15歳で自殺した俺は神の力で過去に戻ってやり直す
「あぁ、もう疲れた。」
度重なるいじめに疲れ果てた少年は学校の屋上から下に見える景色を見まわしていた。
少年の目には放課後の校庭であそぶ同級生の姿が見られた。
その中には自分をいじめた顔がちらほらをみえる。
その顔を見るたびに憎悪や怒りが湧き出してくる。
しかし、それ以上に彼らへの恐怖がそれらを抑えこむ。
彼らを前にすると、もう自分の意志では何も行動できない、それほどまでに少年の心は折れていた。
最初は少年も抵抗していた。
しかし、抵抗すればするほど少年に対するいじめは過激になっていった。
お金を取られるなんてことはまだ序の口で、反抗すれば暴力で抑えられ、大勢の前で恥ずかしい恰好をさせられたこともある。
コンビニの商品を万引きすることや、動物と決闘しろといわれ命を奪ったこともある。
軽犯罪をした動画で脅され、誰にも相談できずにいたが、それでも少年は孤独の中でいじめに耐えてきた。
しかし、ついには「いじめに耐える」という心すらも折れようとしていた。
「もう、いいかな…こんな人生」
15年しか生きていない若造が、何を人生を知ったきでいやがると思うだろうが、少年には全てがどうでもよかった。
ただ疲れ果てたこの人生から今すぐに楽になりたいと、そんな考えだけだ。
楽になるためにはどうすればいいか、そんなこと簡単だ。
「死ねば楽になれるな…」
死ぬ勇気があるならいじめをやめさせるために死ぬ気で頑張ればいいなんて言うやつもテレビでいたが、
そんなものただの戯言だ。
いじめがあろうがなかろうが、もうこんな人生を続けてやるつもりはない。
それに死ぬ勇気なんて、ここまできてみると案外何でもない。
この屋上から飛び降りれば、あとは楽になれる。
今までの物理的な痛みや、精神的な痛みとおさらばできる。
そう思えば死ぬのに勇気なんていらない、だって死ねば救われるのだから。
それに、ここは学校だ。
「学校で飛び降り自殺、なんてことになれば自殺の理由は絶対に調べられる。そしたら俺をいじめてたやつが世間で叩かれるだろう」
生きていたら仕返しの仕返しが怖くて仕返しなんてできないが、死んでいるなら怖がる必要もない。
一方的に仕返しができる、それだけで十分だ。
だから、ここから一歩踏み出すだけだ。
いつも通り、歩くように足を前に出すだけ。
一歩踏み出した少年の足は空を切り、そのまま落下した。
落下の最中にどこかからか悲鳴が聞こえてくるが、少年の耳には届かない。
少年と地面の距離はみるみると近づき、少年の命はあと数秒となった。
「さよならだ」
こうして一人の少年の人生は幕を閉じた…はずだった。
(ここは、どこだ?)
少年の目に映ったのはどこまでも続く一面真っ白な世界だった。
(俺は死んだんじゃないのか?)
自殺未遂という言葉が頭をよぎるがすぐに否定する。
(いや、未遂にならないように、最後の最後まで頭を地面に向けて落ちたはずだ)
しかし、ならなぜ自分には意識があって、こんな場所で突っ立っているのだろうか。
もしかすると、ここが死後の世界とでもいうのだろうか。
「ははは!正解だとも!よく来たな不幸な少年よ!」
ぼーっと白い世界を見まわしていると、少年の目の前に何かが現れた。
(なんだ、こいつ)
そこにいたのは、巨大な体に大層な髭を生やし、威圧感のある目、長タオルのようなものを体にまとい、仁王立ちしている男がいた。
「少年よ、ここは死後の世界で間違いないぞ。お主のことはずっとこちらで見ていた」
(ずっと見ていた?ストーカーかなんかか?いや、それよりも死後の世界で間違いないだって…?)
