしは不問にされ、第二王子と騎士団長の息子とリックの三人は一カ月で自宅謹慎処分で済んだらしい。
私は父の手紙を読んでホッと胸を撫で下ろした。
私は王都には帰らず、そのまま領地で復興事業にたずさわることにした。
一ヶ月半後、私はこのとき領地から帰らなかったことを、死ぬほど後悔することになる。
☆
一カ月半後。
復興工事が軌道に乗り始めたころ、父からまた手紙が届いた。
差出人は父になっているが、手紙は屋敷にいる家令が書いたものだった。
手紙には、リックがまたやらかした旨が記されていた。
それは前回のやらかしよりも酷く、私の想像を超えた内容だった。
まず、男爵令嬢に魅了の魔法をかけられたというのは、側妃様が息子である第二王子の罪を軽くするためについた嘘だった。
リックはそのことをちゃんと理解できていなかったようで、子爵家を訪れエミリー嬢に、
「愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。僕の遺伝子を受け継いだ子供が授かるだけ幸運だろ」
と言ったらしい。
それにより男爵令嬢の魅了魔法にかかっていたのが嘘だと分かり、側妃様を始め事件に関わっていた人間は重い処罰を受けた。
第二王子と側妃様は身分を剥奪され幽閉。
側妃様の実家は降格。
騎士団長の息子は除籍され、腕を折られ、森に捨てられたらしい。
父はリックをザロモン侯爵家から除籍し、二度と魔法が使えないように体に魔法封じの印を刻み、死の荒野に置き去りにしたそうだ。
父はリックがしでかしたことの責任を取り、魔術師団長の職を辞したらしい。
よほど慌てて書いたのか、それとも精神的な動揺のせいか、手紙に記されている家令の字は乱れていた。
王都では今回の騒動の原因となった側妃様の実家と、騎士団長の息子の実家と、ザロモン侯爵家は、貴族社会からのけものにされ、苦しい立場に立たされてるらしい。
父は魔術師団長の職を辞したあと、精神的疲労が蓄積し寝込んでしまったようだ。
私は一カ月半前父からの手紙が届いたとき、王都に帰らなかったことを後悔した。
私はリックのことを過信していた。
婚約者とのお茶会を何度もすっぽかそうとし、婚約者への贈り物代を着服し魔道書を買おうとしていたアホが、どうしてちょっと年を重ねただけでまともになると思っていたのだろうか??
領地の復興工事を他人に任せても、一度侯爵家に帰るべきだった。
侯爵家に帰って、弟の頭を小突いてでも、弟の尻を蹴り飛ばしてでも、弟を子爵家に連れていき、エミリー嬢の前に土下座させるべきだった。
だが後悔してももう遅い。
王都からはもう一通手紙が来ていた。
父の手紙と同じ日に届いた手紙は、私の婚約者のデルミーラ・アブト伯爵令嬢からだった。
デミーからの手紙には、
「リックが婚約者のエミリー嬢にしたことを聞いたわ。
『愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。僕の遺伝子を受け継いだ子供が授かるだけ幸運だろ』
と言ったそうですね?
ザロモン侯爵家では子供にどういう教育をしているの?
最低ね。
悪いけど、子供にそんな教育をする家と婚姻は結べないわ。
あたしたちの婚約は破棄しましょう」
と書いてあった。
私は足から力が抜け、その場にへたりこんだ。
確かに弟が婚約者……いやもう元婚約者か。
元婚約者のエミリー嬢にしたことは酷い、許されることではない。
他家から、ザロモン侯爵家の教育方針が疑われるのは当然だ。
デミーとは幼馴染で、大恋愛ではないが、それなりにうまくやってきたと思っている。
「デミー」「フォン」と愛称で呼び合う仲だった。
領地で水害が起きなかったら、私とデミーは昨年結婚式を挙げていた。
デミーに苦労させたくなくて、領地を復興させるまで二年待ってほしいとお願いした。
「デミー……!」
私はデミーからの手紙を握りしめ、泣いた。
学園を卒業してすぐにデミーと結婚していれば……とも思ったが、結局リックのやらかしを知ったデミーに離縁されただろう。
デミーが婚姻関係を維持したいと言っても、デミーの親や親戚は許さなかっただろう。
離縁が婚約破棄になっただけだ。
デミーの経歴に傷が付かなくてよかったかもしれない。
そう思っても、涙は止まらなかった。
☆
一晩中泣いたあと、私は涙を拭い立ち上がった。
私にはザロモン侯爵家の後継ぎとしてやることが、山ほどある。
領民のために泣いてばかりはいられない。
まずは領地の復興工事の指揮を執事長に任せ、王都に帰った。
執事長は優秀だし、信頼のおけるオトコなので、復興工事を任せても大丈夫だろう。
魔術師団長の職を辞してから精神を病んで寝込んでいるという、父が心配だ。
父はもう侯爵家の仕事ができないかもしれない。
その時は私がザロモン侯爵家を継ぎ、当主として仕事をしなくてはならない。
それから迷惑をかけた各家と、仕事の付き合いのある家を訪れ、事情を説明し誠心誠意謝罪しよう。
由緒あるザロモン侯爵家を、父や私の代で終わらせるわけには行かない。
罵られようと、石を投げられようと、生ゴミを頭からかけられようと、迷惑をかけた家と仕事の付き合いのある家に謝罪し、ザロモン侯爵家を維持していかなくては!
