公爵令嬢は王太子殿下に愛されたい
「何をしている?」
ゾクリと背筋が凍えるような声に顔を上げた。サロンの入り口に佇むのは会いたくないと思っていたレオンハールだった。結局ここにたどり着いてしまったのだ。彼は冷たい視線をこちらに向けて睨みつけていた。今までにない怒気を感じて、ぶるりと体が震える。
「いくら信頼していても、未婚の男女がこんな部屋で二人きりになるなんて、感心しないな」
「あ、すみま、」
「レオン、誤解だ」
「誤解? そんなに近付いて、視線まで合わせておいて?」
ペンダントを拾う際に近付いたギルバードは、視線の高さもほとんど同じで、しかも普段レオンハールと共にいる時と変わらない距離にいた。他の男性とこれほど近付いたことはないと、カトリーヌもようやく距離感がおかしいことに気付いた。
身を引こうとする前に、ギルバードがその場に立ち上がりレオンハールへと体の向きを変えた。そして、手に持っていたペンダントを彼に見せるように掲げる。
「カトリーヌ嬢がこのペンダントを所持していたから少し問い詰めていたんだ」
「は? 何で、それを」
「あの日、あの教会で忘れて行ったこれを、お前のだと理解した上で盗んだみたいだな」
濡れ衣をあっさりと着せられて絶句する。そんな話知らない。どうしてそうなってしまうのかと、疑うような目でギルバードを見上げる。そんな彼女に気付いたのか、彼は横目でカトリーヌに視線を送って僅かに口端を吊り上げた。
(何を考えているの?)
何か考えがあることは何となく察したが、侯爵令息の彼が、公爵令嬢に対して免罪をかけようとする言動をしては、処罰を与えられてもおかしくない。そんなことくらい、彼だって百も承知のはずだし、彼は本当にカトリーヌがそんなことをしたとは思っていないはずだ。
「何を馬鹿なことを! カリンがそんなことするはずないだろう!」
「ふぇ?」
「彼女は可憐で貞淑で気品もあり、教養だって申し分ない存在だ。いつだって誰に対しても優しく接しているし、家族思いで純粋な性格だ。それはお前だって散々調べて僕に教えてくれただろ! そんな彼女が何故そんなことをする必要がある! そんなことよりもだ! お前がそんなに近付いていた訳を教えろ! いくらお前でも……いいや、お前だからこそカリンに近付くなってあれほど言っただろ! お前に惚れたらどうする気だ!」
「レオン」
「本当はお前抜きでカリンに会いたいのに、専属護衛だからそう言うわけにもいかないし、だからと言って他の騎士がいるときにカリンの可愛い顔を見るわけにもいかないしで僕がどれだけ葛藤してお前に護衛を頼んでいると思っているんだ!」
「まあ、俺じゃないと護衛騎士は最低二人つけられるからな」
「そうだ! もっとカリンの笑顔を見る人間が増えるなんて冗談じゃない! 他の男がカリンに惚れるのも困るが、カリンが僕以外に惚れたらと思うと気が気じゃない! お前は今のところ僕の気持ちを知っているし、女性に興味無さそうだからと思ってどうにか妥協して許可しているのに!」
「レオン」
「何だ!」
「そろそろ許してやってやれ」
掴みかかりそうな距離まで近付いていたレオンハールに、ギルバードは横を指さしながらそう言った。その先にいたカトリーヌは顔のみならず全身を林檎のように真っ赤に染めてパクパクと口を開閉する。その様子に、ようやく自分が口にした内容を理解して、レオンハールも同じように顔を真っ赤にした。
「あ、いや、今のは」
「そろそろ俺を巻き込むのはやめてくれ。お前といい、カトリーヌ嬢といい、どうして互いの好敵手を俺だと思っているのか。流石にこんなに純粋に思い合っているのに、お互いの当て馬として配置されるのは御免だ」
深い溜め息と共にギルバードは二人の間から離れる。サロンの入り口に向かい、お茶を用意させると言って部屋を出て行ってしまった。
いくら婚約者同士でも部屋に二人きりにさせられることなんて普通はない。突然の状況にお互い何を話していいのかわからずその場にただただ佇んだ。
「その、とりあえず、ちゃんと座らないか?」
「そう、ですね」
未だに床に座り込んだままなことに気付いてゆっくりと体を持ち上げる。二人掛けのソファーの両端に互いに座ったが、その距離の近さに更にパニックになった。いつもなら向かい合わせで座るはずだ。どうして一緒のソファーに腰かけているのだろうか。
(というか、さっきのは何?)
