第21話 領都の混乱。策謀の影。
昨日、22時に20話をアップしています。
まだの方はそちらからどうぞ。
俺は領主の館に走りながら周りを観察する。
どうやら一般級や危険級といった魔物がほとんどだ。オーガのような大物は今のところ見当たらない。その為、街にいた冒険者や騎士達でなんとか魔物を食い止められている。
もっとも村での様子を見た限りでは、一般級でも普通の住民にとっては驚異であることに変わりはない。
広場に出た。
広場でも多くの冒険者達が戦っていた。その中でチカッチカッと光が走っていた。
どうやら誰かが魔法で攻撃しているようだ。街中では魔法の運用が難しい為、広場で戦っているのだろう。
攻撃魔法を使えるのは中級以上って言っていた。その攻撃魔法を連発している。俺は魔法が発射されている地点をチラッと見やった。
そこにいたのは・・・。周囲を魔物に囲まれながら走り回る女の子だった。
「あの子は・・・。」
宿に帰る途中、ギルドの場所を聞いてきた女の子だ。
女の子は密集する魔物の真ん中に走って行っては、ファイヤーボールを周囲にばら蒔いていた。いや、女の子じゃない。ふわふわ浮かぶ小さなイルカが、周囲に向かって魔法を連射している。女の子自体は手に猫を持ち、猫を持ち!?まぁ、とにかくその猫から魔法をぶっぱなしているようだ。猫の目がキラっと光るたびに閃光が走る。
「なんだあれ?」
思わず走っていた速度が緩む。
中級以上と言われる攻撃魔法を連発するイルカ。そして謎の猫。あの目の光はなんなんだろう?雷魔法か光魔法だろうか?
不思議な光景に目を奪われる。
興味を惹かれて、声をかけたくなったが今は駄目だ。女の子はその火力で危なげなく魔物を屠っている。ここは任せよう。しかし、何故だか女の子は涙目だったような気がする。きっととめどなく湧いてくる魔物に対して、嫌気がさしてのことだろう。
俺は再び速度を上げ、領主の館に向かった。
領主の館が見えてきた。
先程の広場で見たような光が、チカッチカッと光っている。
宿から見えた煙は、火魔法の着弾によるものらしい。狭い範囲でだが火の手が見える。
騎士が館を危険に晒すような攻撃をするとは思えない。そうすると魔法を使う魔物なんだろうか。
門まで到着すると、門の側に騎士が倒れていた。出血量を見る限り死んでいるように見えた。
俺は騎士へ駆け寄って状態を確認すると、どうやら微かに息があるようだった。
騎士へエクストラヒールをかける。背中から流れ出していた血は止まり、傷も綺麗に塞がる。しかし、血を流しすぎたのだろう。目を覚ましそうにはなかった。
辺りを見ると、ここに来るまでも思ったが、何故か館周辺に魔物はいなかった。
気を失っている騎士は、ここに置いて行っても大丈夫だろう。
しかし騎士が背中に傷?体の正面には争ったような傷などは見当たらなかった。何が起こっているんだ?
俺は領主の館に入った。鍛練場の方から怒号が聞こえる。
そちらに向かって見ると、予想外の事態が目に入った。
鍛練場では騎士と・・・そして黒い装備に身を包んだ集団が戦闘をしていた。
「人間!?」
黒い集団から魔法が飛ぶ。それが着弾して火が上がった。
中級魔法を使う人間。それは相手がそこいらのチンピラではないことを物語っていた。
状況を確認しようと、鍛練場の戦いを見ていると、一人の騎士がこっちへ走ってきた。
ちょうどいい、どういう状況なのか聞いてみよう、と思ったらすぐ側まで来た騎士は、そのままの勢いで斬りかかってきた。
うおぉぉい!
パンツも持っていない俺は、瞬時に足に身体強化、紙一重で剣を避けた。髪が2、3本宙を舞った。
「あぶねぇ!」
「黙れ!貴様・・・あ、ユート?」
「サリオスじゃないか!何してんだよ!」
「お前がそんな黒い装備をしているからだろう!」
そう言われて自分の体に目を落とす。
確かに。
俺のコスプレ衣装はダークサイドな魔法剣士。全身黒い衣装だった。
「それで?なんなんだ、こいつらは?街では魔物が暴れてるぞ?」
「わかっている。騎士団から半数を街に回している。こいつらはどうやら刺客のようだ。刺客と言っても多過ぎ、派手すぎだがなっ!」
言いながら背後から忍び寄っていた黒ずくめの1人を切り伏せる。
「ここは俺達でなんとかなる。良ければユートはロブロイ様達のところへ行ってくれ。あっちにヤバそうな奴等が向かってしまった。ヘリオス様がいるから大丈夫だとは思うが。」
どうやら屋敷の中の方がヤバイらしい。それにしてもヘリオスって執事の爺さんだよな。様?
