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 リュシフェルさんは続けた。

「今の、現代の我々魔族には千年前ほどの力はありません。

 魔力も軍事力も、何もかもを失いました。

 ただ隠れて、長閑に平和に暮らしているのです。

 この平和を壊されたくなかった。

 それだけなんです」

 それだけと言えば、本当にそれだけの理由でこの人は切り殺される覚悟をして、ここに来たのだという。

 私に会いに来たのだという。

 私に敵対しないように、お願いに来たのだという。

 要約すると、私が話の通じる人間だと考えたからということになる。

 うーん、嘘でもこの話信じたほうがいいよなぁ。

 万が一本当なら、私は絶滅しかけてる種族の命を握っていることになる。

 どれくらいの人数の魔族が生き残っているのかは知らないが、さすがに現代っ子の私にそんな少なくない命をどうこうする度胸はないし、責任も持てなかった。

 あーあ、懸賞金はおあずけかぁ。

 ルキウスさんになんて説明しよう、ほんと。



 私が概ね魔族側のお願いを聞いて実行することを確約した後。

 リュシフェルさんはもう一杯コーヒーを飲んで帰って行った。

 それから約六時間後のこと。

 それはそれは楽しそうにルキウスさんが出勤してきた。

 謎解き、その答えを聞くのが楽しみなのか。

 それとも、聖剣が拝めるかもということにワクワクしているのか。

 後者かな、たぶん。

「それで、墓標の暗号はどんな答えだったんです?」

「それなんだけど」

 リュシフェルさんに頼まれていたこともあり、私は魔族が接触してきたことは伏せて答えだけを説明した。

 常連さんにも他言無用にお願いした。

 そう、ルキウスさんには聖剣は手に入らなかったと嘘をつくことにしたのだ。

 なんならリオさんもそんな嘘を手伝ってくれるといった。

 私は、一か所だけ嘘をつく。

 説明は昼間、常連さんとリオさんにしたのとほとんど同じだった。

 でも、一か所。

 たった一か所だけ、私は嘘を吐こうとする。

「最後の一行。

【この英雄の名を口にせよ。さすれば剣は次の主を見つけるだろう】、これは桃太郎の名前を口にすれば聖剣が出てくる、見つかる、という意味だと思った。

 で、もう一度だけ私は、今度は一人であの墓標に行ってきた」

 そこでルキウスさんが、目を丸くしたかと思うと少しだけ、なぜか寂しそうな表情をした。

 なんで一人で行ったんだろうとか、どうせならまた同じ休みの日に一緒に行くことだってできたはずなのに、と顔に書かれている。

 たぶん、そんなことを考えているんじゃないかと思う。

 うぅ、心苦しいなぁ。

 嘘をつくのは苦手だ。

 でも、私はそんなことを表情に出さないように頑張る。

「それで、出てきたんですか?

 手に入ったんですか?

 聖剣は??」

 ルキウスさんは、今までに見たことのないほど真剣な表情で私をまっすぐ見つめてくる。

 その空色の瞳に私が映る。

 ひどく淡々とした、無表情というよりは、つまらなそうな表情をした黒髪黒目の地味な見た目の私が映る。

 私は、店内に他に客がいないことを確認してから答えた。

 嘘を、吐こうとした。

「出て、来たよ。

 手に入れた」

 でも、無理だった。

 不意に、元同級生と再会した時のことを思い出してしまって、彼には嘘は吐けなかった。

 私の返答に、ルキウスさんの表情が、本当に今までに見たことのないほどの笑顔に彩られた。

 彼は、そんなにお金が欲しかったのだろうか。

 きっと、そうなのだろう。

 なにしろ、苦学生というものに分類されるのだ。

 とてもキラキラ、ワクワクした表情でルキウスさんは私に言ってきた

「見せてもらっていいですか?」

 そこへ、リオさんが現れた。

 どうやら様子を窺っていたようだ。

 悪びれる様子もなく、リオさんはこう言ってきた。

「なんだ、話したんだ」

 意味が分からないルキウスさんは首を傾げている。

 素直に白状しておくか。

「あー、実は……」

 本当は話すつもりは無かったこと、魔族の人が来て注意を受けたこと。

 そして、最初はルキウスさんには嘘を吐くつもりだった事まで正直に話した。

 すると、ルキウスさんはどこか茶化すように返してきた。

「えー、俺だけ仲間外れ予定だったって事っすか??」

 私は、ばつが悪くて目を逸らした。

 しかし、リオさんは豪快に笑いながらそんなルキウスさんに言う。

「だって仕方ないじゃん?

