第二話 おそるおそる出てくる妹もかわいい
「これで準備はOKかな」
神かわいいヒメが天岩戸に閉じこもってから5分後。
俺は、二階の廊下、つまりヒメの部屋の扉の前にいた。
外は雨どころか、ときどき雷が鳴ってる。
きっとヒメは出るに出られなくなって怖がってることだろう。
ぬいぐるみを抱えて布団をかぶってるに違いない。
ヒメはまだ5歳だ、いろんな感情を言葉にできずにうあーってなっちゃっただけだ。
待ってろヒメ、いまお兄ちゃんが助けてやるからな!
腰に巻いた布がシャラッと揺れる。
天岩戸作戦にあわせて、母さんが昔ハマったベリーダンス用の衣装を引っ張り出してきた。
巻きスカートタイプで、腰を揺らすとビーズとか飾りがシャラシャラ音を鳴らすヤツだ。
さすがにズボンの上から履いてる。
きっと、ヒメも音につられて暗い部屋から出てきてくれることだろう。出てきてくれるといいなあ。
「神話を信じろ。神かわいいヒメを信じろ。いくぞ俺、ウズメるんだ!」
出てきてくれなかったらどうしよう、ずっとこのままで俺は二度とヒメに会えなくなったらって恐ろしすぎる想像を振り払って、俺は再生マークをタップした。
スマホの最大音量で音楽が流れる。
手を組んで揺らすと、派手な飾りもシャラシャラ揺れる。
雷雨の中、神を惹きつける踊りの時間がはじまった。
踊りだけじゃない。
ちゃんと一緒に歌も歌う。
ヒメが大好きなお歌を、一人で楽しく歌う。
ヒメといると毎日が発見で、ヒメがいないと不安や後悔が止められない。
ヒメの好きなことも嫌がることも探りたいし調べたいし知りたい。
ヒメと一緒にあっちここっちも出かけたい。
寂しさも不安も後悔も胸の奥底に隠して踊る。
ヒメと一緒に歌った楽しさを思い出して歌う。
照れも恥ずかしさもない。
サビ前の足踏みからサビの足上げに入る。
どたどたシャラシャラ音を鳴らす。
ほら、ヒメ!
お兄ちゃん怒ってなんかないぞ!
だから一人にならないで、一人にしないで、一緒に踊ろう!
祈りを込めて、腕を交差して弾む。
シュッと右斜め上を指差して腕をまわす。
と、扉にちょっとだけ隙間が開いた。
ヒメのくりくりお目々が片方だけ、こっちを覗いてる。
「わお!」
わざとびっくりした顔をして、ニコニコの笑顔に戻る。
エンドレスでダンスを続ける。
8年間、5歳のヒメと何百回も何千回も一緒に歌って踊ったお歌だ。
振りも完璧だし歌詞も覚えてる。
ヒメに見つめられながら笑顔で踊る。
ほら、一緒に踊ろう、ヒメ。
そんな暗い部屋に一人閉じこもらないで。
二人なら世界はもっともっと面白くなるから!
隙間がちょっと広がってきた気がする。
いつの間にか雷は止んで、雨も弱まってきた。
まわりを気にせず、ヒメを見ながら踊り続ける。
シャラシャラ音を立てて、振りを大きめに、笑顔で踊る。
「うっすー。ミコト、雨と雷すごかったけど平気だった? お母さんが心配しちゃってさー……わお。何してんの?」
「何って踊ってるんだが?」
「あら懐かしい、ミコちゃんもチカも好きだったものね、この曲」
「ご無沙汰してます百華さん。一緒にどうですか?」
「一緒にってミコトあんたねえ、ヒメちゃんは、ってなんとなくわかったわ。踊ってるわけも、ここなわけも」
千花と百華さんが現れてもダンスは止めない。
二人は、急な雷雨を心配してきてくれたらしい。
ちなみにときどき百華さんにヒメのお迎えを頼むことがあるから、ウチの鍵は預けてる。
だからこうやって見にきてくれることも可能なわけで。
まあ、子供の頃からおたがい行き来してたからいまさらだけど。
二人の登場にヒメはまん丸お目々をもっと丸くして、隙間はちょっと狭まった。
「ほら千花! 天岩戸作戦中だからな、ちょうどいい! 思いっきりウズメるんだ!」
「ええ……? 天の……? ウズメる……?」
「ふふ、じゃあ私も踊っちゃおうかしら」
「ちょっ、お母さん?」
「よろしくお願いします百華さん! ほら千花も!」
「ウズメるのね、あら、じゃあ少し脱いだ方がいいかしら?」
「ちょっ、お母さん! ダメよ歳考えて!」
「そうね、脱ぐなら千花の方よね。ねえミコトくん?」
「ええっ!? ちょっ、お母さん!?!??」
「いや服よりも、たぶん友達の輪を広げることが大切で」
「そう、なら一緒に踊りましょうね。ほら千花も」
「うう……なんなのこの二人……」
エンドレスで流していた曲の、歌い出しの部分で百華さんがダンスに参加する。
さすが、俺と千花が子供の頃からさんざん踊った曲だけあって、百華さんも踊れてる。
ひょっとしたらヒメがせがんで一緒に踊ってたのかもしれない。
千花はうろ覚えっぽい。
サビのところで踊り始めたけど、スマホの画面を見てちょっとたどたどしい。
けど、シンプルな振りだけにだんだんノリ出した。
狭い廊下に三人並んで踊る。
隙間がだんだん広くなっていく。
まだだ、焦っちゃダメだ。
楽しいな、ヒメも一緒に踊ったら楽しいんだろうな、って気持ちを込めて、祈るように踊り続ける。
三人で踊りはじめて5回ぐらいリフレインした頃。
目を赤くしたヒメが、ぬいぐるみをぎゅっと抱きながら、そろそろと部屋から出てきた。
笑顔で踊り続ける千花と百華さんをうしろに、ヒメの前に片膝をつく。
すっと手を差し出す。
「お姫様、一緒に踊ってくれませんか?」
「……おこってない?」
「もちろん怒ってないよ。お兄ちゃんはヒメが大好きなんだ。ほら、踊ろう?」
「……うん!」
まだ、ヒメの気持ちに整理はついてないみたいだ。
けど。
涙目ではにかむヒメは神かわいくて破壊力すごい!
これ外からなら天岩戸なんて一撃で粉砕されるでしょ!
くっ、生きててよかった!
ウズメってよかった!
モデルとなった曲も歌詞も振り付けもありません!
ご理解のほどよろしくお願いします!