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恋愛興味ない系女子と好きになっちゃった系男子シリーズ

恋愛興味ない系女子と好きになっちゃった系男子

作者: 圓華伊織

 教室に茜が差し込む放課後。

 寒い寒い冬真っ只中の1月。

 俺はついにあの子に告白する。


「柊 柚子葉さん。あなたのことが好きです。お付き合いしてください!」

 右手を差し出して腰を90度に曲げた。汗が滝のように溢れてくる。

 下調べによると、彼女はまだ誰とも付き合っていない。誰かを好きという情報もなし。であれば、俺にだってチャンスはある、はずだ。


 柊さんは下から俺の顔を覗き込んだ。あの可愛い顔が間近にある……

「わっ!」

 耐えられずに後ずさりすると、足が絡まって尻餅をついた。それでも柊さんは俺に近づいてくる。じりじりと、獲物を追い詰めるように。

 やがて、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。そして、彼女は心底不思議そうな顔をして一言。


「私のどこを好きになったの?」


 フラれていない。ということは少しは興味を持ってくれているということか。悪い印象を持たれないように、彼女の好きなところを片っ端から語った。

「ま、まず、おっとりしててふわふわしてるところ。一緒にいて癒されるっていうか、守ってあげたいって思うんです。それから、誰に対しても平等で、それは柊さんにしか出来ないことで、尊敬します。あと」


「もういいよ。」


 ヒュッ、と喉から変な息が漏れた。頭によぎったのは、フラれること。好きなところを語るのは気持ち悪かったのだろうか。そら、気持ち悪いだろうな。あまり話したこともない奴から自分のことを語られるのは。


 彼女は立ち上がらずに頭を下げた。

「ごめんなさい。」

 ああ、俺の恋はここまでか。フラれた時に聞こうと思っていた質問を思い出した。


「他に好きな人がいるんですか?」

 彼女はゆっくりと顔を上げたが、目は伏せられていた。

「他人に恋愛的感情を持てないの。」

 それは、少し驚く告白だった。

 彼女はゆっくりと続ける。

「だって、自分の生活を他人に合わせるってかなり苦労するよ。それに、付き合って楽しいのかな。みんなを見てると『自分も青春したい』みたいな理由だけで、好きでもない人と付き合ってるような感じがする。それは絶対、楽しくない。」

 彼女は思っていたよりはっきりと自分の意見を述べることができるようだ。


「一番の問題はね、他人から好意を寄せられると、その人のことが嫌いになってしまうこと。」

 雷に打たれたような衝撃が走った。つまり俺は、フラれただけではなく、彼女から嫌われたということになるわけだ。


 屍のような俺を見た彼女は慌てて手を握った。

「人間的に嫌いになることはない、と思うから安心して。」

 どこをどう安心すればいいのだ。嫌われたことに違いはないのに。


 誰に対しても優しい彼女は俺にも例外なく優しい。

「じゃあ、努力する。私、柊 柚子葉は須藤 晃大くんを好きになる努力をします。」

 今までで一番、彼女にときめいた瞬間だった。


 ただ、彼女はネジが一本取れているのではないか、と誰もが思うほど、何かが抜けている。馬鹿ではない。いわゆる天然の枠に入るだろう。そして、俺は特に何も考えずに行動する馬鹿である。

「よろしくお願いします。」

 この時から、俺たちの奇妙な関係が始まった。





 彼女は昼休みになると友達と食堂へ行っていたのだが、最近は教室で俺の方を見て弁当を食べている。周りの奴らからは、呪いをかけられている、と馬鹿にされる一方だ。

 でもまあしかし、あの目は少し、いやかなりの恐怖を感じる。


「柊さん、なんで昼に俺のことあんなに、その、見ているんでしょうか。」

 放課後わざわざ呼び止めてわけを聞いた。

「どこか好きになれる要素がないか確認してた。迷惑だった?」

 彼女は表情が硬い。友達と一緒にいる時にはふわりと綿毛のように笑うし、めちゃくちゃ可愛いのだが、このように友達と離れると途端に無表情になる。可愛いことに違いはないが。

 だから、今この瞬間も、彼女がどんな気持ちで言っているのかわからない。


「迷惑、じゃないけど、ほんの少しだけ怖いです。」

 言ってしまってから手で口を塞いだ。既に手遅れだとはわかっているが、つい本音が出てしまった。彼女は俺のことを好きになろうと努力してくれているのに、何を馬鹿なことを言っているんだ。


 彼女は俯いてしまった。

「ち、ちち違います! 今のは本心じゃない、ことはないんですけど、違います! 嬉しいです、本当は! 俺のこと見てくれるの、かなり嬉しいです!」

 必死で弁解しようとしていると、彼女の肩が震えだした。顔を上げた彼女はあのふわりとした笑顔を見せた。


「一つ見つけたよ。晃大くんの好きなところ。」

 な、名前呼び!? しかも、笑顔!?