正直、見た目通りのうさん臭さがあるものの、この場所のことを知っているのは確かなようだし、話を聞いてみないと何も始まらない。
聞いた結果、巨人はこの場所のことを丁寧に教えてくれた。
巨人の話が本当だとするとここは本当に死んだ者が来る場所らしい。
今までの生をねぎらい新たな生へといざなう神聖な場所だ。
魂しかこれないので、声は出せないが思ったことが念じるだけで通じるので、会話が可能なこと。
そしてこの巨人は訳ありの魂があれば、直接出向いて話をする役目を担っているそうだ。
その訳ありの魂に俺が該当することも教えてくれた。
「というのも、15歳で自殺をしてしまうなんてかわいそうと思わないか?」
自分で言うのもなんだが、確かに15という短い人生で自殺を選んでしまう人に対して憐みの一つぐらいはある。
だからといって、自分のことを可哀想だと思ってほしいなんて思わないがな。
「だから、15歳以下で自殺してしまった人間には死をなかったことにしてやり直しの機会をやろうと思っておるんじゃ」
(やりなおし?つまり生き返らせてくれるってことですか?)
「まあ、そういうことだ」
(俺は自殺したんだ…今更、生き返りたいなんて思わない)
少年の丁寧口調は崩れ、巨人の言葉に怒りをあらわにする。
「落ち着いて最後まで話を聞け」
どうどうと少年がおちつくまで巨人は待った。
少年が落ち着くと、巨人はまた話し出す。
「生き返ると言ってもただ生き返っただけでは何の意味もない。だから生き返らせて過去に戻るんだ。」
(過去に戻る…?)
「そうだ。おぬしのことを見ていたといったであろう?お主の死んだ原因がいじめにあるのであればいじめのなかった過去に戻って、過去を変えてしまえばいい」
(そんなこと、できるんですか?)
「ふん。私はこの神聖な場所を任されている一人だぞ。その程度造作もない」
(いえ、過去に戻って、俺なんかが過去を変えれるんですか?)
「それはお主次第じゃな。しかし、何事にも気持ちで何とかできるものの方が多い」
「もし、おぬしにその気があれば十分に可能性はあるだろう。どうだ、やってみるか?」
(正直、もう楽になりたい…)
少年の心は既に折れていた。
しかし、折れた少年の心には一筋の炎が宿っていた。
過去に戻ること。それがどれだけのメリットになるか少年にも十分に分かっていた。
未来に何が起こるかわかっているとしたら、とんでもないことだ。
俺のことをいじめていたやつらにもさらに仕返しができるかもしれない。
死ぬことでしか仕返しできなかった自分だが、最後に死んで仕返しできると思えた時には心が躍った。
そんな復讐心が少年の考えを曲げようとしていた。
(わかりました。もう一度…もう一度だけ!お願いします、やり直させてください!)
「ははは!そういうと思っていたぞ!ならばこれにて契約は果たされる!!Вратите се у прошлост.」
巨人がこちらに手を向けて聞き取れないような声を叫ぶと、少年の周囲が輝いた。
懐かしい景色が少年を囲い、自分の意志とは関係なくどこかに吸い寄せられるように、少年は運ばれていく。
どんどんと変わっていく景色の中で、少年の目は遠くに映る巨人を見ていた。
その巨人は笑顔でこちらを見送っている。
それは、100人がみれば100人ともいい笑顔だと思える顔であったが、少年にはなぜかその巨人の笑顔が少し禍々しく思えた。
少年の魂は自らの過去を変えるために、時間を越えた。
数々の過去の景色が川の水のように周りを流れていく。
そして、その流れは一つの場所で止まった。
(ここは、昔いた小学校だ。それにあれは昔の俺か…?)
少年の目に映るのは丁度5年前の10歳の少年の姿であった。
時間を越えた先に過去の自分をみつけた少年は聞かされていた通りに10歳の体に触れた。
触れるとすぐに少年の意識は10歳の自分とまじりあい、少年は過去に戻ることに成功した。
しかし、これは事故か、はたまた何かの目論見通りか。
混ざった少年の記憶に異変が起こった。
それにより、10歳以降の記憶が消えてしまった。
少年はまぎれもなく過去へと戻ってきた。しかし、それ以降の記憶を持たないままで…。
「あれ、なんか今、重要なことを考えていたような…」
過去を変えようと過去に戻った少年は過去の自分と同じ行動を繰り返す。
それが地獄の始まりだと知らずに少年はまるでロボットのように、過去をなぞらえて行動してしまう。
そうして記憶が戻らないまま、5年の月日を少年は過ごした。
「あぁ、もう疲れた。」
過去と同じ道をたどったことにすら気付かない少年は、学校の屋上へと来ていた。
「もう、いいかな…こんな人生」
「死ねば楽になれるな…」
「学校で飛び降り自殺、なんてことになれば自殺の理由を調べられる。そしたら俺をいじめてたやつが世間で叩かれるだろう」
そうして少年はまるで歩くように足を前に出した。
「さよならだ」
そうして一人の少年の二度目の人生は幕を閉じた。
(ここは、どこだ?)
