2夜、『この事件の犯人、正体は狼だ』
「おい、大丈夫か? しっかりしろ」
誰かの声がした、意識を取り戻した晴祐はそのまま起き上がる。
「あ……、はい。なんとか……、うわっ!?」
晴祐が目を開けて入ってくる情報は、人気のない道、街灯があるとはいえ比較的暗い夜、迷彩服を着た男と離れて何かを探している男たち、そして、自分の血まみれの半袖シャツだった。
「安心しろ、返り血だ。さっきお前の体を調べたけどどこにも傷はなかったぞ」
「かえりチ……、体……」
「おいおい同じ男だから問題ないだろ。それに調べたと言っても胸回りとお前の口元だけだよ」
確かに血がついているのは正面、襟から第三ボタンのところまで、側面に広がってない。痛いところもないので自分の血ではないだろう。
まじまじと血の色を見た晴祐は、今にも倒れそうなほど顔色が悪かった。しかし踏ん張って意識を保ち、どうしてこうなったのか考える。しかし何も思い出せないので起こしてくれた男に聞いてみる。
「あの……、いったいどうしてこんなことに……?」
「先に聞くのかよ、聞きたいのはこっちなのに……。わかんねぇよ、俺らは警察じゃねぇから現場検証なんか細かいことできねぇよ」
その男はとても不満そうな顔で、答えにならない答えをくれる。
「お前、もしくは一緒にいた誰かが、狼に襲われなかったのか?」
「え、えっと……」
「立花さん、さっきまで倒れてたんだから混乱するに決まってますよ。確か意識朦朧としてる相手に適切なやり方は……、視認できているかと自分の名前が言えるかだったな。おい学生くん、これ何本? 名前と学校は?」
声をかけた立花という男とは別の男が比較的心配そうに声をかけてくれる。指を四本立てて、晴祐の顔をじっと見つめる。
「四本……、僕の名前は、和泉晴祐です。私立和北村高校の二年生で……、あの、あなたたちは?」
「俺は人狼駆除班リーダーの立花健司、でこっちが山崎琥太郎」
「よろしく」
「あの……、人狼って一体……」
「リーダー、こいつ……!」
「あ、もしかして襲われた原因って……!?」
二人が静かな声で会話したまま、まじまじと晴祐の顔や体を見る。
「え、あの……、何ですか?」
「よし、じゃあそれでいくか」
「そうしましょう」
何か話し終わった二人、健司がポケットから何かを取り出し、それを手に取る。
「よーし学生くん、動くなよ?」
「は、はい……」
琥太郎と健司が晴祐に近づき、琥太郎の手が晴祐の左耳を抑え、健司が針で耳たぶの穴を開けた。
「痛っ!?」
「ほんとに動かないのかよ、素直か」
「これでとりあえず、狼に襲われることはないだろう」
針の正体はニードル、耳に穴を開ける道具の一つだ。耳に穴を開けるだけで襲われることはない? そもそも狼とはどういうことなのだろうか? 晴祐は耳の痛みもあってか全く頭が回らなかった。
「あの、何でこんなことを……」
「いいか、これはお前を守るため特別に教えてあげるが、今から話すことは他言無用で頼むぞ。でなきゃ今度は耳じゃ済まさない」
「は、はい……」
怖いが、本人たちは話してくれるつもりなので黙って聞くことにした。
「まずこの事件の犯人、正体は狼だ」
「狼……?」
「ただの狼じゃない、元は人間、いわゆる人狼ってやつだ。人の仮面を被って、人気のない暗闇に人を喰う化物だ」
「で、でもそんなこと聞いたことが……」
「襲う人間が限られている、だから多少なら有耶無耶に事実を隠せるんだ。人狼の存在は極力知られるわけにはいかない」
「その……、限られた人間って……?」
「お前みたいな、純粋な人間だよ」
「純粋……!?」
「一から説明しよう。俺でもお前でも、人が狼になる可能性はある。ただ一つの条件、それは自分の劣等さを知り、今の自分を否定して変わりたいと躍起になる、そんな執着心が一定のピークを越え獣心に変わる、それが狼になるトリガーだ」
「……」
「狼の目的は一つ、自分のマイナス要素を埋めることだ。自分の黒い部分、引きはがすことのできない悪の部分を嫌う、そんな劣等感を無くすために最適な方法は、喰うこと、それも純粋な人間をだ。そいつを喰うことで、純粋な人間特有の正の要素が負の心の中で中和するってことかな、まあ簡単にいえばプラマイゼロってことだ。達成すると人間に戻れるらしい」
「人間に戻れる……!?」
「問題はその純粋な人間、人狼以上に希少だから誰一人人間に戻れていないんだ、まあさせないけどな。何年も前から対策しているんだ、和北村地区を中心に、徐々に生息地を広げていく人狼を抑えるだけじゃなく、狼化を防ぐ方法も、人狼を駆除することも、純粋な人間を増やさないということも」
「増やさない……」
「完璧にできたと思っていたが、お前みたいな純粋な人間ってやっぱりいるんだな。素直で疑うことを知らないだけでなく、流行に合わせない、ありのままの自分を認めて生きている。お前ほど仮面を持たない純粋な人間を見たことがない。だから襲われるんだがな」
「仮面がないから……、襲われるんですか?」
「比喩だから気にするな。続けるぞ? 二年前から、髪染め・ピアス・ネイル禁止っていう拘束が緩くなったのは知ってるだろ?」
「えぇ……、僕はしてないですけど」
「そうしてくれと文部科学省にかけあったのは俺なんだ」
「え……!?」
「人狼の狙いが純粋な人間だとわかった二年前、俺は文部科学省に頼んだんだ。髪染め・ピアス・ネイル禁止っていう拘束を緩くしてくれってな。普通なら法律変えるほどの特権なんか持っちゃあいねえが、こればかりは承認してくれたさ」
「それに一体何の関係が?」
「あくまで俺の価値観も混ぜた話だが、髪を染める・ピアスをする・ネイルをする、それだけで人間が輝けたとしても、それはありのままの自分を認めない。取り繕った加工物だと思わないか?」
ちょうど今日、龍紀と話していたことだ。晴祐は不本意ながらも健司の価値観に同意できた。
「けど逆にそれはチャンスでもある。拘束を解いて、オシャレさせて、見た目だけでも純粋な人間を少なくさせる。そうすれば狼に喰われる被害を少なくできる。人狼は髪染めとかネイルとか化粧とかの『体の塗装』、耳やへそとかに穴を開けるといった『消えない傷』がある人間を食べない習性があるんだ。過去の被害者に全て一致する。さらに言うと、輝いてる姿はまさに理想の姿とも言える。髪を染めたりピアスするだけなんてお手軽だろ? つまり下手に劣等感を生ませずに済む、狼化を増やすことなんてないんだ」