 心臓が一回ドクンと大きく脈打ち、その後もドクンドクンと自分の耳にまで聞こえるくらいに脈が速く、大きくなっていた。顔が熱い。


「な、名前、俺の……」

 頭がごちゃごちゃして、思ったことが口から上手く出てこない。舌がもつれて体温が上がって、まるで高熱を出しているような気分だ。

「名前呼びが嫌なら苗字で呼ぶけど。」

「いいえ! 名前呼びを続けてほしいです!」

 即答だった。彼女は一瞬ぽかんと腑抜けた顔をしたが、すぐにふわりと笑った。

「私のことも、柊さんじゃなくて柚子葉って呼んで。」

 いきなりの名前呼びからの俺からも名前呼びをしろとは、ハードルが高すぎることはありませんか?そう思っていても、名前呼びは憧れる。


「ゆ、柚子葉、さん。」

 彼女は少しムッとした表情になった。

「せめて『ちゃん』にして。『さん』は年上みたいだから嫌だ。」

 『ちゃん』も『さん』もそんなに変わらないのではないだろうか。いっそ呼び捨てにしてしまおうか。いやいやいや、なにを考えているんだ俺は。呼び捨てなんて恐れ多い。ここはしっかり『ちゃん』付けにしよう。

「は、はい! ゆ、柚子葉ちゃん!」


 彼女の背筋が伸びた気がした。目をキラキラと輝かせて俺を見ている。

「もう一回呼んで。」

「柚子葉、ちゃん?」

「もう一回。」

「柚子葉ちゃん。」

 何度か名前を呼ぶと、彼女は満足したのか満面の笑みで帰っていった。可愛かったな。





 家に帰ると見慣れた靴が玄関にあった。隣の家に住んでいる幼馴染のつむぎだ。覚えてないくらい昔から一緒だった。

「おい、つむぎ。勝手に人の部屋入んなよ。」

 健全な男子高校生の部屋に入り込むこいつはどこかおかしいのだと思う。つむぎは床に寝転がりながら、人の漫画を、人のお菓子を食べながら読んでいる。

「いいじゃない。昔からの仲なんだし。それよりあんた、今日気持ち悪いんですけど。なにさ、ニヤニヤしちゃって。とうとう彼女でもできたか?」

 笑って馬鹿にしてくるこいつに彼氏ができなかったら倍にして笑ってやる。

「まだ付き合ってはないけど、好きになる努力をしてくれてるんだ。めちゃくちゃ可愛いんだよ。」


 つむぎが一瞬にして立ち上がった。漫画もお菓子もぐちゃぐちゃだ。

「え、なにそれ。あんた、前フラれたって言ってたじゃん。」

 つむぎは目を見開いて驚きの表情で俺を見ている。失礼にもほどがあるぞ。

「フラれたなんて言ってねえよ。彼女、すごく優しいんだ。もしかしたらこれから好きになってくれるかもしれないし。今日なんて名前で呼んでくれたんだ。あと、めちゃくちゃ笑顔が可愛い。あ、笑顔以外ももちろん可愛い。」

 彼女のことを思いながら語る俺の顔はさぞ気持ち悪いものだろう。だが、それくらい彼女に惚れてしまっているのだ。誰になんと言われようと、俺のこの気持ちは揺るがない。


「あ、あっそ。でもどーせフラれるから。フラれる方に百万円!」

 わけのわからない捨て台詞を吐いて、つむぎは自分の家へ帰っていった。

 少し怒っていた気がするが、俺は何か変なことを言ってしまったのだろうか。





 名前呼びになったからといって、何かが進展するわけでもないことを初めて知った。

 確かに、彼女は恋愛に興味がないと言っていた。だが、ここまで何もないと自信がなくなってくる。そして彼女はまるで俺の心がわかるかのように、核心をついた質問をするのだ。いつものように、放課後の誰もいなくなった教室で。


「まだ私のこと、好き?」


 どきりとした。彼女から目をそらしてしまう。嘘をついていることを見破られた時のような、嫌な感覚になる。まだ冬なのに汗が出てくる。

「晃大くんはたぶん、一緒にいて、手を繋いで、抱きしめ合ったりとかすることを望んでいるんだと思う。」

 だけど、と一旦言葉を区切り、彼女は自分のカバンを肩にかけ、入り口まで歩いていく。

「私はそんなことはしない。したくない。須藤くんの思い描くような彼女にはなれない。もう好きじゃないんでしょう。なら、前みたいな関係に戻ろう。明日からはクラスメイトとして。」

 そのまま彼女は教室のドアを開けた。外から冷気が流れ込んでくる。ドアを閉めるために振り返った彼女は一言。


「また明日。」


 ドアを閉めると彼女は走っていった。今まで見たこともないような悲しい笑顔をしていた。俺が彼女をそんな顔にさせたのか?


