ナナ
「ねえなな、私、ななが好きなの。書類上の手続きも結婚式もしないでいいから私と生きてくれませんか」
「うん、嬉しい。ありがとう」
私が初めてななに告白した時、ななはそう言って穏やかに笑った。道を歩いていて、ちょっとした親切を受けた時くらいの軽いお礼。直前の私の決死の告白など何でもないですよ、と言外に言われているようで酷く傷ついたことを覚えている。
私のおばあちゃんの時代にはまだ珍しかった同性結婚も出産も当たり前になったから、なんとなくななは私の好意を無下にしないだろうなって思ってた。私が好きだよって言ったら必ずななは笑って頷いてくれていたから、ななも同じ気持ちなんだと思っていた。
なんで? って聞きたい気持ちのその端っこで、意地悪な自分が笑う。
だって、ななは一度だって私と同じ気持ちだって言ってくれたことなんてなかったじゃない。私が勝手に盛り上がって、勝手に自滅してるだけ。違うと思うなら、ちゃんと聞いてみれば?
焦りにも似た感情に突き動かされるように、私は口を開く。
「なな。ななはさ、ひいひいばあちゃんの友達だったんだよね?」
「そうだよ。さちこ大ばあちゃんの高校のクラスメートだったんだよ」
ななが不老不死だというのはうちの家族なら誰しもが知っていることだ。原因も理屈も一切不明で、ななは高校二年生の姿のまま年を取らなくなってしまった。私のひいひいばあちゃんの友達で、そのひいひいばあちゃんと約束してうちの一族と一緒に住んでいるのだという。とっくに死んでいるはずの人間だから戸籍もないし、家の敷地からは一歩も出られない。外の人間と関わるのは一族の誰かが新しい結婚相手を連れてきたときだけという徹底っぷりだけど、なな自身はそれで満足らしかった。
「……あなたはさちこちゃんによく似てる」
なかなか言葉を発しない私に何か思うところがあったのか、ななはそう言って私を優しい顔で見つめた。老人が昔を回顧するようなその瞳から、その言葉の端々から、懐かしさ以外を感じないほど私も鈍感ではない。好きな相手の感情であれば、それこそ痛いほどわかる。ななにとってのひいひいばあちゃんが、ただの“高校のクラスメート”なわけない。ただのクラスメート相手に、そんな優しくて甘やかな目は向けないし、声も出さないことくらい、私でも分かる。
分かって、しまう。
「なんだろう、目元が似てるのかな? 形がどうこうっていうよりも、雰囲気が似てるのかなあ。さちこちゃんはいつも笑っていたし……」
ななはそう言って嬉しそうに私を見る。今まではそれが私に向けられた好意だと思っていたけど、ここまできたらそれが盛大な勘違いだってことくらいすぐに分かった。ななは私じゃなくて、私がよく似ているというひいひいばあちゃんにずっと好意を向けてきたんだって。
それに気づいたら、私に勝ち目がないことも分かってしまった。ひいひいばあちゃんはとっくの昔に亡くなってて、こういう気持ちの問題において、生きた人間が死んだ人間に勝てる見込みはほぼない。なながひいひいばあちゃんに向けていた思いは私の知らない長い年月を経て、きっと動かないものになってしまっているから。ほとんど呪いじみたその感情が憎らしくて、それ以上にうらやましい。でも、そんな風に思ってるとななに思われるのはなんだかみっともないような気がして、私はななにばれないように一度だけ強く唇を噛んでからにっこり微笑んだ。
「もう、ななってば、そんなおばあちゃんみたいなこと言って。調子狂っちゃったじゃない」
精一杯の気遣いなんだけどなあ、と惚けたように言うななの姿に喉の奥のほうがぎゅうっとしたけれど、気づかないふりをして笑う。ななが好きだった、会ったことのないひいひいばあちゃんに似るように。
「なな、“私”のこと、好き?」
強がりきれなかった私の未練がましい言葉に、ななは気づいたのだろうか。彼女の熱に浮かされたような瞳にふうっと光が戻ったように見えたのは、きっと私の執着が見せた幻覚だろう。
ああ、それでも。
「勿論。私はあなたが大好きだよ」
その言葉だけでこの報われない恋が報われたような気がするのだから、私もきっと大概なのだろう。
(始まらない恋の終わらせ方)