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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

火鬼がくる 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ただいまあ、と。あ、こーちゃんももう帰ってきてたんだ。

 おかえり。なんか面白いネタあった? おおっと、話をする前におじいちゃんにお線香あげさせてよ。すぐそこの仏壇でさ。


 よし、報告終わりっと。

 もしかしたらおじいちゃん、わざわざ言わなくても、とっくに知っているかもしんないけどね。実はこのお線香の煙、死んだ人のご飯になっているだけじゃなくて、糸電話の糸代わりだったりしてね。

 ん? どうしたのこーちゃん、へんてこな顔しちゃって? 


 ――お線香への火のつけ方がおかしかった?


 ふふん、僕は学んだのさあ。

 火は上に行く向かって燃えている。じかに火に触れていなかったとしても、そのすぐ上空であれば、熱が伝わって燃えることは可能。

 よって、火の手にかざすようにしてもお線香を燃やすことができるのです! 

 これを知った時は、ちょっと面白かったね。自分が手品師になったような気がしてさ。

 燃えるってかなり危ない現象なのに、僕たちはなぜか心惹かれることが多い。そのおかげで、火にまつわる奇妙な体験をすることもあったらしいよ。

 こいつが、僕がこれから話そうとしていたことにつながっていくんだ。

 

 江戸時代。火事とケンカは江戸の華、と呼ばれていたのはこーちゃんも知ってるだろ?

 かあん、かあんと鐘が鳴らされて、ただちに集まる火消したち。その手に持った火消道具で、どんどん家を壊していく。

 消防車並みの水をぶつけるのは、当時は無理な話。燃えている家屋はもちろん、延焼を防ぐために、周囲の建物を片っ端からぶっ壊した。

 おかげで彼らと大工は、江戸において仕事に困らないとさえウワサされた。しかし、追われるほどに仕事があるというのは、逃げることを許されないということさえ意味するんだ。

 

 その日の晩も、遠くから鐘を鳴らす音が聞こえてくる。

 飲み屋で盃に口をつけたばかりの彼もまた、火消衆のひとり。顔なじみにあいさつをして、店からかけ出しかけた。が、外の通行人たちが一様に足を止め、空を見つめている。

 理由はすぐに分かった。近くの家々の屋根さえ越えて、天高くうずまく炎の「ねじ」が立ち上っているんだ。

 ここまで高い火の手は見たことがない。周囲は暗く、くっきりと炎の姿は確認できたものの、炎の先っちょははっきりと見えなかった。

 とにかく急がねばと、火消しの彼は現場へ急行する。

 

 向かう道の半ばで、炎の柱は急速に勢いが衰えた。

 引っ込んでいくというより、落ちていくと表したほうがよい速さで、「ストン」と家々の向こう側へ消えたんだ。

 そして彼がたどり着いたとき、すべては終わっていた。火元と思しき家屋、その両隣もすっかり消えてしまっている。

 ガレキさえ残っていない。すべてが黒い炭くずと化していた。焼け跡を見たこと数知れない彼でも、家の大黒柱やかまどすらも形が残っていないというのは、信じがたかった。

 くわえて、ここで消火にあたったはずの、他の火消したちの姿が見当たらないというのも妙だ。ただ火を消すばかりでなく、被害の状況をまとめて報告する人員が残っていてもおかしくはないのだが。

 

 自分以外に、駆けつけてきた火消したちも惨状に驚くばかり。やむなく、自分たちが現場を改め始めたが、ほどなく近くの長屋の影で、縮こまっていた火消しのひとりを見つけたんだ。

 男は火消し棒を脇に放り出し、腕を組みながら両目を覆っていた。「見ちゃいけない……見ちゃいけない……」としきりにつぶやき、皆が声をかけても「騙されないぞ!」と叫んでゆずらない。

 男をどうにかなだめ、彼の住む長屋の一室で、話を聞き出すことができたのは夜が明けてからのことだった。

 

 男は火があがっている時に、すでに現場にたどり着いているひとりだった。そのとき、一緒にいた者の名前をあげていくと、その場の皆はしっかりうなずいた。

 いずれも、ともに何度も仕事をした連中だからだ。彼らの姿はどこにも見当たらず、帰ってしまったのかと思われていた。

 しかし、それは違うと男は話す。彼らはいずれもあの場で、殉死してしまったというんだ。


 現場にたどり着いたそのとき、上空をつくだいだい色の炎の姿はすさまじかった。

 だが男の話によると、勢いを立てて燃え上がっているのは、家屋よりも上の部分ばかり。屋根より下の炎は薄く、今にも煙に変わってしまいそうだったとか。

 うっすらと見える炎の向こうには、焼け残ったがれき以外にも、中央でゆらめく人影が見えたという。

 生存者がいる。そう思ったひとりが、炎の壁の薄い場所を探り、水をかぶって飛び込もうとしたんだ。

 

