子と鬼と冷蔵庫のチェスゲーム
70年代後半から80年代……ええっと、キミみたいに平成生まれの人たちには「昭和という64年もある長い時代の終わりぐらい」って言う方が分かりやすいのかな?
いや暑い中、取材とは言えこんなトコまで御苦労さま。
まずは冷たいルイボスティーでも、グッと行って下さいな。遠慮は無用ですよ。
ちょっと独特で薬臭い味だけど、ノン・カフェインだし身体には良いらしくてね。
失礼して私もご相伴に預かろう。
このごろはコーヒーを止めて、こればかし飲んでいるんですよ。
今日来られる記者さんが、こんなに可愛らしい女性の方だとは、正直予想もしていませんでしたね。
えーっと……、そうそう。
その時分には子供のね、不法投棄された冷蔵庫なんかに潜り込んでの悲惨な事故、というのは結構あったモンなんですな。
プラザ合意による円高不況なんてものが挟まったりもしたんだが、イケイケだった安定成長期の余韻は残っていたし、都市部では円高バブルで地上げやなんかが盛んだったころだ。
『24時間戦えますか』なんてね。
でもね、都市部では地上げが盛んだなんて言っても、ちょっと郊外まで足を伸ばせば田舎にはまだ”原っぱ・広っぱ”なんて呼ばれてる雑駁な空間は残ってたんですよ。
ホントは私有地なんだが監督者も常駐してない工事用の資材置き場だったり、まるっきりの放置状態で雑木が点々と生えた草ボウボウの空き地だったりしてね。
学校帰りの小学生が、普通に遊び場にしていたもんなんですな。
ああ、その頃にはもう、ゲーム機は有った。
知ってるだろうけど、ファミコンが発売されたのが75年だからね。
うん、塾通いに追われている子も多かった。
受験戦争って言葉を、連日テレビで聞かない日は無いってくらいだったんだよ。当時は。
でも、そんな中でも子供ってのは友達とよく遊んだもんなんだ。
「今日はゲームより外。」とか「塾なんかサボッちゃえ。」なんてね。
ライブ感覚っていうのかな? リアルの友達と一緒に身体を動かすっていうのは。
それに友達と一緒に駄菓子屋で食うアイスは、また何とも格別だからね。
ああ、うん。かくれんぼの話しだったね。
かくれんぼと鬼ごっこは、どちらも鬼が子を捕まえる遊びだけど、似ているようでいてもゲームを有利に運ぶのに必要とされる能力には、決定的な違いがある。
何だか分かる?
そうそう!
鬼ごっこで有利なのは、「かけっこ」の能力、これに尽きる。
逃げるにしても追いかけるにしても、足が速いっていうのが圧倒的に有利。
まあ子の場合だと、自分が助かるために”犠牲者”というか”囮”を用意しておくというような「駆け引き」の能力も重要ではあるんだが、それは今は横に置いておこう。
それに対して、かくれんぼで必要なのは――鬼をやるにしろ子になるにしろ――運動能力じゃあないよね。
推理力や観察力といった、いわば洞察力系統の総合能力ってことになる。
タッチされるまでは鬼に姿を晒しても問題がない鬼ごっこに対し、かくれんぼでは見つかった時点でゲームセット。
「みぃつけた!」と宣言されれば終了だからね。
フィールドが広々としていて隠れる場所が無数にあれば、子は鬼から隠れやすいんだけれども、それではゲームが成立しなくなる。
いつまで経っても子が見つからなくなってしまうからね。
だからゲーム空間には「こっちの鉄条網から向こうの杭まで。」みたいな取り決めが、予めルールとして設定されるわけ。
フィールド外に出たら反則で失格。
仲間内の『紳士協定』は、学校の規則よりも厳格に守られる。
で、初回なら木陰とか放置土管の中、積み上がったパレットの後ろなんかが絶好の隠れ場所に見えるよね。不法投棄された大型冷蔵庫なんかもそうだ。