 勇者として剣に認められたとは言っても、ヒカリちゃん一般人だし。

 元仲間の子たちが実践を積んでるのに、この子はその子らと違って戦えない。

 まぁ、多少は武器があれば抵抗くらいできるだろうけど、でも、一般人がまだまだヒヨッコでもその道のプロになりつつある経験者を相手にしたところで、愉快なことにはならないでしょ」

 リオさんの言葉に、ルキウスさんも納得してくれたようだ。

「まぁ、そうですけど」

 それからリオさんは、こう続けた。

「言ってなかったけど。

 この店内、そして部屋にいる間ならヒカリちゃんの事も、ルキウス君のことも、そして今日はシフトに入っていない子たちの命と安全は保証できる。

 先代のマスターがそういう機能を、この店に施してくれたからね」

「へ、そうなんですか?」

 急なカミングアウトに、私とルキウスさんが目を丸くする。

「実はそうなんだよ。

 ルキウス君は気づいてると思ったけど、ほら、この店って他所のバイト先と比べると変なクレーム客いないでしょ。」

 リオさんの言葉に、ルキウスさんが言葉を漏らす。

「言われてみれば、たしかに」

 そういえば、クレームというクレームは変ないちゃもんではなく、本当に普通のクレームばかりだった。

 気を付けてはいるが、提供した料理の中に髪の毛が混入していた、とか。

 注文内容と出てきた料理が違っていた、とか。

 頻度は低いものの、そういったヒューマンエラーでのクレームばかりだった。

 リオさんは続ける。

「一応夜限定だけど酒も提供してるからねぇ。

 妙な酔っ払いが暴れるとか、そういうのも無いしね」

 たしかに、言われてみれば店員から嫌われる客がいない。

 しかし、まさかこの店にそんな機能があったとは。

「でも、この店、この建物から出ればそんな恩恵は得られないわけさ。

 聖剣を持てるのも扱えるのも今はヒカリちゃんだけ。

 聖剣は手に入れた、でも、手に入れたということを公表するということはないって話だよ。

 言ってる意味、わかるよね?」

 リオさんが、ルキウスさんへ含めるように言う。

 そう、つまりルキウスさんの最初の目的であるお金は諦めてもらうしかないのだ。

「あ、あああああ!!

 そっか、そういうことになるのか!」

 ルキウスさんが見るからにがっかりしている。

「そういうことになるんだよ。

 まぁ、大金はだしてやれないけどさ、二人とも頑張ってるし店の売り上げも最近好調だから、来月には時給上げられるから」

 おおお!!

 マジか、やった!!

 時給が上がるってことは、アレとかソレとか買えるようになるかも。

 と、私は私で勝手に盛り上がったのだった。

 その後、私は手に入れた聖剣をルキウスさんに見せた。

 ルキウスさんは、見るだけで満足したようだった。

 てっきり、持ちたいというかと思えばそんなことは無く。

 むしろ、

「なんなら持ってみる?」

 と、こっちから提案したくらいだ。

 しかし、私の表情に出ていたのか、ルキウスさんは妙に持つことに対して警戒していた。

「先輩が珍しく楽しそうなのは、なんていうか不気味なんで遠慮しときます」

 失礼だな、おい。

 リオさんがその反応を見て、少し怪訝そうにしている。

 しかしすぐに、

「バレてんね」

 なんて言ってきた。

 その日はそんな風に実に和やかに終わったのだった。



 それからさらに数日後。

 ルキウスさんが新しい謎を手に入れて、出勤してきた。

 謎と一緒に、元仲間たちの情報も手に入れてきたようだ。

 謎はともかく、ストレスになるから後者の情報はいらないんだけどな。

 そう言ったのだけど、情報があれば自衛するようになるでしょ、と言われてしまった。

 まぁ、行動範囲がわかれば避けることもできる。

 あとは、この店に来なければそれでいい。

 たぶん来ないとは思うけど。

 つーか、億が一にも万が一にも来てほしくない。

 たぶん、ここでならお冷の水をぶっかけるくらいはしそうだ。

 いや、うん、今更だけど私はそれくらいしても許されるんじゃないかって気がしてる。

 気がしてるだけで、本当にやるつもりはないけど。

「まぁ、新しい暗号ともつながる話なんですけどね」

「また見つかったんだ、暗号」

 使用済みの皿を厨房のシンクへ運びつつ、私は返した。

 ルキウスさんも苦笑している。

「また見つかったみたいなんですよ。

 で、その暗号はすでに解けてるとかで、聖剣は諦めてそっちの謎に挑戦中みたいですよ」

 ここは聞くのが礼儀だろうか。

 でもなぁ、聞きたくないなぁ。

 しかし、ルキウスさんは私の返答を待っている。

 こう、飼い主がフリスビーを投げるのを今か今かと待つ犬のようだ。

 ルキウスさんの場合は、犬に例えるとゴールデンレトリバーだろうか。

「主語が抜けてるから一応聞くけど、誰が?」

「そりゃ、先輩の元仲間達ですよ」


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