少年の目に映ったのはどこまでも続く一面真っ白な世界だった。
(俺は死んだじゃないのか?)
自殺未遂という言葉が頭をよぎるがすぐに否定する。
(いや、自殺未遂にならないように、最後の最後まで頭を地面に向けて落ちたはずだ)
しかし、ならなぜ自分には意識があって、こんな場所にいるのだろうか。
もしかすると、ここが死後の世界とでもいうのだろうか。
「ははは!正解だとも!よく来たな不幸な少年よ!」
…
過去に戻り、全く同じ道をたどった少年は、死後の世界でも同じ道をたどる。
巨人は少年にやり直す提案を持ち掛け、少年はそれを了承してしまう。
(わかりました。もう一度…もう一度だけ!お願いします、やり直させてください!)
「ははは!そういうと思っていたぞ!ならばこれにて約束は果たされる!!Вратите се у прошлост.」
巨人がそういうと、少年の体は少年の周囲が輝く。
懐かしい景色が少年を囲い、自分の意志とは関係なくどこかに吸い寄せられるように、少年は運ばれていく。
過去に戻った少年は同じように記憶がリセットされ、同じ不幸を繰り返す。
もう一度だけといった少年は一度だけではならず、何十回何百回と過去へ戻り続ける。
それは、気付いてみれば終わらない地獄であった。
そして、そんな地獄を作った張本人は不敵に笑みを浮かべる。
「ははは!奴はなんとも愚かなことだ!何度も何度も過去に戻って不幸を我に持ち帰ってきてくれる」
「その不幸で得た力の半分ほどで過去に戻し、また力が手に入る」
「騙されているとも知らずに」
巨人は可哀想だという理由で少年を過去に飛ばしたわけではない。
自分のために、少年を過去に戻すのであった。
巨人には記憶を消さずに過去に送り込むこともできる。
しかし、それでは少年が不幸にならない。
だから記憶を消す。
そうすれば、少年は同じような不幸をたどり、その不幸をこの場所に持ち帰る。
少年の不幸はただ巨人に利用されているだけだった。
なぜ、巨人がそんなことをするのか、それには理由があった。
巨人の世界、いや神の世界の理だ。
巨人は神の世界では邪神と呼ばれている存在だ。
邪神は複数存在しており、人の不幸を食い物にし、自らの力に変える。
しかし、そんな邪神であっても神の世界の理には逆らえず、自らの場所に来た者のみにしか手が出せない決まりがある。
巨人の場所にくる人間は少なかった。だから、いつも腹をすかしていた。
そして、巨人は考えた。どうすれば効率よく腹を満たし、力を手に入れれるのかを。
その答えが今の少年のありざまだった。
「さてと、また5年ほどのんびりと待つとするか」
たった5年ほどであれほどの不幸を抱え、確実にこの場所に現れる存在。
それは巨人にとって今までとは考えられないほど、有意義な存在であった。
巨人にとって有意義な存在は5年たつと現れ、さらに5年がたつとまた同じように現れる。
巨人は少年の不幸を何度も食べた。
数十回、数百回となんども食べた。
繰り返すうちに巨人の腹は膨れ、力は増していく。
しかし、少年は何も変わることなくに何度も何度も同じことを繰り返す。
それは、絶対に逃れることのできないループだった。
しかし、それからも何億回と繰り返した少年の魂にある異変が起きた。
なぜ、その異変が起きたのかはわからない。ただ、それは過去に消された少年達の記憶の精一杯の抵抗だったのかもしれない。
(ここは、どこだ?)
何億回と繰り返した少年の目に映ったのはいつもと同じようなどこまでも続く一面真っ白な世界だった。
(俺は死んだじゃないのか?)
