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ちなみに、この古事記も故郷では知ってる人と知らない人とがいる。
同じヲタクでも知らない人結構いたなぁ、そういえば。
アレはちょっと意外だった。
いや、イベントとかで知り合った人とか、故郷のSNSのタイムラインにいる人とかは知ってる人しかいなかったから、そうなってくるとヲタクにとっての必須科目なんだろうなと勝手に思っていた。
そうじゃないと知った時は本当に驚いたものだ。
今、話の流れで出た陰陽五行説だってそうだ。
私の場合は陰陽師をそのままタイトルにした小説にドはまりして、さらに中二病も発症したもんだから狂ったように調べまくった時期があったから覚えていただけのことだ。
一応、異能力もといスキルとかギフトとか呼称されている特殊能力【インスペクト】を使って確認しながら説明はした。
「もともと、私の故郷の神話でも桃というのは邪気を払う神聖な果物とされていたんです。
だから、鬼退治には桃なんです。
それと退治される鬼も、病気とか厄災とかそういう悪いものの比喩だったんじゃないかとも考えられています」
いわゆる瘟鬼というやつだ。
瘟鬼とは元の世界だと、中国に伝わる鬼神あるいは妖怪のことだ。 疫病、疱瘡を引き起こす存在とされているらしい。
「へぇ、モンスターには聖水みたいなものなんだ」
常連さんが呟く。
「そういうことですね。まぁお神酒なんてのもありますけど」
要は日本酒、清酒のことだ。
そんな風にまぁ和気あいあいと常連さんとのおしゃべりを楽しんでいたところ、来客があった。
カランカランと扉につけられたベルが音を鳴らす。
私が反応するよりも早く、リオさんが立ち上がり接客に向かった。
その際に小さく、こう呟いたのが聞こえた。
「おや、これは珍しい」
その呟きに、私もなんとなくその客を見た。
たしかにちょっと珍しいタイプの亜人だった。
私が珍しいなと感じたのは、その客の容姿だった。
鬼人族、にしては角の形が違う。
鬼人族の角は常連さんもそうだが牛のように左右から上、もしくは前方に突き出すように生えているのに対して、いま店に入ってきた客の角はまるでヤギのように後方へ巻くようにして生えていた。
しかし、ヤギの亜人かと聞かれれば耳も尻尾もない。
いや、尻尾はあった。
だけど、ヤギのそれとは別の黒く細いひょろりとした尻尾だった。
尻尾の先は矢印のように尖っている。
その客は男性だった。
ルキウスさんよりも、そしてリオさんよりも年上で、常連さんよりも年下、三十代くらいの男性だった。
常連さんはカップの中が空になっていたことに気づいてお代わりを要求してくる。
「ミルクたっぷりでお願いね」
「わかりました、少々お待ちください」
私はカップを受け取り、厨房へ引っ込もうとした。
しかし、リオさんに好きな席へどうぞと促された客が、私に歩み寄って来たかと思うと、声を掛けてきた。
「貴方が聖剣の新しい主ですね?」
その声には確認というよりも、確信している色が強いように感じた。
ルキウスさんから広まったんだろうか。
男性は恭しく頭まで下げてきた。
普段は、こんな仕事をしているものだから頭を下げるほうが多いので面食らってしまう。
思わず、
「へ?」
そんな、自分でも間抜けだと思えるほどの声が漏れてしまった。
男性は下げていた頭を上げて、リオさんへ振り向くと、丁寧に訊ねた。
「すみません、彼女と話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
リオさんは苦笑しながら答えた。
「うちはそういう店じゃないんですよ」
「えぇ、そうでしょうね。
ここは、飲食店です。もちろん重々承知していますよ。
コーヒーをお願いします。ホットで、あ、ミルクと砂糖は無しでお願いします」
男性はリオさんへそう伝える。
注文を受けたリオさんは、
「コーヒー、一つですね。ありがとうございます。
ヒカリちゃんは?