 気づいた時には走り出していた。カバンも持たずに一生懸命、彼女のもとへ走った。だが、なかなか追いつけない。彼女、中学の時は陸上部だったらしい。対する俺は美術部。全然追いつけない。

「ま、待って……」

 ぜえぜえ、はあはあ言いながらやっと追いついたのは下足室。

「は、早い……待って……お願い……」

 倒れ込むように土下座した。その場に居合わせた人たちは何事かとこちらを見ている。俺は息を切らして死にそうな顔をしているのに、彼女は息切れすることもなく普通に立っている。

「大丈夫?」

 彼女はしゃがみ込んでハンカチを取り出した。息を整えて彼女の顔を見据えた。


「俺、まだ何も言ってない。俺の言葉、ちゃんと聞いて。」

 ほんの少し目を瞑ると彼女は立ち上がり、俺の横を通り過ぎていった。まだ上履き。聞いてくれる。

「がんばれ、1年!」

 誰かの声がした。そうだ。がんばれ、俺。いつまでも倒れていてはダメだ。立ち上がって、伝えるんだ。



 彼女は元の教室にいた。自分の席に座って、机の上に置いたカバンをじっと見つめている。この時間は誰もいない。教室には俺と彼女の2人だけ。

 彼女の前の席に、彼女の方を向いて座った。俺も彼女のカバンをじっと見つめた。綺麗なカバンだ。丁寧に使っていることがわかる。


「俺、柚子葉ちゃんの言った通り、ちょっとだけだけど、柚子葉ちゃんのこと好きじゃなくなったのかなって思ってました。ちょっとだけ。」

 何も反応しない。

「でもさ、それは柚子葉ちゃんがいることが当たり前になってたってだけで、俺の中での好きは全然変わってないんです。さっき、ようやくわかりました。俺はまだ、柚子葉ちゃんが好きです。柚子葉ちゃんとなら、一緒に居られるだけで幸せなんです。」

 彼女の頭が少し下がり、下を向いたことがわかった。

「まだ好きでいてもいいですか?」


 沈黙が続いた。

 これは回答なしかと諦めかけていた時、彼女の頭が机にぶつかり、ゴツンという音を立てた。そこまで音は大きくなかったが、痛そうな音だった。大丈夫だろうか。


「いいですよ。」


 机の下の方から声が聞こえた。顔は見えなかったけれど、声は随分明るくなった。

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。理解した瞬間に飛び上がりたくなるほどの幸福感を味わった。

「じゃ、じゃあ! 付き合ってもらえませんか!?」

 勢いに任せて聞いてみたら、これには即答だった。

「それはダメ。」

 彼女の声はどんどん明るくなっていく。告白は断られたが、こちらまで気持ちが明るくなってくるようだ。


 そして彼女は、だって、と言いながらカバンを自分の膝の上に置いた。今、俺たちを阻むものは何もない。彼女のキラキラした目が俺を見ている。

「もっともっと、須藤くんのことを知って、好きになってからじゃないと嫌だから。」

 初めて見る、意地悪そうな笑顔。でも、夕方だからということもあるだろうが、彼女の頰が赤らんでいる。胸がキュッと締め付けられるようだ。


 心臓がうるさい。

 俺ばかりが好きだと思っていたが、もしかしたら、彼女も少しは俺のことを意識してくれているのかもしれない。そう思わずにはいられないほど、彼女は今まで以上に可愛かった。


「柚子葉ちゃん。俺のこと、須藤じゃなくて晃大って呼んでください。」

 彼女の目が輝いた。そして、いいことを思いついたと言わんばかりのドヤ顔になった。

「じゃあ、晃大くん。私に対してだけ敬語になるのはやめてください。」

 言われるまで気がつかなかった。無意識って恐ろしい。

 ていうか、ドヤ顔になる要素あったかな。でも、そんなところも可愛い。


「うん、わかった。俺、柚子葉ちゃんのためならなんだってするよ。」

 すると、彼女は首を傾げて困った表情になった。

「それは重い。」

 そう言って彼女は笑った。今まで見た中で一番楽しそうに。つられて俺も笑った。


 彼氏彼女になれなくても、ずっとこんな風に笑いあえるなら、それでもいいと思った。

この2人はまだ付き合いません。

作者もこれからどうなっていくのか楽しみです。


短編で作りましたが、気が向いたら続編も作ろうと思ってます。

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