自殺未遂という言葉が頭をよぎるがすぐに否定する。
(いや、自殺未遂にならないように、最後の最後まで頭を地面に向けて落ちたはずだ)
しかし、ならなぜ自分には意識があって、こんな場所にいるのだろうか。
もしかすると、ここが死後の世界とでもいうのだろうか。
(痛っ!頭が割れるように痛い。それになんだこれは…)
少年の頭に痛みが走ると同時に、自分の記憶にない記憶が頭をよぎった。
そして、その記憶通りに言葉を…。
「ははは!正解だとも!よく来たな不幸な少年よ!」
(ははは!正解だとも!よく来たな不幸な少年よ!)
記憶通りの全く同じ声が聞こえてきた。
(なんだ、こいつ…!?)
そこにいたのは記憶通りの巨大な体に大層な髭を生やし、威圧感のある目、長タオルのようなものを体にまとい、仁王立ちしている男がいた。
「少年よ、ここは死後の世界で間違いないぞ。貴様のことはずっとこちらで見ていた。」
(少年よ、ここは死後の世界で間違いないぞ。貴様のことはずっとこちらで見ていた。)
やっぱりだ。俺はこいつの言うセリフを知っている。
しかし、なぜ知っているんだ…?
「というのも、15歳で自殺をしてしまうなんてかわいそうと思わないか?」
「だから、15歳以下で自殺してしまった人間にはやり直しの機会をやろうと思っておる」
「生き返ると言ってもただ生き返っただけでは何の意味もない。だから生き返らせて過去に戻るんだ。」
巨人の話を聞いていると、だんだんと自分の状況が読めてきた。
そういうことか…たぶんだが、俺は一度過去に戻ったんだ。でも、過去は変えれずにまたここにきたんだ。
少年の記憶にはなぜか一度前の記憶だけがよみがえっていた。
(あの、もしかして俺と話すのはこれが初めてではないんじゃないですか?)
少年は自らの予想を確かめるために巨人に問うた。
巨人は驚いたように見えたが、直ぐに何ともないように話し出した。
「何を言っておる、ここは死後の世界だ。死ぬことが二度あると思うのか?」
巨人の返答に少年は少し考える。
そして少年は、巨人の言葉に違和感を覚えた。
今まさに生き返らせようと、2度目の生を与えようとしているのに、死ぬことが二度あると思うのか?と聞いてくるのはおかしくないか。
この巨人は、何かを隠している。
ここで初めて何億回と繰り返した少年の魂は巨人に警戒心を抱いた。
(そうですよね、気のせいですよね。それで、過去に戻る話でしたよね?)
「あぁ、そうだ。おぬしのことを見ていたといったであろう?お主の死んだ原因がいじめにあるのであればいじめのなかった過去に戻って、過去を変えてしまえばいい」
(そんなことできるんですか?)
「ふん。私はこの神聖な場所を任されている一人だぞ。その程度造作もない」
(いえ、過去に戻っても、俺なんかが過去を変えれるんですか?)
「それはお主次第じゃな。しかし、何事にも気持ちで何とかできるものの方が多い」
「もし、おぬしにその気があれば十分に可能性はあるだろう。どうだ、やってみるか?」
(正直、もう楽になりたい…)
断片的に思い出した記憶だが、前の記憶では、このまま過去に戻ったんだと思う。
でも、過去は変えれなかった。
もうあんな地獄は味わいたくない。
それに、この巨人も信用ならない。
この巨人が俺を過去に行かせようするならば…
(だから、過去に行くのはいいです。)
だったら、もう全部終わらせる!
「ははは!そういうと思っていたぞ!ならばこれにて約束は果たされ…」
巨人の言葉は途切れ、沈黙が場を支配した。
「…すまん、聞き間違えたようだ。もう一度聞こう」
巨人は同じように、少年に問う。
(もういいんです。俺はやり直したくないです)
「どういうことだ!お主は過去に戻りたがっていたはずだ。」
(そんなことないですよ、俺は過去になんて戻りたくない)
「そんなはずはない!今までもおぬしは過去へ戻ることを選択してきた!」
(今までも…?)
この巨人はやはり、俺と会話したことがあるらしい。
つまり、俺のこの記憶は過去の記憶だという確証が得られた。
「な、いや、今のは違う」
言い訳をしようが、既に確証は得ている。
(どうして俺を過去に行かせようとしてるんですか?)
