第19話 暴風激突!限定チートの限定的発動。
俺は今、領主邸の運動場、もとい鍛練場でリンリルの姉と向き合っている。
姉の名はリリーナ。元冒険者で、暴風のリリーの二つ名で通っていた赤級冒険者だ。
対する俺は、昨日冒険者登録をした、元普通の高校生の青級冒険者。
うん、やらなくていいんじゃないだろうか。
周りには領主、領主婦人、リンリルとリンディ。手の空いている騎士やメイドまで見物に来ているし、鍛練中だった騎士も手を止めこちらを見ている。
やっぱりやめようという雰囲気ではない。
「好きな武器を使うといい。」
そう言いながらリリーは、鍛練場の脇にある棚から細身の木剣を取り出した。
「お姉さま、ユートさんは魔術師・・・じゃなかった、ヒーラーなんですよ。」
「なに?そうなのか?オーガを倒したんじゃないのか?」
「そうです。ユートさんは果敢にも素手でオーガに挑み、その頭を殴り飛ばしたのです!」
リンリルが興奮したように言う。何故そんなに俺の評価を爆上げするのだろうか。
「ふむ。ならば素手か。素手のヒーラー相手に武器を使うのは忍びないんだが。」
「あ、いやすいません。武器、使ってもいいですか?」
俺は挙手してリリーに問う。
オーガを倒した辺りから考えていたことだ。防御力ゼロの俺が、毎回魔物と素手で超近接戦をするというのはどうなんだ?と。
武器なんて使ったことがないから、じゃあ素手でとか思っていたけど、別に格闘技の経験があるわけでもない。
なら、同じ初心者ならリーチが長い方がいいのではないかと。
それと剣と魔法で戦うファンタジー世界に憧れない訳がない。
俺はたくさんある模擬戦用の武器の中から、THE剣と言わんばかりのショートソードを掴んだ。
「む?剣か。心得があるのか?」
「中学の時に体育の剣道で少し。」
「中学?体育?よくわからんが素人ではないのだな?」
いいえ。素人です。
そもそも剣道の動きってショートソードじゃ短すぎる。いや、達人なら関係ないのかもしれないが、数回授業でやっただけだしね。
俺はショートソードを片手に、リリーと向き合った。
「むう、素人過ぎる。」
俺の構えを見たリリーが俺を評する。
「仕方がない。ではやろうか。そちらから打ってこい。」
リリーは俺の構えを見たからか、構えもせずに棒立ちだ。そして先行を譲ってくれた。
ギルマスもそうだったけど、腕に自信のある奴は、相手に先に攻撃させたがるな。攻撃が通じないとわからせて、相手の心を折るとか?俺はそんなことはしないぞ。防御力がないんだから先手必勝である。そもそも腕に自信はない。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
俺は全身に身体強化をかける。
そして一気に駆け出した。
トップスピードに乗ってリリーに迫る。対するリリーは微妙な顔だ。
「遅い・・・本当に素人なのか?」
そんな事を言っているが関係ない。そのままリリーの眼前まで駆け、剣を振り下ろした。
リリーは流麗な仕草で自分の細剣を上げ、切っ先を併せて剣の腹で受け流・・・せなかった。
受け流そうと併せた剣は押し込まれ、リリーは咄嗟に両手で柄を掴み、更に押し込まれて膝をつく。ガリガリと擦れ合った剣はリリーの細剣の根元まで進み、そしてポッキリと折れた。細剣が。
「そこまで!」
制止の声がして振り返ると、執事が片手で制していた。いつの間にか審判のようなことをしていたようだ。
俺は膝をついたリリーに手を差し出す。
「まさか・・・私が膝をつくなど・・・。」
リリーは差し出された俺の手に気付かず、驚愕の表情で折れた剣を見つめていた。
「あ、あはは。いや、たまたまですよ?リリーナさんの強さに敵うわけないじゃないですか。」
俺がそういうとリリーはキッと俺を睨む。
「たまたまで剣が折られてたまるか!それに私の強さなんて何も見せられていない!」
リリーが捲し立てる。困った、どうしよう。
ふと見ると、リリーが手に怪我をしているのが見えた。
木剣が折れたときに破片で切ったのかもしれない。
「リリーナさん、怪我してますよ。ちょっと見せてください。」
「こんなものは怪我のうちには・・・。」
「ヒール。」
リリーが言い切る前に回復魔法をかける。
傷は綺麗に塞がって、何もなかったかのように治った。
それを見てリリーがまたショックを隠せない顔をした。
「本当にヒーラーなんだな・・・。ヒーラーの素人剣術に負けたのか・・・。」
悪化した。
「そうなのですユートさんはヒーラーで魔術師で、それでいて素手でオーガを殴り殺せるほどの人なのです!」
何故かリンリルがふんす!と鼻を鳴らし、俺を天高く持ち上げる。
「そうか・・・。話によると瀕死だったリンディもその回復魔法で癒したそうだな。」
「え?ああ、まぁたまたま・・・。」
「回復魔法にたまたまなどあるか!・・・わかった。もういい。」
そう言うとリリーはすっと立ち上がった。
何か胸のつかえが取れたようだ。
「父上。ユートは合格だ。」
「そうか。まぁ、そうだろうな。俺も正直、自分の目を疑うくらいだ。」
俺に関係ないところで話が進んでいる。なんだこれ?
