第五話 指折り数える妹もかわいい
「遊園地、水族館、動物園。ヒメちゃんはどれか行ったことある?」
「えっとね、ぜんぶある!」
「あらあら、ミコトくんといろいろ行ってるのね」
「うん! ゆーえんちはにかいで、すいぞくかんはごかい! どうぶつえんは、えっと、よんかいかなあ」
「ええ……? どんだけ連れてってんのよミコト……」
なにしろヒメは8年間、5歳を繰り返してるからな。
ちなみにヒメが言ったのは俺と二人で行った回数で、親子遠足で行った分は入ってない。
ウチの近くには公営水族館も市営動物園もあって(小さいけど)、俺たちは常連さんと言えなくもない。
電車を使わないと行けない遊園地はちょっと回数が少ないのは仕方ないだろう。あとヒメが乗れる乗り物が少なくて。
はあ、指折り数えるヒメがかわいい。
「はあ、指折り数えるヒメがかわいい」
「ふふ、ミコトくん、集中した方がいいわよ。ヒメちゃんをもっとかわいくするんでしょう?」
「なんかいま二回聞こえたような……? 空耳かな……」
おっと、思わず独り言を漏らしちゃったらしい。
気を引き締めてハサミを握る。
ヒメを怖がらせないように、そっとすきバサミを閉じる。
髪が切れる小さな音は、お話に夢中なヒメに聞こえなかったみたいだ。
ヒメのくせっ毛は肩に掛けたカット用ケープに当たって、床の新聞紙の上に落ちていった。
「ヒメちゃん、ミコトくんとどこに行きたいか決まった?」
「んんー……」
「ヒメちゃん、遊園地はどう? 一緒にメリーゴーラウンド乗ろうよ!」
「んむー……」
「あら、千花もついていく気なの? デートじゃなかったのにデートにする気?」
「ちょっ、そういうんじゃなくて! ほら女の子がいた方がいいでしょ? ミコトじゃ入れない場所だってあるわけで」
「ええ、ええ、そうよねえ。じゃあ私もついていっちゃおうかしら。ヒメちゃんはどう思う?」
「千花ねえも百華ママもいっしょ?」
「そう、ヒメちゃんが望んでくれたらね」
「待って。お母さん待って。いつの間に『百華ママ』って呼ばせてるの。そこは普通『おばさん』じゃないの近所のおばさん」
「んんー」
「あとウチにはお父さんがいるんだけど? 明日は二人でデートだって張り切ってたよ?」
「あっ。……そうね、ごめんなさいヒメちゃん。私は一緒に行けないわ」
「そっかあ。千花ねえは? いっしょにおでかけできる?」
「うん、ヒメちゃんが行きたいって言ってくれて、ミコトがOK出せばね!」
「ヒメ、お兄ちゃんと千花ねえとおでかけしたい!」
「だって。どうするミコト?」
「よーし、ヒメ、じゃあ明日は三人でお出かけだ!」
「やったー!」
「ふふー、やったねヒメちゃん!」
「あれ? お兄ちゃん? かみは?」
「ああ、切り終わったぞ。よくがんばったなヒメ!」
「え?…………じょきじょきってしなかった」
「お兄ちゃんがんばったからな!」
「ほんと、ヒメちゃん限定で器用よねミコト」
「すごい! すごいすごい、お兄ちゃんすごい! ヒメ、はさみこわくなかった!」
「ヒメががんばったからだぞー。えらいなあヒメ」
やっと自由に動けるようになったヒメが振り返って俺を見上げる。
にぱっと満面の笑みで、誇らしそうに。
はあもう俺の妹の笑顔が太陽みたいに明るかわいい。神。太陽神。俺の妹は太陽神なのかな?
ヒメの頭を軽くわしわしする。
ざっと髪を落として、肩に掛けたケープを外す。
ヒメは、髪を飛ばさないようにそーっと新聞紙の上を歩いて脱出する。
髪を踏んじゃって靴下にくっついてるのに気づかないの愛しすぎる。
「どう? お兄ちゃん、ヒメ、どう?」
「うんうん、かわいいヒメがもーっとかわいくなったぞ! 髪きったヒメが神かわいい!」
「えへへへへ……」
「もーっとかわいくなったヒメとお出かけできるの嬉しいな! がんばってよかった!」
「えへへ……あのね、ヒメも、うれしいんだよ!」
「ヒメ!」
「お兄ちゃん!」
がばっと抱き合う。
もさもさになりがちな髪をすいて整えたヒメは、さっきまでのヒメよりかわいくなってた。
愛くるしさはどこまで行くのか。どんどん高まって月あたりまで行くんだろうか。俺の妹は月の神なのかな?
「なんかもう、明日一緒に行くのが申し訳なくなってきたよ……やめておこうかな……」
「ふふ、三人で行ってくればいいじゃない。ミコトくんとヒメちゃんは兄妹で、なら千花はどんな関係に見られるのかしらね? お姉ちゃん? それとも……ミコトくんの、彼氏?」
「あああああ! ちょっとお母さん悪ノリしすぎだよ!」
「案外、若い夫婦に見られたり」
「うぁぁぁあああ! あ! そういえばミコトはお出かけを『がんばったご褒美』って言わないんだね!」
「うん? 突然どうした千花?」
「『かわいくなったヒメちゃんとお出かけしたい』って言うだけだったの思い出しちゃって! 気になっちゃって!」
「何言ってんだ千花、俺たちもそうだったろ?」
「え? 俺たち?」
「園長先生の教育方針ね。『ご褒美を目当てにがんばることがクセになると、ご褒美がなければがんばらなくなるかもしれません。頻発するのはやめましょう』って。懐かしいわあ」
「ああ、そういうこと!……そうだったっけ?」
「そうよ千花。ずーっと昔から変わってないもの。私も覚えてるわ」
「ええ、母さんも言ってました」
千花はまだ首を傾げてる。心当たりがないらしい。
まあ俺も、保育園にヒメを連れてくようになって、園長先生と話をして思い出したんだけど。
うんうんうなってる千花は無視して、ヒメの前にしゃがみ込む。
太陽と月の神かわいいヒメに聞いてみる。
「ほらヒメ、明日はどこに行きたい?」
「えっとね、どうぶつえん!」
「よーし、じゃあ明日は動物園だ!」
「やったあ! んふふー、たのしみだなあ!」
「はー、俺も楽しみだ! 今日は早く寝ないとな!」
「うんっ!」
ヒメと動物園。
大型の動物を見て目を丸くするヒメとか、小動物にニコニコするヒメとか、ふれあいコーナーでおそるおそる撫でるヒメとか、見られちゃうんだろうか。
想像しただけでニヤニヤが止まらない。
俺は今日寝られるだろうか。
俺は明日萌え死なずに帰ってこられるだろうか。
答えは神様さえ知らない。
…………ヒメは知ってるかな?