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「貴方はそのつもりでも、他のニンゲンたちがそれを許さないと思いますよ。
今はまだ、聖剣の性質を知らないからこそ公的に謎解き要員を募集していますが、もしも貴方にしか聖剣が使えないと知られたら確実に利用されるでしょう。
我々を今度こそ滅ぼすための道具として。
今日私がここに来た理由はそれを伝えるためと、どうか我々の敵にならないようお願いに来たんです」
んー、これこのお願い蹴ったら命が危ないぞパターンかな。
しかし、リュシフェルさんの今の説明を信じるなら、一度私を追放、放逐した連中がやってくるということか。
それはご免こうむりたい。
なので、
「えー、それは困りますねぇ」
私はそう言った。
私が言った時、厨房から出てきたリオさんも口を挟んできた。
「店としても、とても困るなぁ。
ヒカリちゃん、やめないでよ?
今新人しかバイトいないから、バイトリーダーに抜けられるととても困るんだよねぇ」
ですよねぇ。
新人の練度をこれから上げて大型連休に備えなければならないというのに、そんな茶々を入れられるのはまっぴらごめんである。
「でも、とりあえずまだ企業には聖剣見つけたーって報告はしてないですし。
このまま黙ってたら、たぶん大丈夫ですよ。私が聖剣持ってるってバレないはずです」
私が何気なく言ったその言葉を聞いて、リュシフェルさんが目を丸くした。
まさかすんなりそんなことを言うとは思っていなかったんだろう。
しかし、こうなってくるとルキウスさんなんだよなぁ、問題は。
まだ彼には聖剣がデリバリーされたことは伝えていない。
今日夕方からシフトで入っていたので、その時に伝えればいいやと思っていたのだ。
さて、どう話すべきか。
あ、あと今だから聞いておこうかな。
「そういえば、聖剣についてずいぶん詳しいんですね。
でも、私にしか聖剣が扱えないとはどういうことなんです?」
私の質問にリュシフェルさんが答えた。
「口で説明するよりも、見てもらったほうが早いですね。
持ってきてもらえますか?」
私はリュシフェルさんの言葉を受けて、ちらっとリオさんを見た。
リオさんが仕方ないなぁという表情で、取ってきていいよと許可を出してくれた。
私はすぐに間借りしているこの店の二階の部屋へ行き、聖剣を取ってきた。
聖剣っつーよりも神剣なんだよなぁ。
ちなみに、ちゃんと銘もある。
これまた、創作物好きには耳タコな銘だ。
まぁ、この剣は別称になるけど。
【ヤエガキノツルギ】、それがこの聖剣の名前だった。
【天叢雲剣】っ言えばピンとくる人は多いだろう。
さらに別名【草薙剣】で有名なあの剣だ。
日本神話は知らなくても、【天叢雲剣】もしくは【草薙剣】、この二つの名前を知ってる人は多い。
ちなみに、【ヤエガキノツルギ】というのは、漢字で書くと【八重垣剣】である。
武力の象徴とされている神剣である。
形は、刀身が真っすぐな剣である。
ちなみに日本刀は反りがあって片刃だ。
直刀なんてものもあるが、あれもたし片刃だったはずだ。
そう、西洋の剣のように両刃で、刀身が真っすぐなのだ。
しかし、ゲームなんかでよく見る西洋の剣とはデザインちょっと違う。
あれだ、不動明王が持ってる倶利伽羅剣にデザインが似ているのだ。
不動明王像が、たしか右手に持ってて、火とかまとってるあの剣だ。
不動明王像とは違って、ちゃんと鞘に収まっている。
剥き身だとさすがに危ないからか、ちゃんと鞘もついてきた。
鞘が無かったら、デリバリーされたときに私はえぐい串刺しのようになっていたに違いない。
もしくは真っ二つだったかも。
さて、そんな神剣を見て、それから美味しそうにコーヒーのお代わりを味わっていたオーガの常連さんを見て、リュシフェルさんは言った。
「そこの貴方、ちょっとこの聖剣持ってみてください」
その言葉を聞いて、私は察してしまった。
しかし、常連さんはと言えば聖剣に触ってみたかったのだろう。
話を振られて、まるで子供のように表情を輝かせた。
男の子っていくつになってもこういうの好きだよなぁ。
あ、それは私もか。
傘を剣に見立ててアバンス〇ラッシュとかそういうのやったなぁ。
大人からは、なんでそんな古い作品知ってるの? って驚かれたけど。
まぁ、種明かしすると、テレビの専門チャンネルと動画配信サイトとか、父がそういうの好きで少ない小遣いで契約してよく見てたのだ。
ちなみにこっちの世界にもそういったサービスがあったりする。
だからか、世界は違えどそういうのに憧れたり真似したりというのは共通のようだ。
さて、ワクワクと常連さんが私から剣を受け取ったのだが、受け取ると同時に常連さんは腕ごと床に倒れてしまった。
「おっも、なんだこれ?!」
常連さんが聖剣から手を離す。
常連さんの手から離れた聖剣は、そのまま床に倒れたままになる。
リュシフェルさんが、今度はリオさんへ声を掛けた。
「試しに持ち上げてみますか?」
リオさんはそれを断った。
「腕も腰も痛めちゃうと仕事にならないので」
リュシフェルさんは、穏やかに頷いた。
私はそれを横目に聖剣を拾い上げる。
本当の武器というものを持ったことはないので、比較はできないが刀でも西洋の剣でもそれなりの重さがあると聞いている。
あ、能力使って検索してみるか。
んーと、なになに?
