7夜、『だったら一石三鳥じゃないか』
健司が、部下であるドライバーにある場所へ行けと命令する。移動中のトラック内は、誰かと通話している健司以外とてもピリピリしていた。お互い戦意はない、しかしそこには見えない壁がそびえたっていた。もしどちらかがその領域に踏み入ったら本能的に戦わざるを得ない。結果トラックが止まるまでお互い接触することはなかった。
全員トラックから出て行く。最後に出た晴祐は夜空の月を見上げる。すると僅かにできたかすり傷も、健司に開けられた耳の穴も治ってしまった。
「おい、回復は認めてやるがそれ以上妙な真似はするなよ?」
適切な警戒だ。晴祐もそのほうが良いと思っている。友好的な顔で接して騙された経験がある晴祐には、この警戒は逆に気分が良かった。
「お前たちはここで待機していろ。和泉くん、一緒について来い」
琥太郎たちは健司の云うことに従ったが、銃口を晴祐に向けたまま。『立花さんに何かしたらただでは済まない』という威圧が直感で感じる。晴祐は健司に付いていく、少しした先にあった古い看板に生体研究所と書かれていた。
「何をするつもり?」
「落ち着け、人体実験しようだなんて思っていないさ。最も、今から会わせたい男はそう思ってないだろうがな……」
草木が茂るところにポツンと一つ、古びた建物が見える。二人とも中に入ると、中身も外以上に汚いことがわかる。月の光が入っているため、照明が壊れていてもある程度ここの空間が把握できる。ほこりもクモの巣もそのまま、掃除されていないことがわかる。しかしある部屋へと向かう廊下に、ポツリポツリとホコリがない部分が見える。足跡、それも靴底の形、誰かが既に中にいることがわかる、健司はその部屋の扉を開ける。
「おぉ健司、まだ動くようだぞこの機械! それで、俺をこんなところに招待してまで話したい理由は、その子のことかな?」
ボサボサの髪に品のない眼鏡、着ている白衣もすごく汚れている。そもそも汚れてもいいためにあるものだからしっかり仕事をしているとはいえその汚れをそのままにしすぎである。つまり何が言いたいかというと、晴祐以上に身だしなみを気にしない男だった。
「あぁ紹介しよう、高校二年生の和泉晴祐くんだ。そして和泉くん、彼は俺の古い友人、生物学者の源維吹だ」
「おっと健司、その生物学者ってのは間違いだぜ。今の俺は、“新”生物学者だ!!」
「……とまあ、現在人狼について調査している優秀な学者なんだ。頭のネジどこか取れてるって感じだがな……」
お互い『よろしく』といった目線を交わしたところで、早速晴祐が本題に入る。
「で、俺に何をするつもりなんですか?」
「人が人狼にならないようにする方法を見つける、そのために君の力が必要なんだ」
「そいつはまた随分と素晴らしい提案ですね、ほんとにできるんですかそんなこと」
「まあまずそのピリピリした態度やめようよ。そんな疑いの目線、最近の女子高生でもやらないよ? 健司、こういう時はお茶を入れて、さあ」
「何で人任せなんだ……、別にいいけど」
お茶というには雰囲気が全く合わないが、健司のカバンの中には非常食が入っている。水が入ったペットボトルと、今どき珍しい乾パンを食しながら話を続ける。晴祐は最初その飲食物に何か盛られてないか警戒したが、蓋も空いていないものに疑いをかけるのは無駄な労力であり相手にも失礼なこと、味のことは特に気にせず、維吹の話を聞いた。
「どんな人でも人狼になる可能性がある。その原因は、ある狼がばら撒いた細菌にある。言うなれば、狼型インフルエンザといったほうがわかりやすいかな?」
「鳥型みたいに、狼から出たウイルスがあるっていうんですか……?」