けれども鬼の立場に立ってみれば「いかにも子が隠れていそうな怪しい場所」だから、そんなトコに隠れたって直ぐに見つかってしまうんだね。
ハハハ。うん、うん。
裏をかいて、一見、鬼から丸見えみたような、ちょっとした地面の窪みにペタリと腹這って、上に砂や草を薄く被るみたいな独創的な隠れ方をするような子も居たっけ。
鬼は子が、何か立体物の物陰に隠れているというのがアタマにあるから、かえって”丸見え”な場所は目に付きにくかったりするんだね。
いわゆる”盲点”ってヤツだ。
でも、そんな奇抜な手が上手くいくのは一回こっきり。
ゲーム参加者の経験値が上がるというか……手法そのものが、皆に共有されるんだからさ。
次回からは、鬼はそんな「不自然な地面」にも視線を飛ばすのを忘れなくなる。
かくれんぼというゲームは、同じ場所で繰り返せば繰り返すほど――隠れ場所や隠れ方のバリエーションは増えても――新奇なアイデアは尽きていく、というワケ。
そうだねェ……変な喩だけど、かくれんぼって遊びはミステリやホラーに似てるんだね。
子は必死に「新しい隠れ方」のバリエーションを模索するんだけれど、経験値を積めば積むほど鬼のほうは「ああ、これ知ってるヤツだ。」ってなっちゃう。
最初に『赤毛連盟』や『アクロイド殺し』を読んだ時には「スゲー!」と感動しても、似たようなトリックの別作品に出会ったら「なぁんだ……」となってしまうような感じがね。
ほら、実話怪談や都市伝説だって、同じ脅かし方のハナシが出てきたら「知ってるよ!」ってなっちゃうでしょう。
まあ話をかくれんぼに戻そうか。
さんざ遊び慣れたフィールドで、いかにして鬼の目を盗むか、ってトコまでね。
すると、どうなると思う? 隠れる場所は子も鬼も、互いに熟知している場所で、だよ?
うん、正解。
『子は鬼が、一番最初には探しに来ないであろう場所に一旦身を隠し、鬼が”そこ”を探し終わった後を見計らってコッソリ”そこ”に移動する』んだ。
子の読みが正しければ、子は鬼の目を――その場では――逃れることが出来るけど、読みを外せば初っ端で捕まっちゃうんだねェ。
知恵と度胸のタイミング勝負。
だから子と鬼の間の”読み合い”は熾烈そのもの。
互いに性格や行動パターンは熟知しているわけだから、相手の裏を読み、また裏の裏を……という具合に、毎回頭をひねらなきゃならない。
まあ、その『半・完全情報ゲーム』みたいな攻防が、ちょうど完全情報ゲームである将棋やチェスみたいで、しかもそれを自分の身体を使ってのライブ博打で行うってトコロが『かくれんぼ』のスリルと興奮を”いやます”醍醐味なんだね。
だから放置された大型冷蔵庫なんてモノは、「少し離れた場所にある木立と下生え」や「潜り込みやすい土管」なんかと並んで、明らかにホットゾーンなわけだ。
『どの段階で鬼が探すのかは分からないが、最後まで探さずに見逃すことは出来ない』という点で。
一度のみならず、二度三度と鬼は巡回する必要があるんですな。
すると……不思議でしょ? 説明が付かないよねェ……。
『かくれんぼの最中に子供が中に隠れていて、たまたま扉にロックが掛ってしまって出られなくなってしまった事故』なんてねェ。
ああ、今は安全対策が採られているから、中からでも押し開けることが出来るようになった業務用の大型冷蔵庫ですが、昔は外ロックを掛けると中から開けることが出来ない機種が有ったというのは本当です。
だから、事故が起きるという可能性――危険性と言った方がよいのかな――は確かに有った。
けれども、かくれんぼをしていたのなら、冷蔵庫の中は必ず子が全員捕まるまでの間に複数回探されていなければならんのです。
そこに犠牲者が取り残されるというのは、ゲームの性質上あり得ない。
……と、すると……どうなります?