可憐とか気品とか優しいとか、何かいろいろと並べていた気がする。それは自分のことなのだろうか。そんな評価をしてもらえているなんて思っていなくて、未だに飲み込めない。しかも、それだけじゃない。
「あ、あの、カリンとは?」
「あ、いや、その……すまない、勝手に愛称をつけて心の中で、実は呼んでいたんだ」
家族からはカリーヌと呼ばれているカトリーヌだが、同じでは嫌だと思って自分だけしか呼べない愛称を勝手につけて知らぬところで呼んでいたらしい。予想にもしてなかった衝撃に治まっていたはずの熱がぶり返して俯いた。
「先ほど、」
「あ、はい!」
「逃げ出したのはやはり、僕のことをレオンとは呼びたくないからだろうか?」
何のことだろうか。理解できずに僅かに首を傾げてレオンハールを見つめる。彼は神妙な顔で、けれども少し悲しそうに目を細めてじっとこちらに視線を向けていた。揺れる薄青い瞳はとても綺麗で、不謹慎にもこのままじっと見つめていたいと思った。けれども、更に表情に翳りを出した彼にハッとして、ようやく逃げ出す直前にレオン呼びをしてほしいと強請られていたことを思い出す。
「ち、違います! あの時は、ただ、殿下とこれ以上親しくなってしまったら、きっとこの思いを止められないと……そう思って」
「では、僕のことを嫌っているわけでは?」
「そんなことありません。私は、ずっと……あの、デビュタントの日から、ずっと、殿下をお慕いしてます」
あの日から、ずっとカトリーヌはレオンハールに心を捕らわれている。婚約者になれたことも夢のように感じていたし、定期的に彼に会う特権を得られたこともとても嬉しくて、毎回心躍るような気持ちで城へと向かっていた。
「だから、もし、今後殿下に別の女性と添い遂げたいと言われたら、きっと立ち直れないと、そう思って」
「…………は?」
「きっと、殿下は私と白い結婚でもなさるおつもりだと、そう思ったらこれ以上親しくなってはいけないと、耐え切れないと、そう思って」
「はあ? いやいや、ちょっと待って!」
自分の素直な気持ちを必死に暴露しているのに、隣に座る彼は途端慌て出す。何がどうしてそんな話にと頭を抱える様子に、カトリーヌはようやく重要なことを口にしてないことに気付いた。その間、お茶を用意したギルバードが声掛けもなく目の前にカップを置いていく。少し気になったものの、先ほど彼には全てぶちまけてしまっているので、躊躇うことなく再度口を開いた。
「殿下は、シリーさんを愛していらっしゃるんでしょう?」
「ぶふっ!」
「はああああ?」
思い切って問いかけたのに、返ってきた反応は酷いものだった。ギルバードは耐え切れずに腹を抱えてその場で吹き出すし、レオンハールは顔を真っ青にして首を振っている。何か間違えただろうか。そう思うものの、確かにシリーを口説いているという話を聞いたのだ。
「私、もう知ってますのよ! 殿下がずっと前から足しげく教会に訪れて、シリーさんという方を口説き落とそうと躍起になっていると。そう聞きましたもの!」
「誰に! いや、マリーだな、そうか、マリーのせいだな!」
頭を抱えて項垂れるレオンハールにカトリーヌはますます訳がわからないと瞬きを繰り返した。困惑顔で助けを求めるように未だに笑うギルバードに視線を送れば、彼は仕方ないとばかりに呼吸を整えた。
「確かに殿下は一年ほど前からシリーと呼ばれる人物に会いに教会に通っています」
やっぱり、と衝撃でよろめいた。マリーの言う通りにレオンハールには既に心に決めた人がいるのだ。
「シリーとは実際シルビィーという名前の――男性です」
「…………え?」
「男性ですよ、カトリーヌ嬢。ちなみに、彼の情報を殿下に流したのは私です」