「あのぅ、合格?合格って何です?」
俺は恐る恐る勝手に話を進めるリリーと領主に割って入った。
「ん?可愛い妹が、どこぞの馬の骨ともしれん男とパーティを組んだと聞いてな。とりあえずどんな奴か顔を見てやろうと思っていたんだ。その流れで、私と死合うことで身の程でも知ってもらおうかと思っていたのだがな。」
リリーがなにやら言い出した。いやいや、待て待て。今、死合うって言ったぞ。死ってなんだ死って。
さっきの模擬戦、ほんとならヤバイやつだったの?俺の先制で終わってなかったら、その後どうなってたの?
「そうだな。リンリルのパーティメンバーだ。そこいらの有象無象だったら、俺の鉄拳で身の程を思い知らせてたところだ。だがなぁ。」
物騒なことを言いつつ領主はリリーを見る。
「リリーナは俺の娘なだけあって、腕は一流だ。こいつに勝てる男は中々いないだろう。これは認めざるを得ないな。ところでどうだ?リリーナは?もちろん女としてだぞ?うちは強い血統はどんどん取り入れていきたいからな。」
領主がなんか言い出した。おいおい、身元もはっきりしない冒険者に何を言ってるんだ。大丈夫か?貴族。そして何故赤くなってるんだリリー。さっきまでの威勢は何処いった?
「お父様!何言ってるんですか!ユートさんは私のパーティメンバーですよ!」
そんなやりとりをしていると、大慌てでリンリルが割り込んできた。
「はっはっは!すまないリンリル。いや、久しぶりに見込みのある男に会ったものでな。」
「もう!お父様!」
貴族とは思えない、ほんわかした雰囲気を漂わせ始めた。貴族ってこんななのだろうか。いや、違うな。トリアーノ家がおかしいんだと思う。
「ところでユート殿。貴殿は魔法も使えると聞いているが。」
リリーの俺の呼び名に殿が付いた。俺自身を認めてもらえたからだろうか。それともなにかモジモジしながら、頬を赤らめているからだろうか・・・。いやいや、どうした暴風。
「まぁ、一応は。」
「では、あそこ。あの的に向かって何か撃ってみてくれ。」
リリーが俺の攻撃魔法も見たいと言い出した。
リリーが示す的は、鍛練場の端、距離にして100メートルくらいのところにある、木の板で作られた人の形をした的だ。
「なんでもいいんですか?」
「ああ、得意な魔法を思いっきり撃ってみてくれ。」
リリーはそう言うが、思いっきりはヤバイ気がする。
なんせ魔力9999だ。領都が吹き飛ぶ・・・まではいかなくとも、少なくない被害が出るだろう。
実はブラッドウルフの時も、オーガの時も、セーブした魔法を使っていた。
自分の命が危ない場面だが、全力の魔法は本能的になにか不味い気がしていたのだ。
俺は的に向かって手を翳す。
なんでもいいなら適当でいいかな。万が一の場合も周りに被害が出ないように・・・と。
そんなことを考えながら、威力を極力絞った魔法を放つ。
「アイスランス!」
必要の無い叫びと共に、翳した手の前に出現した氷の槍が的へ飛ぶ。
いつものように飛んだ氷の槍は、的に着弾するとその中央を貫いた。
貫かれた的は真ん中にぽっかりと穴を開け、数瞬の後、その穴を中心に的が凍りついた。そして無数の罅が蜘蛛の巣のように走ったかと思うと、次の瞬間には粉々に砕け散り、キラキラとした破片を振り撒いた。
あー、当たるとあんな感じなのね。
アイスランスは使い勝手がよくてよく使う。しかしステータスの関係上、当たったことは無かった。
今回初めて当たったことによって、その魔法のヤバさに初めて気づいたわけだが・・・。
霜が降りて軽く凍結している地面を、口をあんぐりと開けて皆が見ている。勿論リリーもだ。
「ユート・・・。なんだ?あの魔法は?」
再起動したリリーが問いかけてくる。
どういうことだ?アイスランスは俺が適当に作った魔法だが、ファンタジーモノでは定番の魔法ではないのか?
「なんだって、氷魔法ですけど。」
「氷魔法?私が知っている氷魔法は、水をゆっくりと凍らせていくようなものだぞ?お前のはいきなり氷が出てきたじゃないか。それに水場もないとこから。」
なん・・・だと・・・?
リリーの今の言葉だと、氷魔法は冷凍庫レベルってことか?
「ユート。お前の力、もう少し聞かせてもらうぞ。」
再び暴風さんにロックオンされたのだった。
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