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「なんだ、解いた人居たんじゃん」
どこの誰がとかは明言されていなかった。
でも私以外に、それも同時期に暗号を解いた人がいるなんて、偶然って起こるときは起こるし、ある時はあるんだなぁ。
などと呑気に考えた。
今日は休みなので、朝からダラダラとどこの誰が暗号を解いたのか出ていないかなと興味本位で調べ始めたのが運の尽きだった。
てっきり私を役立たず扱いして放逐した転移者か、もしくは見ず知らずの転移者かなと思っていたのだ。
その興味本位で抱いた疑問の答えは、後輩であるルキウスさんからの連絡で明らかになった。
まぁ、私だった。
電話の向こうから後輩の声が届く。
ネットへの拡散の経緯はこうだった。
昨日話を聞いていた常連さんが、リア友とSNSでやり取りをした。
やり取りの内容は世間話だったが、常連さんがリア友に暗号のことを世間話の延長で話したらしい。
もちろんどこの誰が、というのは濁して。
不特定多数が見られる設定にしていたから、その辺は気を付けてくれたらしい。
そもそもフォロワー数も片手で数えられる人数しかおらず、今までバズるなんてこともなかったから、まさかそんな世間話が拡散されてしまうとは、まったく予想外のことだったようだ。
驚いて、常連さんはネットネイティブ世代のルキウスさんへすぐに連絡を入れたらしい。
なにしろ短時間で、身に覚えのない誹謗中傷を書き込まれるくらい騒ぎが大きくなりつつあったのだ。
いわゆる、炎上というやつだ。
とりあえず常連さんは、ルキウスさんの指示に従ってすぐにそのアカウントを停止させた。
SNSの運営にも連絡をいれたらしい。
幸いだったのは、常連さんが書き込んだ内容が【話題になってる暗号、解いた子知ってるよ】で終わっていたことだった。
常連さんのリア友も、そういうのに興味がない人で反応が薄かったというのも大きいだろう。
ルキウスさんの説明では、【ふーん】で終わっていたらしい。
そんな薄い反応で終わらなかったのが、暗号をガチで解こうとしている人たちだった。
なにしろネットで解読者を募っているくらいだ。
ガチ勢が絡んできても不思議ではない。
ネットには嘘も本当も入り混じっているのだから。
そして、人の性質としてライバルが現れそうになったら足を引っ張るのはリアルでもネットでも同じなのだ。
リアルで突撃されて嫌がらせ受けたらどうしよう。
そんな私の不安をよそに、ルキウスさんがこう提案してきた。
『とりあえずここまで事が大きくなってるなら、さっさと聖剣手に入れちゃいましょう!』
簡単に言ってくれるなぁ。
つーか、この人も少しは頭使えばいいのに。
しかし、本気で聖剣探しをするとなると、もう少し私は暗号を残したとされる勇者について調べたほうがいいのかもしれない。
転移者としては先輩にあたるのだし、暗号から察するに、どうやらその勇者は私と同じ属性の人間のように思えて仕方ないのだ。
中世時代の勇者たちが遺したものは、身に着けていた武器や防具なんかは残っていたり、たまにダンジョンで見つかったりする。
しかし手記などは長い歴史の中で失われてしまったため、この暗号以外は今のところ発見されていない。
しかし、数こそ少ないものの勇者とともに旅をしたとされる者たちの日記や手記、数十年後に当事者に聞いて書いたとされている回顧録なんかが博物館に収められている。
数が少ないのは、焼失を免れたからだろう。
本当はもう少しそういったものが書かれていたはずだ。
そして、資料や簡単なそういったものの内容を調べるなら図書館で調べられる。
「暇だし、久しぶりに行こうかな図書館」
正直、本当に聖剣があるとは考えていない。
でも、暇つぶしにはちょうどいい。
その呟きは、電話の向こうのルキウスさんにも聞こえていたらしい。
『図書館?』
そう訊き返してきた。
理由を説明すると、
『なら、明日はお店定休日だし、一緒に行きましょうよ、先輩』
そんな提案をされた。
そこで私は気づいた。
あ、そっか、私、二連休だったんだ。
しかし、
「え、なんで?」
わざわざルキウスさんと一緒に行く意味がない。
調べた結果や考察なんかは、今度一緒のシフトの時にでも言えばいいだけだ。
『なんでって』
ルキウスさんからあきれたような声が漏れた。
『わかったことは、すぐ知りたいじゃないですか』
それもそうか。
お昼過ぎ。
私は図書館にて、片っ端から暗号を作った勇者関連の資料をあさろうとした。
しかし、ほとんどが別の人に読まれている最中だった。
持ち出し禁止の本ばかりだから、ここで読むしかないのだ。
「困りましたね」
ルキウスさんが本当に困ったように漏らした。
でも、大丈夫。
私は困っていない。
なぜならヲタクだから。
こういう時は、別の方向から調べればいいと知っている。
問題はその資料が果たしてあるかどうかだ。
私は受付で本を探してくれた司書さんに訊ねた。
「この大陸の地図はありますか?」