つまり、どういうことだろうか。男性相手にレオンハールは口説いていた、ということだろうか。頭に疑問符を浮かべながら、ゆっくりとレオンハールに視線を向ける。彼はまだ頭を抱えていたが、カトリーヌと同時にそろりと視線を上げて、偶然にも交わった。
「まさか、殿下は……」
男色、と呼ばれるものなのだろうか。そう口にしようとしてレオンハールは慌てて顔を上げた。
「違う!」
「ぶはっ!」
「おい、ギル! お前さっきから笑い過ぎだ! 大体、もしそれを疑われるなら、一番関係を怪しまれるのはお前とのだからな!」
「それは、遠慮したいな」
「えっと、つまり、どういうことですか?」
これではちっとも話が進まない。困惑しながらもきちんと話してほしいと睨むようにしてレオンハールを見つめれば、彼は荒くなった呼吸をどうにか落ち着けて、佇まいを直した。
「シリーとは、ギルが言ったように男性だ。僕達の一つ下の。一年ほど前にギルが市井に優秀な庶民がいるという話を聞きつけ、見つけ出した人物で、彼にはあることをお願いしたく、説得を続けているんだ」
「あること?」
「彼に、この学園に入ってほしいとね」
予想だにしない内容にカトリーヌはパチクリと瞬きを繰り返す。つまり、マリーは学園に入ってほしいと説得しているというのを、口説いていると表現したのだろうか。なんて、なんて! 紛らわしい言い方をするのだろうか。言葉の通り受け取ってしまったことの羞恥心で顔を真っ赤に染めて堪らず俯く。
「それは、その、申し訳ありません」
「いや、君が誤解するのも仕方ないよ。ただ、庶民では軽口としてああいう言い回しをするようだから、なるべく僕に真意を確かめてほしいと思う」
「は、はい……」
「それで……その、誤解は解けただろうか?」
弱々しい声音で窺ってくる彼の姿は、まさに浮気の誤解を解いた恋人そのものだ。本当にその通りの状況ではあるのだが、思い合っているとわかってもいなかった相手とまさかこんな会話をするとは思わず、次第におかしくなってきた。カトリーヌは思わず口元に手を当てて、笑みを隠しながら頷いた。それにほっと安堵の息を漏らしたレオンハールはぐったりとした様子で背もたれに体を預けた。
「あの、本当にすみません」
「いや……君に嫌われたわけじゃないのならよかった。けれど、そんな風に悩んでいたということは、やはり君は僕の気持ちを疑っていたのだろう? 変だと思ったんだ。公爵には君と思いは同じだと言われていたけど、ずっと他人行儀というか、心を許してくれるような素振りがないから」
「ええ! ま、待ってください、だって、この婚約って、政略だったのでは?」
公爵というのは、カトリーヌの父、サイモンドのことだろう。だけど、婚約が決まった当時、彼から自分の気持ちを確認する素振りは一切なかったはずだ。王家から婚約の打診が来たから了承しておいたという事後報告だった。それなのに、レオンハールにカトリーヌが思いを寄せていると彼が勝手に漏らしているなんて思いもしない。それどころか、王家からの打診がレオンハールの気持ちを汲んだものということも知らないのだ。
「いや、元より陛下は僕が思いを寄せる女性ができたら婚約を打診すればいいとおっしゃってくださっていた。デビュタントの時にそんな人が見つかるとは実際思っていなかったんだ。けれど、君のことはその前から公爵から話を聞いていたから気になってはいて、それで、その……その時に結局君に惹かれてしまったんだ。僕の婚約者の条件は公爵もご存じで、手紙を送る前に直接公爵に意志を聞いたんだ。その時に、既に君から僕の印象を聞いていて、同じ気持ちだろうと……」