へぇ、打ち刀で一キロ前後なのか。
でも、重心で計測重量と実際に持ってみて体感する重さがイコールになることはない、と。
まぁ、たしかに中学の時の修学旅行で買った木刀、試しに持ってみたら意外と重かったもんなぁ。
ちなみにこの聖剣は、私が持った感じだとそれこそ羽のように軽い、という表現がぴったりしっくりくるくらい軽い。
「まぁ、重さもそうなんですが」
私が聖剣を持ち上げたのをリュシフェルさんはちらりと確認するように見て、言った。
「持ち主でないと鞘から抜くことも難しいんです。
いや、まず出来ないです」
へぇ、そうなんだ。
重たさに愕然としていた常連さんの目に、また好奇心が宿った。
常連さんが、私に近づいて、
「そのまま、剣を持っててちょっと抜いてみる」
なんて言う。
懲りないなぁ、この人。
私は柄の部分を常連さんへ向けた。
私は鞘の部分を掴んでいる。
「ふんぬぅぅぅうううう!!
ぐぬぬぬぬ!!
どりゃぁぁああああ!!」
常連さんは叫んで剣を抜こうとしたが、出来なかった。
数秒後、常連さんは肩で息をしながら元の席に戻った。
そして、一言。
「無理だ、これ」
私は、
「聖剣、というかこういう伝説の剣あるあるの生体認証システムを採用してるのは間違いないですね」
元の世界で有名なのは、やはりアーサー王伝説だろうか。
あの地面に突き刺さった剣を抜く話だ。
選ばれた人間でないと抜けないというあの話を、この剣を作った人がパクったのだろうか。
それとも、作るように勇者自身が発注を出したときにそのネタをパクって、そういう仕様にしてくれと頼んだのか。
ま、どうでもいいか。
考えるのは楽しいけれど、考えたところでその記録や当時の明細表や請求書が出てくるわけでもないし。
私は、何気なく聖剣を鞘から抜いてみた。
普通に抜けた。
リュシフェルさんが言葉を続けた。
「まぁ、ご覧の通りというわけです。
いまこの聖剣の正統な主はヒカリさんであり、ヒカリさん以外には扱えないようになっています。
武器であり、勇者としての象徴でもあり、そして我ら魔族を殺すための最良の凶器でもあるのです.
あぁ、でも例外もありますよ」
そう前置きをして、リュシフェルさんは例外として、私以外にも聖剣を扱える可能性がある存在について教えてくれた.
私は鏡のように磨き上げられてピカピカの刀身を見て、それを鞘に納めながらリュシフェルさんに訊ねた。
「凶器、とは言っても。
私別に、すっごくリュシフェルさんをぶっ殺したいとかそういう感情になったりしてませんよ?」
こう言っては何だが、妖刀とか呪われた剣みたいに魔族とあらば容赦なくその血を求めるようになるのかな、とかちょっと考えていたが、全然そんなことは無かった。
いや、あっても困るのだけど。
そう付け加えて訊ねてみたところ、こんな返答がきた。
「それは、ありがたいことにヒカリさんが私たちを敵と認識していないからかと思われます。
我々魔族側に伝えられてきた話によると、歴代の勇者は聖剣の所有者となったとたん聖剣に精神を乗っ取られた、魔族狩りを始めた、魔王退治に乗り出した、と聞いています」
呪いの剣や妖刀と大差ないじゃん。
「うわぁ」
改めて思うが、よくそんな危険人物になりかねない人間の前に出てきたなこの人。
ついでだからそのことも聞いてみた。
「それは、今朝になっても聖剣に関する情報が出回らなかったからです。
我々は聖剣が次の主を見つけたと、昨夜には感知しました。
この情報社会です。
ヒカリさん自身が言っていたように、聖剣探しには莫大な懸賞金も掛けられていました。
なら、動画サイトやSNSで自慢する人が出てきてもおかしくはないでしょう?
でも、それが無かった。
だから、私も私の仲間たちも不思議に、いやとても気味悪く思ったのです。
ヒカリさんという、最初の暗号解読者が現れた、そして予定調和のようにヒカリさんが聖剣を手に入れた。
でもそれを自慢する素振りが無い。
いっそのこと派手に動いてもらえたなら、こちらとしても大義名分を得て簡単に動くことができたんですが、どうにもあなたの考えが読めなかった」
んんんー、なんか不穏な言葉が聞こえたような。
いや、気にしないようにしよう。
気にしたら負けだ。
「そこで、我々は賭けに出ることにした。
こうして、ヒカリさんと話をしてみよう、ということに決めたのです」
ええー、それってかなり命がけなんじゃ。
「あの、もしかして殺される覚悟でここに来た、とか言っちゃいます?」
私は聖剣を持ったまま、椅子に座り直した。
「覚悟だけなら、してきました。
切り殺される覚悟です。
でも、もし、歴代の勇者と違って私の、いえ、我々魔族の話を聞いてくれるかもしれない人だったら、という希望に賭けてみたんです」
とんだ博打野郎の集団なのかな、魔族って。