第28話 この世界にはデパートや電話もあるようです。
そんなこんなでやってきましたリチャード商会。
冒険者ギルドを出て少し歩き、道行く人に場所を聞いたら一発だったよ。
だって、すごくわかりやすいんだもの。
目の前の建物を眺めながらそう思う。
道を聞いた時点で見えていた。別に近いというわけではなく、ただただデカい。
富裕層が住んでいそうな街並みの中にあって、頭ひとつ飛び抜けていた。
と言っても、この世界の富裕層の家ってだいたい二階建てなんだけどね。
集合住宅になってる一般区画の方が建物の背は高いんじゃないだろうか。
取り敢えず俺たちは、このデカい商会(なんと四階建てだよ)に足を踏み入れるのだった。
「・・・なんじゃこりゃ。」
思わず漏れる俺の心の声。
「え?この世界の店ってこんななの?」
そんな訳はない。
トリアでこんな店は見たことがない。そもそもこんなデカい建物は無かった。
そう、この商会、なんとデパートみたいになっているのである。
入口を入って正面には受付のようなカウンター、右を向けば何やら薬のような物を売っているコーナーがあり、左を向けば武器や防具が並んでいる。
「まさかこんなにデカい店だったなんて。」
「リチャード商会は知っていたが、まさか本当にこのリチャード商会だったとはな。」
「はい、私も家とも取引がありますが気付きませんでした。」
俺が店の中を見渡して、呆然としているとリンディとフィーユもそう言った。
「と、取り敢えずリチャードさんを呼んでもらおうか。アポ無しで呼んじゃってもいいのかな?」
「アポ?よくわかりませんが、用がなくても是非来てくれと言っていたので大丈夫じゃないですか?」
「社交辞令じゃないのか?」
「うーん、そうかもしれませんが、本当に感謝していたようですし、自分の店でちゃんともてなしたいと思っているのかもしれませんよ?」
「なるほど、じゃあ一応聞くだけ聞いてみようか。」
俺はインフォメーションカウンターのような受付へと足を向けた。
「すいません、リチャードさんはいらっしゃいますか?」
「お約束はございますか?」
受付にいたきれいなお姉さんは、笑顔でそう聞いてきた。
やはりアポイントメントが無いとすぐには会えなそうだ。
「約束という約束はしていないんですが、リチャードさんにいつでも遊びに来いとは言われてますね。」
「失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」
「冒険者のユートといいます。」
「ユート様でしたか。ユート様が来られることがあれば、必ず連絡するよう伺っております。少々お待ち下さい。」
そう言うと受付のお姉さんはカウンターの下から何やら取り出して耳にあて、もうひとつを口に近づけた。
・・・受話器?
「案内カウンターです。今こちらにユート様が来られていますが、どのようにいたしましょう?はいはい、わかりました。」
正に受話器のようにお姉さんは相手に話し始めた。
電話があるのか?この世界に?魔道具みたいなものだろうか?