そんな、まさかとグルグルと思考が巡る。しかし、考えてみれば、あのデビュタントのダンスパーティーの日、レオンハールのことばかり考えていて、その後の記憶が曖昧だと思い出す。サイモンドから何か聞かれたような気がするが、正直何の話をしたのか覚えてはいない。もし、あのタイミングでレオンハールについて聞かれていたのなら、確実にその時の気持ちを暴露していただろう。
「あ、あああ……」
つまり、結局のところ、今まで父親にすら確認してこなかったカトリーヌの失態でもあった。
あまりの羞恥に顔を伏せて両手で隠した。穴があったら入りたい。それほどまでに恥ずかしい。この三年間、レオンハールに会える時間は嬉しくも寂しいと思っていたのは全くの無駄だったのだ。
「カトリーヌ嬢」
「すみません、殿下、今……ちょっとそっとしておいてくださいませんか」
「そうしたいのは山々なんだが……カリン」
甘い、優しい声音が耳を擽る。呼び慣れない愛称を囁かれてビクリと体を震わせた。そっと視線を上げて横目で覗き見れば、レオンハールは空のように薄青い瞳を甘く色づけて微笑んでいた。これまで見たこともないほど神々しく。
「――ッ」
「レオン、と呼んでくれる?」
「あ、あの、えっと」
「今まで空回ってきたことを今日、一気に縮めたいと思うんだけど」
駄目かい? と優しく、甘やかな声で問われたら、嫌だなんて言えるはずもない。か細い声ではいと答えて、全身火照った体を持ち上げた。どうにか視線を合わせて、ハクハクと口を動かす。息を何度も吐いているのに、肝心の声が出ない。
「カリン、ほら、呼んで?」
「……ッ、れ、レオン様」
ようやく愛しいその名前を呟けば、彼は蕩けるような笑みを浮かべてカトリーヌの手を握りしめた。今までにない接触に息が止まりそうになる。ドクドクと心臓が破裂しそうなほど高鳴り、緊張で喉から何かが飛び出そうだった。
じっとレオンハールを見つめていれば、次第に視界が彼の顔だけになっていくような気がした。近付いているのでは? と疑うけれど、それを認識する余裕がない。ただただレオンハールの顔に心臓が破裂しそうなほど鼓動する。
「……殿下、そういうことするならせめて部屋に二人っきりの時にしてください。流石に私が居た堪れません」
「…………それなら直前に視線を外すとか、ちょっと一分だけでも外に出るとか気が利けないのか」
「すみません、私もそういう経験がないので頭が回りませんでした」
しれっと棒読みで謝罪するギルバードの言葉に苦い表情をするレオンハールに、カトリーヌはハッと我に返った。近いと思ったら本当にかなり近付いていたようで、あと一センチもあれば唇が合わさっていただろう。あまりのことに言葉を失って身を引いてしまった。
「ああああああの、レオン様!」
「ああ、すまない。つい気がはやってしまって」
「いいいいいえ、だだだだだいじょうぶですわ」
「カリン、謝るからそんなに下がらないでくれ。地味に傷つく」
真っ赤になって首を振って、そしてソファーのギリギリまで後ろに下がり距離をあける。そんな彼女の行動にレオンハールは眉尻を下げて悲しそうな表情を作った。傷つけるのは嫌だが、それでも今弁解する余裕もなく、真っ赤になった顔をただひたすらに縦に振ることしかできない。
そんな二人のやりとりを、ずっと護衛騎士は体を震わせて見守っていたことにすら気付く余裕はなかった。
◇◆◇
「改めまして、ルミエーレ公爵の娘、ルナエリーゼと申します。あの時は助けていただいて本当にありがとうございます」
淡いピンク色のドレスを纏い、綺麗にハーフアップにした髪を揺らして、ルナエリーゼは可憐な笑みを浮かべてカーテシーをした。そんな彼女の挨拶を見つめていたカトリーヌは、不安そうにレオンハールを見つめる。
(本当に、大丈夫なのかしら?)
