6夜、『君を普通の人間に戻す、俺にはその責任がある』
『恵、こっちにおいで一緒に作りましょうよ』
『いい……、だって私、下手なんだもん』
『大丈夫よ、お姉ちゃんがちゃんと教えてあげるから』
別にいい……、お姉ちゃんと一緒に何かしても、お母さんたちが褒めるのは結局お姉ちゃんなんだもん。
晴祐が見ている恵と姉の幼少期の光景と同時に恵の心の言葉が聞こえてきた。
『ねえ、恵も良かったらこれ読んでみない?』
『ふーん。小説……、織機良平……、知らない名前』
お姉ちゃんが好きなだけあって、それなりに面白いわね。まあ一人も死なないミステリーなんてミステリー作家失格だと思うけど……。別にフィクションなんだから人が死んだっていいじゃない、もっと醜い姿が見たいなぁ。だってそのほうが楽しいし、共感できるもん。フィクションの中くらい、こんな私でも蔑みたくなるような人を出してほしい、そのほうが私、生きてて安心するもの。
『お姉ちゃん、月光の夜かなり面白いね!』
『そ、そうかしら……? 私は好きになれないなぁ……』
どうして……? どうして私の気持ちがわかってくれないの……?
お姉ちゃんはいつもそう、正しくて、弱い人を放っておけなくて平和が第一だと思っている純粋な人間……、でも私は違う。そんな常に正しく生きなければならないなんて窮屈な生き方……、絶対に疲れる。本来の自分を殺してる、たとえ自分が正しくあったからってみんなそうはならない。むしろお姉ちゃんは知らない、その輝かしく純粋な姿がどんどん私を醜いと判断させる。憎い……、羨ましい……、欲しい……、どんな手を使ってもお姉ちゃんのその純粋な心が欲しい……!
『恵……、どうしちゃったのその姿……!? いやっ、やめてぇ!!』
そんな声も、咀嚼音と骨が砕ける音の前では虫の音に等しかった。
跡形もなく喰い尽くした、そのはずなのに月光の夜をたまたま読みたくなって開いた途端、お姉ちゃんの声が聞こえた。
『ごめんね恵……、私はやっぱりその本、好きになれない。でも……、恵は大好き』
どうして……、私のことなんか好きになるの? ねえ……、……どうして、ね……ぇ……ちゃん……?
「人狼が……、共喰い?」
我に返った健司とその部下たちは、わずかな装備をかき集め弾切れ寸前の銃を晴祐に向ける。
「お前……、一体何をしようっていうんだ……?」
「何をって……、俺は倒したいだけだ、人狼を」
「人狼を倒すだと……、同じ人狼同士なのにか!?」
先ほどの態度とは全く違う、比較的心配そうに見てくれていた琥太郎は今、凄まじい形相で晴祐を睨みつける。
「俺は他の人狼とは違う! 純粋な人間を喰べたいんじゃない、悪意に満ちた者を喰らって、自分を変えたいんだ。この世の真実も人の本性も全く見抜けない無能な僕じゃなく、静かに潜んで人を襲う狼を見抜いて駆逐する、生きる術を身につけたいんだ、俺は」
「……!?」
晴祐の話を聞いて、健司だけが銃を下ろす。
「ああそうかい。でもお前、悪意に満ちた者を喰うって言ったよな? 結局人を喰うのに変わりないってことだよなぁ!?」
琥太郎が晴祐を狙うが、健司が差し出した手で止めた。
「立花さん!? なぜ止めるんです!?」
「こいつと俺で話がしたい。お前たちは下がれ」
銃を下ろし、健司が晴祐に近づいた。
「まずは謝らないといけない。お前を狼へ追いやったのは俺のせいでもあるってことだからな」
「どういうこと?」
「君は言ったな、この世の真実に全く見抜けなかった。それは人間関係だけでなく、この社会のせいで劣等感を抱いたってことだよな? だったら俺のせいだ、俺がこんな世界にしなきゃよかったんだ、苦肉の策で校則を緩くするなんてことにしなければ……、もっと良い方法がいっぱいあったはずなのに。だから、君を狼にしたことは俺のせいだ。君を普通の人間に戻す、俺にはその責任がある」