第二話 お迎えを待つ妹もかわいい
「ふんふーん、今日のヒメは何をして遊んだのかなー。今日もおしゃべりしてくれるのが楽しみだなー」
鼻歌交じりに校舎の階段を上がる。
授業は終わって、あと一つ用事を済ませればヒメを迎えに行ける。
今日のヒメはどんなだったかな。
お遊戯は何だったかな、友達と仲良くおしゃべりできたかな、新人の保母さんはどうだっただろ、ヒメの感想が楽しみだ。
やっと、ヒメに会える。
トレーニングで階段の上り下りを繰り返すどこかの部員たちを避けながら階段を上がる。
「あ、ミコト。面談終わったんだ」
「ん? 千花か、ってことは吹奏楽部か。あいかわらずキツそうだなー」
「ほんとね、これで『文化部』なのに。……それで、面談はどうだった?」
「おー、よく聞いてくれた! 妹を連れて行けることを条件にするって言ったら、まこっちゃん先生が調べてくれるって!」
「まこっちゃん先生真面目すぎか……」
「この条件を出した生徒は初めてだけど、これからも各家庭でいろいろご事情あるだろうからって!」
「まこっちゃん先生優しすぎかよ……」
「大学のHPとかパンフには載ってないから、家から通える、この辺の大学に片っ端から電話して聞いてくれるって!」
「先生……ッ!」
話しかけてきた千花に面談の結果を報告しながら、一緒に階段を上がる。
スピードを落としてくれてるらしい。
俺がヒメと一緒に歩く時みたいに。
「それで、面談で遅れて部活でしょ? お迎えほんとに大丈夫?」
「今日は顔出すだけだから平気平気」
「そう、ならいいけど。お母さんがせっついてきてたから。行きたかったんだろうなあアレ」
「いつも助かってます。百華さんにお礼を言っておいて」
「『最近ヒメちゃんに会えてないのよねえ』って言ってたから、そのうちふらっと遊びに行くかも」
「はは、了解。ヒメイトだからな、いつでも歓迎するぞ!」
「ヒメイト? 姫糸……?」
「ヒメのかわいさに魅了された仲間たちのことをそう呼ぶことにした!」
「そ、そう。……ちなみにどれぐらいいるの?」
「100億人だ!」
「全人類超えちゃってるじゃない。宇宙人でも入ってるの?」
「んー、じゃあヒメイト入会審査はもう少し厳しくするかなあ。かわいさに魅了されて5年以上経つ、とか?」
「いちおう念のために聞くけど、それだとどれぐらいになるの?」
「俺、父さん母さん、百華さんに千花——」
「さらっと私たち親子入れられた。そりゃご近所さんでヒメちゃんが生まれた時から知ってるけど」
「園長先生にみほ先生、保育園のママさんパパさんたち、5年は経ってないけど保育園の園児たちも入れてやろう、たくさんヒメと過ごしてるからな。あとは——」
「あ、うん、もういいわ。聞いた私がバカだったわ」
指折り数えてると、千花ははあっと、俺に聞かせるようなため息を吐いた。
誰が入ってるかじゃなくて数を知りたかったんだろう。
八百万人ぐらいかな。
「ほらほら部活に顔出すんでしょ、三階ついたわよ」
「あ、ほんとだ。じゃあな千花、百華さんに、今度ヒメの写真とダンス動画見せるって言っといて」
「はいはい。いってらっしゃい、軽運動部のエース」
ひらひらと手を振って、千花はそのまま階段を上っていった。
一瞬見送って、俺は三階の教室に向かう。
ただの空き教室が、俺たち軽運動部の部室にして活動場所だ。
「遅くなりましたー」
「ああ、ミコトくん。平気平気、ウチは『ゆるく楽しく体を動かそう!』が部訓だからね」
「ほんと最高の部活だと思います。ちなみに、次回の俺の担当の曲を知らせたら今日はすぐ帰るつもりなんですけど……」
「OKOK、むしろちゃんと知らせに来てくれてありがとう」
いつものように部長はニコニコだ。
ウチの高校は、生徒全員、どこかの部活に入らなきゃいけない。
運動部でも文化部でもいいし、「全員入る」ってルールがあるだけで、厳しい部が嫌なら、名前を登録するだけでもOKの部に入ればいい。
ヒメと一緒に過ごしたい俺は、最初は名前貸しOKの部活にしようと思ってた。
けどまあ、せっかく入るなら多少は活動したいなーって探してみたら、見つけたんだ。
軽運動部。
活動時間は学校がある日の放課後、最長で1時間。
基本は来ても来なくてもよくて、毎週水曜日は「できれば集まろう」って日だ。
活動内容は、ストレッチや軽い筋トレ、変わりどころではヨガやボクササイズっぽいものもある。
部長が言うには、「ジムのフリーエリアやスタジオレッスンみたいな運動の、軽いヤツ」らしい。
よく来る部員は10人ちょっとだけど、実は部員数20人超えらしい。
みんな、「運動は苦手だけど体を動かすのは好き・楽しい」「たまに体を動かしたい」「無料でヨガレッスン受けられるなんて入るしかないでしょ!」「怪我しちゃったんで選手は諦めて指導側目指してます」って、入部理由もいろいろだ。
いまも、ヨガマット敷いてストレッチしてる男子生徒もいれば、プランクしてる女子生徒もいる。
ちなみに部長は指導者希望で軽運動部を作ったらしい。
だから、水曜以外は、部長に声をかければ一緒に運動メニューを考えてくれる。
もちろん5歳児の才能と体力を伸ばすトレーニングも教えてもらった。
そして、水曜日は。
「来週はこの曲をやるつもりなんですけど」
「おー、いいんじゃないかな! モニターと再生機器を手配しておくね。いつもありがとう、ミコトくん」
「いやあ、俺が練習したいだけですから」
「そう言ってもねー、けっこう評判いいんだよ?」
希望する部員が持ちまわりで指導役になって、「ジムのスタジオレッスンみたいなヤツ」をやる。
内容は指導役が自由に決められる。
あんまりキツいヤツは、部長が「体力ない人向けバージョン」を作ってくれるけど。
それで、俺が教えるのは——。
「一番熱心なのは顧問の水樹先生だけどね! 『ここで覚えてお子さんと一緒に踊るんだ!』って」
「仲間ですね! ほんと、最近の幼児向けダンスは難しいんですよ……」
——某テレビ局の歌番組のダンスだ。
ヒメと一緒に練習すればいい?
ダメだ「ちょっと練習しただけで踊れるお兄ちゃんすごい!」って思われたいんだ!
「弟さんか妹さんがいるのか、山田くんもミコトくんの指導回は来てくれるしねー」
「おお! 同志かもしれないんですね! ウチのヒメが一番かわいいのは間違いありませんけど!」
「うんうん。それじゃ、今日は帰ってヒメちゃんのお迎えかな?」
「あっ、はい。すみません連絡だけで」
「いいのいいの。来週水曜、お願いね」
「はい了解です! ヒメが寝た後にこっそり練習しておきます!」
部長に見送られて空き教室——軽運動部の部室にして活動場所——を出る。
ストレッチでもしてるのか、隅に座り込んでた山田と目が合った。ので、会釈した。
がんばろうな、同志よ!
けど弟か妹に愛されるにはまず笑顔だぞ!
あと髪を切って清潔感? を出すと受け入れられやすいぞ!
急ぎ足で玄関に向かう。
さあ、お迎えだ! 待ってろよヒメ、いまお兄ちゃんが行くからな!