レオンハールと和解をし、関係を深めたカトリーヌは改めて彼から妹への挨拶のためにもルミエーレ公爵邸へと伺いたいと申し出を受けた。彼の気遣いに感動しつつも、それでも妹への懸念が残っていて、もちろんと答えつつも動揺が顔に出ていたらしい。何か心配事があるのかとすぐさま問われてしまい、結局妹のことを暴露してしまったのだ。
彼の気持ちはきちんと伝えてもらっているから、今更レオンハールがルナエリーゼに気持ちが傾くとは思ってはいない。けれども、ルナエリーゼがレオンハールに懸想しているのは知っているのだ。それはそれで複雑で、自分のせいで彼女の気持ちを諦めさせなければならないのかと不安だった。
けれども、その話を聞いたレオンハールは少しだけ考える素振りを見せて、カトリーヌが心配している事態にはならないときっぱりと答えたのだ。どういうことかと聞いたが、会えばわかるとしか言ってくれず、この日を迎えてしまった。
「ああ、レオンハールだ。よろしく頼む。私は大したことはしていない。君を助けたのはどちらかといえばこいつだ」
「ウェルソン侯爵の息子、ギルバードです。以後、お見知りおきを。私にもお礼は結構です。あの時にも申しましたが、あそこは私の部下の管轄です。通常通りの巡回をしていて、結果間に合わないような事態だったら話は別ですが、実際は彼らがきちんと仕事をこなしていなかった故に、貴方が怖い思いをしたのです。申し訳ありません」
深く頭を下げたギルバードにルナエリーゼは困ったように手を振った。令嬢らしからぬ所作だが、社交界に出ていないので仕方ないだろう。
「そんな、謝らないでください! ギルバード様のせいではありません!」
「では、私が謝罪をしない代わりに、貴方も私に感謝を述べる必要はありません。それに、私は騎士として当然のことをしたまでです。貴方の身に何も起こらず幸いでした」
深い、森のような緑の瞳を細めて微かに微笑んだギルバードに、ルナエリーゼは顔を真っ赤にした。手を振っていたそれをそのまま止めて、ふらりと体を傾ける。
「ルナ!」
慌てて脇にいたカトリーヌは彼女の体を支えた。小刻みに震えるその体がすごく熱い。もしかして発熱してしまっているのではと心配して顔を覗き込めば、彼女は涙目になりながらどこでもない場所を見つめていた。
「どうしよう、お姉様、胸が苦しいわ」
「どこか具合でも悪いの?」
「違う、違うわ、かっこよすぎるの」
うっとりという言葉が似合うほど感極まった声で囁かれたその言葉を理解することができなかった。反射で問い返してしまい、ルナエリーゼは改めてその気持ちを述べる。
「ギルバード様が、素敵すぎて胸が苦しい」
(……ええええええ?)