長くなりそうだし、何か飲む?」
男性に返しつつ、私にも聞いてきた。
男性が口を挟む。
「私が出しますので、どうぞ好きなものを頼んでください」
えぇ~、知らない人から物をもらっちゃダメって言われて育ったからなぁ。
ちょっと抵抗があるんだけど。
でも、ま、普段働いてる場所だしなぁ。
「それじゃ、お言葉に甘えて。
リオさん、メロンフロートをお願いします」
人によってはクリームソーダと呼ばれる飲み物だ。
リオさんは私の注文を受けると、短く了解と返して厨房に引っ込んでしまった。
私は身に着けていたエプロンを取って雑に畳むと、それを手にしたまま男性に促されるまま席についた。
四人掛けのボックス席である。
男性とはテーブルを挟んで向かい合う形になる。
リオさんがお冷を先に持ってきてくれた。
「ごゆっくりどうぞ」
マニュアル通りのセリフを口にして、また厨房へ戻ってしまう。
男性は、ゆっくりと口を開いた。
「まず、自己紹介からさせてください。
私は、リュシフェルと申します。見ての通り、魔族です」
マジか。
悪魔じゃなくて魔族なのか、この人。
「……へぇ」
「微妙な反応ですね」
「そうですか?」
「そうですよ」
いや、私魔族なんです、なんて初対面で言われても困るというか。
「魔族って絶滅してなかったんですね」
私の返しにリュシフェルと名乗った魔族さんが苦笑した。
「えぇ、幸いにも魔王様が滅んでそれなりに経ちますが、生き延びています。
数は、少ないですがね。
さて、今日こうして貴方に会いに来た理由ですが、単刀直入にお聞きします。
貴方は聖剣をどうするつもりですか?」
???
「どうするもこうするも、お金に換えますよ?
元々、そのつもりで暗号解読に参加してましたし」
「……つまり、初めから聖剣に執着していない、と?」
「はい。
最初の暗号だって、バイトの後輩から、先輩解けませんか? って話を持ってこられて試しに挑戦したら解けちゃっただけですし」
リュシフェルさんは、私をまっすぐにじぃっと見る。
こういうのを凝視と言うのだろうなぁ。
なんてのんびりと考えていた時だった。
リオさんが、ホットコーヒーとメロンフロートを持ってきた。
それらを、私とリュシフェルさんの前にそれぞれ置く。
そして、また厨房へ戻っていく。
「えーと、察するに」
私は、メロンフロートのアイスへ一緒に置かれたスプーンを手にしてぐさりと突き刺した。
そして、そのままスプーン駆使してアイスを掬い取る。
「リュシフェルさんは、聖剣が欲しい人ですか?」
言って、掬い取ったアイスを口に運ぶ。
うん、冷たくて甘くて最高だ。
「そうですねぇ、私が謎解きに挑戦していたなら、きっと欲しいと言っていたことでしょう。
でも、それは無理です。
あの剣は人を選びます。
こうして私が貴方に確認しているのは、貴方が魔族滅ばすために動くのではないかと考えたからです」
えー、それはちょっとおかしいことになる。
「それなら接触してこなければ良かったんじゃ?」
魔族について、私はすでにこの世から消え去ったものと思っていた。
つまり、リュシフェルさんがこうして、
「どーも、魔族です」
と言って現れなければ、知らないままでいたはずだ。
私の疑問に、リュシフェルさんが少し悲し気な顔をして答えてくれた。
いや、説明してくれた。
「そうですね、そうするのが本当なら一番良かったんでしょう。
でも、万が一のことを考えて私はこうして貴方に会いに来ました。
貴方の存在を知ったのは、今から数日ほど前のことです。
最初の暗号を解いた者がいる、この情報はいまだ隠れて暮らさなければならない私達魔族の元へももたらされました。
暗号を解いた者は聖剣の所有者になる可能性がとても高い。
本当なら暗号すらも失われ、誰もその所有者になることなどないとされていた伝説の剣です。
だけれど、どんな運命の悪戯か暗号が発見され、さらにそれを解く者まで現れてしまった。
こうなってくると、また私達魔族を狩る動きが激しくなってしまうかもしれない。
そんなことになれば、今度こそ魔族は滅んでしまう。
そして、恐れていたことが起きてしまった」
うーん、そこがわからないんだよなぁ。
あと、聖剣がデリバリーされたのは昨日の夜なんだけどな。
昨日の今日でリュシフェルさんが現れたことを考えると、魔族の方には聖剣が誰かの手に渡った時に何かしらそれが伝わるようになっているのかもしれない。
「なんか、今でも魔族狩りは継続中みたいな言い方ですね」
私はメロンソーダをストローで吸い上げ口に含み、甘さを味わってゴクンと飲んだ。
うん、おいしい。
「その通りです。
表向きは、我々魔族はすでに滅びたとされている種族です。
でも、いまだに魔族狩りは続いています」
へぇ、そうなんだぁ。
「なんか、大変ですねえ」
「えぇ、ただ生きる、それだけのことがとっても大変なんです。
そう、とっても、とってもね」
表向きは、ということは、つまり世界の裏側では魔族狩りをする組織なんかが暗躍してるんだろうなぁ。
私はヲタクだからその辺詳しいんだ。
リュシフェルさんは、さらに続ける。
「貴方は聖剣を手放すつもりのようですが」
「えぇ、最初からそのつもりでしたから。
お金が欲しいんです」