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そう言うや、ルキウスさんが歩き始めた。
手を繋いでいるので、私もそれに続く形で足を動かすことになる。
「その前に手、離して」
「えー、でも先輩めっちゃ手震えてたじゃないですか。
もう大丈夫なんですか?」
「そりゃ怒りで震えもするよ、私あの子ら大嫌いだし」
少なくとも、一方的な理由を利用してあることないことを流布され、貶されてそれでも仕方ないよねで済ませるほど私も人間ができていない。
何なら、苦しんで死んでほしいとまで思っている。
リオさんに拾ってもらえたからよかったものの、それが無かったら野垂れ死んでいた可能性が高い。
あ、お金も欲しいけどあいつらを見返せると思うとめっちゃやる気出てきた。
しかし、ルキウスさんちょっと気になること言ってたな。
企業に元同級生たちが雇われているとかなんとか。
最初の暗号を持ってきたときも、転移者ですら解読に手こずってるとか言ってたような。
それが、あの元同級生たちだったという事だろうか.
実際解読に挑んでるようだし、ルキウスさんの問いかけに対しても否定はしていなかった。
でも、現代の転移者は他にもいるからなぁ。
私のように集団転移してきた例が他に無いとも限らない。
そのあと、この町で開発、開拓の度に土の下から出てきた物が展示されている記念館へ足を運んだ。
聖女の墓から出てきたらしい装飾品のいくつかも展示されていた。
元の世界でも、エジプトのファラオの墓を暴いた人たちが呪われて死んだとかいう都市伝説があったけど、こっちの世界にはそういうのは無いのだろうか?
しかし、聖女の墓とされているだけあって、宝石などもあったようだ。
逆に発掘者が懐に収めなかったのはすごいな。
そういう時は労働力の比較的安い現地民を雇う。
でもちょっとずつその労働者に発掘された金目の物は盗られるという話を聞いたことがあった。
本当かどうかは知らないが。
「手、離さないなら」
「なんです、セクハラで訴えるとか言いますか、先輩?」
「ルキウスさんはロリコン野郎だって言って、商店街に噂流します」
「冗談に聞こえませんよ!」
「そりゃ、半分本気だし」
「せっかく先輩の代わりにおちょくったのに、ひどくないですか?」
そこでようやくルキウスさんが手を離してくれた。
「その点はありがとう。
でも、あの場で解かなくてよかったの?」
もしかしたら、先を越されるかもしれない。
まぁ、真っ先に逃げようとした私が言う権利はないけれど。
「あー、そのことですか」
むっふっふっふ、とルキウスさんが自分の携帯端末を操作して、なにやら検索した画面を見せてきた。
それは、いまいる聖女の墓を紹介するホームページで、墓標についての記載があったが、どこにも私たちが見つけたメッセージのことは書かれていなかった。
さらに、画面を操作して今度はとある動画サイトを開いて二年前にこの場所に旅行に来た人のレビュー動画を再生しだした。
動画にはまさにさっきの墓標が映し出され、私たちと同じように柵にそってぐるりと墓標を一周して撮影されていた。
裏側も当然映っていたのだが。
「あれ? 暗号が無い」
私は立ち止まり、先ほど自分で撮影した画像を見直す。
ルキウスさんも立ち止まった。
そこには、ちゃんと暗号が刻まれた墓標が写っていた。
「え、これって」
私の反応に、ルキウスさんがニヤニヤしながら言ってきた。
「どういう仕掛けなのかはわかりませんが、どうもちゃんと一から解いていかないと見れない仕様になってるみたいです」
なるほど、当てずっぽうだと暗号は見えない仕掛けなのか。
でもルキウスさんが見えている、ということは、解読者がどうやって解読したのか解説した相手には見えるようになる、ということだ。
「いやぁ、旅行先の予習ってのも大事ですね」
なんて呑気なことを言っているが、いや、あの子らが普通に最初の暗号を解いてここに来たって考えはないのだろうか。
私はそう訊ねた。
すると、
「いやぁ、でも、先輩ですら確認のためにカンニングするような答えをいちいち覚えているような子たちには見えなかったし、何よりも解読されたなら絶対どこかしらでその情報が流れて来ると思うんですよねぇ。
でも、それがない」
いや、本気を出して情報を隠蔽している可能性だってあるのに。
でも、ま、いいか。
「なんなら戻ってみます?
もしも、さっきの修学旅行生、じゃなかった聖剣捜索隊が『暗号なんてねーじゃん!』『あの嘘つき野郎!!』とか騒いでたら、最初の暗号を解いてなかったってことになるし。
騒いでなかったら、ちゃんと手順を踏んでここまで来たってことになりますし」
戻るかどうか、ルキウスさんが訊いてきた。
私は思い出すだけで胃がキリキリしだしたので、
「いや、言われてみればそうかも。
今じゃなくていいや。
記念館の後でもう一度寄ろう」
そう返した。
そして、記念館に行き、一通り見てさて出ようとしたところで、気づいた。
出入り口のすぐそばが売店になっていて、キャラクター化された聖女のぬいぐるみやお土産の箱入りクッキーやら饅頭やらが売られている。
こういうのって異世界関係ないんだなぁ。
リオさんにお土産で一つ買っていこう。
これが良いかな?
