ボルカ火山
翌朝、私とフランは宿を出てボルカ山に向かった。
村からの登山口の門は、ちゃんと村長が話をつけてくれていたらしく、すんなり通過。薬草を摘んだり、宿でもらったお弁当を食べたりして山道を登る。
自分のペースで歩いても勇者たちから「早くしろよ! ネクロマンサーはホントとろいな!」なんて罵られないから気楽だ。ちなみに歩くの遅いのは私が子供だからであってネクロマンサー関係ないと思う。
山肌にぽっかり空いた大穴から、火山の内部に入ろうとしていると、後ろからどやどやと人の騒ぐ声が聞こえてきた。
むさくるしい、というか毛むくじゃらでゴリラみたいな雰囲気の冒険者たち多数。どうも村長は他にもおつかいを送り込んだらしい。やっぱ子供だけじゃ頼りないと思われたんだろか、悔しいな。
「ん? なんでこんなとこにガキがいる?」
冒険者たちの一人が、不愉快そうに私を見下ろした。
「私もワイバーン退治に来たんだよ」
「はぁ? てめぇみたいなガキがワイバーン退治い?」「こいつぁ傑作だ!!」「ワイバーンの餌にされちまうのがオチだろ!」「いやぁ、チビすぎてツマミにもならねえぜ!」「ぎゃははははは!」
冒険者たちはお腹を抱えて笑う。
フランが頬を燃やした。
「無礼です! ネネ様はすごいんですよ! ワイバーンだってなんだって簡単に倒してしまうんです!」
「ああそうかい。寝言とおままごとならお花畑でやってな!」「どけどけ、クソガキ共が!」「あばよ!」
「きゃんっ!?」
冒険者たちに突き飛ばされ、私は地面を転がる。冒険者たちは下品な笑い声を響かせながら火山の中へ雪崩れ込む。
フランが慌てて私を抱き起こす。
「ネネ様! 大丈夫ですか!?」
「う、うん、だいじょぶ……」
あーびっくりした。あいつら、勇者たちと同じタイプの人間だ。自分のことしか考えてなくて、子供をハナからバカにしてて。大人って汚い。
「ネネ様になんてことを! 割り込むのも卑怯です!」
「いいよ、先に行きたい人がいるなら好きにさせといて」
「ネネ様……。寛大なんですね」
「そういうわけじゃないけど……くふふ」
「…………?」
私が長い袖を口元に当てて笑うと、フランは首を傾げた。むしろ、追加で冒険者が来てくれたのはありがたいぐらい。
私とフランは遅まきながら火山に入る。
真っ赤な溶岩があちこちに川を作っていて、吹血コウモリが火を噴いて飛んでいる。地面の岩も熱せられちゃってるし、空気はゆらゆらしてるし、とにかく。
「うぅ……とける……」
「ネネ様ぁ……ドレスはお脱ぎになった方がいいいのでは……」
「ダメだよ……これはネクロマンサーの正装だもん……」
ドロワーズの中まで汗びっしょりで、ホンネを言えば脱ぎたい。でも、恥ずかしい。たとえ周りに使い魔のフランと魔物しかいなくても、ここは一応お外なのだ。
と、遙か前方から、どかんぼかんと爆発音、うぎゃーぐぎゃーと悲鳴や咆哮の混ざったような声が響いてきた。
はっと警戒するフラン。
「今のは……?」
「なんだろね。行くよ!」
「はいっ!」
私たちは騒音目指して走り出す。
溶岩の河に散らばった飛び石をひょいひょいと跳んで渡り、飛びかかってくる吹血コウモリをフランがぶった斬り、火山の奥へと進む。
そして、一際熱気の強い、開けた場所にたどり着くと。
「……いた」
この火山のヌシさんが、怒り狂って待ってらっしゃった。むっきむきのワイバーン。血走った目玉をぎょろぎょろさせて、凶悪な顎から炎の残滓を吐いている。
ワイバーンの周りに転がっている死体は……さっき私を突き飛ばしていったゲス冒険者たちだ。これだけ死んでくれていれば、ダンジョン攻略もやりやすい。
「ぎゃーーーーす!!!!」
ワイバーンが新しい餌(私とフラン)を見つけて咆哮を上げた。うん、なに言ってんのか分かんない。交渉は無理だね!
私はシリンダーからハラワタカンガルーの血を振りまき、呪文を唱える。
「生まれ落ちた屍よ、無念無情の魂魄よ、我がひとときの眷族となれ! バル・ディアド・ボルテウス!」
冒険者たちの死体が、あーうー唸りながら起き上がった。私が袖を振ると、アンデッド化した冒険者たちがワイバーンに押し寄せる。
「それそれーっ、がんばれーっ! ふぁいとー!」
あんまり期待してないけど!
