8夜、『熱でもあるのか?』
肌を少しさすりたくなるような冷たい風が吹いてきた、九月に入ってようやく涼しさを感じるようになってきた。
少しずつ長袖シャツの生徒が増える中、晴祐も長袖ではあるが袖をめくって登校していた。教室に入り、自分の席に座ると思わず自分の腕を見つめてしまった。
(まだ暑いって感じがする……、もしかして狼になったから体温が上がってる? 確か犬とか狼って38か39度あるって聞いたなぁ……、軽く発熱レベルじゃん)
昨日調べてもらった時は話してくれなかったが、どうやら普段の、人間の姿でも狼の要素が残っているようだ。思い返してみれば恵と口づけした時少し彼女の唇が温かかったような……。
(いや、さすがにないない。とにかく人狼を倒すことを目標にしても、俺が人狼って他の人にバレたら本末転倒だ。バレないよう普通の高校生活を送らないと……)
「おはようハル! 昨日あれからどうなったのさ?」
考え事をしていたその時、教室に入ってきた龍紀が明るく挨拶をした。
「タツキくん……、あれからって?」
「またまたとぼけちゃってぇ! 天野さんとはどうだったんだよ?」
「あ、えっとそれが……」
「そこまでにしてあげてタツキ、ハルと天野さんはうまくいかなかったの。傷心中のハルにそれ以上質問攻めするのはやめてあげて」
そこへ瑞希がやってきて、龍紀に勘違いの誤報を伝える。
「え、そうなのか? それは悪かったなハル。まあなんだ、また良い女探せばいいさ」
「あぁそれなんだけど、おれ……、僕もう恋愛しなくていいかなぁっていうか……、こりごりっていうか……」
「何だよここに来て心がポッキリ状態なのか? そこまでショックだったってことは心中察するがさぁ、それでも諦めずにアタックするのがお前の良さだったじゃんか?」
「そうね、それだけが唯一の強みだったのに。あ、そういえば聞いてよタツキ! ハルついにオシャレすることにしたのよ!」
「え、そうなのか?」
「そうなの! ほら、その証拠に耳に穴開けちゃって怪我を……、あれ?」
(しまった! 狼になって月の光で治しちゃったんだ……)
いきなり墓穴を掘ってしまった晴祐、これではどう誤魔化していいかわからない。
「な、軟膏塗ったら治っちゃったみたいで……」
「いやいやそんなのありえないでしょ!? それで治るってどういう身体してんのよ!」
やはり苦しい嘘をついてしまった晴祐、額から汗がじんわりと出てきた。
「でもさぁ、実際綺麗な耳してるぜ? 穴なんて見当たらないほど」
龍紀が晴祐の耳を触って瑞希によく見せる。瑞希も怪しげに見ながらも納得してしまう。
「穴塞がったって可能性もあるのかな? まあとにかく、怪我が悪化するどころか治ったならそれで良かったわ。でもどうするのハル、オシャレしないの?」
「う、うん……。やっぱり、痛い思いまでしてオシャレしたくないなぁ」
「そう。わかったわ」
話が終わった途端、瑞希の顔が急に曇った。
「ごめんねミズキ。ミズキのことだから多分、夜更かししてどんな装飾品をオススメしようか調べてくれたんだよね?」
「え、どうしてそれを……!? ……じゃなくてっ! 別にあんたのためにしたんじゃないわよ! ただオシャレしてくれる人が増えたから支援してあげようと思ってるわけで……、あぁもうとにかくっ! 今度変な勘違いしたら承知しないからね!! ふんっ!!」
瑞希の顔は今日も忙しい。曇ったと思ったらいきなり赤くなって教室を出てどこかへ行ってしまう。それを見た龍紀は晴祐に対してニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。
「ハルぅ、お前いつの間に人の顔色伺えるほど鋭くなったんだよ? 熱でもあるのか?」
そう言って龍紀は右手で自分のおでこを、もう片方の手で晴祐のおでこをおさえる。
「失礼だなぁ……、今のは幼馴染のミズキだからわかっただけだって」
「そうなのか? まあ熱はないみたいだしいっか」
朝のチャイムが鳴り響き、みんなが席に座ると同時に先生が教室に入る。
「え~いきなりだが、昨日転校してきた天野さんのことについて話しておくことがある」
(あ、そういえば……)
解散した時、駆除班に天野恵の件をどうしたらいいのか晴祐は聞いた。すると、
『大丈夫だ、天野恵の始末は上手いことしておくから任せておけ。お前は学生なんだから学生らしくすることと、人狼を倒すことに集中しておけ』
と言っていたが、どうやって誤魔化したのだろうか。
「天野さんの一家はどうやら借金を抱えていたらしくてな、夜逃げしてこっちに来てたらしい。天野さんは逆に学生らしくしていればバレないと思って転校してきたらしいが、いきなりバレたからまた夜逃げしたらしい」
少し笑い交じりに話す先生のせいか、聞いていた生徒の何人かは『あほらし』『草すぎ』とか言って笑っていた。しかし、真実を知っている晴祐は当然笑えなかった。
「とにかく、もう天野さんとは会えないということを知っておけ。あと、このことは他言無用で頼むぞ。学校の品位が下がるからな」
秘密を持つということがこんなにも苦しいとは思ってもいなかった晴祐、少し気分が悪くなり、二時間目には保健室へ行くことになり、最終的には早退することとなった。