第6話 パンツの所在はどこですか?パンツは天に召されました。
宴も終わり、ミリィの家でカフィー茶でゆっくり寛いでいる。
そこでミリィが爆撃してきた。
「そういえばお兄さん、森で脱がせた私のパンツはどうしたんですか?」
ほろ酔い気分でまったりとした暖かな空気が、最大級の氷結魔法を食らったように凍りついた。
「兄さん・・・今の話はどういうことだ?森でミリィのパンツを脱がしただぁ?」
マルスにガッと肩を掴まれ、目の奥が笑っていない笑顔で俺に聞いてくる。
近い近い!それと酒臭い!
「ち、違うんですよ!俺がミリィちゃんのパンツを脱がせたのはですね・・・。」
「脱がせたんだな?」
近ぇーーー!
「違うんです!いや、ほんと、マジで!事故で!」
俺が必死にマルスに弁解しようとしていると、ミリィちゃんが助け船を出してくれた。
「お父さん、違うんだよ。あの時はなんかこうバタバタしててね。たまたま偶然脱げちゃったんだよ。」
「偶然パンツが脱げるのか?」
「ちょ、ちょっと説明させてくださいよ・・・。」
なんとか話を聞いてくれるよう頼み、酒臭い顔を離れさせた。
「ほほぅ、なるほど。二人とも必死で角ウサギから逃げようとしていて、その弾みでパンツが脱げたと。」
「そうなんですよ。」
「しかし兄さん。ブラッドウルフも倒しちまうような兄さんが、なんで角ウサギから逃げるんだ?」
「それはまぁ、色々ありまして・・・。」
「色々か。まぁ詮索はしないでおいてやる。冒険者のタブーに触れるかもしれんからな。」
ラノベなんかでよく出てくる『冒険者のタブー』によって助かった。
「それで私のパンツはどこへいったんですか?」
助かってはいなかった。
「それは・・・。」
マルスとミリィ、それと台所で包丁を握ったまま聞き耳を立てているマリィの殺気に負け、俺は正直に話した。
「ミリィのパンツにそんな力が?」
「本当です。」
「マリィ、ミリィのパンツを持ってきてくれ。」
「お父さん!?」
マルスはマリィに渡されたパンツを、左右に思い切り引っ張ってみた。
ビリィィという音と共に、ミリィの可愛らしいパンツは真っ二つになった。
「お父さん!!!???」
「ん?あれ?」
マルスは避けたパンツをぶら下げ、不思議そうな顔をしていた。
「見た目やさわり心地は普通のパンツなんですよね。攻撃を受けたときだけ
こうガキーンって感じなんですよ。」
「さわり心地!?」
「なるほど。」
マルスは納得すると、マリィが次のパンツと包丁を持ってきた。
「お母さん!?」
驚くミリィを尻目に、テーブルに置いたパンツに、マルスは包丁を突き刺した。
タンという音と共に、包丁はパンツを貫通し、テーブルへ突き刺さった。
「あれ?」
今度は俺も一緒に不思議そうな顔をする。
おかしいな、と思いながらテーブルのパンツを鑑定してみた。
『質素なパンツ』
いたって平凡な質素なパンツ。
あれ?