案の定、冒険者たちの死体はワイバーンの尻尾の一振りで薙ぎ払われる。
「あああああああっ!」
フランはときの声を上げて、ワイバーンに突進する。剣を叩きつけるが、ワイバーンの皮膚に弾かれる。響く金属音。
「無駄だよ! そいつにまともな攻撃は通じない!」
「でもっ!」
フランは力任せに斬りつけまくるが、敵の皮膚にはかすり傷もつかない。
「そのワイバーンは、存在が火山と一体化しちゃってるの! 火山に蠢く精霊の群れからヌシ認定されてるから、無限にエネルギー供給されてるし、めちゃくちゃ強くてシャレなんないから!」
ワイバーンが激怒して火を噴き、フランはバック宙して回避した。
「そいつはほっといて行くよ! この先にね、いい素材があるの!」
「素材……?」
「うんっ! 最高のね!」
一周目に来たときは使えなかった(てめぇの作戦なんてクソくだらねえもん採用すっかよ死ね!とか言われた)けど、今回は使える。しかも素材の場所も全体マップも把握しているから、最短コースで直行できる。
私は冒険者たちの死体をワイバーンに突撃させて足止めにし、フランと一緒に広場を突っ切った。
広場から出て火山の奥を目指すが、やっぱり女の子の足じゃワイバーンとは比べ物にならない。すぐに地響きが近づいてきて、後ろから炎が追ってくる。
ダンジョンの中にはまだ生き残りの冒険者たちもいて、ワイバーンから逃げ惑う。
「おらっ、どけ! てめえらは餌にでもなりやがれ!」
「ひゃっ!?」
巨体を揺らした戦士が私の腕を掴み、ワイバーンの方に放り投げて走っていった。
「ネネ様あっ!!」
慌てて駆け寄ってくるフラン。
ワイバーンはすぐ近くまで迫っている。
「……っ! こっち!」
私はフランの手を握ると、一周目で見つけた隠し部屋に転がり込んだ。じっと身を潜めていると、ワイバーンは気付かず通り過ぎていく。
我先にと走っていた冒険者たちが、ワイバーンの炎に焼かれて悲鳴を上げた。
「ぎゃあああああっ!!」
「おー。また手駒が増えたなー」
私は隠れ部屋から顔を出して観察する。助かるけど、あんまりこんがり焼かないでね。灰になっちゃうと操りづらいから。
私とフランは隠し部屋から出て、さらに火山の奥を目指した。再び匂いを嗅ぎつけて追ってくるワイバーン。足で岩を砕きながら炎を吐く。
「生まれ落ちた屍よ、無念無情の魂魄よ、我がひとときの眷族となれ! バル・ディアド・ボルテウス!」
私は死霊魔術を操り、周辺の死体すべてを眷属に変える。
冒険者たちの死体が肉の壁を作って私たちを守った。そのあいだに私とフランは転がるようにして地下へ走っていく。
死体の壁を吹き飛ばしながら追ってくるワイバーン。羽音が凄まじくて、襲ってくる風もとんでもない。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
「大丈夫ですか、ネネ様?」
だいじょぶじゃ、ない。
ネクロマンサーはそもそも肉体派じゃないから、長時間走るのは向いてないし、ワイバーンの攻撃はどんどん激しくなっている。早く決着をつけないと焼き殺される。
私は通路の突き当たりの縦穴を、フランと一緒に滑り降りた。そして、すぽんっと地下空洞に飛び降りる。
「これは……」
辺りの景色を見て目を丸くするフラン。
巨大なドラゴンの骨が、地下空洞を満たすようにして鎮座していた。死んでから何万年かな、もう化石みたいになっちゃってるけど、頭も体も四肢も繋がっている。
ワイバーンよりずっと昔に火山の精霊たちからヌシ認定されていたドラゴン。つまり、これの攻撃なら充分すぎるくらいワイバーンに通用する。
ワイバーンが、ばっさばっさと羽を動かして地下空洞に舞い降りてくる。恐ろしい勢いで火炎を噴き出す。
「ネネ様は私が守ります!」
フランが私の前に両腕を広げて立ち塞がった。火炎はフランに直撃するが、その肌に火傷を負わせることもない。
「耐火性能はばっちり上がってるね! そのまま持ちこたえて!」
私はポシェットから瓶を取り出し、コルクの蓋を開けた。中から使い魔のコウモリが大量に出てきて、ドラゴンの骨に突撃した。ぐちゃっとコウモリの体が潰れ、血飛沫がドラゴンの骨に侵食する。それが骨の表面に魔法陣を造り出し、私の儀式を受け入れる下地となる。
「古の霊長よ、大いなる竜族の神よ、我がしもべとなり顕現せよ! その偉大な力を顕したまえ! アンダグルダ・ボエド・ブルハチカ!!」
割れるような咆哮を響き渡らせ、ドラゴンの骨が動き出した。火山の内壁に埋まっていた尾を引き抜き、大岩を踏み潰す。どんがらがっしゃんと崩落していく天井。警戒するワイバーン。
そこに蘇ったのは……巨大なスケルトンドラゴン!!