冷蔵庫の中の御遺体は『かくれんぼなどとは関係がない単独事故の犠牲者』か、あるいは『事故に見せかけた未必の故意による殺人の犠牲者』のいずれか一方という事になりませんかね?
まあ単独事故の方は、冬場の寒い季節ならば有り得ないハナシではない。
放置冷蔵庫の中に潜り込んでしまえば、風が当たらなくてヌクヌクしてるから。
子供が一人で、なんでそんな物の中に? って疑問は残るかも知れないけれど、家に帰りたくないとか家に居場所が無いって子供は、常に一定数は――どんな時代にでも――居るものだからね。
また単に”自分一人きりに成りたいための秘密基地”が欲しかった、という事例だって有ったとしても不思議ではないだろう。秘密基地っていう言葉は、いかにも甘美に子供を誘惑するものだから。
けれども――複数の子供たちが一緒に遊んでいたのだとすれば――冷蔵庫の中の御遺体の存在は……一気にキナ臭くなる。
窒息……あるいは熱中症で亡くなる前に、一緒に遊んでいたトモダチは、なぜ扉を開けてあげなかったのか? ってねェ。
私が検死した御遺体は、小学校五年生の本当ならとても可愛らしい女の子だったんですが――ああそうです。あなたがお持ちの、その写真の女の子でしたね。今でも忘れません。
私は検死が専門じゃありませんからね。不審死の御遺体は、そう度々診ることはありませんでしたから。
その子は……狭い空間の中に窮屈に身体を折り畳んだ姿で、口から泡を噴いて事切れていました。
扉を開けようとして必死だったのか、両手の爪は剥げてしまっていましてね、可哀想に爪の剥げた手で喉を掻きむしり、頸まわりも血だらけでしたね。
死因は窒息でしたが、脱水症状も相当進んでいましたね。
閉じ込められてから亡くなるまでには、短くない時間がかかっていたのは間違いない。
苦しかっただろうし……とても怖かったことでしょう。
鑑識の人が冷蔵庫の中を丹念に調べたようですが、ダイイングメッセージのようなものが残されていたは聞いていません。
小学生ですからね。そこまで頭が回らなかったのか……自分が死ぬというのが信じられなかったのかも知れない。
なにせ冷蔵庫の周囲には、一緒に遊んでいる友達が間違いなく居るはずなのです。
「誰かが扉を開けてくれる。開けてくれないはずが無い。」と彼女は亡くなる寸前まで願っていたことでしょう。
県警の発表は、事故、というものでした。
仲良し同士が空き地で遊んでいての、不幸な事故。
”広っぱ”の所有者には、管理者責任で何らかの処分だったか指導だったかが行われたという記憶がありますが、一緒に遊んでいた『トモダチたち』は不問に付されたんですな。
未成年……小学生なわけですし、悲しみのあまり動揺が激しいという理由で。
本当にそれで良いのか?
冷蔵庫の中で死んでいた女の子のことを想うと、私には遣り切れない気持ちがズッと後を引きましたが、結局は口を噤んでいることを選択しました。
私は警察官でも検察官でもないし、彼女の『トモダチたち』一人ひとりから詳しい話を訊いたりするには、この街は”狭過ぎ”ますからね。
私の事を、卑怯だ、と思いますか?