まさか妹が恋をしていたのがレオンハールではなくギルバードだったなんて思いもしない。動揺してしまい堪らずレオンハールに視線を向ければ、彼はにっこりと綺麗な笑みを浮かべて見つめ返してきた。
「ギル、この邸内なら多少離れてもいいだろう?」
「ええ、そうですね。ルミエール公爵なら安心できます。ここにいる護衛も手練れだとわかりますし」
「なら、僕はカリンと二人で庭でも散策させてもらおうと思う。お前は心配だし、ルナエリーゼ嬢にお相手をしてもらえ」
そう言われてギルバードは少しだけ戸惑うように二人を見てきた。具合が悪そうなら早々にルナエリーゼを自室に戻した方がいいのではと思ってくれているのだろう。けれども、それを率直に口にすることができずに、狼狽えているようだ。
「それでもいいかな? カリン」
「……ええ! 二人で散策できるなんて嬉しいです。ルナ、ギルバード様をお任せできる?」
「あ、はい! すみません大丈夫です。あの、ギルバード様、お付き合い頂けますか?」
レオンハールが気を遣ったのだと気付いて、ルナエリーゼはようやく自分で立った。まだ顔は赤いが、呼吸も落ち着いている彼女にギルバードも納得したようだ。私でよければと未だに固い口調で頷いた。それにパッと顔を綻ばせてルナエリーゼは庭園が見えるガゼボへと案内を始めた。その二人の背中を見守って、カトリーヌもレオンハールへと近寄る。
「レオン様はどうしてわかったんですか?」
「君はあの時僕達の方にばかり視線向けていたから気付かなかったかもしれないけど、ルナエリーゼ嬢はずっとギルバードを見つめていたんだよ。視線には敏感な方だからね、誰を見ているかくらいわかったんだ。だからあのタイミングで彼女が誰かに恋をしたのなら、きっと相手はギルだろうって思ってね」
「まあ、そうでしたの。私、きっとレオン様しか見ていなかったせいで勘違いしてしまったのね。恥ずかしいわ」
きっと、誰であろうとレオンハール相手なら恋をしてしまう。そんな思い込みがあったことは確かだ。だから疑うこともなく、あの時ルナエリーゼはレオンハールに向けてあの言葉を言ったのだと思っていた。そんな勘違いに思わず俯いてしまえば、隣にいた彼は静かに笑い声を上げた。
「君にそんな風に思ってもらっているってわかったから、僕は嬉しいよ」
「けれど、私の思い込みのせいで、レオン様には迷惑をかけてしまったわ」
「気にしないで……と言っても、君は気にしちゃうんだろうね。それなら、僕の欲しいものを一つ、くれないかな?」
それでお詫びになるのなら喜んでと彼を見上げて頷けば、途端どろりと甘い空気を発して彼は微笑んだ。そっと頬を触れられて顔を近付けてくる。
「……ッ、あの」
「口付けを、しても?」
まさかそんなことを要求されるとは。先ほどのルナエリーゼ以上に顔を赤らめて硬直する。返事もできずに棒立ちになるカトリーヌに、勝手に是と判断したのだろう。グッと腰を引き寄せられた。
「ふぁあ、あ、あの、殿下、近い!」
「キスをするんだ、当たり前だろう? それとも、嫌かい?」
「いいいいいや、なんて、そんな、ことは」
でも、もう少し待ってほしい。心臓が飛び出てしまいそうだと口にしたいのに声はもう出ない。あうあうと情けなくも意味なく口を動かすばかりだ。じわりと涙目になったままレオンハールを見つめれば、彼は僅かに頬を染めて一瞬視線を外した。
「ちょっと刺激が強いな、その顔は」
「え?」
「いや、何でもない。それで、準備はできた?」
「えええ、まって、まだで――っんぅ」
いいと言っていないのに、結局レオンハールは無理やりに唇を奪っていった。ただ押し付けるようにした口付けは、味なんてするはずもなく。けれども、お互いの熱と感触を残していくそれに、カトリーヌは限界を超えて腰を抜かした。
その後、落ち着くまでソファーの上でレオンハールに横抱きされるという羞恥を味わうことになるのだった。
これにて王太子殿下×公爵令嬢のお話は終わりです。
あらすじに既に書いてしまっているからネタバレになってしまいますが、ようやく次にメイン主役の恋愛に入ります。
次もヒロイン(王女)視点です。
新入生が入る時期になりますので、キャラが増えるのと、ヒロインの立場上から文字数が嵩む予定です。同じく三万文字を考えてましたが、ヒロインと主役の邂逅からして5000文字近く使いそうなので既に諦めて長編に意識を切り変えております。
なるべく年始あたりに更新できるよう頑張ります。