☆
――十数年後――
「あなた、どうされたのですか?」
私はかつて弟が使っていた部屋を訪れていた。
この部屋は父が弟を除籍してから、使われていない。
リックとエミリー嬢の婚約が破棄された後、リックがエミリー嬢の誕生日などに贈ったプレゼントが子爵家から送られてきた。
婚約を破棄した男から貰ったプレゼントなど、いらないということなのだろう。
それらの物を箱に詰め、弟の部屋で保管している。
「この部屋を、末っ子のために使おうかどうか考えていたところだ」
「この部屋は、旦那様の弟君の部屋でしたね」
私とデミーの婚約が破棄された十年後、私は男爵家の令嬢と結婚することができた。
私は、リックのやらかしたことを何年にも渡り誠心誠意謝罪して歩いた。
その結果、ザロモン侯爵家との付き合いを再開してくれる家が現れた。
領地の復興のために、支援してくれる家も現れた。
だが全部が元通りにはなったわけではない。
リックとエミリー嬢の婚約が破棄されたことで、失ったものも多い。
でもだからこそ、今ザロモン侯爵家と付き合ってくれている人々には心から感謝している。
妻も弟がやらかした事を知っている。
知っていてザロモン侯爵家に嫁いできてくれた。
「もう少し、この部屋をこのままにしておいてもいいかな」
父は、器量がよく才能豊かな弟を気に入っていた。
父は侯爵家で一番広くて日当たりの良い部屋を、リックに与えた。
この部屋を、「リックの遺品で塞いで置くのは勿体ない」、「そろそろ整理すべきだ」という人もいる。
だけど……わがままで直情的でアホで自己中心的で自己愛の固まりだったけど、それでも俺にはたった一人の可愛い弟だった。
弟はザロモン侯爵家を窮地に陥れ、私の婚約をだめにし、父を退職に追いやった。
だが弟を正しく導けなかったのも、父と私だ。
弟は憎い存在であり、十数年経過した今では懐かしい存在でもある。
弟に抱く思いは複雑だ。
「私一人ぐらい、弟のことを覚えていてあげたいんだ」
せめて弟に対するこの複雑な思いが、許しに変わるまで、弟の部屋をこのままにしておきたい。
かつてリックの婚約者だったエミリー嬢は、隣国で子爵家出身のデザイナーと結婚したと聞く。
もうエミリー嬢の心に、弟との思い出など一ミリも残っていないだろう。
女性は切り替えが早い、自分を蔑ろにした男になど未練などないだろう。
だからせめて、兄である私くらい弟のことを覚えていてあげたい。
この部屋を片付けてしまったら、弟の存在そのものが消えてしまいそうだから……。
「よろしいのではありませんか、旦那様にとっては大切な場所なんでしょう」
妻はそう優しく言ってくれた。
「ありがとう」
妻の優しさに涙が溢れた。
「旦那様も涙もろくなりましたね」
「お父様〜〜! 僕の部屋の話どうなったの〜〜!?」
末の息子が部屋に入ってきた。
末の息子は私の母に似て、金色の髪にエメラルドグリーンの瞳をしている、残念ながら顔は私に似て平凡だ。
私は慌てて服の袖で涙を拭う。
妻がハンカチを手渡してくれた。
ハンカチには美しい刺繍が施されていた。
このハンカチは妻の友人が隣国を旅行したとき、土産として買ったものらしい。
この刺繍によく似たものをかつてどこかで見た気がするが、もう思い出せない。
「お父様、泣いてるの?」
父親が泣いてる姿を初めて見た息子が、驚いた顔をしている。
「お父様どこか痛いの?
泣かないで、僕が痛いの痛いの飛んでいけしてあげるから」
息子がつま先立ちになり私の頭を撫でようとするが、幼い息子の背丈ではとどかない。
私はかがんで、息子に頭を向けた。
息子は、
「痛いの痛いの飛んでいけ」
と言って私の頭を撫でてくれた。
「ありがとう、痛みが飛んでいったよ」
そう言って息子の頭を撫でると、息子ははにかんだ笑顔を見せた。
末の息子は兄弟の中で一番思いやりが深く、優しい性格をしている。
「お前の部屋のことはまた後で話し合おう」
「はーーい」
息子は元気よく返事をして部屋を出ていった。
私も妻の手を引き、弟の部屋を後にした。
もし生まれ変わりがあるなら、転生したリックにはまともな人生を歩んでほしい。
美形じゃなくてもいい、才能なんかなくてもいい、頭も悪くていい、ただ他人の心を思いやる心を持った、優しい人になってほしい。
それが私の願いだ。
――終わり――
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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2024年6月20日この作品の連載版の投稿を開始しました。
連載版「夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた」 https://ncode.syosetu.com/n5425je/ #narou #narouN5425JE
短編版の内容を大幅に加筆修正し、後日談を追加じした。
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