4夜、『今、俺はお前を倒しに来たんだ』
一方、晴祐と別れて仕事に移った新駆除班は人狼と戦闘中だった。相手は狼化した天野恵、場所は移動中のトラックの中だった。人狼の存在自体バレるわけにはいかない、月の光を浴びるとどんな傷も治ってしまう能力を持つ人狼に最も効果的な戦闘場所は屋内だ。しかし人狼と戦うのにいつも屋内とは限らない、むしろ人狼は屋内を嫌うのだ。
そこで二年かけて駆除班が考えた方法は、大きなトラックの中で戦うということだ。外装を引っ越しのトラックに偽装、中で倒せるなら良し、戦闘中に移動して人気のない山などへ向かうのも良し、さらに人狼はトラックを横転させるほどの力はない、これが最善方法だった。問題はどうやって人狼をトラックという檻の中に入れるかだったのだが、
「まさかトラックの中にダミーの死体を置くなんて、趣味が悪いわね」
血の匂いに誘惑されることを利用したいわゆるゴキブリホイホイである。
「でも……、肝心の駆除班がこの程度の強さじゃダメね」
(くそ……、せっかく仇を討つチャンスが……)
リーダーを任されてからいついかなる時にも冷静さを保っていた健司、しかし相手が悪かった。二年前、旧人狼駆除班を壊滅させた人狼、それが天野恵だ。健司は睦月や一真のおかげで逃げることに成功した、だが三人は殺されてしまい、被害者の死体も喰われてしまったため何の跡も残っていなかった。そんな仇を目の前に、つい自棄を起こしてしまった。
「立花さん……、弾も切れかけてますし、負傷者もいます。トラックを止めてこいつを追い出し、撤退させましょう……」
(……今は仲間の無事が優先か)
どんな犠牲を払っても相手を倒す。そんな執着心も必要だと思ったが、健司には仲間を失ったトラウマがある、ここでまた同じ過ちを冒すわけにはいかない。
琥太郎の意見に黙って頷き、健司が琥太郎を含めた三人の部下に撤退のアイコンタクトを取る。トラックの壁を五回も叩き、それを聞いた運転手がトラックを止める。
今宵は満月、せっかく人狼に与えた少しの傷も、逃がしてしまったらリセットするかのように元に戻る。だがそれもかまわない、コンティニューするのに敵のダメージはそのままでいてほしいなんて都合の良い欲求が通るはずもない。
扉を開け、人狼が逃げてくれるのを望む。人狼は屋内戦を好まない、硬い壁によって脱出できなかったその出口を開放した。だから出て行ってくれるはず、純粋な人間はこの中にいないから狙う者もいない、これ以上人狼がここにいるメリットなどない、そう思っていた。
「ふっ……、そういうことぉ。しかしここで外に出ても面白くないわね、あんたたちをぶっ殺してから出て行くのも悪くないわねぇ!!」
「しょ……、性悪女が……!」
というよりも、甘い判断だったと思うべきだろう。トラックを捨てて逃げるという方法に移るしかないのだろうか。
恵が健司を襲おうとしたその時、謎の生物が恵に攻撃して、間接的に健司を助けた。
「だ、誰……!?」
わざわざ月の光が届かないトラック内に入ったのは、全身白い毛で覆われた人狼、その白狼がさらに恵に襲い掛かる。中身が女など関係ないように拳で殴り、首元を喰い破る。
「ギャァァァ!! このぉ、人狼のくせに何で!!」
顎に力を加えるので精一杯な白狼の腹に一発入れ、何とか致命傷を避けた恵、しかし血が止まらないので手で抑える。その時に恵は白狼の臭いを嗅ぐ。今までの人狼とは一味違うことがわかる。
人狼に仲間などいない、いつも一匹狼だ。標的である純粋な人間は人狼よりも希少、自分のことを優先的にする以上協力する気は少しも起きない。
かといって餌のためにお互いが戦うこともあまりしない、元は人間、秘密裏に行動するのが効率的だとわかっている以上問題を起こしたくはない。
純粋な人間を喰らって少しも痕跡を残さなければ、行方不明扱いとなり誰かに追われることもない。しかし人狼相手に完全犯罪を起こすなど難しい、確実に痕跡が残る。それだというのにこの白狼は、少しも隠すことなどしない、どころか真正面に人狼を襲ってくる、同じ人狼のくせに。
しかし、問題はそれだけではなかった。この白狼からは嗅いだことのある匂いがする。それはついさっきまで一緒にいた男と同じ匂いだった。
「もしかして……、和泉くん!?」
「いずみ……? 立花さん、和泉ってまさか」
「いや、まさかそんなはずは……」
しかし、真実は健司たちを裏切った。狼化を解いた二人、仇相手が女子高生だったことに驚いたが、もっと重視すべきは白狼のほう。白狼の正体は和泉晴祐だった。
「やっぱりわからないわ……。純粋な人間がどうして人狼に」
「俺は、天野さんが思っているほど純粋な人間なんかじゃあないよ。無意識に悪口だって言う、怒りや恨みだって持つ、その証拠がこれだ。そして今、俺はお前を倒しに来たんだ」