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「桃太郎、が正解でした」
常連さんが聞きなれない単語にこの前と同じ反応をしてくる。
「モモタロー?」
そう、それが墓標に刻まれた暗号、もしくは問題文の答えだった。
オーガ、つまりは鬼人族の常連さんが【桃太郎】の名を口にしている現状に、なんとも奇妙な気持ちになる。
私は桃太郎について説明した。
故郷では有名すぎるほど有名な、フィクションの中のキャラクターであること。
桃太郎のお話の中では、こちらの世界では魔王や魔族にあたる、鬼が悪役であること。
それらを興味深く常連さんは相槌を打ちながら聞いてくれた。
「なるほど、完全なフィクションの勇者物語というわけか」
こちらの世界では、勇者の物語は実際にあったことをお話にしている。
だからノンフィクションといえるのだろう。
しかし、私の故郷では魔族はいないし、モンスターもいない。
だから桃太郎の物語は、完全なる作り話、フィクションとされている。
と、そこで常連が気づいた。
「え、まってまって、ちょっと待って?」
「はい?」
「なんで正解ってわかったの?」
「そりゃ、聖剣がデリバリーされたからですよ」
いやだって、本当に注文したら届いたみたいな感じだったんだもん。
「んん??」
「いや、昨日の夜、撮った墓標の画像見ながら、つい『これって絶対桃太郎だよなぁ、答え』って呟いたんですよ。
そしたら聖剣が降ってきました。
布団被ってたからよかったものの、腹に直撃しましたよ。
あ、仰向けで寝てたからなんですけどね、腹に当たったの」
まぁ、腹だけじゃなくて結構長かったから、柄はオデコと鼻に当たってしばらく痛みにのたうちまわってしまった。
鼻血も出たし、しょっぱなから所有者の血を吸う聖剣とか聞いたことないよ、ほんと。
まぁ、所有者の血って言っても鼻血だったけど。
あと目に当たらなくてよかった。
常連さんがなんとも言えない複雑な表情をしている。
しかし事実なのだから仕方がない。
「いま、仕事中なんで画像を見せられないのが残念です」
勤務中は基本的に携帯は使用禁止となっている。
「それは自分も残念だ」
「ま、とりあえずこの前みたいになんでこの答えになるのか、知りたくないですか?」
「それは、とても知りたいかな」
常連さんが答えた時、リオさんが出来立てのモーニングを運んできた。
途中から話をきいていたのか、リオさんは運んできたモーニングを常連さんの前に並べながら、言ってきた。
「俺も興味あるな、その話」
こんな絶世の美女の外見をして、一人称は【俺】なんだよなぁ、リオさん。
ただ客に対しては基本【私】だけど。
まぁ、多様性の時代だから気にしないことにしよう。
「どうせ他に客もいないんだ。たまにはこうしてのんびりするのもいいだろ」
店としては大問題な気もするが、店長が良いと言っているなら良いのだろう。
店長が近くのカウンター席に座る。
私は一番近くにあった客席の椅子を引っ張り寄せて、腰を下ろすと説明を始めた。
「まず、墓標に刻まれていた暗号、問題文についてです」
私は暗記していた件の文章を口にする。
【川から流れし英雄。
流れ流れてここには居らず。
去り行くが運命。
二度と帰らじ】
「この文章自体がどんな英雄なのかを表していました。
続く文で、これに該当する英雄の名を答えろとあります。
そうすれば、聖剣は次の主を見つける、これは、話は前後しますが届くという意味でした。
続く単語に【N E W S】があり、これはダメ押しのヒントだったんだと思います
さて、この文章の中には変換が必要なんですが動物が隠れてるんです」
常連さんが首を傾げる。
「動物?」
「はい。動物です」
常連さんが私を見て、それからリオさんを見た。
リオさんは、少し考える素振りをしてからこう答えた。
「犬、猿、雉か。
なるほど、だから【桃太郎】なのか」
おおお、この人本当よく知ってるな。
常連さんだけは訳が分からないとばかりに私達を交互に見ていた。
私は説明する。
「さっき簡単に桃太郎のあらすじを説明しましたよね。
もう少し詳しく説明すると、桃太郎には仲間がいたんです。
鬼退治をするための仲間が。
それが、犬と猿と雉でした。
問題文とヒントから察するに、おそらく問題を考えただろう勇者は桃太郎にまつわる都市伝説を含めたいろんな考察を取り入れたんだとおもいます」
私はそこでいったん席を立ち、厨房に行って二人分のお冷をグラスに入れて持ってきた。
その一つをリオさんに渡し、私は残りの一つを手に元の椅子に座る。
一口飲んで、喉を潤してからさらに続ける。
「川を流れる英雄だけだったら、他にも一寸法師なんて話もあります。
でもわざわざ、変換しなければわからない動物の名前を問題文に取り入れた。
ただ、桃太郎の話の場合育ての親の祖父母が実は父母だったっていうバージョンの話もあるので、正直どっちかなって迷いました
で、なんで仲間が犬猿雉なのかという話ですが、諸説あります。
順番に説明すると。
まず川に流されたというのは水子や間引き説から持ってきたんじゃないかと思うんです。
それらの言葉はこちらの世界にもありますよね?」
私から出た言葉に、常連さんが真顔になった。
私は構わず続ける。
「昔、まだまだ故郷に貧しい村があったころのことです。
その頃、育てられそうにない赤子や子供を間引いていたそうです。
で、川が村の近くにあったり、村の中を流れていたりする場所だと、その間引いた子供を川に流したそうです。
桃太郎はそんな流された子供だったのでは、という説をこの問題文では採用したのでしょう。
犬は居ぬ、つまりここには居ない。
猿は去る、つまりここから去ってしまった。
雉は帰じ、つまりここには帰ってこない。
つまり桃太郎が仲間にした動物は、そうやって流された子供を暗示している、または連想させる言葉に変換できるんです」
「へぇ。
じゃあ、ヒントの【NEWS】もそれにつながる意味があるってことかい?」
私は首肯した。
「ええ、なんで桃太郎の仲間が犬猿雉だったのか?