「何を言っておる、おぬしの願いであろう!」
(いいえ、俺は過去に戻りたいなんて思ってないです)
(それに、さっきからどうも返答が何かを避けているような…)
今までの巨人の返答を思い出してみる。過去の記憶でも違和感はあった、しかし、その違和感が何かがわからない。
その違和感を確かめるために少年は、一つの質問をした。
(俺と話すのは本当にこれが初めてですか?)
「それは先ほども聞いたであろう、ここは死後の世界だ。死ぬことが二度あると思うのか?」
(いいえと答えられますか?)
「それは…」
巨人は答えなかった。いいや、答えられなかった。
その反応を見て少年は、違和感に気づいた。
(違和感の正体は嘘…?)
「!?」
(その反応をするっていう事は正解なんですね)
「何を意味不明なことを言っておる」
(なら、あなたは俺を過去に行かせたがっている?という質問に『いいえ』と答えられますか?)
今までの巨人の態度でこれだけは確信している。
こいつは、間違いなく俺を過去へ行かせたがっているはずだ。
だったら『いいえ』と言えば嘘になるはずだ。だから答えられない。
「ぐぬぬ…」
(やっぱり答えない)
少年の感じた違和感の正体は【嘘】だった。
そして、少年の予想は見事に当たっていた。
神の世界の理には、神である者は嘘をつけない決まりがある。
巨人は嘘さえつかなければ良いという抜け穴を使い、少年のいくつもの質問に対して、答えるとまずい質問が来ると嘘をつかないようあいまいに濁していた。
その違和感を少年は感じ取った。
(俺を過去にいかせたいのなら、こんな話せずに黙って過去に行かせればいい。なのになぜこんなやり取りを?)
「…」
巨人はまたしても話さない
(もしかして、過去へ行かせるのは本人の許可が必要?)
「…」
(黙っているところを見ると図星みたいですね)
「もういい」
(ん?)
「お主はもういい」
(・・・)
巨人は急にニヤリと笑みを浮かべた。
「本人の許可が必要かと聞いたな。そうだ、その通りだ。」
(開き直りですか。なら、絶対にあなたの提案には乗らない)
少年の頑なな意思とは真逆に巨人は不敵な笑みを絶やさない。
まるで、今まで解けなかった超難問のクイズを解いたようにニヤリとを笑い続ける。
「わしはなぜ気づかなかったんだろうな。お主の言う通り、こんな面倒なことする必要なかったのだ。」
(どういうことですか…?)
「本人からの許可さえあれば、過去に戻らせることができるという事だ。」
(だから、俺は過去に戻る気はないって言ってるだろう)
「あぁ、今のお前はな。だが、過去のお主は承諾した」
(まさか…)
「ははは!そのまさかだ。本人からの許可があれば貴様を過去に戻すことは可能だ。ならば、既に承諾されているではないか!」
「わしの思惑が正しければ、契約は正しく果たされる!Вратите се у прошлост.」
その呪文は過去の自分が聞いたものと同じであった。
さらに、記憶と同じく少年の周囲が輝き景色が動き出した。
その光景に少年は目を見開き息をのんだ。
「ははは!やはりそうだったか!お主はもうこのループから抜け出せない。寿命なんて存在せず、永遠と我に不幸を運んでくるがいい!」
(やめろ…やめてくれ…俺はもう終わりたいんだ!)
少年は必死に叫ぶが、そんなもの巨人には関係なかった。
「この邪神タイタノロスが認めてやろう。誇っていいぞ人間!お主はこの世で最も不幸な人間だ」
タイタノロスと名乗った巨人は黒い笑みを浮かべ、少年へと力を注ぐ。
(ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛)
「はっはっは!感じるぞ、今まさにお主の不幸をな!!!」
少年の叫びは虚しく、流れゆく景色の中で掠れ消えていった。
後に残ったのは、巨人の一際大きな笑い声だけだった。
無理やり過去に戻された少年は今まで通り10歳の自分を目の前にしていた。
自分の意思とは関係なしに魂が過去の自分へと近づいていく。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)
少年は必死に抵抗するが、抵抗虚しくどんどんと過去の自分との距離は近くなる。
そして、魂だけの少年と10歳の少年が触れようとした、その時だった。
パリンッ!
何かが割れる音と同時に、空間に亀裂が入る。
パキリッ!パキパキッ!
亀裂はどんどんと大きくなり、少年の周りをたちまち囲んだ。
(な、なんだこれは!)