ワイバーンは敵意を露わにして襲いかかるが、スケルトンドラゴンが足を踏み降ろすと、一撃で潰される。スケルトンドラゴンはワイバーンを呑み込み、ベキバキベキと噛み砕く。消化もされないワイバーンの残骸が、ドラゴンの骨のあいだから降り注ぐ。
「はい、しゅーりょー!」
勇者パーティで来た一周目は倒すのに三時間くらいかかったのに、今回は瞬殺だ。でも、一個だけ問題が。この空洞、ドラゴンが土台みたいな感じになってたっぽい。つまりドラゴンが動き出すと。
「ネネ様! このままでは生き埋めになります!」
「ちょっとやりすぎたかなー!」
私はワイバーンの角を拾い、フランと二人でスケルトンドラゴンの翼(の骨)に跳び乗ると、ドラゴンを操って火山を脱出する。壁を砕き、天井を砕き、魔物たちを吹き飛ばしながら。
背後でぼっかんぼっかん爆発音が聞こえてたけど、責任取るのが怖いので聞こえないふりをしてた。
そして、火の村に戻ると。
「ほいっ」
私は討伐完了の証拠に、ワイバーンの角を村長の前に置いた。
広場にいた村長は目を見張った。
「な、なんじゃと……本当に、倒してきたというのか……」
「うん。何年かすればまた新しいヌシは生まれるだろうけど、このワイバーンみたいに凶暴な魔物にはならないはずだよ。その頃には、暴走の元凶になってる魔王も私が倒してるしねっ!」
「なんと……お主は……勇者様か!?」
「あいつらと一緒にしないで! 私はネネ! ネクロマンサーのネネだよ!」
「ネクロマンサー!?」
驚く村長、ざわつく広場の村人たち。
「あ」
私は口を押さえた。やっちゃった。腹が立ってつい言っちゃった。私のジョブを知られたら、報酬どころじゃない。
「うむ……そうか、そうか。じゃが問題ない!」
「問題ないの!?」
「ネクロマンサーだろうとなんだろうと、大事なのは我が村の将来! 観光資源! 温泉! そして火山じゃ! 感謝するぞ、ネクロマンサーのネネ!」
うんうんとうなずく村人たち。
「助かったぜ、ネネ!」「うちのヒトの仇を取ってくれて、ありがとう!!」「これからお前はいつでも温泉入り放題だ!」「いつでもうちの宿に泊まっていっとくれ!」「ネネ饅頭って名物を売り出すのもいいな!」「今夜は宴じゃあああっ!」
なんていうか、柔軟というか、商魂たくましいというか。一周目では手柄は全部勇者が持っていって、私のことなんて誰も気付かなかったのに。
フランが隣で微笑む。
「ネネ様、お疲れさまです」
「う、うん」
ちょっとルートを変えるだけで、こんなにも違う結果が待っているんだ。私の死霊魔術が、こんなにも認めてもらえるんだ。
大喜びする村人たちに囲まれ、その日は夜遅くまで、私はご馳走を詰め込まれたのだった。
【勇者サイド】
勇者パーティが火の村に到着したのは、ネネが村を去った翌日のこと。
いつものごとく勇者は許可も取らず、ずかずかと村長の屋敷に入り込むと、ものすごく偉そうに村長を見下ろして言った。
「聞いたぜ、じいさん。なんか火山が噴火ばっかりして大変だそうじゃないか。俺らが解決してやるから、とりあえず女と金を寄越しな」
単刀直入すぎて周りの使用人たちが青ざめるレベルだが、勇者たちは平然としたもの。今まで、このやり方で常に上手くいっている。どうせ報酬を頂くのなら、欲しいモノははっきり言った方が早い。勇者は一秒でも早く村の娘を味見して回りたいのだ。
だが。
「誰だか知らんが、助けは無用じゃ。その件なら、もう解決した」
村長はうさんくさそうに勇者を見上げて突っぱねた。
「はあ? んなわけねーだろ! 元凶はクソ強いワイバーンなんだろ、勇者の俺にしか倒せるわけがねえ!」
「しかし倒せたものでな。それもほんの小さな女の子が倒しおった。ふりふりのドレスを着た可愛らしい子じゃったが、恐ろしく強くてのう」
「嘘ついてんじゃねえ!」
「嘘ではない」
頑として譲らぬ村長。
勇者たちは顔を見合わせる。
「いったいどこのどいつが……?」
首を傾げる戦士。
「ドレスって……ネネちゃんとか、じゃないわよねえ?」
考え込む僧侶。
「まさか! あいつにそんなことできるわけねえだろ! 俺らがいなきゃ野垂れ死ぬしかない、ゴミ以下のクソガキだぜ?」
勇者は顔を歪めた。
村長は静かに立ち上がる。
「ちなみに、その女の子は予言した。しばらく後、勇者を名乗る不届き者が現れる。そやつらは村に災いを成す悪人共じゃから、牢にぶち込んでおくのをオススメする、とのう……?」
「え……ちょ、ちょっと、うそでしょ……?」
後じさる僧侶。
気付けば、周囲は村の兵士にすっかり取り囲まれてしまっている。
「さあ、捕らえよ! そして噴火口にでも放り込んでおくのじゃ!」
村長はワニの魔物のような歯をギランッと輝かせた。