「わかった。屋敷の方へ行く。だけどこっちも気になるから援軍を置いていくよ。」
「援軍?」
俺は近くにあった、昼間作ったリンリルの像に手を触れる。
そして魔力を流し込むと・・・リンリルの像が動き出した。
これぞ今考えたゴーレム製造魔法だ。上手くいってよかった。
動き出したリンリルのゴーレムは、どでかい剣を振り回しながら黒ずくめ達に突っ込んでいった。剣も土から作っているので、斬るというよりはぶん殴るという感じだが。
像は残しておくと言われたから、長持ちするように耐久を強化しといてよかった。
「な、なんだあれは?」
暴れまわる茶色いリンリルを呆然と見ながら呟くサリオス。
「仲間だよ。じゃあ行ってくる!」
未だ訳がわからないといった顔をするサリオスを置いて、俺は屋敷の中に入った。
屋敷の中は静かだった。外の喧騒が聞こえてくる。
まさか・・・と、最悪の事態を考えたところで建物の奥から轟音が響いた。
音がした方へ走る。
確かこっちは領主様達の寝室がある方だったな。昼間に軽く案内された屋敷の中を、記憶を頼りに急いだ。
争う音が聞こえてくる。
「貴様ら!ここはトリアーノ領の領主、ロブロイ・トリアーノの屋敷だぞ!こんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな!」
叫ぶ女性の声が聞こえる。あの声はリリーだ。戦っているのはリリーか?
廊下の角の壁の近くに、黒ずくめの男が1人倒れている。そのすぐ横の壁には亀裂が入り、その中心はまるで某番組対決していた、どんなものでも破壊する鉄球がめり込んだ痕のようだ。
そこを曲がると対峙する集団が見えた。
手前に黒ずくめ、その奥には寝巻きの集団。薄地のセクシーなネグリジェ姿で、リリーが細剣を構えている。
やはり戦っていたのはリリー・・・だけじゃなった。
パジャマのズボンに上半身裸で拳を構える領主、その隣にきっちりと執事服を着込み、ゆらりとした構えをとるヘリオス。
前面に並ぶ3人の後ろには、夫人を守るように大剣を構えるリンリル。
さっきの壁は領主の仕業だろうか・・・。
仲間の1人をぶっ飛ばされて警戒したのか、様子を見るように向かい合っている黒ずくめの集団の一番後ろに、俺はそのまま突っ込んだ。
反応が遅れた後ろの一人を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた男は、前にいた2人も巻き込んで盛大にぶっ飛んだ。領主達の方へ。
「しまった!?」
リンリルが危険な目に遭っているのに頭に血が上っていたようだ。手加減が大雑把になってしまった。これでは領主達を巻き込んでしまう。
しかしそんなことにはならなかった。
砲弾のような速度で吹き飛んできた男を1人、領主がカウンターで殴り飛ばす。残りの2人をヘリオスが華麗な回し蹴りで蹴り飛ばした。そして、吹き飛ばされた男達は、全員窓の外に飛んで行った。
すげーな領主。それ以上に執事。やはり執事は強くあるべきか。
その一連の自体が引き金になったのか、黒ずくめたちが動き出す。
が、しかし。男達が一歩前に出たところで、すでに集団の中に初老の執事が躍り込んでいた。
執事・・・ヘリオスは、某漫画のコックに負けずとも劣らない足技で、黒ずくめ達を蹴り飛ばす。
「ほっほっほ。さすがユート殿、やりますな。」
などと俺の方を向いて、にこやかに語りかけてくる始末だ。
そうしてヘリオスは、黒ずくめ達を、危なげなく1人を除いて全員窓の外に蹴り飛ばした。
最後の一人は領主の方へ軽く蹴飛ばす。蹴飛ばされた男を、領主が丸太のような腕で締め上げた。
こうして、領主の屋敷内の争いはあっけなく終わったのである。
そういえば何も考えずに突っ込んじゃったな・・・。
それにしても屋敷の中の男達は、黒ずくめの中でもヤバイ連中じゃなかったのか?領主はともかく、執事何者だよ・・・。
静けさが戻った屋敷の中、外の喧騒に混じってまた見せ場がなかった・・・と、悲しそうに呟くリリーの声が聞こえた。