第一話 朝の妹もかわいい
「おはよー、ヒメ」
「んみゅぅ……」
俺が声をかけると、ヒメはこてんと寝返りをうった。
もぞもぞ動いて、小さな手で掛け布団のはじっこをきゅっと握る。かわいい。
「ほら、朝だぞー。起きないと遅刻しちゃうぞー」
「んんー……抱っこぉ」
「はいはい。ほら、おいで」
「えへへ……」
ふにふにの手を広げてきたヒメに体を近づける。
ヒメは俺の首にしがみついてきた。
ので、腕を差し込んでぐっと持ち上げる。
もう16歳、高校二年になった俺にとって、5歳の妹は軽いもんだ。
やわらかい。あったかい。かわいい。
「ヒメはヒメだからお姫様抱っこが好きなのかな?」
「んむぅ」
ヒメ→姫子→お姫様抱っこって、名前と掛けたことを言っても応えはまともに返ってこない。
いつもはくりくりした目は半開きになったりまた閉じたりで、まだウトウトしてるみたいだ。
俺の胸に頭をぐりぐりしてくる。
ちょっと茶色っぽくてボリュームのある髪がくすぐったい。朝が弱い妹かわいい。
寝ぼけるヒメを抱っこしたまま部屋を出て、階段を降りる。
ドアをお尻で押してリビングダイニングに入る。
「よいしょっと。一人で座れるかな?」
「んん……」
ダイニングのちょっと背が高いイス——ヒメの特等席——にそっとおろすと、ヒメはこしこしと目をこすった。
「おはよー、ヒメ」
「お兄ちゃんだ。おはよー」
「はいお兄ちゃんですよ。ヒメ、今日はパンがいい? ご飯がいい?」
「んー、パン!」
「了解、ちょっと待っててね」
「はーい」
頭が起きてきたのか、ようやくヒメが挨拶してくれた。
キッチンに向かう。
気になって振り返ると、ヒメはちゃんとイスに座っていた。お利口すぎる。
食パン(8枚切りのヤツ)をトースターにセットして、俺はひとまず、小さなコップに入れた牛乳とフルーツジュース(糖分控えめのヤツ)をヒメの前に置く。
と、ヒメは両手でコップを持って、こくこくと牛乳を飲んだ。
「ぷはー」
「いい飲みっぷりだなあ。おかわりはいる?」
「うんっ! あのね、ぎゅーにゅーをのむと大きくなるんだって!」
「おーそっか、偉いぞヒメ! けどあんまり飲みすぎないようにね、お腹壊しちゃうから」
「はーい!」
少しだけおかわりを注ぎ足して、俺は朝食の支度を再開した。
ヒメにはトーストとジャムと目玉焼きとソーセージに野菜スープ。
俺はご飯とみそ汁、おかずはヒメと同じ目玉焼きとソーセージだ。あと納豆。
ちなみに、ヒメが「ご飯」を選んだ場合は俺がトーストになる。
妹より優先される兄がいようか、いや、いまい。
スマホを取り出して、はむっと食パンにかぶりつくヒメを撮る。
盗撮じゃない。
行儀も悪いけど仕方ない。
アプリを起動する。
我が家のグループチャットにヒメの写真を送る。
ミコト:おはよう父さん母さん。今日のヒメの寝顔と朝食風景です
高原 豊:ありがとうミコト! 今日も娘は天使のようだ!
よしこママ:おはよう、ミコト。毎朝ありがとう。ほらパパ落ち着いて
高原 豊:すまん。おはようミコト。はあ、次に娘に会えるのはいつになるのか
ミコト:違うぞ父さん、ヒメのかわいさは天使じゃおさまらない、神だ!
高原 豊:おおっ! よく言った! それでこそ我が息子!
よしこママ:はあ、ほんと我が家の男たちは……ゴールデンウィークには日本に帰るからそれまでヒメのことをよろしくね。ミコトもちゃんと勉強すること
ミコト:了解。ちゃんと勉強してるよ。お兄ちゃんとして尊敬できるところを見せないと!
高原 豊:GW……あと一ヶ月近く先か……くっ、こうなったらこっそり空港に向かって飛行機に飛び乗って
よしこママ:ほらほら、ヒメに嫌われちゃうわよ。ミコトを見習ってお仕事しなさい
ミコト:んじゃまた明日。何かあったら連絡します
海外赴任中の父とついていった母に毎朝写真を送るのも、5歳の妹の世話をするのも、ここ8年の日課だ。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さまでした。ここは片付けておくから、ヒメは着替えてくるといいよ」
「はーい! ありがとう、お兄ちゃん!」
「ふへ、おっと。着替えはヒメの部屋に出しておいたから。リュックも忘れないようにね」
「もうーわかってるよー。ヒメ、ねんちょーさんなんだよ?」
ぷくっとほっぺをふくらます妹かわいい。
成長を自慢するけど高いイスから一人でおりられないの愛しすぎる。
崩れそうになる顔をこらえて、一人で着替えられるようになった妹をイスからおろす。
ヒメは、ついてこないかチラチラこっちをチェックしながら、一人でリビングダイニングを出て階段をあがっていった。
「さて、俺も準備するか」
ヒメを起こす前に自分の支度は終えている。
あとは、保育園セットを準備するだけだ。
さっと食器を洗って、俺は連絡ノートを開いた。