クッキー十八枚入り。
これなら、平日の夜とかに入ってる他のバイトの子の分もあるし。
うん、よし、これにしよう。
お土産も買って、もう一度墓標のほうへ行こうとしたら何やら花火のような爆発音が聞こえてきた。
記念館から出ると、丁度墓がある場所から土煙が上がっているのが見えた。
同時に遠くからけたたましいサイレンの音が聞こえてくる。
こういう場合ふつう逃げるのがセオリーだ、しかし、気づけば私は墓標のほうへ走り出していた。
墓標のところへたどり着く。
ほんのちょっと前まで石畳が敷かれ、厳かな空気すらあったいうのに、あちこちに魔法で地面を抉った跡があった。
私達がやってくるよりもはやく警察や消防が到着していた。
警察官と揉めているのは、元同級生達。
察するに、暗号が解けなくて癇癪でも起こして強硬手段に出た、というところだろうか。
たしかに、掘れば出てくると考えるのはふつうだ。
しかし、ここは公共の場だ。
そんな場所でこんな破壊活動などしたらどうなるかくらいわかっていただろうに。
となりで、ルキウスさんがあきれた声を出した。
「先輩の元お仲間さんって、常識ないんですか?」
なんて答えてみようもない。
「……こっちに来てからなくなったのかも」
そうとしか思えなかった。
でも、すぐにでもここから離れたほうがいいだろう。
警察の人たちの邪魔になるだろうし。
私達は爆発によって集まってきた野次馬の中をかき分けて帰路についた。
そして、あー疲れた疲れたと、シャワーを浴びてさぁ寝ようとしたときに気づいた。
「ルキウスさんに、墓標の暗号の答え言ってない」
ま、いいか。
どうせ明後日にはまたシフト入ってるし。
そう考えなおして私は眠りについた。
さて、観光から一日おいて出勤すると開店と同時に、オーガの常連さんがやってきた。
どうやら、ルキウスさんに新しい暗号のことを聞いたらしい。
いやでも、アレは暗号でいいんだろうか?
どちらかというとクイズの部類に入るような……。
ま、いっか。
どっちでも。
謎は謎だ。
どうせこの時間はいつも暇だ。
話すだけなら数分で終わる。
ルキウスさんは大学なので来ていなかった。
常連さんはモーニングを頼んで、奥で注文を受けたリオさんが用意を始める。
他に客はいないので、私は常連さの頼んだモーニングが運ばれてくるまでの時間を、暗号の説明で潰す事にした。
もちろん他の客がくればちゃんと仕事に戻る。
「英雄ねぇ、で、その英雄の名前ってなんなの?
ヒカリさんの故郷だと有名な名前だとは思うけど」
常連さんが興味津々に聞いてくる。
「ええ、その通りです。
まず、前提条件として私のような転移者、それも同郷の者ならだれにでもわかるだろう名前になります。
直接的にその名前を言え、と刻めば話は早かったのにそうしなかったのは、ちゃんと知ってる人に聖剣を受け取ってほしいんだと思います。
現に、あの日遭遇した元同級生たちはまだ解いていませんし。
最初の暗号で躓いていると思われます。
それ以外の転移者が解いた、という話も聞かないので、おそらく十中八九、勇者は聖剣を私のようなヲタクに託したかったんじゃないかと思うんです。
もしくはそういう知識を持っている者なら安心して託せると思ったのかもしれません。
本来なら、そういう象徴的なものは次世代、自分の子供へ託すものだと思うんです。
でも、そうなっていない。
勇者に子供はいたみたいですけど、その子供に受け継がせなかったのは死後の権力争いの火種になることを嫌ったからかもしれません」
これは、昨日なんとなく思い立って図書館に行って調べたことだった。
そういえば、昨日は普通にこの前読めなかった勇者関連の本を読めたんだよなぁ。
ラッキーだった。
まぁ、勇者の子供云々はその資料の中にあった。
魔王を倒した傷がもとで亡くなった勇者だが、仲間の懐妊は知っていたようだ。
いつ仕込んだのかとかそういうのはさすがに書かれていなかったが、亡くなった後に生まれていることから考えて、療養中に励んだのかなとは思う。
面白い、と言ってしまうと不謹慎かもしれないが千年前の人間のことだ、別にいいだろう。
子供は第一夫人と第三夫人の間にできて、第二夫人との間には子供はいなかったようだ。
出来なかったのか、それとも作らなかったのか。
ただ、勇者の死後に第二夫人はボランティア活動に精を出して、その活動の中孤児を養子にしていたようだ。
これについてはいろいろ考察できるが、いまは後回しである。
「それで答えですけど」
私はまず、墓標に刻まれた謎の答えを口にしようとした。
解説はそのあとでいいだろうと思ったのだ。
常連さんが、お冷で喉を潤して私の話に耳を傾けた。