第三話 優しさあふれる妹もかわいい
週末、俺はヒメを連れてひさしぶりに動物園に来ていた。
ぞうさんの大きさに興奮したヒメと休憩して、のんびり園内をまわる。
「ミコト、次はどこに行くの?」
あ、そういえば千花もいた。
「あ、そういえば千花もいた」
「……ねえ? 心の声まで聞こえたんだけど? もう、こんなかわいい子を無視するなんてお兄ちゃんひどいねー、ヒメちゃん」
「お兄ちゃん、千花ねえのこときらいなの?」
「そんなことないぞヒメ! お兄ちゃんは千花と仲良しなんだ!」
「うわあ……」
「そっかあ、よかったあ!」
千花の肩を引き寄せると、不安そうだったヒメが満面の笑みになった。
俺が保育園に迎えに行けない時、ヒメは百華さんが預かってくれる。当然、千花がいる時もある。
ウチのお姫様は、百華さんも千花のことも大好きらしい。
だから、仲良しだとうれしいようで。
まあヒメの一番は譲らないけどな!
「ほら千花、言ってる間に着いたぞ。ヒメ、お望みの柵の前です」
「やった! ありがとう、お兄ちゃん」
「うう……愛する姫の『ありがとうお兄ちゃん』が聞けるなんて……予習してきてよかった……」
「はいはい、それでなんの柵の前なの?……ヒョウ?」
「そう、ぞうさんに続いてこの園の名物! アムールヒ——」
「あのねえ、おっきいねこさんだよ!」
「おっきいねこさんだ!」
「そこはちゃんと教えた方がいいんじゃないかなあ」
柵の向こうにはおっきいねこさんが二頭。
木陰でまるくなって、くあーっとあくびをしてる。
「わあ! 歯もおっきいねえ!」
「ヒメ、あれは歯は歯でもキバって言うんだ」
「そこは教えるんだ。ミコトの基準がわからない」
柵のスキマから覗き込んでみたり、俺に抱っこをご所望してみたり、パタパタ手足を動かして見たり、ヒメの興奮が止まらない。
スマホのシャッター音も止まらない。
「ねこさんかわいーね! かわいーねお兄ちゃん!」
「はは、そうだな。でもヒメの方がかわいいぞ?」
「うわあ……」
「あのね、ヒメとおっきいねこさんのかわいーはちがうんだよ!」
「5歳児に……諭されて……さぞかし」
「そっかそっかぁ、ヒメは賢いなあ」
「えへへー」
「ショックは受けないんだ。溺愛しすぎでしょ……」
ぐりぐり頭を撫でると、ヒメはくすぐったそうに目を細める。
はあ、なぜ俺の目はカメラじゃないのか。
脳内に保存するだけじゃなくて画像や動画でデータを吐き出したい。紙に焼き付けたい。全世界に配布したい。
「たしかに、おっきいねこもかわいいしヒメちゃんもかわいいし、それぞれだもんねー」
「千花ねえもかわいいよ?」
「くうっ、うれしいこと言ってくれちゃって! お兄ちゃんはそんなの言ってくれたことないのに!」
「うん? そりゃヒメと勝負にならないのは当然として、千花は千花でかわいいと思うぞ?」
「………………えっ」
「あっ、お兄ちゃん! おっきいねこさんがこっちみた!」
「おー、ほんとだ。おっきいねこさんもヒメのこと好きなのかもな!」
「ええー?」
「あ、あっちいっちゃった……」
「ほらヒメ、あれは俺たちに、おっきいねこさんが動くところを見せてくれてるんだ」
「すごいねえ、ひゅっひゅってあるいてるねえ、わわっ、とんだ! お兄ちゃん、とんだよ!」
「よーし、家に帰ったらお兄ちゃんが飛んでるところ見せるからな。楽しみにしてるんだぞー。ソファかベッド、いや階段、いっそベランダから……?」
「なに言ってるのミコト死ぬ気!?」
「あ、おかえり千花」
「ああああああ! しれっと言ってしれっと戻ってきてぇぇぇえええ! おかえりじゃないわよ!」
「ほら千花、静かにな。園内には大きい音が苦手な動物も多いからな」
「しーっ、だよ!」