いえ……良いんですよ。
アナタがそう考えることを、私は否定しません。
私にしても、後々までずっと悩んでいることですからね。怯懦と罵られても、甘んじて受け入れます。
ただ、あの”広っぱ”での事件は、それに止まらなかったんですよ。
もう土地の持ち主は替わっていたんだが、相変わらず”広っぱ”のままだった。
ただしその頃には、そこを根城にして遊ぶ子供らは、もう居なかった。
なにしろ『不幸な事故』が起こった場所だから、学校やPTAもそこで遊ばないように児童に指導していたし、それより何より子供たちの間で
――あそこで遊んでいると、いつの間にか知らない女の子が一人加わっている。
――その女の子と遊び続けていると、帰って来れなくなる。
なんてウワサ――まあ都市伝説の類でしょうなぁ――なんぞが、”まことしやか”に囁かれるようになってしまっていたんでね。
それはそれで、亡くなった女の子に対して失礼な話だとも思ったものだけどね。
そんなこんなで遊ぶ子供も居なくなった”広っぱ”だけど、誰が運び入れたものなのか、大型冷凍庫がポツンと置かれていたんだよ。いや捨てられた、と言う方が正しいのかな。
うん。今度は冷凍庫。冷蔵庫じゃなくてね。
ほら、私がそこに置いているような、ディープフリーザーとか冷凍ストッカーとかいうヤツだ。
冷蔵庫の冷凍室より、大量の肉や魚を長く新鮮に保てるから、飲食店では持っているトコも多いようだね。
マイナス40℃より低い温度で冷凍しておくと、マイナス20℃あたりで保存するよりも脂質・タンパク質の変性が少ないんで長く美味しさを保てるんだ。
私は沖釣りが趣味だから、ヒラマサやヤリイカを保存するのに使っているんだけどね。確かに半年凍らせておいても新鮮に感じるね。
いやいや、話が脇に逸れてばかりで申し訳ない。
まあ私にしても、訊かれなければ敢えて誰かに喋りたいという話題でもないわけだから、どこか迷いか躊躇いといった気持ちがあるのでしょうな。
二体目の御遺体の件だったですな。
冷凍庫に入っていたほう。
こちらに関して言えば、私は御遺体を見てはいません。検死に駆り出されたわけではなかったから。
捜査官から聞いただけです。
一体目の女の子を視たのが私だったから、参考として若い刑事が意見を聞きに来た、ただそれだけでね。
大して役に立つことも出来ず、こっちから質問する方が多かったかな。
冷凍庫の中の御遺体も、女の子だったようです。
ただし冷凍庫の電源は入っていなかったから、酷く御遺体は傷んでいたのだとか。
ええ。DNA型を調べるまでは、性別も判らないくらいだったそうでね。
そう。着衣や身元に繋がるような物は、一切入っていなかった、ということだったな。
歯の治療痕で身元は判明したんだが、県外で捜索願が出ていた女の子だった。
これは捜査官から聞いたのではなく、新聞発表を読んだんですがね。
同じ場所で再び少女の御遺体が見つかったものだから、前の事件にも焦点が当たりましてね。
今度は警察や地方新聞だけでなく、複数の雑誌記者も動きましたね。
前の事件と何か接点が無いのかとか、変質者の犯行の可能性は無いのか、とかね。
以前の事件の『オトモダチ』たちも――もうその頃には高校生ですか――いろいろと『取材』を受けたようでね……。
けれど結局、冷凍庫を廃棄した犯人は捕まらなかった。
そうですよ。あくまで『冷凍庫を不法投棄した』犯人です。
殺人か、少なくとも死体遺棄した犯人でもある可能性は非常に高いものと考えられたが、不法投棄されたディープフリーザーに別の人物が御遺体を隠したという可能性はゼロではないからね。
……変な感想ですが、あの空き地に冷凍庫が捨てられなかったならば、二人目の女の子は『あの中に隠されることは無かった』のじゃないか? そんな事も考えましたな。
不法投棄の犯人が捕まらなかったのの大きな要因の一つに、当時は監視カメラが今より遥かに少なかったことを上げても良いでしょう。
管理が杜撰だった”広っぱ”に設置されていなかったのは、まあ有り得ることと言うか、想定の範囲内だったとして、道路や市街地のカメラの数もごく限られた数しか無かったんですよ。
ウン。リベラルを自称する人たちが「プライバシーの侵害に繋がる」と称して、せっせと監視カメラ反対活動に勤しんでいたんでね。
何度設置しても、設置するそばから破壊されたり持ち去られたりする機材も多かった。
時代、ですかねぇ。
プライバシー侵害反対派の人たちが、その活動を諦め始めたのは、防犯カメラが犯罪抑止や犯人検挙で確実に実績を上げたことも有りますが、それだけでなくスマホやウェブカメラ、ドライブレコーダーの普及にある、と言ってもよいでしょう。
録画装置が世間に広く一般化し過ぎてしまったので、防犯カメラだけを攻撃しても犯罪隠匿の目的を果たせなくなってしまったのだと、私は思っています。
まあ、そうは言っても未だに防犯カメラ設置反対という地域が無いわけじゃない。
先日ニュースにも成りましたが、設置が済んだ防犯カメラをわざわざ撤去する法案が地方議会に提出されたりする、とかね。
彼らにとっては、防犯カメラは”鬼の目”なのでしょう。
しかしどうなのかな?