気が付けば、少年を囲んだ亀裂は全て剥がれ落ち、目の前には先ほどの巨人が立っていた。
少年が巨人に気が付くと、巨人も同じように少年に気付いた。
巨人は、自らの力で送り出したはずの少年を見て、怒りをあらわにした。
「なぜここにお主がいる!お主は過去へ戻らせたはずだ!」
(何が起きてるんだ…?)
「私が彼をここに呼びました」
少年の後ろから鈴の音のようなきれいな声が聞こえきた。
振り向くと、そこには見たこともない美しい女性が立っていた。
「お前は、メルミール!」
巨人にメルミールと呼ばれた女性は少年の横を通り、巨人へと近づく。
(あなたが、俺を助けてくれたのか…?)
「助けたのかはどうかは分かりませんが、あなたが助けられたと思うのであれば、そうでしょう」
「そして、タイタノロス。これはどういうことですか?」
「どういう事とは?わしは神の理に背いたわけではない。こやつを使って、腹を満たしていただけだ」
「魂をもてあそぶような行為が、神の理に背いていないとでも?」
「神の理に背いてない以上、それは魂をもてあそんでいるとは言えないであろう」
「ふん、さすが邪神だわ。口だけはよく回る」
「ははは、まさか善神に褒められる時が来ようとは思ってもいなかった」
「でも、残念。最高神様はあなたに罰を与えると言いましたわ、だから私が来たの」
「なに?」
「あなたの行動は、私がすべて最高神様に話した。そしてあなたの行為が神として逸脱していると判断された」
「何を言っておる!この通り、わしは神の理には背いていない!神の理を無視し、最高神の言葉が正しいとでもいうのか!」
「あなたこそ何を言ってるかしら。最高神様こそが、理よ。あなたを神の牢獄へ送らせてもらう」
そう言うと、周囲から大きな鎖がタイタノロスを束縛し、そのままどこかへと消えていった。
「く、くそおおおおおおおおおおおお!」
後に残ったのはタイタノロスの怒号のみだった。
「さてと、あなたはには本当に申し訳ないことをしたわ、神一同に代わって、善神メルミールが謝罪いたします」
(あの、いったい何が起こっているのかわからなくて…)
善神メルミールは少年に今までのいきさつを丁寧に教えてくれた。
神の世界のルールや、タイタノロスが邪神として人の不幸を食べることで力を増すこと。
今まで、何回自分がループしていたか。
それらを見て、メルミールには見守ることしかできなかったこと。
最後の最後で、タイタノロスの行いが神として逸脱した行為になったと判断されたこと。
メルミールはすべてを話してくれた。
(そんなことがあったんですね)
「えぇ、本当に申し訳ないと思っている。だからなにか、あなたに叶えたい願いがあるならば大体は叶えてあげられる。その力を最高神様から預かってきているわ」
世界の理さえ侵さなければ、メルミールにはどんな願いであろうとも叶えられる力を持っていた。
人生をもう一度やり直したい。
今までとは違う別の世界に行きたい。
神になりたいんだったらそれすらもかなえてあげられる。
メルミールは少年がどんなことを願おうと、叶えるつもりだった。
そして、少年はメルミールに願った。
(じゃあ、もうここで終わりにしてください)
「え…」
(あの巨人が言っていました。ここは、今までの生をねぎらい新たな生へと誘う場所なんでしょう?)
タイタノロスは少年を騙してはいたが、嘘はつかなかった。
だから最初に話した『今までの生をねぎらい新たな生へといざなう神聖な場所だ』というのは本当の話のはずだ。
(俺の生はここまででいいです。もう、誰かに利用されることや、誰かのおもちゃにされることには疲れました)
「本当にいいの…?この力があれば、言い方は悪いかもしれないけど、復讐だってすることができるのよ?」
(復讐しようとして、一度痛い目を見ているんで、もう大丈夫です)
少年はメルミールに最高の笑顔を見せた。
メルミールはその笑顔に様々な思いが詰まっていることを察した。
「そう…わかったわ。あなたの願いをかなえます」
(ありがとうございます)
「安らかに…」
こうして長い間繰り返された少年の不幸は終わりを迎え、魂は善神の手によって浄化され輪廻の輪へと運ばれていった。
「次に転生したときには、最高神の加護をあなたに…」