「うう……ごめんなさい……もうやだわたし深く考えないことにする……」
なぜか肩を落とす千花をよそに、俺はヒメと手をつなぐ。
ヒメが反対の手を千花に伸ばす。
うつむいた視界に入って、千花はそっとその手を取った。
俺の妹が慈悲深すぎて仏かわいい。
ぞうさん、おっきいねこ、次にヒメを連れてきたのはサル山だ。
ここのサル山には70頭ぐらいいるらしい。
「え? ほんとだ、園内パンフレットにも『ぐらい』って書いてある」
「サルの数は前後しやすいからなあ」
「えっ? その、気づかない間に子供が生まれてる、とかよね? まさかそんな、なにかの理由ですぐ減っちゃうなんて子供の教育に悪い理由じゃ」
「それもあるけど、ほら、保護してきたサルを引き取ったり、いつの間にかよそのサルが混ざってるケースもあるらしいぞ」
「ああ、そういう。って『それもある』の」
「お兄ちゃん」
「ん? どうしたヒメ?」
「さすがミコト反応が早い。私と話しててもずっとヒメちゃん見てたもんね」
地面から少し下がったところからサル山ははじまってて、つまり自然にサル山の中腹や頂上が視界に入ってくる。
ヒメは小さな手と指を伸ばして、二匹のサルを指差した。
「おさるさん、おさるさんにくっついてる! おやこなのかな、なかよしさんなのかな」
「どうかなあ、兄妹かもしれないぞ? 俺とヒメみたいに!」
「きゃー!」
ヒメは、背中におさるさんを乗せたおさるさんが気になったらしい。
ヒメを抱き上げる。
何がしたいかすぐ気づいてくれたのか歓声があがる。
腕を動かすと、俺のわき腹のあたりから背中にまわる。
「わ、すごいヒメちゃん! 器用だね!」
「えへへー、あのおさるさんとおんなじだ!」
「違うぞヒメ!」
「ちがうの?」
「あのおさるさんなんか比べものにならないぐらいヒメはかわいい!」
「もーお兄ちゃん、おさるさんもちがうんだよ!」
「そうだな俺たちの方が勝ってるな!」
「ねえミコト悪化してない? サルに対抗してどうするの?」
勝ち誇って二頭のおさるさんを見る。
と、おさるさんがチラ見した。
人とおさるさんが通じ合ったみたいだ。
背におさるさんを乗せたおさるさんはささっと近づいてきた。
同志を見つけてうれしくなたんだろう、おさるさんはサル山の一番近くで俺を見てくる。
ニッと笑った。
「ほらヒメ、おさるさんも楽しいみたいだ!」
「えへへー、おんなじだね!」
「ねえミコト、サルって視線合わせちゃいけないんじゃなかったっけ。ケンカ売ってるのと同じって聞いた気が」
「…………ほう? 俺の姫に、ケンカを?」
こいつら笑ってるんじゃないらしい。
ヒメを、俺の愛する妹を、襲おうとしてるのか。
「ちょっ、ほらミコト視線そらして。すごい顔して見つめないで」
サルを見つめる。
お兄ちゃんはどんなことがあってもヒメを守る。
何が来ても、誰が相手でもヒメを守る。
ハヌマーンだろうが斉天大聖だろうが、お兄ちゃんは守ってみせる!
サルがふいっと目をそらして、ささっと去っていった。
人とおさるさんが通じ合ったみたいだ。
「おさるさん、いっちゃったねえ」
「よし! 妹を愛する気持ちは俺の方が強かったな! うん? ひょっとしたらヒメの魅力に気づいた可能性も?」
「ミコト? なに言ってるの?」
「おさるさんさえ魅了するヒメの魅力は世界一だな!」
「ええー? ヒメ、そんなことないとおもうー」
「ミコト? 正気?」
「もちろん正気だが?」
千花がなにを言ってるのかわからない。
ヒメが世界一かわいいのは全世界八百万のヒメイトのお墨付きだ!
俺の妹が偶像かわいい!
更新再開の予定はありますが、予定は未定です!
ラストまでもう数シーンなのですがなかなか時間が取れず……