今までそんなものは見たことがないんだけどな。
「お待たせしました。リチャードがこちらへ参りますので
もうしばらくお待ち下さい。」
「あ、はい。」
リチャードさんがこっちへくるのか。
忙しいんじゃないのかな。
手持ち無沙汰で暫く待っていると、見覚えのある体型の男がやってきた。
「ユートさん、よく来てくれました!」
リチャードさんは手を挙げながら嬉しそうに近くまで来た。
「さっき別れたばかりなのに押し掛けてすいません。忙しかったんじゃないんですか?」
リチャードさんと別れてからまだそれほど時間も経っていない。
料理のレシピやオセロ等を買い取っていたので、帰ってからその辺りの関係でバタバタしたりしていたんじゃないだろうか。
そもそも、元々リチャードさん自身の取引の関係で急いでいたはずだ。
「いやいや大丈夫ですよ。その辺りは既に関係各所に伝達済みです。」
なるほど。これだけ大きな商会だ。
リチャードさん自身が全てを自分でやる必要はないようだ。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
と、リチャードさんが聞いてくる。
特に用件など無い。暇だからちょっと来てみただけだ。不味かっただろうか。
「いや、用件というほどの事じゃないんですけど、時間が空いたので、一度リチャードさんの商会を覗いてみようと思いまして。迷惑でしたか?」
「いえいえ、とんでもない!ユートさんならいつでも来てくださって構いませんよ。もう店の中は見られましたか?」
「いやあ、まだなんですよ。着いて最初にリチャードさんに挨拶をしようと思いまして。」
「そうだったんですか。ではよければ私に案内をさせてください。」
「大丈夫なんですか?忙しいんじゃ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。今はそれほど急ぎの仕事もありませんし、是非ユートさんにうちの店を見てもらいたいです。」
「そうですか。ならお願いしようかな。」
そういうことで、この広い店の中を、リチャードさんの案内で回ることになった。
「ユートさん達はぼうけんしゃですからね、こちらの方に興味があるんじゃないですか?」
そういって案内してくれたのは、先ほど左手に見えた武器と防具のコーナーだ。
確かに用事がなくても、男の子なら見ているだけで楽しいコーナーだと思う。
「どうですか、ユートさん。中々の品揃えでしょう。武器の新調などお考えでしたら是非ともうちでお願いしますよ。」
とリチャードさんは言うが、そういえば領都で買った棒、使ってないんだよね。
なので新調という話もない。
「ユート、こういうのもなんだが、冒険者が命を懸ける武器は良い武器屋で買った方がいいぞ。こういう店の武器は駆け出しか格好ばかりの奴が買うものだ。」
リンディがこっそり耳打ちしてくる。うん、耳にかかる吐息が心地いいな。
「リンディさん。確かに普通はそうでしょうが、うちの武器は違いますよ。才能ある新進気鋭の鍛治師や、確かな腕のある凄腕の鍛治師、その他ダンジョン産の魔法武器なんかも扱っていますからね。」
気を遣ってかなり小声で話ていたと思うが、リチャードさんは耳聡く聞き取ったようである。流石はやり手の商人といったところか。
それにしてもあるんだね、ダンジョン。それに魔法武器。
厨二な心がムクムクとこんにちはしちゃうじゃないか。
「それは申し訳ない。確かにいい武器のようです。」
リンディは一本の弦の張っていない弓を手に、しなり具合などを確認しながら謝罪した。
「ふーん、やっぱり見たらわかるもんなのですか?」
「そうですね。見るだけじゃなくて、こうやって色々確かめてみるといい武器だということがわかります。持ってみますか?」
フィーユの疑問にリンディは弓を差し出し、それをフィーユは手に取った。
「むむむ、か、硬い。リンディはよくこんなものを引けますね。」
おかしいな?フィーユもばかデカい剣を振り回していたはずだが?
「ふふふ、フィーユさん。それならこれはどうですか?」
得意気にリチャードさんが差し出してきたのは先程の物よりも小振りな黒い弓。これには弦が張られている。
それを手に取ったフィーユは弦をつまみ引いてみた。
弦がぎゅんと勢いよく引かれ、フィーユはバランスを崩してたたらを踏む。
「な、なんですかこれ?弦を引くのにまったく力が要りませんよ?」
驚いたフィーユはそう言ってみょんみょんと弦を引っ張る。
「これぞダンジョン産の魔法武器ですよ!」
リチャードさんは鼻息荒くそう言った。
そうか、これが魔法武器か。これは非力な人でも使えるという効果なんだろうか。色も黒くてかっこいいな。
「なるほど、魔法の弓なんですね。弓を引くのに力がいらないとなると、効果は私の剣と似ているかもしれませんね。私の剣も魔法剣で、大きさの割に普通の剣よりも軽いんですよ。」
と、フィーユ。
なんとフィーユの剣も魔法武器だった。
そうか、普通の剣よりも軽いのか。
よかった。フィーユは怪力幼女じゃなかったのか。
「しかし、弓を引くのに力加減が分からないとなると、弓の技術は上がらないし、何より使いづらそうな気もするが・・・。」
と、リンディがボソリと水を差した。
が、今回はリチャードさんは反応しなかった。いや、聞こえているんだろうと思うよ。なんかがっかりした顔してるし。
それから、今度こそはと張りきるリチャードさんに連れられ、このリチャードデパートの色々なところに連れ回されるのであった。