第四話 みんなに優しすぎる妹もかわいい
「ちょこちょこっちょこっ、ちょっちょっこちょーこっ♪」
「ヒメはお歌がうまいなあ。それが新しいお遊戯の曲かな?」
「ううん、これはね、チョコのうた! ヒメがつくったの!」
「アドリブで曲を自作……? すごい、すごすぎるぞヒメー!」
「えへへー」
つないだヒメの手を大きく振る。
俺を見上げてニコニコするヒメの笑顔は100万ドルの宝石より価値がある。
まだ5歳なのに作詞作曲するとか天才かな?
ヒメがデビューしたらお兄ちゃん最前列で応援するぞ!
「おうちについたら、お兄ちゃんといっしょにちょこたべるんだー」
そう言ってヒメは首をひねり、背負ったリュックを見ようとする。
スーパーで買い物した荷物は俺のリュックとエコバッグに入れた。
けど、子供向けのチョコが一つだけ、ヒメの小さなリュックに入ってる。
「チョコはヒメのだし、ヒメが一人で食べていいんだぞ?」
「ええー? お兄ちゃんはお兄ちゃんのをヒメにくれるよ?」
「お兄ちゃんだからな! ヒメにあげるのは当然なんだ!」
「ううー。……じゃあ、ヒメはお兄ちゃんのいもーとだからヒメもお兄ちゃんにあげる!」
「くっ、ウチの姫が優しすぎて天使! 天使かわいい!」
オヤツは一つだけって我慢した妹はえらかわいいし自分で持つ!って言いはったのおませかわいいし俺に分けてくれようとしてるの優しかわいい。
「ごっ、ごごっごっごっはっんー。きょうのごはんはなっにっかなー♪」
「いろいろ買ってきたからな、だいたいのものは作れるぞー。ヒメは何が食べたい?」
「えっとねー」
「おっと、信号が点滅した。止まろうか、ヒメ」
「はーい!」
歩行者信号が青から点滅したところで止まる。
俺だけならさっと渡っちゃえるけど、いまはヒメと一緒だ。
まだ小さいヒメを急がせたくない。
立ち止まると、お利口さんなヒメもちゃんと止まった。妹が5歳なのにかしこかわいい。
ヒメと手をつないだまま、走る車をチェックする。
俺たちがいるのは車道の右側にある歩道だ。
つまり、俺の左を車が走ってきて、背後に抜けていく。
とうぜん、車から守るために俺は車道側にいる。
青く点滅する歩行者信号を眺めて、信号が変わるな、無理な右左折とか信号無視とか、ヒメに突っ込んでくる車はないよな、と警戒しながら車を見ていたところで。
気づいた。
車のすぐうしろから、自転車が爆走してきてる。
それだけならいい。
問題は、自転車の前の車が、左折ウィンカーを出してることだ。
信号が変わりそうだから急いでるんだろう。
自転車は左折ウィンカーに気づいてない。
車の運転手も、たぶん自転車に気づいてない。
このままだと、よくある「巻き込み事故」が起こるかもしれない。
「ヒメ、危ないかも」
ちょっとヒメの前に出る。
もし最悪の事態になっても、横断歩道のこっち側まで車や自転車が飛んでくることはないだろう。
けど俺は、お兄ちゃんとして、ヒメを守るためにちょっと前に出た。
車が曲がりかけて、横からすり抜けようとした自転車のライダーが目を見開く。
嫌なことを見ないようにヒメの目を隠そうと、空いてた左手をあげかけた、ところで。
「だいじょうぶだよ、お兄ちゃん」
ヒメが言った。
空いてたヒメの右手が光る。
車は、何事もなく左折した。
「…………え?」
起こるはずだった巻き込み事故は、起きなかった。
車が目の前を通り過ぎていく。
車が抜けると、車道の端っこで、止まっている自転車が見えた。
歩道のへりに足をかけて、まるで最初からそうしていたかのように。
車用の信号が黄色になって赤に変わる。
自転車のライダーに、自分の行動を疑問に思った様子はない。
黄色で早めに止まってます、みたいに。
ヒメが動物を治すところは何度も見たけど、このケースは初めてだ。
「ヒメ……?」
つないだ右手の先、妹を見下ろす。
ヒメは、ちょっと不安そうに、おそるおそる俺を見上げてきた。
「すごい! すごいぞヒメ! こんなこともできるんだな!」
ヒメのわきに手を入れて、さっと抱き上げる。
どうやったかわからないけど事故を防ぐなんてすごい!
ウチの妹が優し過ぎて神! 神だったわ! 神かわいい!
抱き上げた妹に頭をぐりぐりする。
ヒメはきゃっきゃとご機嫌になった。
「うおー、俺の妹がすごすぎる! ヒメはなんでこんなにすごくて優しくてかわいいんだろうなあ!」
ヒメも抱きついてきたので頬ずりする。
あったかい。やわらかい。褒められて、へへーと照れる妹が愛かわいい。
「あのね、ヒメ、なんでかしってるよ」
ヒメが小さな声でささやいてくる。
ナイショ話らしい。
ヒメが、優しくてかわいい理由。
それも、ナイショ話で言うほどの、秘密。
なんだろ、やっぱり神様だからかな、ヒメだからかな。
突然の打ち明け話にちょっと緊張する。
けど俺は、どんな理由があっても、ヒメのお兄ちゃんとしてヒメを守る。病める時も健やかなる時も生涯愛し続ける。
世界中どころか神様を敵にまわしてもヒメを守る。
おっと神様はヒメだった!
とにかく、ウチのヒメが、優しくてかわいい理由を、教えてもらえる。
どんな内容でも動揺しないように。
お兄ちゃんとして、しっかり守れるように。
心を決めて、ヒメに問いかける。
「お兄ちゃんに教えてくれる?」
「うん、あのね、」
ヒメが、俺の耳元に口を近づけて、高級なハチミツよりも三温糖よりも甘い声で、ささやいてくれた。
ヒメが優しくてかわいい理由は——
「お兄ちゃんの、いもうとだからだよ!」
——俺は死んだ。
死んでない。
死んでないけども。
妹がかわかわいすぎて危うく死ぬところだった。