「あぁ。調べるだけ調べた人間にみんな、狼の細菌が僅かながらに潜伏していた。俺にも健司にもだ。だが問題はここからだ、狼型インフルエンザにかかったからといっても俺らみたいに大したことはない人間がいる、問題が精神なんだ」
「そのトリガーが、執着心が獣心へと変わる、でしたっけ?」
「そう。その精神負荷こそ、狼の細菌を活性化させてしまう原因だ」
改めて言うと晴祐も、自分がなぜ人狼になったのか納得がいった。あの時、『どんな手段を使っても悪意を知り、悪を倒したい』と願った、その心に反応して狼の細菌が活性化したのか、しかし何はともあれ、晴祐は人狼を倒したいと思うがこの力はそんなに悪くないと思っている。
「いわゆる人狼症という精神病があってだな。自分が何か他の生物に変身するものだと考えたり、実際に行動してしまうといった妄想が起きる症候群だ。あくまで大昔にあった病気だが」
「少し似ているような話だが、信じがたい内容だな。どこ情報だ?」
「旧約聖書に書かれてあるだとかローマ帝国の末期に起きたとかいう情報はあってもそこまで詳しくは調べられない。情報自体曖昧だからキリがない、それに私は“新”生物学者だ! そんなオカルトや都市伝説について詳しく調べる気はない! 私が調べたいのは君の身体だ!!」
「学者らしいようで、学者らしくないようなこと言いますね……。アハハハ」
なんだか逆に笑えてきた。身体が目当てというのは少し問題があるが、この源維吹という男は純粋に人狼のことを調べたいんだろうなと晴祐に伝わった。
「良いよ、好きなだけ調べてよ。けど少しでもおかしなことをしたら容赦しないから」
あれから採血、CTスキャンなど様々な道具を使って調べ上げられた。中には妙な質問もされたため、途中で何をされているのかよくわからなかった晴祐は逆に警戒心が薄くなった。
「わかったことは二つだ。一つ、君は人狼であっても他の人狼とは少し違うということだ。根本的なところ、人狼は自分の劣等した部分を嫌い、変わりたいという思いから狼化する。そして優等さを持つ純粋な人間を喰らって自分のマイナス要素を埋める。この構造は同じだが、君の場合は狙う者が違う。人狼に狙われるほど純粋な人間である君は、何でも信じてしまう鈍さや無知な自分に劣等感を抱き、変わりたいという思いから狼化した。そして君は悪意を持つ者を喰って、知識を得る、人間に戻ってすべての悪を倒したいと思っている。そういうわけだね?」
「は、はい……。どうして俺の心が……?」
「君はそろそろ、自分が素直すぎるってことをわかっておいたほうがいいよ?」
妙な質問の中に、性格診断のようなものが混ざっていたのだろうか。
「そして二つ、君の力があれば狼型インフルエンザのワクチンが作れる。人狼が標的を喰ったら、その人狼は人間に戻る。その人間に戻った『元人狼』の血液なら、抗体を作り出せるはずだ。しかしそのためにいったいどのくらい純粋な人間が必要になるかわからないし、そもそもそんな人体実験、健司、お前は許されないだろ?」
「当たり前だ」
「しかし数少ない純粋な人間とは違い、悪意ある者ならこの世に腐るほどいる。君はこの子を人間に戻したかったんだろ? この子を人間に戻してその血を採ってワクチンを作る、一石二鳥ではないか」
「おい待て! たとえ悪人でも、人を喰うのは許さないぞ!?」
「そう言うと思ったよ。なら人狼を喰うのはどうだろうか?」
「人狼を……、喰う?」
「人狼だって悪意ある者であることに変わりはないだろう。元々倒したかった相手なんだろ? だったら一石三鳥じゃないか」
「……」
「今日はお開きだ。また定期的に採血させておくれ。そして健司、晴祐くんを駆除班に入れて、一緒に人狼を倒すことを視野に入れときたまえ」
「なんか……、上手くいきすぎて都合が良いような気がするんだが?」
「そうかな。むしろ茨の道と私は思うがね」
こうして、晴祐のやることは決まった。