犯罪被害者にとってすれば、監視カメラは”鬼の目”とは全く別の物だ。
救いの手とまでは言えないかも知れないが、守ってくれている方の目ですからね。
ゲームとしての”かくれんぼ”では、ルール上、鬼と子は厳密に役割分担されてはいるが、実生活の上では、その区分が曖昧というか……容易に入れ替わり得る――そう思っていて良いのでしょうな。
だからアナタのように記者をしていたりすると、自分では猟犬の心算でも、いつの間にやら逃げる兎の役を振られていたりすることも有り得る。
……気を付けて下さい。
目の前の獲物にだけ気を取られることなく。
帰り道は……この街から遠ざかるまでは特にね。
季節モノのオカルトネタだから、くらいに軽く考えていたとしたら、気が付くと足元には奈落の底まで続く大穴が開いていた、なんて事だってあるかも知れません。
おや、いけない。
また話が逸れてしまいました。
そうそう、二件目の犯人は結局捕まらなかった、というトコロまででしたな。
あの”広っぱ”では、事件が起きたのは、その二件だけだったわけですが、こんな街では『呪われた空き地』という評価が定着するのには十分でした。
長い間、そう2年前に郊外型アウトレットモールが開業するまでの間、ずうっと空き地のままだったのですよ。
学校帰りの子供たちは、たとえ遠回りになったとしても近寄りもしなかったし、嫌々近くを通らないといけない時には逃げるように走ったものです。
そんな土地だったから、買った方は二束三文の出費で済んだのでしょう。
そして……考えましたね。馬鹿デカい駐車場付きのアウトレットモールを建てたんですな。
客層を、県庁所在地からや遠くから車でやってくる『余所者』に絞って、近隣住民はまあ付け足しくらいの勢いで。
当たりましたな。
駐車場はいつも満車で、モールは繁盛していますよ。
……ただ、そのうちにネット掲示板に妙な話題が投稿されるようになった。
『幻の女の子が遊ぶモール』なんてね。
大繁盛のモールだから、「女の子はザシキワラシで、女の子に会うと良い事が有る」みたいに他愛のない噂だったんだが、古い新聞記事を掘り出す者が出て来てね。
「女の子はザシキワラシではなく、冷蔵庫の中で死んだ怨霊。今でも自分を殺した相手を探している。」
なんて書き込みが連投される事態になった。
ザシキワラシの噂――まあザシキワラシとも怨霊とも決まったわけではないですが――そのようなモノが本当に出たのかどうかという事の真偽は分かりません。
写真や動画も出回ってはいますが、素人でもフェイクを簡単に創れる時代ですからね。
ただ私がチェックした限りでは、検死した子に似ている画像はない、とだけは言えます。
もう一人の少女……こちらの方は何とも言えませんね。
私としても、新聞に載った写りの悪い写真を一枚、ずっと以前に見たことがあるだけですから。
大方、最初はアウトレットモールが繁盛しているのを気に喰わない人物が始めたことなんでしょう。
写真や動画が増えていった理由は、単に怪奇スポットを面白がる追従者の創作物が足されていったためではないでしょうかね。
モール側の対応ですか?
いえ、そこまでは私も知らないなぁ。
被害が出ているならば、投稿者の情報開示請求やなんか法的対処を採るのでしょうけど、客足が減っているようには見えませんからねェ。
客商売の仕事だから、強い手段に訴えるのが難しいということもあるのでしょう。
と言いますか、モール側の対応やなんかは、むしろアナタがたメディアが直に取材する事じゃないんですか?