 だが、彼は人影を救えなかった。びしょ濡れになった身体が火に入るより早く、その場で崩れ落ちてしまったからだ。ひと呼吸遅れて、その後頭部からはたらたらと血が流れ出す。

 肉をえぐり、骨をうがち、ぽっかりと開いたその穴は、彼の頭の深くまで見通せそうだったらしい。

 すぐさま何人かが駆け寄り、身体を起こされたものの、すでに彼は息をしていなかった。

 そのうえ、本来なら収まっているはずの双つの瞳は、なぜか確認できない。あるはずの場所に、後頭部と同じような底知れない穴が空いているだけだ。


 彼をかついでその場を離れたのは、いま話をしてくれている男だ。必死に彼を火から遠ざけていくが、ややあって前方からまたも人が倒れる音がする。

 自分より前に出ていた者たちだ。彼らもまた後詰として、すでに水をかぶって突入する準備をしていたが、やはりうつ伏せに倒れて後頭部から血を流している。

 鉄砲による狙撃。

 ケガの様子から彼は真っ先にそう考えたが、厳密に取り締まっているこの江戸へ、いったいどれほどの者が持ち込めるというのか。

 万が一、うまいこと誤魔化せたとはいえ、自分たちを狙う理由が分からない。だいいち口火を切ったのなら、銃声が聞こえるはず。すでに三、四人が倒れているこの状況で、その類の音が全く耳にしないとは、どういうことだ。

 

 肌にあたる熱からして、火の手は勢いをすっかり弱めたようだった。しかしそれは同時に、死がこの場に満ちる合図となった。

 引きずるように退避し、皆の間を抜けてきた彼だったが、その後を追うように火消したちが倒れていく。ときに絶叫をあげながら倒れ伏していく仲間たちの様子に、とうとう彼も顔を上げてしまう。

 

 家から火は完全に消えていた。あいかわらず、屋根があったであろう場所より上には炎を巻き起こしながら、その下はすでに焼け野原の様相を呈していた。

 その中央。かつて家があったであろう部分に立っているものがいる。薄いとはいえ、炎の中でも膝を折ることなく立っていたそれの影が、ちらりと視界をかすめた。

 瞬きひとつの間で、一気に目の前が暗くなる。同時に、錐で両目を突いたんじゃなかろうかという、強い痛みが彼を襲った。


「見るな。あいつは『火鬼』だ」


 仲間の誰かの声に似ているが、とっさに誰か分からない。自分のまなこをおさえているのは手のひらだろうが、この火事場には不似合いなほど冷え切っていた。


「奴がくれば、地獄の火さえも逃げを打つ。地上の火ならなおさらのこと、奴の届かぬ空へ空へと、離れていくんだ。

 奴は何を成すでもない。現れる、ただそれだけで、生きとし生けるものの息を奪おう。

 奴を直視してしまったなら、たちまちその者のまなこは逃げ出そう。脳を貫き、頭蓋を破って遠くへいかんと、必死にな」


 いいというまで、この手を振り払うなよと念を押される。

 後頭部の穴がそのために空いたと思うと、彼はたちまちすくんでしまい、声の主の言う通りにせざるを得なかった。

 ひんやりと冷たい手のひらを当てられ、窯に浸かって時を数えるように、ゆっくり時間が過ぎていく。その手のひらが、お湯をかけられたように赤くなると「いいぞ」とのお達しが」


 ぱっと外された目の前では、家に炎が舞い降りていた。

 強く叩きつけた団子のように、底辺を広くした炎は家の敷地を超えて、彼の足元近くまでその手を伸ばしている。

 もちろん、倒れている皆は炎の中だ。あの火鬼のゆらめく姿と違い、微動だにしない彼らの影は、見る間に崩れていく。それほどまでに、火の勢いは激しいものだったんだ。

 

 それからは、どうしていたが覚えていない。気づくと、引きずっていた彼さえも手放し、あの長屋の影でうずくまっている自分がいたんだと、彼は語った。

 犠牲者の遺体は、いずれも残っていない。とんでもないほら話だと、そこに集まった者は苦笑いしていたが、数日後。話をしてくれた彼は急死する。

 町の井戸の近くで倒れていた彼は、後頭部に大きな穴が空いていた。やはりその両目は、どこにも見つからなかったという。


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