さっきも話しましたが諸説あるんです。
そのうちの一つが、先ほど話した水子間引き説。
それとならんで一部で有名なのがもう一つの説です」
常連さんがわくわくと話を聞きつつもモーニングのパンとサラダを貪る。
美味しそうに食べるよなぁ、この人。
「さてここでクイズです。
このヒントの【NEWS】って何を表していると思います?」
いきなり話を振られて、常連さんがトーストされたパンを頬張りながら目をぱちくりさせた。
しばらく口の中のパンをもごもご咀嚼して、ごっくんと飲み込む。
飲み込んですぐにコーヒーに口をつけた。
そのコーヒーも飲んでから、常連さんは口を開いた。
「そんないきなり言われても」
「ヒントです。とても身近なあるものです」
言われてしまえば、『あー、はいはい』ってなるやつだ。
しかし、逆に簡単過ぎるからか常連さんは思いつかないらしい。
どうも難しく考えすぎているようだ。
見かねたのか、それとも話を早く進めたかったのか、リオさんが口を挟んだ。
「東西南北、でしょ?」
リオさんの言葉に、常連さんもポンっと手をたたいた。
「あ、ああ、はいはい、つまり方位のことか!」
「正解です」
そう、ヒントの【N E W S】はそれぞれ東西南北を表していたのだ。
そのためか、刻まれてたヒントは文字と文字の間隔があいていた。
Nは北。Eは東。Wは西。Sは南。
これだけで、同郷の、仮に私のようなヲタクでなくてもピンとくる人はいるだろう。
知ってる人なら、知ってる知識だからだ。
昔の日本の方位、それは干支、つまり動物と幻獣の名前であらわされていたのだ。
もっと言うと陰陽五行説につながるのだけれど、ダラダラと長くなってしまうからなぁ。
この説明でいいだろ。
ここから、桃太郎のお供と退治される鬼について考察する事ができる。
「昔の方位で北東は丑寅と呼ばれ、この方角は何か悪いもの、邪悪なもの、忌み嫌うものとされていた【鬼】が出入りする方角だと考えられていました。
この対局にあたるのが、未申、つまり南西の方角なんです。
画像があればわかりやすいんですけど、今回は口頭で勘弁してくださいね。
さて、この南西の方角に割り当てられていた動物というのが猿と鳥と犬なんです。
雉は鳥の種類になるのと、故郷では国鳥に指定されている鳥でもあります」
あと本当は猿は申、鳥は酉、犬は戌表記になるが、これも説明するのが面倒だし、これでいいだろ。
「ふむふむ」
「で、この対極の方は【裏鬼門】とも呼んでいたそうです。
それで、鬼退治、鬼を封じるために必要な仲間としてその役割を与えられたのが犬猿雉だったんです」
「あれ? 陰陽五行説は無し?」
ぐはっ!
リオさん、せっかくめんどくさいから端折ったのに、そこ突っ込んでくるのか。
常連さんはまたも首を傾げている。
耳慣れない言葉だもんなぁ。
さて、どうやって説明したもんか。
「こっちの世界でいう魔法の属性みたいなもんですよ。
詳しく説明すると、万物を陰と陽に分けて、森羅万象、この宇宙に存在する全てのものの構成要素である木、火、土、金、水の五つが時計のように循環して変化するって考え方。
で、この五つも話に出てたヒカリちゃんの故郷の昔の方位に割り当てられていたとかなんとか。
で、これを四季の変化やそれこそ今でいう時計の時間として割り当てていたりして、これらに対応する色や、果物もあるとか聞いたっけ」
ほんとリオさんすげぇな、こっちの人なのにそんなことまで知ってる人中々いないぞ。
というか、ほんと好きで覚えている人でもないと、同郷の人でもそんな説明できないんだが。
「果物、あ、まさかそれが?」
常連さんが呟いたかと思うと私を見てきた。
「ええ、その中にあるんですよ、桃が」
ちなみに陰陽五行説を加えて考えると、金行の方向に猿鳥犬が配置され、対応する果物は桃となっている。
個人的には古事記元ネタ説が好きだ。
夫婦喧嘩の末に奥さんの部下に桃を投げつけるという、イザナギが逆切れを起こした、あの話である。