ヲタクの素人考えだが、何もやらないよりはマシだ。
地図はあるらしい。
そのコピーをお願いする。
最近のものでいいだろう。
いや、念のためになるべく古いものもコピーしてもらう。
「え、地図?」
ルキウスさんが首を傾げた。
そんなルキウスさんに、私は旅行雑誌を持ってくるように頼んだ。
「雑誌、ですか?」
「そ、勇者の墓がある場所は観光名所になってるから、その墓がある町や都市の旅行雑誌ね」
ルキウスさんが言われた通りに雑誌を取りに行く。
その間に地図のコピーが終わり、手渡される。
念のために筆記用具持ってきてよかった。
そこでルキウスさんもちょうどよく戻ってきた。
自習室にそれらを持って行って、なるべく他の人の邪魔にならない隅の席を陣取る。
自習室の机にコピーしてもらった地図と、旅行雑誌を並べる。
筆記用具の赤ペンをだして、私は墓がある場所、町やら都市やらにチェックを入れていく。
雑誌に掲載されていた、墓の場所は全部で五つ。
国外と国内、あちこちに散っているように見える。
この中に本物があるのか、それともないのか。
いや、ある、という前提で考えよう。
今度はその場所に関する情報をネットで検索する。
携帯あるとほんと便利だ。
マナーモードにして、通話さえしなければこの自習室でも携帯は使えるのだ。
五つとも、勇者に縁のある場所だった。
五つのうち三つは、その勇者がそれぞれの嫁さんと出会った場所だ。
英雄は色を好むというし、ハーレムを作りたいという男の願望もあったのだろう。
だが、嫁さんたち全員が勇者の墓に入らず、嫁さんの墓にそれぞれ勇者が一緒に弔われている、というのもなかなか奇妙だった。
そういえば、墓にばかり気がいってしまっていて、肝心の勇者の最期はどうだったのだろう?
これはわざわざ調べなくても、いつの間にか椅子を引っ張ってきて座り、携帯を弄っていたルキウスさんに聞いたらすぐにわかった。
「勇者の最期、ですか?
たしか、魔王を倒した後、仲間だった王女様、そして仲間になった女の子たちと結婚して末永く幸せに暮らした、とお話しではそう終わってました。
実際は、魔王との戦いの傷がもとで亡くなったらしいです。
その看病をかつての仲間たちがしたとか、してないとか」
どっちなんだ。
あとハーレムENDかよ。
「で、勇者が亡くなった後。
遺品整理して、嫁さんそれぞれが勇者の形見をもらって、嫁さん達が死んだときにそれぞれの墓に勇者の形見が埋葬されたとか」
聞いてもいないことを説明してくる。
しかし、やけに詳しいなと思って彼を見れば携帯で検索して出てきた内容を読み上げていただけだった。
「その土地の観光案内サイト行くと書いてあるっすよ」
案内サイト、あー、そうだ、そっちもあるんだった。
しかし、そうなると勇者の墓じゃなく嫁さんの墓なんだよなぁ。
だが、ここで私の錆びついていた女の勘が働いた。
私はルキウスさんに訊いた。
「その三人の嫁さんの中で、一番愛されていたのは誰?」
ルキウスさんが、目を丸くした。
「正妻ってことですか?」
「まぁ、わかりやすいのは正妻か。
うん、正妻でいいよ」
「なんか、引っかかる物言いですね」
「そう?」
自分ではそう感じないが。
ルキウスさんは、何か引っかかっているらしい。
「だって、普通に考えたら身分が一番高い人が本命なんじゃないですか」
「まぁ、人によりけりかな」
正妻だからって、ちゃんと一番に愛されていたかはわからない。
別に本命がいた可能性だって捨てきれない。
もし、聖剣などという勇者にとって一番大切だっただろう仕事道具、もとい自分の分身を渡すとするなら、誰になるだろうと考えると、やはり旅の仲間とか一番愛していた人に、自分の代わりにと手渡すのではないかと思うのだ。
でも、千年前なので価値観こそ違うとはいえ、感情がそこに本当に伴っているとは、私はどうしても考えられなかった。
それに、そもそも何故こんな暗号を残したのか、という疑問も残っている。
見つけてほしいから遺した、と考えるのが妥当だろう。
そして、将来誰かが見つけてくれることを願っていたのなら、その勇者の遺志を組んでくれた人が協力したはずだ。
でなければ、下手すると遺された嫁さんたちによって取り合いになっていただろうし。
ルキウスさんには『愛されていた』と言ったが、もっと言えば愛されており、かつ、信頼されていたのは誰だったのかという話だ。
簡単に調べた限りじゃ、勇者にはその嫁さんたち以外には仲間はいなかったようだし。
そうなると、やはり旅の仲間であり一番信頼していた人物であり、そして仲間の中でも一番に愛していた人物が、聖剣を託されたのではないかと深読みしたくなってしまう。
「正妻だったのは、魔族により攻められていた国のお姫様、王女様だったみたいです。
この人は、冒険の中盤くらいで正式に仲間になったらしいです。
第二夫人は勇者がこの世界に呼ばれた当初から付き従ったハーフエルフの仲間。
第三夫人は、勇者が旅の途中で仲間にした人らしいです。ちなみに亜人の奴隷だったとか」
ここで再び、私の女の勘がピピピっときた。