アイテム名が『ミリィのパンツ』になっていない。
それどころか防御力の表示すらない。
まさにただのパンツだ。
「もしかしたら・・・。」
「なんだ、兄さん。」
「履いていたパンツじゃないとダメなのかも。」
「なるほどな。ミリィ・・・。」
マルスはミリィの方を向いた。
「ばっかじゃないの!?ばっかじゃないの!?」
そしてミリィは怒りながら寝室の方へ消えていった。
なるほど、履かないパンツはただのパンツ・・・か。覚えておこう。
その日の夜は、ミリィに寝室を追い出されたマルスが、倉庫の方へやって来て一緒に寝た。
パンツを差し出していたマリィはいいのだろうか。
翌朝、少し機嫌の直ったミリィも一緒に、四人で朝食を取っていた。
余談だが、この世界は中世ファンタジー風なのに朝昼晩の三食らしい。
それは現代日本人の俺にとってはありがたかった。
「で、お兄さん。あのときのパンツってどうなったんでしたっけ?」
ミリィが昨日の晩に答えを聞いてないことを思い出した。
「あれね・・・。グレイウルフとの戦いで凄く役立ってくれたんだけど、ブラッドウルフの攻撃力には敵わなかったみたいで、ボロボロになっちゃって。それで、俺の血でもぐちゃぐちゃになっちゃったんで、その場に埋めてきたよ・・・。ごめん。」
そう、俺の命を救ってくれたおパンツさまはその場に埋め、近くにあった小さな石を上に置いて供養してきたのだ。
「埋めたんですか。人の目に触れないならいいです。それのお陰で村のみんなも助かったのなら何も言いません。」
よくできたミリィちゃんだ。
そんなミリィに一つ提案してみる。
「俺もパンツがなくなって少し心許なくなったんだ。もしよかったら今履いてるパンツをくれないか?」
「お兄さんだけ、ブラッドウルフに噛み砕かれて死ねばよかったですね。」
急に表情の抜け落ちたミリィから、ブラッドウルフを遥かに超える殺気が飛んできた。
「い、いやだなぁ。冗談だよ冗談。」
あははと笑いながら、俺はカフィー茶に口をつける。
しかし脱ぎたてパンツか。俺の防御力問題はまだまだ解決しそうにないな。
今後の不安を覚えながら、ほろ苦いカフィー茶を喉に流し込んだ。
「さて、兄さんはこれからどうするんだ?兄さんさえよければしばらくウチにいてくれてもいいんだぞ?なんせ村を救ってくれた恩人だからな。それともどこかに行く途中だったりしたか?」
マルスがありがたいことを言ってくれる。
グレイウルフやブラッドウルフなんてものは、普通この辺りには出ない魔物だ。
この村でお世話になってまったり平和に過ごせば、防御力ゼロの俺にとって安全な暮らしが手に入るだろう。
だがしかし。これは異世界転生?異世界転移?だ。
このファンタジーな異世界を旅をしないなんて、オタクな俺の心が泣くだろう。
そういうわけで。
「いえ、街に行ってみようと思ってるんですよ。どこかに大きい街とかありますか?」
そう、街だ。
マルス達が俺のことを『冒険者』と言っていた。
ならこの世界にはお約束の冒険者ギルドがあるだろう。
やっぱり異世界に来たからには、まずお約束は抑えておきたいのだ。
「街か。それならここから一番近い街はトリアの街だな。ここのトリアーノ子爵領の領都だから、この領内では一番大きな街だ。」
領都!これこそ異世界ファンタジー!ぜひ行こう!
そしていずれは王都なんかにも行きたい。
それにしても、ここって子爵領なんだな。子爵って下級貴族だっけ?子爵領の領都って期待できるのかな?
まぁ、街は街だ。とりあえずは冒険者ギルドだ。
「その領都までどのくらいかかりますか?」
俺はマルスに聞いてみた。
ファンタジーな世界だからな。1ヶ月とかいうパターンもあるだろう。
「ここから西に行けば一刻ほどで森を出る。森を出てそのまま歩けばすぐに街道にあたるだろう。その街道を北へ二時ほど行けばトリアの街だ。」
な、なんだと・・・?
ラノベなんかに出てきて、気になって調べたからわかるぞ。
30分ほどで森を出て、4時間歩けば領都・・・・。
まじか!めっちゃ近いじゃん!領都!
「近いんですね。なら、今日出発しようかな。」
ミリィにパンツがもらえないなら、次の街は早い方がいい。
「今日発つのか。」
「あらあら。なら少しまってくれる?お弁当を用意してあげますよ。」
俺の為にマリィがお弁当を作ってくれるそうだ。ありがたい。
「お兄さん、行っちゃうんですか?」
「そうだね。色々な所を見て回りたいし、早い方がいいかなって。」
「そうですか。短い間だったけど寂しくなります。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
少しして、台所で作業していたマリィが戻ってきた。
「これ、簡単な物だけど途中で食べてくださいね。」
「ありがとうございます。」
「あと、カフィーの葉もいくつか入れておいたよ。お兄さん気に入ったみたいだから。」
「ありがとう、ミリィちゃん。それでは、お世話になりました。」
俺は包みを受けとると、家の扉を出た。
そこには村のほとんどの人たちが集まっていた。
「兄さん、行っちまうんだってな。」
「気を付けてな。ってまぁ、兄さんほど強けりゃ問題ねぇか。」
「お兄さんありがとう!」
「行ってしまうのか。この村一番の美人の孫の婿にと思っとったが残念じゃ。」
口々に俺に言葉をかけてくる。
まて、最後の。それすごい気になるんだけど。
だけどここはカッコよく去らなければ。ぐぬぬ。
「皆さん、ありがとうございます。昨夜はお世話になりました。」
俺は日本式のお辞儀をし、村の門を出た。