……いえいえ。
不愉快に思ったわけではありませんから、そんなに謝らなくても。
ちょっとだけ「部外者に変な事を訊くなぁ。」って思っただけですよ。
少しお疲れなんでしょう。
埋め草的なオカルトネタなんぞを押し付けられるのは、その手の専門誌ででもない限り、いつも下っ端ですからねぇ。
いい加減な調子で指示・命令だけ降りてくるるけれど、紙面に反映されることは殆ど無い。
刑事ドラマだったら、所轄の警官が、本庁のデカに無闇に「聞き込みに行け! なにボーっと突っ立ってんだ!」どやされる。そんな”あるある”なんでしょうね。
おやおや。
本当にお疲れのようだ。
まあ、こんな老人の繰り言を只々聞いているばかりだと、瞼が重くなってしまうのも仕方がない。
遠慮せず、少し休んで――――
◇ ◇ ◇
おや?
お目覚めになられましたか。
ハハハ。 結構けっこう。
寝る子は育つと言いますからね。
さ。これでもどうぞ。
栄養ドリンクです。
カフェインが入っていますからね。少しは眠気が晴れて元気が出るでしょう。
ルイボスティーに睡眠薬?
いえいえ。そんな物、処方したりはしませんよ。
……分かってます。機転の効いた冗談だという事くらいね。
自分が飲まないからって、コーヒーを切らしていたのは失敗でした。
顔を一目診たときから、酷くお疲れなのが明白なアナタに出すのには、濃いエスプレッソの方が適していましたね。
さて、私としては知る限りのことをお伝えしたつもりではありますが、アナタの方で訊き忘れていることは有りますかな?
そうですか。それは良かった。
では玄関までお送りしましょう。それともタクシーを呼びましょうか?
外はだいぶ夜の気配が増してきていますからね。
ほう。これからモールへ。
まあ、夜の写真は撮っておかなきゃならないというのは分かります。
記事になるか没になるかは上の気分次第でしょうが、どちらにせよ写真を撮り忘れていたらドヤされるのは目に見えていますからね。
分かりました。あそこならタクシーは常駐していますね。まだ時間的にバスも有るかも知れない。
それでは御機嫌よう。
記事になると良いですな。
……え?!
ディープフリーザーの中を見たい、と?
良いでしょう。
御覧になって下さい。
ここに来て、隠し立てするつもりはありません。
ただし見ると決めた以上は、アナタにも一つ責任を負ってもらう事とさせていただきます。
これは覆すことは出来ません。
アナタと私との契約です。
ですからフリーザーを開けて――
『私がアナタを、あの中に閉じ込めるのを断念したのは、すでに別の女の子が収められており、スペースに空きが無かったからだ』
なんて事が分かっても、騒いだりしないようお願いいたします。
なぜなら、そんな物騒で失礼なことを考えたのは、アナタ自身なのですからね。
そうでなければ退出する直前に、急に冷凍庫の中を見たい、などと発言する道理が無い。
約束ですよ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・
どうです?
見事な鰤でしょう!
夏場の鰤にはアニサキスが入っていることがあるから、刺身では食べないものなのですが、コイツは大丈夫。
マイナス60℃で凍らせていますからね。
アニサキスは間違いなく死んでいます。
さて、ご相談ですが……一本もらって帰って下さい。
週末にタチウオ釣りに行くもので、スペースを開けておかなきゃならんのです。
クーラーボックス代わりに発砲スチロールの箱も差し上げますし、マイナス60℃ですから簡単には溶けません。
ディープフリーザーの中を見るというのはアナタの発案ですからね。
責任は負っていただきましょう。
これからモールに向かうのに、荷物になるのは分かっちゃいますが。
どうです? 後悔先に立たず。雉も鳴かずば撃たれまい。
落とし穴ってモノは、意外な所に開いているものなのですよ?